上 下
3 / 25

憂鬱な日々

しおりを挟む
初夜というと、一般的なイメージでは、初々しく、甘い、とろけるような愛の行為ではないかと思われるだろうが、私と風斗氏の場合はその真逆だった。

嵐のような恥辱と拷問の夜が明け、私は痣だらけの裸体をベッドに投げ出して衰弱していた。隣には同じく裸の風斗さんがいて、昨夜の狂気が嘘だったかの様に私を後ろから優しく抱きしめ、私の頭に顔を埋めている。
「ごめん、痛かった?」
凄く痛くて、凄く怖かった。
「……」
私は体中がギシギシと痛み、返事をするのも億劫で黙って目を閉じていた。
暴力の後のハネムーン期か。
DV男の特徴である。
でも風斗さんは、DVとは少し違うような……そうだ、彼はただの変態だ。単なるドSなのだと思う。性奴隷(私)に闇雲に苦痛を与えるのではなく、痛みに対する快感を開花させようとしているような……そう、いわば開発と調教だ。私はまさしく、風斗さんに調教されている。だからこれはDVじゃなく、SMだ。
──って、何を今更。
「翡翠、凄く可愛かったよ。犬を飼うってこんな感じなのかな?」
風斗さんは愛おしげに私の肩にチュッチュッとキスをする。
多分、私の背中には彼のキスマークが沢山つけられている。昨夜は獣の如く後ろから私を攻め立ててきたから……
体だけじゃない、言葉でも私をなじり、責め立て、罰して、夫婦になるというのに、今も尚、私を試しているように思われた。
犬(私)にも自尊心があるという事を、この人は解っていないのだろうか?
私はいけないとは思いつつ、風斗さんの感触や、彼から成される全ての行いをセキレイさんからのものに置き換え、それを糧に一夜を乗り切ろうとしたが、セキレイさんがしないような苦行の数々に現実を見せられ、その度に虚無感に襲われた。
「……風斗さんは愛犬にこんな酷い仕打ちをするんですか?」
別に彼とするのが嫌だった訳じゃないけれど、その行為自体が初夜にしてあまりの苦痛だったが為に思わずポツリと恨み節が口をついて出たのだ。
「ごめんて。俺は犬を飼った事がないから扱い方が解らないんだよ」
風斗さんが私を慰めるように優しく私の肩を撫でたが、言ってみればついさっきまでその手で鞭を振るい、人の柔肌に鬱血の痕を残したというのに、これじゃあまるでジキルとハイドだ。
「……風斗さんて二重人格じゃないですよね?」
もはやそうでなければ納得がいかない。
どうしてこんな優しそうな人に、あんな悪の所業が出来るのか、理解に苦しむ。ただでさえ私には『あの日』の忌まわしき記憶が心を蝕んでいるというのに……でもそれは、風斗さんの知った話したではない。寧ろ私は彼を騙している立場にあるのだ、彼だけを責められない。
勿論、彼を解ってあげたくてそばに寄るけれど、いざ本番となると、私の野生の本能が『こいつはやべー奴だ。逃げろ』と警鐘を鳴らす。
「どっちも波風風斗だよ。傷付くな」
とか当の本人は苦笑いしているけれど、物理的に傷付けてきたお前が言うなと言ってやりたい。さすが、波風を立てるという所以を持つ波風風斗だ。
「白夜のある国に行きたいです」
夜さえ来なければ、私と風斗さんの夫婦生活は円満だ。
「ごめんて。だから今夜は帰らないから」
それは暗に、側室の元に出向くという事だろうか?
……良かった。
「安心した?」
風斗さんはまるで私の心を見透かした様に尋ねてきて、私は一瞬ドキッとした。
「そんな事は……」
本当は、毎晩こんなだったらどうしようと不安になっていたところだ。
毎晩これだと身がもたない。
逆に、昨夜あれだけ何度も私を求めたのに、立て続けに今夜も……よくやれるな。
まあ、使用人の女性にまで手を出すくらいの人だから、仕方がない。
「翡翠の口から、行かないでって言わせるには、俺はまだ調教師として未熟なんだろうね」
そう言えば、いつか風斗さんが私の調教師になると言い出した事があったけど、まさか現実のもとになるなんて、運命のいたずらか。
私の調教師は、今も昔も変わらずセキレイさんだけだけど。
「セキレイはどんな風にお前を調教したのか、あいつにとても懐いていたんだってね」
まどろみつつあった私の意識がその言葉で一気に覚醒する。
「人並みには……」
鳥取さんから、風斗さんの前では他の男の話をしてはいけないと言われた手前、無難な言葉を選ぶのが精一杯だった。
「指南ってやつを受ける時は、セキレイの事も男として見てた?」
そりゃあ──
緊張で私の肩に力が入る。
ちょっとでも言葉を間違えたらお手打ちにあう。
「どうしてそんな事を聞くんですか?」
「いけない?気になってさ」
表情はわからないが、風斗さんの声音はいつも通り穏やかだ。
──ただ、それが逆に怖い。
「献上品の時でも、誰かを好きになったりした?」
当然、真っ先にセキレイさんの顔が浮かぶ。
風斗さんにギュッと強く肩を抱かれ、私は罪悪感でいっぱいなった。
「しません。私の初恋は風斗さんですから」
嘘も方便だったが、元献上品として、これ以外の答えは許されていない。
これじゃあ、王が周りの人間に壁を感じるのも無理はない。結局『私が癒やしてあげたい』等と差し出た事を抜かしても、私も王に本音が言えない人間の1人に過ぎないのだ。
隠し事だらけだ。
風斗さんを愛すると言ったのに、今は犬に成り下がっているし。
風斗さんもさぞ、私に幻滅している事だろう。
「聞かなければ良かったかな。聞かなくても自信が持てるくらい、翡翠を大事にしないと、だな」
「……」
言ってる事とやってる事が矛盾しているのがこのジキルとハイド氏だ。期待しないでおこう。
「もう朝か、昨夜は無理をさせたね。今夜はゆっくり休むといい」
そうして風斗さんは起き上がり、私のこめかみにキスを落とした。
「え、もう行くんですか?」
外はまだ薄暗いのに、もう公務へ行くというのだろうか?
「ん?寂しいの?」
風斗さんはちょっと嬉しそうに目を細める。
「寂しいというか、全然休めていないじゃないですか」
あれだけの運動量で、こんな早朝から公務に出掛けて、夜は側室相手に全力で夜伽をするとしたら、倒れてしまわないのだろうか?
「そっちか。大丈夫。心配しないで。何かあったらコンシェルジュに話を通すといい。俺に取り次いでくれるから」
なんでか風斗さんはがっかりしたような顔をしている。
「はい。あの、私は風斗さんが留守の間、何をしていたらいいんですか?」
私が、ベッドから降りた風斗さんの腕を捕まえて引き止めると、彼は目を丸くして少しだけ驚いていた。
「翡翠は王妃だから何もしなくていいんだよ」
そう言って風斗さんは犬にするみたいに私の顎の下を軽く撫でる。
「この城で私だけダラダラと怠惰に暮らす訳にはいきません」
「そう、じゃあ言い方を変えるね。何もしないでほしいんだ。翡翠には、ここでただ俺の帰りだけを待っていてほしい。やる事がなくて退屈なら書斎の本を読んでもいいし、欲しい物があるならなんでも買ってあげる。だけど、俺の許可無くここを出る事だけはしないで。もし約束を破ったら、手加減しないからね」
カーテンの隙間から差し込む薄明かりが風斗さんの表情に影を落とし、昨夜の狂気を彷彿とさせる。
「……私、出ません」
私って風斗さんにとって何なんだろう?
犬?
王妃なんて名ばかりの囚人?
一緒にご飯を食べて、寝て、ただそれだけの夫婦って?
なんだか悲しい気持ちになった。
セキレイさんと暮らしていた時の方がもっと新婚生活に近かった。
「いい子だね。じゃあ、行って来るから。愛してるよ、翡翠」
風斗さんはしょぼくれて俯いている私の頭頂部にキスを降らせ、シャワーをして部屋を出て行った。
嵐は過ぎ去ったが、私から自尊心を奪って行ったようだ。

それから入れ代わり立ち代わりで鳥取さんがやってきて、持参した救急箱をベッドサイドで広げる。
「また抜き打ちですか?朝食には随分と早い時間のようですけど」
私はうつ伏せのまま、背中が顕になっているのを隠す余裕もなくぐったりと横になっていた。
どうせ鳥取さんは私の体になんか興味ない。何の問題もないだろう。
私の目立て通り、鳥取さんはこちらに目もくれず、軟膏の入ったチューブを綿棒に絞っている。
何のつもりだろう?
「昨晩は私の部屋まで貴方様の断末魔が響いておられましたので、風斗様からさぞや手酷い洗礼を受けた事と思い、馳せ参じたのです」
その言葉は、まるで台本でも読んでいるかの様に棒読みだった。
鳥取さんは特に他意も無く、事務的な気持ちでここへ来たのだろう。彼にとってはこれも仕事の一部のようで、慣れた手付きで私の赤く腫れ上がった患部へ軟膏を塗っていく。
「紅玉さんもこうして手打ちにあってたんですよね?」
この鳥取さんの手際の良さは、昨日今日で培われたものではない。
「そうですね、最初の頃は」
鳥取さんはどこか懐かしそうに話した。
「最初の頃は?」
私も最初だけ我慢したら、人並みに穏やかな夜を過ごさせてもらえるようになるのだろうか?
少しだけ希望が湧いてきた。
「風斗様は誰に対しても、その忠誠心や愛、信頼に値する人間か、相手を試すんです。紅玉様は風斗様より厚い信頼を受け、温情を賜っていましたから、恋人や夫婦というより、血の繋がった家族のような存在になっていました」
つまり、紅玉さんは風斗さんの信頼を勝ち取った、という事か。
やっぱり凄いな、紅玉さんは……
「私はまだまだですね」
『ハァ……』と弱々しくため息を吐くと、それに呼応して涙がポロリと落ちそうになった。そんな私の様子を察知してか、鳥取さんは不器用な棒読みで慰めの言葉をくれる。
「それでも、風斗様は翡翠様を愛しておいでですよ」
この人は意地悪なのか、親切なのか、よく解らない人だ。
「普通、愛する人に鞭を振るいますか?私なら、愛する人には優しくしたいです」
風斗さんに鞭でぶたれながら、まるで私は憎まれでもしているのかと思った程。
「普通ならそうです。でも風斗様は王様ですから、普通とは違います。一般的な常識からは外れます」
「イテテ……」
脇腹の辺りを綿棒でつつかれ、私はその鈍い痛みに顔を顰める。
「失礼」
「歴代の王もそうだったんでしょうか?」
あの狂気は遺伝か?
あ、でも同じ父親(前王)の血筋なら、セキレイさんも変態という事になる。セキレイさんは巨乳好きだけど、風斗さんみたいな変態とは違う気がする。
「風斗さんはまだ優しい方ですよ。前王様や、諸国の王様等は、献上品や王妃の些細な粗相で文字通り首を斬っていましたから」
「えっ!?」
私は首を擡げ、鳥取さんの方を振り返った。
家の父はそんな人ではなかったけれど、他の国の王らはそんな血なまぐさい事を?
ゾッとした。
粗相なんて、献上品の時でも数えきれない程していた気がする。昨夜、風斗さんから命を取られなかっただけでもマシなのか?
「私は運が良かったんですね」
「愛されている方でしょう。一応、鬱血している箇所には軟膏を塗りましたが、乾くまではそのままでいて下さい。乾きましたら、ご自分で前の方にこれを塗って下さい」
『これ』と言って鳥取さんは私の顔の横に軟膏の入ったチューブを置く。
「ありがとうございます。なんだか既に痛みがやわらいだ気がします」
「気のせいです。そんなにすぐは効きません」
いつものようにピシャリと突き放され、私は眉をハの字にして微笑する。
「ですよね」
「本来なら使用人の女性に頼むところですが、信用出来ないですから、面倒でもご自分でおやりになって下さいね」
私に害を成す人間を遠ざけてくれているんだ……いや、それも仕事か。
「はい」
「では、後ほど朝食をお持ちします」
そうして立ち上がった鳥取さんを見ると、少しだけ目の下にクマがあって、疲れて見えた。
「色々とすみません」
私が風斗さんから開放されるのを一晩中待っていたのかもしれない、そう思うと、すまない気持ちになった。
「仕事ですから」
「それでも、助かりました。ありがとうございます」
仕事と割り切れず嫌がらせをしてくる使用人もいるのだ、それに比べたら、事務的でも労ってくれる鳥取さんは仏に等しい。


私は鳥取さんに言われた通り、背中の軟膏が乾いたところで自分で前面に軟膏を塗り、それが乾くまで裸で窓辺に立っていた。
「ついでにお尻にも軟膏を塗ったから、何処にも座れないし、服も着れないし、何にも触れられないんだよね~」
つまらない。
今日の私の予定、食事、就寝、それだけ。明日もそう。明後日もそう。その次も、そのまた次も、一生そう。
「つまらない人生だ」
『ハァ……』とため息をつくと、目の前のガラスが俄に曇り、また瞬時にクリアになる。
「バルコニーも無いから、気分転換に外へも出られないんだ。まあ、これだけの高層ビルだから、出たら出たで空気が薄くて苦しいのかも……よくわかんないけど」
またため息をついてしまい、ガラスがさっきよりも大きく曇った。
私は何もする事が無く、眼下に広がるグラウンドをただただ眺めていると、アリンコ程に小さい人々が乗馬に勤しんでいる姿が目に入り、なんとも懐かしい気持ちになる。
「わあ、乗馬してる!懐かしいな、私もよく乗馬したな~セキレイさんと喧嘩中に、セキレイさんが馬小屋まで私をストーカーしに来たんだっけ」
思い出と共に、当時のセキレイさんへのときめきがよみがえり、私は興奮しながら窓の外に食いついた。
「献上品の子達かな?小さ過ぎてよくわからないけど、かわいいなぁ……あ、でも、あの子達が後の、風斗さんの側室になるかもしれないんだよね」
私はぶたれずに済むから別に構わないけれど、その分、あの子達がぶたれるって事だよね?
……複雑だ。
というか、あれ、もしかして、セキレイさんが南部国の王に就任したら、セキレイさんも献上品の子達と夜伽をして妻を娶って、側室をたてるんじゃないだろうか……
モヤモヤする。
それが世の常だけど、私の言える立場ではないのだけれど、それでも、なんか嫌だな。
駄目だ、私は人妻だし、セキレイさんにはセキレイさんの人生があり、彼の事は諦めたんだし、彼の幸せを祈らなきゃ。
ただ、セキレイさんが献上品の子達と豪遊する姿が詳細に想像出来てしまうのがことのほか辛い。
「風斗さんより、セキレイさんへ嫉妬してしまうのは、今はまだ仕方ないか」
認めよう、私はまだセキレイさんが好きだ。
「あ、あれ、なんか、セキレイさんに似ている人がいる」
グラウンドの端に、セキレイさんとおぼしき不穏な人影を見つけ、私は思わずガラスにびったりとおでこと両手を着く。
「顔はわからないけど、あの不穏なオーラ、絶対セキレイさんだよ!」
私に人のオーラを視る特殊な能力は無いが、セキレイさんの高圧的な独特なオーラだけは認識出来た。
気のせいか、彼もこちらを見上げているように見える。
「見えるかな?セキレイさ~ん!」
私は大きく手を振ったが、目の悪いセキレイさんにはそれが見えていないのか微動だにしない。
「セキレイさんがレーシック手術をしていたら見えてたんじゃないの?」
セキレイさんの意気地なし。
いや、今、裸だから命拾いしたな……
その後、その人影は駐車場まで歩いて行き、セキレイさんの物と思われる車に乗って何処かへ行ってしまった。
僅かな時間だったが、久し振りにセキレイさんに触れられたようで胸熱だった。
「いいなぁ、何処へ行ったんだろう?私も外へ行きたい」

「駄目ですよ」

急に背後から鳥取さんに声をかけられ、私はビクッと体を揺らしてガラスにおでこをぶつける。
「いきなり現れないで下さい。せっかく軟膏を塗ったのに、怪我が増えました」
「また軟膏を塗ればいいでしょう?」
「身も蓋もないですね」
「それより、軟膏が乾いたのでしたら、服を着て下さい。私が貴方様の裸を見たら、風斗様に目を潰されますから」
と言って鳥取さんは私にシルクのガウンを投げてよこした。
雑だな。
「後ろ姿でも裸は裸ですから、目を潰されて下さい」
私がこれみよがしに笑みを浮かべ、首だけ振り返って鳥取さんの様子を窺うと、彼は律儀に私に背を向けていた。
というか、多分、私の裸には興味が無いどころか、見たくもないのだろう。
別にいいけど。
私は大人しくガウンを拾い、それを素肌に纏わせた。
「着ましたから、安心して振り返って下さい」
「恐れ入ります」
鳥取さんは振り返って深々とお辞儀をすると、いつも通り食事の準備を始める。
「窓から何を見ていたんですか?」
「乗馬をしている献上品の子達を見ていました」
「そうですか。でも風斗様がいる時はそういった事はなさらないで下さいね」
「そういった事?」
窓の外を見る事がそんなに悪い事なのか?
「ついさっき、下で渡辺さんが車に乗って何処かへ出掛けていましたね」
鳥取さんも同じフロアにあるコンシェルジュの詰め所(?)からセキレイさんを見ていたのか?
目、いいな。
それにしても、遠回しに、セキレイさんを見ていた私を咎めているつもりなのか。
「……遠くから自分の元調教師を見るのもいけないんですか?」
「単なる元調教師ってだけならいいですけど」
何だか含みのある言い方だ。
「とにかく、風斗様の前ではしないで下さい。私の仕事が増えますから」
「……はい」
風斗さんの前で他の男の事を見るなという事か。
だったらいっそ、私の目を潰せばいいのに。
そうしたら、私だって、セキレイさんの姿を見て苦しまずに済む。


気の進まない朝食を食べ、書斎で何の関心もない歴史書を黙々と読み、それから気の進まない昼食を食べて、また書斎でなんとなく同じ歴史書を捲ると、今度は気の進まない夕食の時間がきて、それを食べ終わると、風呂に入って寝床についた。
「今頃、風斗さんは側室の子をいたぶって遊んでいるんだろうな……」
体は楽だった。
けれど思いの外独り寝は寂しい。
「ベッドが広いからそう思うのかも」
眠れない。
「夜、眠れなくなるから昼寝しないようにしてたのに、全然眠くならない」
バッキバキだ。
羊を数えようにも、様々な事が頭を過ぎってそれを許さない。
「新婚で夫が側室の部屋に夜這いするって、笑い話になっちゃうな」
これが王室でなければ立派な浮気だ。
……いや、きっと風斗さんは私に気を遣って帰らないと言ってくれたんだから、あまり卑屈になっちゃ駄目だ。
スー……
空調の音がうるさい。
昨夜は気にならなかったのに。
……いや、昨夜は気にしている余裕がなかっただけか。
「紅玉さんも同じベッドで、同じような夜を過ごしたんだろうか?」
紅玉さんはどんな気持ちだったんだろう?
紅玉さんも、私と同じように調教師に恋をして、窓から翠の姿を眺めては、側室の元へ行く風斗さんの後ろ姿を見送ったんだろうか?
まるで誰からの愛も得られなかったような、そんな悲しい気持ちになったりしたのかな?
「王妃って、そんなもんなのかな?」
解らない。

それから私は眠れぬ夜を1週間程過ごした。


今朝は天気もグズグズと優れなくて、私は鬱屈としながらサンドイッチを食べていた。美味しいのだろうけど、モソモソと、味のしない雑巾を噛んでいるよう。
でも食べなければ、鳥取さんが風斗さんに叱られてしまう。
私は半ば使命感で目の前のサンドイッチを口に押し込んでいく。
「今日はクリームチーズとサーモンのサンドイッチにキャビアを挟んでみました」
鳥取さんがそう言いながら、ダイニングテーブルに座る私にお茶を振る舞ってくれた。
「そうですか、どおりでいつにも増して美味しいなと思ったんです」
私はにこやかに応える。
キャビアだなんて、全然気付かなかった。
モサモサしたパンが口中の唾液を全て吸い取り、粘土みたいな塊になって飲み込めない。
「嘘が下手ですね」
「本当ですよ、凄く美味しい」
私は少しテンションを上げて嘘を隠す。
「毎回、半ば義務感で食べてらっしゃったのは知っています。食事に飽きるよう、わざとサンドイッチばかりお出ししていたんですから」
嫌がらせかっ!
鳥取さんからガラス玉のような冷たい瞳で流し見られ、私は大人しく観念した。
「……すみません、食欲がないんです」
私は三分の一も食べてれていないサンドイッチを一旦皿に戻す。
でも食べなければならない。多分、それも王妃の仕事だから。
食べたくないのに食べなきゃいけないのって、実は凄くストレスだ。
「心配しなくても、風斗様はただ、貴方を傷付けないように距離をおいているだけです」
「鳥取さんは私の事が嫌いなんだと思ってたんですが、フォローしてくれるんですね」
社交辞令かもしれないけれど、その気持ちは単純に嬉しい。
「別にそういう訳ではありません。それに、風斗様は他国に遠征に行っているだけで──」
「嘘が下手ですね」
「……本当ですよ」
「本当に嘘が下手だ」
「……」
やっぱり嘘だったのか、鳥取さんは押し黙ってしまった。
「心配して気を遣ってくれなくても、私は大丈夫ですから」
私は重くなった口角を無理やり押し上げる。
大丈夫。私は寂しくない。大丈夫。
「別に心配していません。只今、ヨーグルトを用意して参りますので、暫しお待ち下さい」
鳥取さんは急に話の腰を折り、サンドイッチをワゴンに戻し、足早に部屋を出て行った。
「ほら、嘘が下手だ」
心配していなかったら、わざわざサンドイッチの代わりに食べやすいヨーグルトを取りに行ったりしない筈だし。
存外、良い人なのかな?

暫くして、鳥取さんがヨーグルトとその他諸々のトッピングをトレイに乗せて戻って来た。
「すみません、お手数おかけして」
私は鳥取さんに向けて頭を下げ、ヨーグルトにブルーベリージャムをかけて食べた。
良かった、これなら食べれる。
酸味と潤いがスルスルと円滑に食道を通っていく。
「翡翠様、インターホンがあるんですから、その時の気分で食べたい物を申し付けてもらえればご用意致しますので」
鳥取さんは斜め後方で胸に手を当ててかしづいた。
「あ、そうか、インターホン!忘れてました」
なるほど、これはいい事を聞いた。
私はしめしめと内心ほくそ笑む。

食後、また室内に独り取り残され、私はやる事も無く書斎で辞書を開いていた。
「興味の無い物語や歴史書を見るのも、辞書を見るのも、同じ事なんだな」
何も心に響かない、そういう事だ。
さっきから目ではひたすら漢字の羅列を追っているが、頭では、今、自分の夫は何処にいて、何をしているのか、そればかり気にしている。
新婚生活って、こんなに冷え込んでて、寂しいものなのかな?
私には風斗さんしか頼るものがないのに、全然コミュニケーションが取れないなんて。
「駄目だ、退屈過ぎて余計な事ばかり考えてしまう」
私は2時間も開いていた辞書をしまい、書斎から出てインターホンの前に駆けて行く。
「よしっ」
私は一旦呼吸を整え、インターホンの受話器を手に取り、内線の一番のボタンを押して耳に当てた。
プルプッ
一瞬の呼び出し音の後に、すぐ鳥取さんの『はい』という冷酷そうな声が耳に響く。
出るの早っ!?
電話の前で構えてたんじゃないの?
私は少しだけ身の毛がよだった。
『何のご用件でしょうか?』
「え?ご用件?特にご用は──」
ただ寂しくて電話しただけだったので、話の内容なんて考えていなかった。
『では切り──』
「ま、待って下さい!ちょっとお話しませんか?」
危ない、切られるところだった。世間話くらいしてもいいだろうに、この人はなんて味気無い人なんだろう?
『お話、ですか?』
きっと電話口の向こうでは、肩に受話器を挟み、眉間に皺を寄せて私を訝しんでいるのだろう。解ります、ハイ。
「はい。ご迷惑ですか?」
あれ、もしかして忙しかっただろうか?
勇み足だったか?
『いえ、というか、私には、迷惑だと返す権利がありませんので』
それって迷惑って言われているようなもんじゃ……
私は急に怖気づいた。
『それで、何か懺悔したい事でもあるんですか?』
ないわ!
「いえいえ、ただ、世間話でも、と……」
『世間話?』
電話越しの声がドスの利いた声に聴こえたのは気のせいだろうか?
ええい、いったれ。
「そうです、他愛もないお話でも、なーんて」
『タッハー』と私はその場の剣呑とした空気を払拭するようにわざとらしく大袈裟に笑い声をあげる。
『……』
「……」
沈黙が痛い。
そうだった、鳥取さんは元々口数が少ない。なのに表情すら読み取れない電話だんて、少し、いや、かなりハードルが高かったか?
私は話題を模索して目を回した。
話題が無い時は取り敢えず天気の話をしろと献上品の講習会で習った!
「え、ええと、良い、お天気デスネ」
『曇り空がお好きなんですか?変わっていますね』
ナイス、心無いツッコミ。おかげで100のダメージをくらった。
「あの、その、すみません、私はただ……」
『寂しかっただけ』なんて言うのは、元献上品として恥ずかしい事で、決して口に出来なかった。
『ああ、ほら、雷雲ですけど、ソフトクリームの様な雲がありますよ?』
「え?ソフトクリーム?」
急にどうした?
自然に話し始めた鳥取さんに面食らいながらも、私が受話器を耳に当てたまま窓の外を確認しに行くと、なるほど、確かにその様な黒雲が渦を巻いている。
「ごまソフトですね」
『そこはチョコソフトでしょう』
「チョコソフトなら茶色じゃないですか、あれは黒雲なんでごまソフトです」
『茶色ならウン──』
「あー!あー!やめて下さい、下品な」
『冗談ですよ』
電話越しなので定かではないが、今、あの鉄面皮の鳥取さんがクスリと笑った気がした。
まさか、ね?
ああ、でも……
こうして誰かと同じ空を見上げながら話していると、ビルの孤島にいたのが嘘のように心が和らぐ。
こんな曇り空の日は尚更だ。
「鳥取さんて、冗談も言うんですね。とても意外でした。ただの規律人間なんだと思ってました」
最初、セキレイさんと会った時も同じような印象を持ったものだ。
『規律人間には違いありませんよ』
「紅玉さんにもうるさく言っていたんですか?」
『言いません。あの方は翠さんの献上品で、出来たお人でしたし、わきまえておられましたから』
嫌味かっ!!
「……凄く耳が痛いです」
鳥取さんはセキレイさんとは違って遠回しにくるな。
しかも今『ジッ』とライターをつけるような音がして『フゥーーーッ』と一服しているような吐息が聴こえなかったか?
随分と片手間で話を聞いてくれるな……
『そうでしょうとも。しかしながら、翡翠様には特別気をつけるようにと風斗様から仰せつかっておりますので、多少の無礼はご理解下さい』
気をつける?
「文字通り、鳥取さんはお目付け役……という事なんですね?」
鳥取さんが私の行動に過敏なのは、風斗さんの干渉があるからなのか。
『まあ、それもそうですが、風斗さんなりの愛情なのだと思います』
「愛情ですか……」
本当に?
ただの所有欲じゃなくて?
どうしてだろう、なんか悲しい気持ちになる。それはまるで、この曇り空のよう。
「愛情だなんて……本当に愛情があったら、風斗さんは妻を置いてよそに夜這いをしに行ったりは……すいません、聞き流して下さい」
あれ、こんな事、言うつもりなかったのに。電話だと余計な事を話してしまうものなんだ。
『いえ、ずっとお独りでいると愚痴の1つも出てくるでしょう』
「紅玉さんも愚痴ったりしていましたか?」
私は、紅玉さんも同じ王妃だったのだから、当然、自分と同じような境遇だったのかと思っていた。
『いいえ』
「っあ……」
紅玉さんは私と違って風斗さんから寵愛を受けていたんだ、不満なんかある筈もない。
風斗さんと紅玉さん夫婦の事なのに、なんでか私は疎外感というか、一種の侘しさを感じた。
紅玉さんは私とは違って寛大で聡明なお人だから、風斗さんが放さなかったのだろう。私もそんな風になれれば、風斗さんも少しは私を見てくれるかもしれない。
これから夫婦としてずっと一緒にいるんだから、出来るだけ仲良く過ごさなきゃ。
『翡翠様、前妻と自分を比べて卑屈になる事は良くない事です』
……さっきまで遠回しに嫌味を言っていなかったか?
「でも、やっぱり意識しちゃいますよね。自分だけがこうなのかなって。そうなると、なんで私が選ばれたのか、色々疑っちゃうというか……」
考える時間だけがあり過ぎるせいか、卑屈な考えばかりが頭を過ぎって不安になってしまう。
自分の存在意義とか、価値とか。
『翡翠様、少々お待ちいただけますか?』
「えっ?」
鳥取さんは藪から棒にそう言うといきなり電話を切った。
「忙しい時に電話してしまったかな?悪い事しちゃったな」
私は受話器を置き、反省する。
鳥取さんは私と違って暇人ではない、申し訳ない事をした。
──そう思っていると、突然、ノックも無しに鳥取さんが部屋に入って来た。
「えっ、鳥取さん?どうしたんですか?抜き打ちチェックですか?」
私が驚いていると、鳥取さんが尻のポケットからトランプを取り出す。
「手品でもやるんですか?」
「勝負しましょう」
その一言で、私は鳥取さんとテーブルを挟んで、お茶をしながらババ抜きをする事になった。

「鳥取さんて、優しい方ですよね。本当はこうして私に構う事は良くない事なんでしょう?」
時間を持て余して余計な事を考える私を、鳥取さんは紛らわせようとしてくれているのだと思う。
「これも仕事ですから」
鳥取さんは眼鏡を外して私の前に扇状に広げたトランプを差し出す。
「ババ抜きが仕事ですか?というか、眼鏡に映ったカードを見ようと思ったのに」
私はチッと舌打ちしながら差し出されたカードの、一番端側を引く。
「ゲッ」
ババだ。
私はテーブルの下でババとその他のカードを混ぜ合わせ、扇状にして鳥取さんに差し出した。
「貴方を退屈させないのも私の仕事なんだと悟ったんですよ」
鳥取さんはそのカードの、真ん中辺りに手を付け、私の表情を探った後、その隣のカードを引いていった。
チッ。
「では、忙しくなりそうですね?」
「ですが、世間体もありますから、風斗様にはくれぐれもこの事は伏せておいて下さい」
鳥取さんはペアになった2枚のカードを捨て、お茶に口を付ける。
「風斗さんが知ったところで、あの方は私に関心なんて無いですから」
私は自嘲しながら鳥取さんから適当にカードを引く。
2人でやってるのになかなかカードが揃わない……
「あの方は関心の無い相手を妻に迎えたりしません。それにあの方の愛は、深すぎて底が知れません。まるで恐ろしい深淵ですよ」
「まるで恐ろしい深淵か……なんだかしっくりきます。あの人の底知れぬ闇はそこからきてるのかも」
「随分な言い方ですね」
「それはお互い様です」
私はババのカードを扇の中央に出っ張った形で配置し、鳥取さんに引けとばかりに差し出すも、彼はそれをスルーして違うカードを引いた。
チッ。
千里眼でもあるのか?
「古典的な手を……」
鳥取さんは呆れ顔でペアになった2枚のカードを捨てる。
「鳥取さんて、心が読めるんですか?それとも、私の瞳に映るカードを見てるとか?」
ハァとため息をつき、私は箸休めにお茶を飲む。
「そんなに目が良かったら眼鏡なんかしませんよ」
「鳥取さんも、レーシックやコンタクトが怖くて眼鏡にしているんですか?」
「も、というと?」
鳥取さんも私に習い、お茶を飲んだ。
「これが可笑しい話で、セキレイさんたら……すいません、聞かれない限り、故郷や調教師の話はあまりしてはいけないんでしたね」
私は一瞬、意気揚々とセキレイさんの笑い話を始めそうになり、直前で思いとどまる。
「いえ、風斗さんの前でなければ、オフレコで認めましょう。ただ私は、過去を話す事で辛くなる場合もあると思うので、あまりお勧めしないですが」
「……確かに、思い出に浸っては悲しくなったり、ありますね」
それでも、私がセキレイさんの事を思い出すのは、一種の自分への慰めなのだと思う。
「……翡翠様、今夜は寝室に受話器を持ち込んで下さい」
「え、受話器?なんでまた、ピロートークでもしろと?」
また藪から棒に……
「今夜も風斗様はお帰りになられないかもしれませんので、何かあった時の為に用意しておいて下さい」
何かって?
「え?はい」
疑問には思ったが、鳥取さんから鼻先にカードを突き出され、私は戸惑いながらもその中から目についた1枚を引いた。

それから私はババ抜き、ポーカー、ブラックジャック、七並べと、あらゆるゲームに負け、気が付くと昼食の時間をとうに過ぎていた。


今日はトランプのおかげで1日があっという間だった。負け続けたけれど、夢中で没頭出来た。
「いい1日だった」
私は満足感で満ち足りながら受話器を枕元に置いて寝床に着く。
明日は鳥取さんとオセロで勝負したいな、なんて思いながら、私は夢の世界に身を落そうとしていた。

そんな時──

ゴロゴロ……ガラガラ……ガガーーーーーーッ!!!!!!!!
「ヒィッ!!」
天窓の磨りガラスから眩しいくらいの閃光が走り、それと同時に空気が引き裂かれるような轟音が室内に轟き、私は腰を抜かす程びっくりして頭から布団を被り、両手で両耳を押さえる。
ドドドドドドド……
胸を太鼓のバチで殴られているような鼓動がして、息苦しくなった。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ」
雷だ。
嫌だな、どうしよう、セキレイさん!!
雷の夜は、どうしても家族を殺された夜を思い出して怖くなる。今まではセキレイさんのベッドに潜り込み、彼の胸で彼の心音を聴きながら眠る事で安息を手に入れられたけれど、今は誰もいないし、それに……あの、誰とも知らない男に犯された夜の事まで思い出してしまう。
雷の閃光で一瞬だけ見えた、男の獣の様な恐ろしい眼光。あれを思い出すと、自ずと膝が笑い出し、私は体を丸くした。
セキレイさんがいれば乗り越えられるのに……
こんなにセキレイさんが恋しい事はない。
セキレイさんがそばにいてくれた時は、雷が怖いどころか、いつしか雷の夜が待ち遠しくなっていたところもあった。
けれど今は、怖すぎて、朝を迎える前に心臓発作で死んでしまうのではないかといらぬ心配をしている。
ガラガラ……ガガーーーーーーーーッ!!!!!!
「す、凄い近いぃっ!!」
このビルは高い。どっかに避雷針なんかの落雷対策はあるのだろうけど、雷なんて、落ちる時は落ちるもんじゃないのか?
恐らく大丈夫なのだろうけれど、私はまともな判断もつかない程に怯えきっていた。
「どうしようどうしよう」
布団に潜っているおかげで閃光が見えない分、いつ襲ってくるとも知れない轟音の恐怖は格段に上がる。
いつくる?いつくる?
ガガーーーーーーーーーーッ!!!!!!
キターーーーーーーーーーッ!!!!!!
「駄目だ、心臓が爆発しそう」
私は恐怖に耐えかね、布団から手を出して枕元にあった受話器を布団の中に引き込んだ。
鳥取さんは『何かあった時の為』と言って私に受話器を用意させたが、それって今じゃないの!?
私は震える手で内線の一番を押し、片耳に受話器を押し当て、もう片耳を手で押さえて呼び出し音に集中する。
プルッ……
深夜の電話にも関わらず、鳥取さんはすぐに電話に出てくれた。
「ととと鳥取さんっ!!」
『はい』
受話器の向こうの声はどっしりと落ち着き払っている。私はそれだけで僅かな安心感を得られた。
良かった、私の他にも起きてる人がいる。
「あのっ、すいません、夜分に。お休みになられていましたか?」
『いいえ、起きてましたよ』
「ほ、ほんとですか?私が起こしてしまったんじゃあ……」
たかだか雷ごときで電話してしまって、今更ながら恥ずかしさと申し訳なさが込み上げてくる。
『いいえ』
「そうですか……」
『……』
「……」
しまった、怖すぎてつい電話してしまったけれど、その先までは考えていなかった!!
ゴロゴロゴロ……
「ヒィッ!!」
私が変な悲鳴をあげると、鳥取さんは電話口で穏やかに笑った。
珍しい。
『大丈夫ですよ。雷は少し遠退いたようです』
「ほんとですか?また戻ってきたりしませんか?」
『まあ、大丈夫でしょ。ですから、布団から顔を出しても平気ですよ』
「なんで、私が布団に潜っているってわかったんですか?」
私は自分を取り戻すと、その子供っぽい行動が急に恥ずかしくなって恐る恐る布団から顔を出した。
『そんなもの、簡単に想像がつきますし、声がこもってます』
「お恥ずかしい限りです」
『誰にでも苦手なものはありますから』
鳥取さん、最初は嫌味ばかり言っていたのに、雷は人を優しくするのだろうか?
「鳥取さんにも?」
『ええ、私は子供が苦手です』
そんな気はしてた。
「あー……凄くよくわかります。それで、鳥取さんは今、何をしているんですか?」
『お隣のコンシェルジュ室で空を見張っています。ですから、電話は繋いだままでも結構ですので、安心してお休み下さい。お独りで心細かったでしょう』
私は最後の言葉で不覚にもちょっとウルッときてしまう。そして同時に思うのだ。もしかして鳥取さんは、私が雷に怯えて電話してくるかもしれないと、寝ずに待っていてくれたのではないだろうか?
だからこそ私に、寝室に受話器を持ち込むよう促したんじゃないか?
でもなんで、なんで鳥取さんは、私が雷が苦手だって知って(?)いたんだろう?
「あの、鳥取さん」
『また雷が鳴りますよ?』
「……はい、おやすみなさい」
まあ、いいか。逆に雷が得意な人なんていないだろうし。
そうして私は受話器を耳元に置いたまま眠りについた。
しおりを挟む
1 / 4

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

孔雀と泥ひばり

BL / 完結 24h.ポイント:49pt お気に入り:14

婚約破棄されましたが、幼馴染の彼は諦めませんでした。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:3,187pt お気に入り:281

ある公爵令嬢の生涯

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:5,594pt お気に入り:16,126

貴方へ愛を伝え続けてきましたが、もう限界です。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:6,233pt お気に入り:3,810

最初に私を蔑ろにしたのは殿下の方でしょう?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:21,763pt お気に入り:1,965

1年後に離縁してほしいと言った旦那さまが離してくれません

恋愛 / 完結 24h.ポイント:4,487pt お気に入り:3,766

言いたいことはそれだけですか。では始めましょう

恋愛 / 完結 24h.ポイント:4,423pt お気に入り:3,569

処理中です...