2 王への元献上品と、その元調教師

華山富士鷹

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伝説の調教師・人門翠と伝説の王妃・紅玉

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紅玉は、文武両道、全ての才覚に優れた人門(ヒトカド・人間で造られた門に由来する名字)翠という人間的にも出来た男に調教された。
因みに紅玉は献上品として翠に引き取られる際、翠と養子縁組を組み、人門の姓を名乗っている。
翠はこの呪われた名字を嫌ってあまり姓を名乗る事はしなかったが、紅玉は翠を慕い、喜んでこの姓を名乗ったのだと言う。
そんな紅玉が王室に嫁いで、俺の『波風』姓を名乗る事になった時、彼女はどんな思いだったのだろうか?
多分、嫌だっただろうな。
完全なる余談だが、俺の名字は、よく、海の波や潮風から由来されるものと思われがちだが、人間関係に波風を立てるところからきている、と思う。
まあ『人門』よりはましかもしれないけれど。
話はだいぶそれたが、俺はこの紅玉という女性を献上品の儀式を迎える前からよく知っていて定期的にチェスやお茶を楽しんでいた。それと言うのも、献上品の中にチェスの名手がいるとの噂を聞き、どんな人間なのかと俺が紅玉に興味を持ったのがきっかけだった。
実際に紅玉に会ってみると、彼女はチェスどころか様々な分野に精通していて、果ては占いやマジックまで披露し、俺を楽しませてくれた。会話をするにしても、知的な中にユーモアもあり、終始俺を退屈させなかった。
しかし今にして思うと、それらのスキルの全てを手練調教師の人門翠が教え込んだのだと考えると、かなり合点がいった。
恐らく、チェスの名手の噂も、人門翠が策略的に流したのだと思う。人門翠は同じ大学に通っていた先輩だが、当時から彼は優秀な学生で、教授らからも一目置かれた存在だった。ただ、家が貧しかったので奨学金を返す為もあって調教師を始めたらしく、その中においてもすぐに頭角を表し、俺は知らず知らずのうちにその策略に踊らされていた。
しかし当時の俺は単純だったから、友人みたいな紅玉をとても軽い気持ちで妻にした。
始めは、友情が邪魔でうまく彼女を抱けずレスになってしまったが、それでも、俺は家族になった紅玉を心から愛していた。そして紅玉もまた、同じように俺の事を愛してくれているのだと思っていた。
それ程までに、紅玉は完璧な良妻だったのだ。
いつもニコニコと笑顔を絶やさず、王妃という肩書にあぐらをかくことなく自分の事は自分でやったし、一般家庭のように俺に温かな家庭料理を作振る舞ってくれた。中でも、彼女が作ってくれる素朴な筑前煮は俺の肥えた舌を唸らせた。
紅玉に対する愛は、決して情熱的なものでは無かったが、俺の心には家族に感じるような穏やかな愛があった。
だから紅玉が懐妊した時は、家族が増える歓びに歓喜したものだが、何故か彼女は浮かない顔をしていた。最初は、初めての妊娠で不安になっているだけだろうと思っていたが、ある日、紅玉が部屋の窓から人門翠を眺めているのを見て、俺は思い知る。

俺は、紅玉からあんなにも情熱的な視線を向けられた事があっただろうか?

──無かった。
ただの一度として。
俺は花梨の時同様、疑心暗鬼になり、紅玉を泳がせ、その行動を探った。
紅玉は、最初はただ遠くから人門翠を見つめているだけだったが、自身の懐妊が発覚した直後、彼女は警備のすきを見て、1人で会議室にいた人門翠と2人きりになる。俺はその様子をドアの隙間から覗き、冷めた思いで耳をそばだてていた。
所詮、紅玉も花梨と同じか。鉄の男と呼ばれた人門翠もまた、懐妊している紅玉に安心して手を出す事だろう。
やはり人間なんて、先王のように恐怖で支配しなければ『オイタ』をするのか。
『紅玉?!』
『翠』
人門翠は最初こそ驚いていたが、すぐに冷静さを取り戻し、紅玉へと向き直った。
こちらからは紅玉の後頭部しか見えなかったが、人門翠の表情だけはぼんやりと見てとれた。
彼は紅玉との再会を喜ぶどころか眉に力を入れ、毅然とした態度で腰に手を当てている。
『紅玉、何故、1人でここへ来た?』
『話をしたくて……』
俺の想像では、まずは感動の再会で2人がハグやキスをするものと思っていたので思わぬ肩透かしをくらう。そして紅玉もまた、つれない彼に同じ事を思ったようで、少しだけ声が震えていた。
『俺はもう、君の調教師じゃないんだ。話なら人を介してくれ』
人門翠は紅玉を突き放すようにわざと冷たく言い放つ。
『人に、私が貴方をどう思っているか聞かれてもいいの?』
いつも穏やかな口調の紅玉が、かなり切迫したようなテンポで人門翠に迫るも、彼の鉄の心はびくともしていないように見えた。彼は1つ大きなため息をつき、腰に帯刀していた小刀を抜く。
この小刀は、献上品が粗相をした際に、その調教師が自身の献上品を速やかに処断出来るよう常に身に着けている物で、調教師によってはナイフであったり、刀であったり、銃である場合もある。
『紅玉、君にはとても感謝しているけれど、俺と君がこうして2人きりで密会している事自体、王への謀反になるんだ。身の振り方に気をつけなければ、俺は君を処断しなくてはいけなくなる』
そう言って人門翠は紅玉に小刀の切っ先を合わせた。
『翠、本気なの?』
紅玉の声はもはや泣き声に近くなっていて、見ているこっちが胸を痛める程であった。
『本気だ。たとえ君が妊娠していても、王への裏切り行為は大罪だからね。それが、君の元調教師の責任なんだよ』
『最後に、一言だけ聞いてほしいと言っても?』
『駄目だ』
たとえ紅玉が泣いて食い下がろうと、人門翠の意思はかたく、彼女にその鋭い小刀を向けたままだった。
凄い、どうしたら人はここまで情を捨てられるのか。人門翠だって、紅玉を大事に思っていた筈なのに……彼の意思の強さには舌を巻く、というか、感服する。
紅玉はとりつく島もなく人門翠に拒絶され、うちひしがれるようにヨロヨロと部屋を出て行った。
あんな取り乱した紅玉を見たのはこれが初めてだった。
それからというもの、いつも通りの紅玉の笑顔がどこか作り物のように見えて痛々しく感じるようになっていく。
そしてそれから暫く経ったある日、紅玉は体調を崩し、そのままお腹の子もろとも帰らぬ人となった。
公式には紅玉は病死という事になっていたが、実のところ、彼女は使用人の女から長期に渡って微量ずつ毒を盛られ、中毒死した。
彼女の死後、時々俺は、紅玉は毒に気付きながらも使用人から出された食事を騙されたふりをしてわざと食べ続けていたんじゃあないかと考えた。
紅玉は賢い女性だったから、使用人を利用して自害するような真似をしたのだと思う。それを裏付けるかのように書庫で紅玉の遺書が見つかり、中には『ごめんなさい』と俺宛に謝罪の言葉だけが記されていた。
なんて馬鹿な事をしたんだ。
紅玉の本当の裏切りは浮ついた想いなんかではなく、俺を置いて逝ってしまった事だ。

紅玉の死後、あれだけ規律に厳しかった鉄の男は、突然献上品の木葉を連れて姿を消した。
彼はきっと、1人の男として紅玉の最後の言葉を聞いてやらなかった事を後悔したのだろう。
本当は、彼は調教師云々関係なく、ただ誰よりも紅玉の幸せを願っていただけなのだと思うと、俺は彼に申し訳がたたなかった。

だからこそ翡翠の事は、距離をとったり、監禁してでも幸せにしてやりたいと思っていたが、俺は愛する人を失う不安から、誰かを深く愛する事が怖くなっていた。
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