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翡翠とセキレイ
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翡翠を南部国に連れ帰ってから5年の月日が流れた。
苦労のせいか、歳のせいか、俺の髪は白髪が目立つようになっていた。その白髪交じりの前髪でからっ風を感じながら、俺は南部国城の敷地内にある小高い丘に建てた翡翠の十字架(墓)に背を凭れて座り、本を読んでいた。
翡翠の墓元には自分で育てたアボカドを供えてある。そして俺の傍らには『禁煙!!』とマジックで書かれたシーグラス製の灰皿が──
これは翡翠を連れ帰った直後に郵便で俺宛に届けられた物だ。生前、翡翠がシーグラスで製作し、死ぬ間際に発送したらしい。
粋な事をする。
「でも遺言とか手紙を付けないところがお前らしい。それに灰皿を作っておいて禁煙だなんて、理不尽なお前のしそうな事だ」
俺はクックックッと喉を鳴らしながら笑い、背中合わせの翡翠(墓)に話しかけた。
「灰皿なんだから、その機能を余すところなく使わせろよ」
俺は本を草っぱらに置き、懐から煙草とライターを出して喫煙する。
ハァーッと大きく紫煙を吐き、2、3度吸ったそれを灰皿へと置き、隣の十字架の前に灰皿ごと供えた。この十字架は、翡翠の父親が眠る墓だ。その隣に翡翠の母親、兄と続く。
「お前のとーちゃん、煙草、吸うんだっけ?」
嫌煙家だったらどうしよう。
「まあ、いいか。あの世じゃ肺癌になりませんから、思う存分堪能して下さい」
そう言うと俺はその場でゴロンと背中から寝そべり、曇り空を見上げてうっすら瞼を閉じた。
「今夜あたり、雷でもきそうだな。なあ、翡翠、あの世じゃ雷なんて無いんだろ?」
翡翠と別れてから、俺は雷が嫌いになった。そして翡翠が亡くなってからは、雷が大嫌いになった。
翡翠の温もりを思い出して辛くなるからだ。
「今じゃ俺の方が雷が怖くなってるよ……あーあ、お前に会いたい……会いたいよ」
今でも、翡翠を思い出すと目の奥がジンと痛くなる時がある。
「知ってるか、翡翠。今生で引き裂かれたカップルは、神様の配慮により来世では双子の男女に生まれ変わるらしいぞ?俺が思うに、そんなものは神様のエゴで、いらぬ世話だと思うんだよ。しかも、俺とお前と風斗の三つ子になったらどうする?ユリも足したら四つ子だ。悪夢じゃないか」
俺はつい鼻から笑いを漏らした。
そして急に寂しさがこみ上げてくる。
「翡翠、今、何処で何してる?凄く会いたい。寂しいよ。この世の何処にも翡翠がいないなんて、辛すぎる」
翡翠の為に植えたアボカドは、今や南部国の一大産業になった。この小高い丘から見下ろす緑の多くが、そのアボカドの木々なのだ。
一番食べさせたい相手がこの世にいないなんて……
目の奥が痛い。
「翡翠……」
俺は涙が溢れぬよう、固く瞼を閉じ、眠気に身を任せた。
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ……
まだ雨は降らないが、遠くの方で雷の音がする。
嫌だな、そう思っていると──
『セキレイさん、大丈夫ですよ』
──翡翠の声がすぐ真上からして、俺は飛び起きた。
「……いない」
当然、翡翠の姿は無い。
けれどあれはまるで、翡翠に膝枕でもしてもらっているかのような感覚だった。
ポツポツと雨が降り出し、雷が本格的に鳴り始めると、庭師との子供と手を繋いだダリアが城の方から俺を迎えに来た。
「やっぱりここにいた。夜から雷雨ですから、家に帰りましょう」
ダリアは翡翠の墓の前に来るなり、手にしていた白百合をその墓元に手向ける。
「いつもありがとう」
「これは余った花ですから」
なんてダリアは照れ隠しをしているが、彼女は翡翠やその家族の墓に供える為に中庭で花を育てている。素直じゃないけれど、本当はとても情に熱い、優しい女性なのだ。
「セキレイのお父さん、雷が怖いんでしょ?早く帰ろ」
ダリアの娘ユリに手を引かれ、俺は彼女を持ち上げ、肩車すると、ダリアと共に城へと歩き出す。
「別に怖いんじゃないよ。雷が鳴ると寂しくなるから、嫌いなんだ」
「なんで?」
ユリが頭の上から無邪気に聞き返す。
「ん?いなくなった好きな人を思い出すんだよ」
翡翠……
「セキレイのお父さん、寂しくないよ。ユリもママもパパもこじいんの友達も、皆いるじゃない」
俺が沈んでいると、ユリは上から俺の顔を覗き込んで元気に笑った。
「そうだな」
俺とダリアは形式的なパートナーで、俺には血の繋がった子供もいないけれど、それでも俺は、勝ち気な妻と、やんちゃな子供達のおかげで毎日がとても幸せだ。
「ねぇ、セキレイのお父さん」
ふと、ユリが後ろを振り返り、翡翠の墓の方をじっと見つめる。
「どうした?」
俺は足を止め、同じように翡翠の墓の方へ振り返るが、特段変わった様子は無い。
「?」
「なんでもない。セキレイのお父さん、大丈夫。寂しくないよ!」
ユリに鼓舞され、不思議と俺も、漠然と大丈夫なような気がした。
「そうだな」
翡翠。
お前は今も、俺と一緒にいるのかもな。それこそ誕生日も、クリスマスも、お正月も、みどりの日も、どっかの国の旧正月も。
だから大丈夫。俺は大丈夫、寂しくない。
END
苦労のせいか、歳のせいか、俺の髪は白髪が目立つようになっていた。その白髪交じりの前髪でからっ風を感じながら、俺は南部国城の敷地内にある小高い丘に建てた翡翠の十字架(墓)に背を凭れて座り、本を読んでいた。
翡翠の墓元には自分で育てたアボカドを供えてある。そして俺の傍らには『禁煙!!』とマジックで書かれたシーグラス製の灰皿が──
これは翡翠を連れ帰った直後に郵便で俺宛に届けられた物だ。生前、翡翠がシーグラスで製作し、死ぬ間際に発送したらしい。
粋な事をする。
「でも遺言とか手紙を付けないところがお前らしい。それに灰皿を作っておいて禁煙だなんて、理不尽なお前のしそうな事だ」
俺はクックックッと喉を鳴らしながら笑い、背中合わせの翡翠(墓)に話しかけた。
「灰皿なんだから、その機能を余すところなく使わせろよ」
俺は本を草っぱらに置き、懐から煙草とライターを出して喫煙する。
ハァーッと大きく紫煙を吐き、2、3度吸ったそれを灰皿へと置き、隣の十字架の前に灰皿ごと供えた。この十字架は、翡翠の父親が眠る墓だ。その隣に翡翠の母親、兄と続く。
「お前のとーちゃん、煙草、吸うんだっけ?」
嫌煙家だったらどうしよう。
「まあ、いいか。あの世じゃ肺癌になりませんから、思う存分堪能して下さい」
そう言うと俺はその場でゴロンと背中から寝そべり、曇り空を見上げてうっすら瞼を閉じた。
「今夜あたり、雷でもきそうだな。なあ、翡翠、あの世じゃ雷なんて無いんだろ?」
翡翠と別れてから、俺は雷が嫌いになった。そして翡翠が亡くなってからは、雷が大嫌いになった。
翡翠の温もりを思い出して辛くなるからだ。
「今じゃ俺の方が雷が怖くなってるよ……あーあ、お前に会いたい……会いたいよ」
今でも、翡翠を思い出すと目の奥がジンと痛くなる時がある。
「知ってるか、翡翠。今生で引き裂かれたカップルは、神様の配慮により来世では双子の男女に生まれ変わるらしいぞ?俺が思うに、そんなものは神様のエゴで、いらぬ世話だと思うんだよ。しかも、俺とお前と風斗の三つ子になったらどうする?ユリも足したら四つ子だ。悪夢じゃないか」
俺はつい鼻から笑いを漏らした。
そして急に寂しさがこみ上げてくる。
「翡翠、今、何処で何してる?凄く会いたい。寂しいよ。この世の何処にも翡翠がいないなんて、辛すぎる」
翡翠の為に植えたアボカドは、今や南部国の一大産業になった。この小高い丘から見下ろす緑の多くが、そのアボカドの木々なのだ。
一番食べさせたい相手がこの世にいないなんて……
目の奥が痛い。
「翡翠……」
俺は涙が溢れぬよう、固く瞼を閉じ、眠気に身を任せた。
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ……
まだ雨は降らないが、遠くの方で雷の音がする。
嫌だな、そう思っていると──
『セキレイさん、大丈夫ですよ』
──翡翠の声がすぐ真上からして、俺は飛び起きた。
「……いない」
当然、翡翠の姿は無い。
けれどあれはまるで、翡翠に膝枕でもしてもらっているかのような感覚だった。
ポツポツと雨が降り出し、雷が本格的に鳴り始めると、庭師との子供と手を繋いだダリアが城の方から俺を迎えに来た。
「やっぱりここにいた。夜から雷雨ですから、家に帰りましょう」
ダリアは翡翠の墓の前に来るなり、手にしていた白百合をその墓元に手向ける。
「いつもありがとう」
「これは余った花ですから」
なんてダリアは照れ隠しをしているが、彼女は翡翠やその家族の墓に供える為に中庭で花を育てている。素直じゃないけれど、本当はとても情に熱い、優しい女性なのだ。
「セキレイのお父さん、雷が怖いんでしょ?早く帰ろ」
ダリアの娘ユリに手を引かれ、俺は彼女を持ち上げ、肩車すると、ダリアと共に城へと歩き出す。
「別に怖いんじゃないよ。雷が鳴ると寂しくなるから、嫌いなんだ」
「なんで?」
ユリが頭の上から無邪気に聞き返す。
「ん?いなくなった好きな人を思い出すんだよ」
翡翠……
「セキレイのお父さん、寂しくないよ。ユリもママもパパもこじいんの友達も、皆いるじゃない」
俺が沈んでいると、ユリは上から俺の顔を覗き込んで元気に笑った。
「そうだな」
俺とダリアは形式的なパートナーで、俺には血の繋がった子供もいないけれど、それでも俺は、勝ち気な妻と、やんちゃな子供達のおかげで毎日がとても幸せだ。
「ねぇ、セキレイのお父さん」
ふと、ユリが後ろを振り返り、翡翠の墓の方をじっと見つめる。
「どうした?」
俺は足を止め、同じように翡翠の墓の方へ振り返るが、特段変わった様子は無い。
「?」
「なんでもない。セキレイのお父さん、大丈夫。寂しくないよ!」
ユリに鼓舞され、不思議と俺も、漠然と大丈夫なような気がした。
「そうだな」
翡翠。
お前は今も、俺と一緒にいるのかもな。それこそ誕生日も、クリスマスも、お正月も、みどりの日も、どっかの国の旧正月も。
だから大丈夫。俺は大丈夫、寂しくない。
END
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