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第二章 カイ攻略
剣鬼カイ
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私は改めてカイらしき少年を、じっと見つめる。
らしき、というのは彼が本当にあのカイであるのか、自信が持てないからだ。
『聖戦のステラ』に登場するカイと言えば、王国随一の剣の使い手だ。
貧乏男爵家の生まれながら天賦の才能を持ち、いずれは騎士団長にと嘱望されていた若手のホープだった。だが、カイはアレクシスがクーデターを起こすと同時に国を裏切り、王国内に大量の血の雨を降らせたのだ。
傲慢の第二王子アレクシス、剣鬼カイ、そして悪魔の左手ヴィンセント。
彼らはステラ三大悪役として名高く、もちろん全員私の推しである。
だがカイはめったに感情を表に出さないことで有名で、人生で一度も笑ったことがないのではと称されていたほどだ。
目が合っただけで微笑みかけてくる陽キャの彼とは、あまりにも印象が違う。
もしかして、顔がよく似ているだけの赤の他人なのだろうか?
「ケンキ? 確かにおれの名前はカイだけど、ケンキってなんだ?」
私の疑念は、あっけらかんと返す少年の言葉によって、見事に打ち砕かれた。
どうやら本当にこの少年がカイで間違いないようだ。
いったいなにをどう間違ったら、将来あんな血も涙もない男になるのだろう。
「いえ、独り言です。気にしないでください」
私は笑顔で会話を打ち切った。
将来あれだけ無慈悲なナイスガイになるのだと知っていても、どうも陽キャは苦手だ。善良で明るい好青年なんて、会話するだけで妙なエネルギーを消費する。
「今は私のことより、そちらのお二人になにかトラブルがあったのでは?」
私が、ステラとモブ令嬢へ意識を向けると、カイはポンと手を叩いた。
「そういやそうだった。――なあ、あんたたち、なにがあったんだ? 向こうの端まで騒ぎ声が聞こえてたぞ」
「まあ、騒ぎだなんて。あたくしはこの平民に道を間違えていることを教えて差し上げただけでしてよ」
「そうなのか?」
モブ令嬢の主張を聞いたカイが、ステラに尋ねる。
だがステラの答えは、しどろもどろで聞き取りにくい。急に見知らぬ貴族たちに絡まれ、混乱しているのだろう。
「あの、わたしは道を間違えているわけでは……」
「ん? 悪い、よく聞き取れなかった。もっと大きな声で言ってもらえるか?」
カイに悪気はないようだが、声が小さいと言われ、ステラは余計に恐縮してしまっているように見える。
このままでは埒があかない。私はステラに助け船を出した。
「あなたは、もしかして特待生のステラさんじゃないですか?」
「え、ええ。はい、そうです」
「特待生?」
首を傾げるカイに、私が説明する。
クリスティアンから聞いた、「王や国全体で保護すべき」の辺りの話をしたところで、モブ令嬢の顔色が一気に青ざめた。
「そんな、特待生ですって? この平民……いえ、この女性が?」
「へえ、知らなかったな。そんな制度があったのか」
「あ、あたくしは、てっきり下働きが迷い込んだとばかり……」
感心したようにうなずくカイの隣で、モブ令嬢が可哀想なぐらいに動揺している。
そして自分がトラブルの原因になってしまっているのだと知ったステラも、同じくらいあたふたしていた。
「でも、その貴族様……あ、みんな貴族様ですね。えっと……」
「……レイチェルよ」
モブ令嬢の名前は、レイチェルさんというらしい。
ステラはレイチェルを庇うように、一歩前に出ると、カイに懇願する。
「その、レイチェル様は、道を教えてくださっただけですし……わたしも特にひどいことをされたわけではないので、許してあげてはもらえないでしょうか」
「あなた……」
レイチェルが、ステラを信じられないという目で見つめている。
平民に庇われるという行為は初めてなのかもしれない。
「いや、おれは別に王族でもなんでもないし。あんたたちがそれでいいなら、問題ないんじゃないか?」
「なあ?」と、カイがなぜか私に同意を求めてくる。
あまりこちらに話題を振らないでくれ、とも思ったが、そもそも特待生のことを言い出したのは私なので、無視をするわけにもいかない。
「そうですね……。幸い学院側には気付かれていないようですし、無理に騒ぎにする必要はないと思いますよ」
たとえ学院側に気付かれていたとしても、特待生についての事前周知を怠っていたという弱みがある。そもそもこんなトラブルを大事にするメリットは誰にもない。この場の人間が黙っていれば良いだけの話だ。
「よかった……!」
「助かりましたわ……!」
わあっと歓声を上げて、ステラとレイチェルは、抱き合いながら喜んでいた。
出会ったばかりなのに、ずいぶん仲良くなるのが早い。きっと相性がいいのだろう。
なにはともあれ、誤解が解けたのであれば、それでいい。
役目を終えた私は、静かにその場から離れようとした。
だが踵を返そうとした瞬間、カイに、ニカッと笑いかけられる。
「あんた、いいヤツなんだな」
「いえ、私はなにもしてないですけど……」
「そうか? あんたがいなかったら、特待生のこともわからなかったし、そのまま大げんかになっていた可能性もあるだろ?」
「まあ、それはそうかもしれないですが……」
オレンジ色のくりくりとした瞳が、興味深そうにこちらをのぞき込んでくる。
クリスティアンに見られているときとは別種の緊張が、私を支配する。
まるで聖なる光に目がくらむ化け物にでもなった気分だ。
「なあ、あんた。名前なんて言うんだ?」
「……ルシールです」
「そうか、ルシール。おれはカイ。よろしくな!」
らしき、というのは彼が本当にあのカイであるのか、自信が持てないからだ。
『聖戦のステラ』に登場するカイと言えば、王国随一の剣の使い手だ。
貧乏男爵家の生まれながら天賦の才能を持ち、いずれは騎士団長にと嘱望されていた若手のホープだった。だが、カイはアレクシスがクーデターを起こすと同時に国を裏切り、王国内に大量の血の雨を降らせたのだ。
傲慢の第二王子アレクシス、剣鬼カイ、そして悪魔の左手ヴィンセント。
彼らはステラ三大悪役として名高く、もちろん全員私の推しである。
だがカイはめったに感情を表に出さないことで有名で、人生で一度も笑ったことがないのではと称されていたほどだ。
目が合っただけで微笑みかけてくる陽キャの彼とは、あまりにも印象が違う。
もしかして、顔がよく似ているだけの赤の他人なのだろうか?
「ケンキ? 確かにおれの名前はカイだけど、ケンキってなんだ?」
私の疑念は、あっけらかんと返す少年の言葉によって、見事に打ち砕かれた。
どうやら本当にこの少年がカイで間違いないようだ。
いったいなにをどう間違ったら、将来あんな血も涙もない男になるのだろう。
「いえ、独り言です。気にしないでください」
私は笑顔で会話を打ち切った。
将来あれだけ無慈悲なナイスガイになるのだと知っていても、どうも陽キャは苦手だ。善良で明るい好青年なんて、会話するだけで妙なエネルギーを消費する。
「今は私のことより、そちらのお二人になにかトラブルがあったのでは?」
私が、ステラとモブ令嬢へ意識を向けると、カイはポンと手を叩いた。
「そういやそうだった。――なあ、あんたたち、なにがあったんだ? 向こうの端まで騒ぎ声が聞こえてたぞ」
「まあ、騒ぎだなんて。あたくしはこの平民に道を間違えていることを教えて差し上げただけでしてよ」
「そうなのか?」
モブ令嬢の主張を聞いたカイが、ステラに尋ねる。
だがステラの答えは、しどろもどろで聞き取りにくい。急に見知らぬ貴族たちに絡まれ、混乱しているのだろう。
「あの、わたしは道を間違えているわけでは……」
「ん? 悪い、よく聞き取れなかった。もっと大きな声で言ってもらえるか?」
カイに悪気はないようだが、声が小さいと言われ、ステラは余計に恐縮してしまっているように見える。
このままでは埒があかない。私はステラに助け船を出した。
「あなたは、もしかして特待生のステラさんじゃないですか?」
「え、ええ。はい、そうです」
「特待生?」
首を傾げるカイに、私が説明する。
クリスティアンから聞いた、「王や国全体で保護すべき」の辺りの話をしたところで、モブ令嬢の顔色が一気に青ざめた。
「そんな、特待生ですって? この平民……いえ、この女性が?」
「へえ、知らなかったな。そんな制度があったのか」
「あ、あたくしは、てっきり下働きが迷い込んだとばかり……」
感心したようにうなずくカイの隣で、モブ令嬢が可哀想なぐらいに動揺している。
そして自分がトラブルの原因になってしまっているのだと知ったステラも、同じくらいあたふたしていた。
「でも、その貴族様……あ、みんな貴族様ですね。えっと……」
「……レイチェルよ」
モブ令嬢の名前は、レイチェルさんというらしい。
ステラはレイチェルを庇うように、一歩前に出ると、カイに懇願する。
「その、レイチェル様は、道を教えてくださっただけですし……わたしも特にひどいことをされたわけではないので、許してあげてはもらえないでしょうか」
「あなた……」
レイチェルが、ステラを信じられないという目で見つめている。
平民に庇われるという行為は初めてなのかもしれない。
「いや、おれは別に王族でもなんでもないし。あんたたちがそれでいいなら、問題ないんじゃないか?」
「なあ?」と、カイがなぜか私に同意を求めてくる。
あまりこちらに話題を振らないでくれ、とも思ったが、そもそも特待生のことを言い出したのは私なので、無視をするわけにもいかない。
「そうですね……。幸い学院側には気付かれていないようですし、無理に騒ぎにする必要はないと思いますよ」
たとえ学院側に気付かれていたとしても、特待生についての事前周知を怠っていたという弱みがある。そもそもこんなトラブルを大事にするメリットは誰にもない。この場の人間が黙っていれば良いだけの話だ。
「よかった……!」
「助かりましたわ……!」
わあっと歓声を上げて、ステラとレイチェルは、抱き合いながら喜んでいた。
出会ったばかりなのに、ずいぶん仲良くなるのが早い。きっと相性がいいのだろう。
なにはともあれ、誤解が解けたのであれば、それでいい。
役目を終えた私は、静かにその場から離れようとした。
だが踵を返そうとした瞬間、カイに、ニカッと笑いかけられる。
「あんた、いいヤツなんだな」
「いえ、私はなにもしてないですけど……」
「そうか? あんたがいなかったら、特待生のこともわからなかったし、そのまま大げんかになっていた可能性もあるだろ?」
「まあ、それはそうかもしれないですが……」
オレンジ色のくりくりとした瞳が、興味深そうにこちらをのぞき込んでくる。
クリスティアンに見られているときとは別種の緊張が、私を支配する。
まるで聖なる光に目がくらむ化け物にでもなった気分だ。
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「そうか、ルシール。おれはカイ。よろしくな!」
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