24 / 25
一緒に帰ろう
しおりを挟む
参列者達が去った教会内を一歩一歩ゆっくりと進んで行くと、まるでヴァージンロードを歩く新郎のような気分になった。そして花やロウソクで縁取られた長いヴァージンロードの先には、棺桶に入った花嫁が待っている。
皮肉な話だ。
やっと一緒になれるというのに、翡翠は……
牛歩する毎に、翡翠との他愛もない思い出が溢れ、胸がいっぱいになった。
翡翠が城に来た当初は、環境が変わったストレスでご飯が食べれなかったのに、後に好き嫌いをするまでグルメになってしまったっけ。
そして俺にタコワサを作ってくれた翡翠。あれはワサが効きすぎてて罰ゲームでもくらっていたみたいだった。瓶詰めの硬い蓋を是が非でも自力で開けようとしていた翡翠。俺のスマホの秘蔵動画を盗み見てガクブルした翡翠。歯を食いしばって献上の儀に向かう翡翠。王妃になり、それから一度も後ろを振り返らなかった翡翠。
獰猛、凶暴、頑固、意固地、意地っ張り、猪突猛進、一本気、料理ベタ、純真、素直、率直、いつも前ばかり見ていて、前にしか進まない、いつも自分の事は後回しで、大事な人の為に全力で尽力する、そんなむちゃくちゃな奴だった。
翡翠はいつの間にか成長して多大な功績を残すまでの偉人になってくれて、俺はとても誇らしかった。
そしてあっと言う間に育ての親である俺を置いてきぼりにして……
『セキレイさん、セキレイさん』
今も、俺の名を呼ぶ翡翠の声が耳に残っている。
当時は当たり前のように呼ばれていた名前なのに、今は切ないくらい尊い響きに感じる。
もう一度、俺の名前を呼んでほしい。
「翡翠、迎えに来たよ」
俺がフラフラ棺桶に近付くと、ゆっくりその中身が明らかになってくる。
沢山の白百合、それから、それに埋め尽くされた翡翠が両手を組んで横たわっていた。
「やっと……」
やっと会えた。
俺は翡翠に会える事をずっと心待ちにしていたのに、嬉しいというよりも、悲しい気持ちの方が強かった。
……それもそのはずだ。
こんな箱に入った状態で翡翠に再会する事になるなんて、望んでいなかった。
翡翠は、変わり果てた姿というより、一緒に暮らしていた時の寝顔そのままでそこに眠っていて、俺がキスでもしたら、驚いて飛び起きてきそうな程だった。
だから俺は、震える手で彼女の頬に触れ、その冷たくなった生気の無さを直接肌で感じ取った。
「翡翠……」
俺の呼び掛けに、返事はない。
認めたくなかったけれど、やっぱり翡翠は……
もう、目を覚ます事はないんだ。
あの笑顔を見る事は出来ないんだ。
ここにはもう、翡翠はいないんだ。
そう思ったら、堰が切れたように涙が頬を伝った。
「やっと迎えに来られたのに、なんで先に行っちゃうんだよ」
俺達はいつだってすれ違ってばかりで全然違う人生を歩んだ。だから、せめて最期くらい、同じ時を過ごしたかった。
「お前と離れ離れになってから色んな事があったんだ。俺はさ、遠く南部の国でお前の功績をニュースで聞きながら、お前に負けないように南部国復興に奔走したんだ。今はまだ、完全とまではいかないけど、南部国の枯渇した土地に緑が戻りつつある。お前の嫌いなアボカドの木も沢山植えたんだ。いつかお前に、俺が植えたアボカドを食べさせようと特別に品種改良までしたんだぜ?」
『ハハ……』と、俺の力無い笑い声だけが教会に響く。
まるで虚無の世界だ。
「お前は、俺の心ごとあの世へ逝ったんだな」
凄くわびしい。
目の前に翡翠がいるのに、彼女は応えてくれない。
「こんなに虚しい事があるか?」
俺は人差し指の背で翡翠の頬を撫でる。
翡翠が生きていた時は、軟らかくて、温かくて、頬を赤くしてて可愛かった。
今の翡翠は、完全に、魂を失った器だ。
まるで人形のよう。
ほんとに思い知らされる。
「あぁ、死んだんだな」
終わったんだ。
そこで俺は、ようやく、ダリアから託されたユリの花を翡翠の胸元に献花した。
「ずっと病を隠してきて辛かったろ?脚まで失って、ボロボロだったんだろ?」
強がりで強情な翡翠の事、誰にも何も相談する事なくここまで走り続けてきたのだろう。
「もういいんだ。もう誰かの為に走らなくていいんだ。休んでいいんだよ、翡翠。お前は全力で生きた。立派だったよ。俺はお前の元調教師としてとても鼻が高い。お前は俺の誇りだ」
俺は、ヨシヨシと褒めるようにユリの髪留めを付けた翡翠の頭を撫でた。
『セキレイさん、本当にありがとうございました。それから……さようなら』
翡翠が献上品を卒業して調教師である俺の元を去る時、最後に翡翠からかけられた言葉だ。
今にして思うと翡翠は、まるで自分の早すぎる死を予言していたかのようだった。
「翡翠、あの時、お前が俺に最後の言葉を残したあの時、正直、俺はお前を連れ去っていれば良かったと思ったよ。でもお前は、風斗と3人も子供をもうけて幸せだったんだよな?風斗や子供達を心から愛してただろ?いつも地上からペントハウスを見上げてお前の幸せそうな影を見てたんだよ。でもお前は俺を見ていなかった。だからこれで良かったんだよな。お前は俺の為に風斗に嫁いだと思っていたけど、結果的にお前が幸せな人生を送れて良かった。お前を風斗に送り出して良かった……でもお前はこうして俺の元に戻って来たんだ。だから言わせてくれよ」
『おかえり、翡翠。愛してるよ』
今、やっと、面と向かって翡翠に愛を伝える事が出来た。
何もかも遅すぎたけれど、俺達はこれで良かったんだ。
死してようやく育ての親である俺の元に献上品が戻ってくるなんて皮肉な話だけれど、今になってあのドリームキャッチャーが俺の願いを叶えてくれたらしい。
「一緒に帰ろう、翡翠」
これからはずっと一緒だ。誕生日も、クリスマスも、お正月も、みどりの日も、どっかの国の旧正月も、全部一緒にいて、穏やかに暮らそう。
そして俺は誓うように翡翠の冷たい唇にキスをした。
皮肉な話だ。
やっと一緒になれるというのに、翡翠は……
牛歩する毎に、翡翠との他愛もない思い出が溢れ、胸がいっぱいになった。
翡翠が城に来た当初は、環境が変わったストレスでご飯が食べれなかったのに、後に好き嫌いをするまでグルメになってしまったっけ。
そして俺にタコワサを作ってくれた翡翠。あれはワサが効きすぎてて罰ゲームでもくらっていたみたいだった。瓶詰めの硬い蓋を是が非でも自力で開けようとしていた翡翠。俺のスマホの秘蔵動画を盗み見てガクブルした翡翠。歯を食いしばって献上の儀に向かう翡翠。王妃になり、それから一度も後ろを振り返らなかった翡翠。
獰猛、凶暴、頑固、意固地、意地っ張り、猪突猛進、一本気、料理ベタ、純真、素直、率直、いつも前ばかり見ていて、前にしか進まない、いつも自分の事は後回しで、大事な人の為に全力で尽力する、そんなむちゃくちゃな奴だった。
翡翠はいつの間にか成長して多大な功績を残すまでの偉人になってくれて、俺はとても誇らしかった。
そしてあっと言う間に育ての親である俺を置いてきぼりにして……
『セキレイさん、セキレイさん』
今も、俺の名を呼ぶ翡翠の声が耳に残っている。
当時は当たり前のように呼ばれていた名前なのに、今は切ないくらい尊い響きに感じる。
もう一度、俺の名前を呼んでほしい。
「翡翠、迎えに来たよ」
俺がフラフラ棺桶に近付くと、ゆっくりその中身が明らかになってくる。
沢山の白百合、それから、それに埋め尽くされた翡翠が両手を組んで横たわっていた。
「やっと……」
やっと会えた。
俺は翡翠に会える事をずっと心待ちにしていたのに、嬉しいというよりも、悲しい気持ちの方が強かった。
……それもそのはずだ。
こんな箱に入った状態で翡翠に再会する事になるなんて、望んでいなかった。
翡翠は、変わり果てた姿というより、一緒に暮らしていた時の寝顔そのままでそこに眠っていて、俺がキスでもしたら、驚いて飛び起きてきそうな程だった。
だから俺は、震える手で彼女の頬に触れ、その冷たくなった生気の無さを直接肌で感じ取った。
「翡翠……」
俺の呼び掛けに、返事はない。
認めたくなかったけれど、やっぱり翡翠は……
もう、目を覚ます事はないんだ。
あの笑顔を見る事は出来ないんだ。
ここにはもう、翡翠はいないんだ。
そう思ったら、堰が切れたように涙が頬を伝った。
「やっと迎えに来られたのに、なんで先に行っちゃうんだよ」
俺達はいつだってすれ違ってばかりで全然違う人生を歩んだ。だから、せめて最期くらい、同じ時を過ごしたかった。
「お前と離れ離れになってから色んな事があったんだ。俺はさ、遠く南部の国でお前の功績をニュースで聞きながら、お前に負けないように南部国復興に奔走したんだ。今はまだ、完全とまではいかないけど、南部国の枯渇した土地に緑が戻りつつある。お前の嫌いなアボカドの木も沢山植えたんだ。いつかお前に、俺が植えたアボカドを食べさせようと特別に品種改良までしたんだぜ?」
『ハハ……』と、俺の力無い笑い声だけが教会に響く。
まるで虚無の世界だ。
「お前は、俺の心ごとあの世へ逝ったんだな」
凄くわびしい。
目の前に翡翠がいるのに、彼女は応えてくれない。
「こんなに虚しい事があるか?」
俺は人差し指の背で翡翠の頬を撫でる。
翡翠が生きていた時は、軟らかくて、温かくて、頬を赤くしてて可愛かった。
今の翡翠は、完全に、魂を失った器だ。
まるで人形のよう。
ほんとに思い知らされる。
「あぁ、死んだんだな」
終わったんだ。
そこで俺は、ようやく、ダリアから託されたユリの花を翡翠の胸元に献花した。
「ずっと病を隠してきて辛かったろ?脚まで失って、ボロボロだったんだろ?」
強がりで強情な翡翠の事、誰にも何も相談する事なくここまで走り続けてきたのだろう。
「もういいんだ。もう誰かの為に走らなくていいんだ。休んでいいんだよ、翡翠。お前は全力で生きた。立派だったよ。俺はお前の元調教師としてとても鼻が高い。お前は俺の誇りだ」
俺は、ヨシヨシと褒めるようにユリの髪留めを付けた翡翠の頭を撫でた。
『セキレイさん、本当にありがとうございました。それから……さようなら』
翡翠が献上品を卒業して調教師である俺の元を去る時、最後に翡翠からかけられた言葉だ。
今にして思うと翡翠は、まるで自分の早すぎる死を予言していたかのようだった。
「翡翠、あの時、お前が俺に最後の言葉を残したあの時、正直、俺はお前を連れ去っていれば良かったと思ったよ。でもお前は、風斗と3人も子供をもうけて幸せだったんだよな?風斗や子供達を心から愛してただろ?いつも地上からペントハウスを見上げてお前の幸せそうな影を見てたんだよ。でもお前は俺を見ていなかった。だからこれで良かったんだよな。お前は俺の為に風斗に嫁いだと思っていたけど、結果的にお前が幸せな人生を送れて良かった。お前を風斗に送り出して良かった……でもお前はこうして俺の元に戻って来たんだ。だから言わせてくれよ」
『おかえり、翡翠。愛してるよ』
今、やっと、面と向かって翡翠に愛を伝える事が出来た。
何もかも遅すぎたけれど、俺達はこれで良かったんだ。
死してようやく育ての親である俺の元に献上品が戻ってくるなんて皮肉な話だけれど、今になってあのドリームキャッチャーが俺の願いを叶えてくれたらしい。
「一緒に帰ろう、翡翠」
これからはずっと一緒だ。誕生日も、クリスマスも、お正月も、みどりの日も、どっかの国の旧正月も、全部一緒にいて、穏やかに暮らそう。
そして俺は誓うように翡翠の冷たい唇にキスをした。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
11
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる