王女への献上品と、その調教師

華山富士鷹

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良い人

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 何事も無く献上の儀が終わり、僕が氷朱鷺の後宮にある自室に戻ろうとすると、春臣にそれを止められた。
「何故、他の男の後宮に戻る?」
「そこに住んでるんで」
「お前はもう俺の献上品だ、勝手に他の男の部屋に行くな。部屋なら俺の後宮を使え」
「でも荷物があるし、一度は戻らないと」
「使用人に取りに行かせるから、氷朱鷺には近付くな。何かあったらどうする?」
「大丈夫ですよ。何かあったらやっちけてやりますから」
 僕がそうやって意気込むと、春臣は些か呆れていた。
「お前な、自分が身重だって事を忘れるな。すぐに、身の回りの世話をしてくれる使用人をつけるから」
「いやいやいや、いやいやいやいやいや、自分の事は自分で出来ますし、この城で信用出来るのは自分だけですから」
「バカ、俺も信用しろ」
 僕は春臣に前髪をクシャッとされ、思わぬ面食らう。
 デレだな。
「じゃあ、荷物は着替え程度しか無いんで諦めます」
 今、氷朱鷺に会うのは相当面倒臭そうだしな。

 そして僕は春臣の後宮に入り、後日、正式に春臣の婚約者となった。

 別に愛人でも良かったが、地位が高ければ高い程氷朱鷺もエデンに手が出せまい。
 ただ1つ懸念があるとすれば、それはエデンだ。エデンが春臣を受け入れるかどうか。僕の独断でここまで来てしまったけれど、もしかしたらエデンは春臣より氷朱鷺を選んでいたという可能性もある。何しろエデンは氷朱鷺からここまで酷い仕打ちを受けても彼を殺せなかった人間だ。エデンが納得する前にウッカリ変なタイミングで人格が入れ替わってしまったら、彼女がどう出るか、深層心理の部分までは分からない。というか、深層心理の部分で彼女と会合する事は出来るが、色々と怒られそうなので大事な話は現実世界の事後報告(書き置き)で済ませる事にする。
「なんにしろ最近は僕も働きっぱなしで疲れも溜まってるしな。氷朱鷺と次に遭遇するのは婚約者のお披露目パーティーの前、身内での食事会か」
 僕は春臣から与えられた広い部屋でリビングのソファーからデジタルカレンダーを眺める。
「食事会かぁ、肩が凝るなぁ。今のうちにエデンに戻っておくか」
 後宮のこの部屋には毎日春臣がやって来てうかうかエデンに戻れもしなかったが、あいつはエデンに手を出す素振りも無いし、そろそろ休んでも大丈夫だろ……う……
 僕は精神的な眠気に身を任せ、エデンと意識をバトンタッチさせた。

「ん……」
 カザンに精神的起床を迫られ、私は強制的に長い眠りから起こされた。
 そして目覚めると、そこは以前いたシンプルな部屋とはうって変わって、まるでファミリータイプのタワマンかと思う程広く、高そうな調度品が数々置かれた空間に、私は居た。
「カザン……今度は何をやらかしたの?」
 あまりの目まぐるしい展開に私もタジタジだ。
「ん?」
 辺りを見回していると、ソファー脇の、照明が乗ったサイドテーブルにメモ書きを見つける。
「……」
 メモ書きにはここまでの事の顛末がびっしりと書き殴られていた。
 そしてそこに『婚約』というワードを見つけて仰天する。
「えっ、ちょっ、待って!」
 冗談じゃない。寝ている間に婚約だなんて、いくらカザンが私の為に健闘してくれていると言っても、いきなり見知らぬ人間の婚約者になるなんて、それだけは容認出来ない。
「駄目駄目、しかも相手はこの国のトップに立つ人間じゃない」
 春臣が悪い奴でないとしても、私の心には杉山さんしかいない。例え杉山さんがこの世に存在しなくてもそれは永遠に変わらないのだ。
「ここにはいられない」
 せっかくカザンがここまでお膳立てしてくれたけど、何とか春臣との結婚前に城を脱出しないと。
 私は何も考えずに薄着のまま部屋を出ようとドアを開けた。
「良かった、監禁はされてないみたい」
 第1王子の婚約者ともなれば人権も確保され、あらかた自由は利く様だ。献上品時代とは違って自由に外出も出来るだろう。
 私が勢いよく部屋を出ようとすると、いきなり目の前に春臣の広い胸板が現れ、そこに自ら飛び込んでしまう。
「わっ!!」
「ん?」
 咄嗟に春臣が両腕で私を受け止め、当たり前の様に体を抱かれる。
「別に出迎えてくれなくても良いと言っているのに」
「えっ」
 この感じだと、カザンは猫を被って春臣に媚びを売っていた様だ。
 この甘々な時間は何なんだ?
「ええと……」
 どうしたら……
 杉山さん以外にこの感じでこられるのはだいぶ違和感がある。あり過ぎる。カザンは毎日この胸板に抱かれて慣れているかもしれないが、私はそうはいかない。
 でもこの厚みとか、結構杉山さんと似て安心感がある。背格好が似てるせいか?
「遅くなってすまなかったな。夕食は食べたか?」
「食べ……た?」
 ──みたいです。寧ろ満腹でちょっと苦しい。
「また自分で作ったのか?」
「多……分?」
 キッチンを見ると、若干の使用感が。
「第1王子の婚約者ともなると誰も信用出来なくなるのも無理はないが、身重なんだからあまり無理はするな。たまには外食したっていいんだぞ?」
「それって警備付きですか?」
「勿論。だから安心して出掛けられるぞ」
 駄目だ。外出時に目を盗んで脱走、と思ったが、身重の身ではちょっと難しい様だ。
「いえ、大丈夫です。大丈夫なんですけど、もし単独で外出する場合って……」
 私は先を促す様に下から春臣を見上げる。
「関所から警備の者が付き添ってくれる」
 実質、自由無し。
 やっぱり駄目だ。
 杉山さんは死んだし、私はもう調教師でも、献上品でもない。すぐにでもここから逃げ出したいのに、まるで出口の無い迷宮を彷徨っているみたいだ。
「マリッジブルーか?」
「いえ」
 広い意味ではそうなのか?
「俺が思うに──」
 そこで春臣は玄関のドアを閉め、私の体をぐるりと反転させる。
「婚約に至るまでが早急過ぎた。お前の、元恋人に対する気持ちもまだ整理出来ていないように思うし」
 春臣が私の左手を手に取り、その薬指にあった指輪を親指でなぞった。
「シンプルだがかなり良い物だ。物で愛情は測れやしないが、お前は本当に愛されていたんだな」
「あの……すみません」
 婚約者なのに他の男の婚約指輪をしているってのは、いかに契約婚約とはいえ気が引ける。それにこの人は良い人そうだし。
「いや、良い。それはお前の大事な人の形見なんだろ?」
 私は黙って頷く。
「お前の気の済むままつけていたらいい。けど、俺からの指輪もつけてくれよ?」
 春臣は私の前髪をワシワシと撫で、乱した。
 やっぱり良い人だ。
 だからこそこのままじゃ駄目だ。
 子供だって、他の男の子供なんて本当は嫌かもしれないし、必ずしも男の子とも限らない。

 性別に関してはカザンが把握しているようだけど。

 血液型はAらしいけど、DNA検査をされたら一発で春臣の子供ではないとバレる。そうなったら春臣に迷惑がかかる。
 カザンは春臣と私をくっつけようとしているけれど、彼は良い人だから不幸にしたくない。それに私としても後ろめたい。
「難しい顔をするな」
 春臣が自身のおでこを私のおでこにコツンと当てた。
 びっくりした、キスされるのかと思った。
 前にも彼からキスされた事はあるが、心臓がバクバクいっている。
 よく考えると時の権利者との距離が近い。この人は機嫌次第で簡単に人をどうとでも出来る人間だ。良い人だからと言って油断していたけれど、何か少しのミスで子供諸共処刑されてしまうかもしれないんだった。
 私にとてつもない緊張が走った。
「お前……」
 春臣が何かに気付き、間近で顎に手をやる。
「ガチガチだな」
 私は春臣に両肩やら両腕を確認するみたいに揉まれ、体を硬直させた。
「あの……」
 失礼が無いようにと言葉を選べば選ぶだけ、言葉が出てこない。
 私はいいけど、子供の命だけは──
「もしかして俺が怖いのか?」
「そんな、まさか」
 本当の事は口が裂けても言えない。
「緊張する?」
「少し、だけ?」
 今、死ぬ程緊張しています。
「や、いい。本当の事を言っていい」
 春臣からジッと見つめられ、私のこめかみを冷や汗が流れる。
「……」
 そんなもの、言えるはずがない。そもそも言える立場ではないのだ。
「大丈夫。怖がらなくていい。俺はお前を絶対に傷付けない。それに俺はお前の味方だ。少しずつ慣らしていっていいか?」
「はい……」
 今度はすんなり言葉が出てきた。
「勿論、お腹の子にも」
 そう言って春臣はワイシャツの胸ポケットから安産祈願のお守りを取り出した。
 あぁ、駄目だ、めっちゃ良い人……
 良い人過ぎて辛い。
「それにしてもお前、普段は無礼なくらいリラックスしてるのにな?」
「すいませんでしたーっ‼‼‼」
 私はカザンの分も勢いよく頭を下げた。

 彼が良い人で本当に良かった。

 ともあれこのままという訳にはいかない。ミクの事もあるし、一度ちゃんと氷朱鷺と話をしないと。
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