1 / 30
青い瞳の原石
しおりを挟む
俺が初めて翡翠に会ったのは今から6年前の事、彼女がまだ10にも満たない頃の話──
ここは年がら年中枯渇した不毛の砂漠、南部国。南部国はその土地柄、これと言った特産物も無く、他の3つの国、北部国、東部国、西部国の中でも最も廃れ、没落していた。見渡す限りの黄金色の砂、崩れかけ、砂に埋もれたコンクリート建築、辛うじて人が集まるのは数多くのテントが軒を連ねる闇市。そこでは連日奴隷売買が開催され、今日も、まだ幼い少年少女が劣悪な環境で売りに出されていた。
そんな所に、翡翠はいた。
翡翠は、北部国との戦争に敗れ植民地となった南部国王の末娘で、王族である家族を殺され、自身はその見目の可憐さから命ばかりは救われ、この奴隷市で売られる事となる。
彼女は人の往来でごった返す通り、数多並べられたケージの1つ、自分の背丈の半分しかない小さな入れ物の中、衣服と呼ぶにはあまりにボロい布を頭から被って小さくなり、希望を失い、虚ろな目で脱け殻の様に力無く自身の膝に顔を突っ伏していた。
──そこに、俺はやって来た。
「こいつは生きているのか?」
俺は、違うケージの上で呑気にパイプを吹かしていたガマガエル似の奴隷商人に尋ねた。商人は翡翠の入ったケージに手を伸ばし『中身』がひっくり返る程激しく揺さぶり翡翠の生存を確認する。
「あぁっ!」
『中身』の翡翠は体勢を崩し、上体を後ろへ反らせた。
「ああ、生きてます」
商人はパイプの灰を道端に落とし、手を揉んで接客モードに入る。
「こいつは体が丈夫なのが取り柄なんでしょう。女だが、雑用や畑仕事くらないなら難なくこなすかと」
そう言いながら商人はパイプの先で翡翠の頭を小突く。
こいつが『商品』にしても、随分とぞんざいな扱いだ。ここではいかに元王族の末娘と言えど、没落した王族は平民以下になるらしい。しかしそれにしたって……
「随分と痩せている。皮膚が日焼けで焼けただれている。顔も腫れて──」
元の体勢に戻ろうとする翡翠と目が合い、俺は一瞬だけ見えたその瞳に目を奪われた。
驚いた。
露出した手足は日焼けで爛れ、奴隷として捕獲される際に殴られたであろう顔は原形を留める事なく腫れ上がっていたが、その土偶の様になった瞼の隙間からホープダイヤのごとき美しい輝きがその魅力を放った。まるでそこ深い湖底に射す陽の光。ホープダイヤは、その怪しいまでの妖艶な輝きから不吉とされているが、それでも人々を惹き付けて止まない。そんな瞳を持つ翡翠に、俺は賭けてみたいと思った。
「おい、お前は処女か?」
俺が屈んで翡翠に尋ねると、元々の言い方がぶっきらぼうだったせいなのか、それとも子供ながらにその質問が低俗であると理解していたのか、彼女はホタテ貝の様にまた顔を伏せ、自分の殻に閉じ籠る。
「ガマ──商人、こいつは処女か?」
俺はフッと短く息を吐き、体を起こして商人に尋ねると、彼は下卑た笑いを浮かべながら聞き返す。
「ハハー、勿論勿論。旦那さんも若くて色男なのにお好きですねぇ。ってことは用途は──」
「枕だ」
俺は言われる前にキッパリと言い切った。回りくどい話は好きじゃあない。何より時間の無駄だ。
「それでしたら、少し歳はいきますが、こちらの少女の方が器量もいいですし、人慣れしてますので存分に楽しめるかと。何より、その労力要員のガキと違ってお年頃で胸も膨らんでますし」
と商人は近くにいた少女のケージを俺の前に引っ張り出し、自身のだらしない胸板の前で両手で大きく弧をえがき下衆な笑みを浮かべる。
確かに、引き合いに出された少女は万人受けする様な可愛らしい見た目をしていて、胸も歳の割りにたわわで『買って買って』と媚びてケージの中から俺の太腿を撫でてきたが、今日、俺がここに来たのはこいつを買うのが目的ではない。俺はその少女をスルーして翡翠のかごを手にした。
商人は驚いて『枕要員に、こんなぶっ細工なガキでいいんですか?』と客の俺に聞き返してきたが、俺はただ首を縦に振って翡翠の価値以上の金を渡すと『旦那さん、マニアックですね』と俺を肘でつつきながらも翡翠を譲り渡してくれた。
物好きな客と思われたか。
帰り道、俺は歩きながらヒョイと片手でケージを目の高さまで上げ、まじまじと翡翠を観察すると、成る程、そう言われても仕方がないかと自嘲した。
相変わらず顔を伏せているが、こんなに軽くて、小さくて、棒切れみたいで、手負いの野生動物みたいに汚くて、怯えて、王族の末娘で眼があれ程綺麗ではなかったら歯牙にもかけないところだ。この原石がどこまで輝けるか、女としてどこまで花開けるか、俺次第だろう。
──そう、翡翠は俺が仕える北部国の王への献上品。そして俺はその献上品を育てる調教師(ブリーダー)だ。
ここは年がら年中枯渇した不毛の砂漠、南部国。南部国はその土地柄、これと言った特産物も無く、他の3つの国、北部国、東部国、西部国の中でも最も廃れ、没落していた。見渡す限りの黄金色の砂、崩れかけ、砂に埋もれたコンクリート建築、辛うじて人が集まるのは数多くのテントが軒を連ねる闇市。そこでは連日奴隷売買が開催され、今日も、まだ幼い少年少女が劣悪な環境で売りに出されていた。
そんな所に、翡翠はいた。
翡翠は、北部国との戦争に敗れ植民地となった南部国王の末娘で、王族である家族を殺され、自身はその見目の可憐さから命ばかりは救われ、この奴隷市で売られる事となる。
彼女は人の往来でごった返す通り、数多並べられたケージの1つ、自分の背丈の半分しかない小さな入れ物の中、衣服と呼ぶにはあまりにボロい布を頭から被って小さくなり、希望を失い、虚ろな目で脱け殻の様に力無く自身の膝に顔を突っ伏していた。
──そこに、俺はやって来た。
「こいつは生きているのか?」
俺は、違うケージの上で呑気にパイプを吹かしていたガマガエル似の奴隷商人に尋ねた。商人は翡翠の入ったケージに手を伸ばし『中身』がひっくり返る程激しく揺さぶり翡翠の生存を確認する。
「あぁっ!」
『中身』の翡翠は体勢を崩し、上体を後ろへ反らせた。
「ああ、生きてます」
商人はパイプの灰を道端に落とし、手を揉んで接客モードに入る。
「こいつは体が丈夫なのが取り柄なんでしょう。女だが、雑用や畑仕事くらないなら難なくこなすかと」
そう言いながら商人はパイプの先で翡翠の頭を小突く。
こいつが『商品』にしても、随分とぞんざいな扱いだ。ここではいかに元王族の末娘と言えど、没落した王族は平民以下になるらしい。しかしそれにしたって……
「随分と痩せている。皮膚が日焼けで焼けただれている。顔も腫れて──」
元の体勢に戻ろうとする翡翠と目が合い、俺は一瞬だけ見えたその瞳に目を奪われた。
驚いた。
露出した手足は日焼けで爛れ、奴隷として捕獲される際に殴られたであろう顔は原形を留める事なく腫れ上がっていたが、その土偶の様になった瞼の隙間からホープダイヤのごとき美しい輝きがその魅力を放った。まるでそこ深い湖底に射す陽の光。ホープダイヤは、その怪しいまでの妖艶な輝きから不吉とされているが、それでも人々を惹き付けて止まない。そんな瞳を持つ翡翠に、俺は賭けてみたいと思った。
「おい、お前は処女か?」
俺が屈んで翡翠に尋ねると、元々の言い方がぶっきらぼうだったせいなのか、それとも子供ながらにその質問が低俗であると理解していたのか、彼女はホタテ貝の様にまた顔を伏せ、自分の殻に閉じ籠る。
「ガマ──商人、こいつは処女か?」
俺はフッと短く息を吐き、体を起こして商人に尋ねると、彼は下卑た笑いを浮かべながら聞き返す。
「ハハー、勿論勿論。旦那さんも若くて色男なのにお好きですねぇ。ってことは用途は──」
「枕だ」
俺は言われる前にキッパリと言い切った。回りくどい話は好きじゃあない。何より時間の無駄だ。
「それでしたら、少し歳はいきますが、こちらの少女の方が器量もいいですし、人慣れしてますので存分に楽しめるかと。何より、その労力要員のガキと違ってお年頃で胸も膨らんでますし」
と商人は近くにいた少女のケージを俺の前に引っ張り出し、自身のだらしない胸板の前で両手で大きく弧をえがき下衆な笑みを浮かべる。
確かに、引き合いに出された少女は万人受けする様な可愛らしい見た目をしていて、胸も歳の割りにたわわで『買って買って』と媚びてケージの中から俺の太腿を撫でてきたが、今日、俺がここに来たのはこいつを買うのが目的ではない。俺はその少女をスルーして翡翠のかごを手にした。
商人は驚いて『枕要員に、こんなぶっ細工なガキでいいんですか?』と客の俺に聞き返してきたが、俺はただ首を縦に振って翡翠の価値以上の金を渡すと『旦那さん、マニアックですね』と俺を肘でつつきながらも翡翠を譲り渡してくれた。
物好きな客と思われたか。
帰り道、俺は歩きながらヒョイと片手でケージを目の高さまで上げ、まじまじと翡翠を観察すると、成る程、そう言われても仕方がないかと自嘲した。
相変わらず顔を伏せているが、こんなに軽くて、小さくて、棒切れみたいで、手負いの野生動物みたいに汚くて、怯えて、王族の末娘で眼があれ程綺麗ではなかったら歯牙にもかけないところだ。この原石がどこまで輝けるか、女としてどこまで花開けるか、俺次第だろう。
──そう、翡翠は俺が仕える北部国の王への献上品。そして俺はその献上品を育てる調教師(ブリーダー)だ。
1
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ストーカーから逃げ切ったのも束の間、転移後はヤンデレ騎士団に殺されかけている現実!
由汰のらん
恋愛
ストーカーから逃げていたある日、ハルは異世界に召喚されてしまう。
しかし神官によれば、どうやらハルは間違って召喚された模様。さらに王子に盾ついてしまったことがきっかけで、ハルは国外追放されてしまう。
さらに連行されている道中、魔族に襲われ、ハルの荷馬車は置き去りに。
そのさなか、黒い閃光を放つ騎士が、ハルに取引を持ちかけてきた。
「貴様の血を差し出せ。さすれば助けてやろう。」
やたら態度のでかい騎士は、なんとダンピールだった!
しかしハルの血が特殊だと知った騎士はハルを連れ帰って?
いっそ美味しい血と癒しを与えるダンピール騎士団のセラピストを目指します!
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
【ご報告】
最終回まで予約投稿済みです。
毎日8時・20時に更新予定です。
ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています
紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、
ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。
「もう君は、僕の管理下だよ」
退院と同時に退職手続きは完了。
住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。
外出制限、健康管理、過保護な独占欲。
甘くて危険な“保護生活”の中で、
私は少しずつ彼に心を奪われていく――。
元社畜OL×執着気味の溺愛社長
囲い込み同棲ラブストーリー。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる