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第二章 カイ攻略
親友と裏切り(カイ視点)
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「これでとどめだ、カイ!」
模擬戦の終了時間まで、残りわずかだ。
ブラッドは最後の攻勢に出ることにしたらしい。片腕で、模擬剣を弓矢のごとく引くと、腰を落とし、おれに向かって突進してくる。
切っ先は水平、重心は前足……この構えは突きか!
ブラッドはおれの胴体ど真ん中を狙っている。避けていては間に合わない。
攻撃を受けよう。――そう思って、おれは剣を縦に構える。
だがその瞬間、前日の雨に濡れた運動場の芝生が、足下を掬っておれのバランスを奪う。
「おおおおっ!!」
その隙を見逃すブラッドじゃない。
ブラッドの剣はまっすぐおれの体に向かって、伸びてくる。
このままじゃ、やられる!
「ハッ――!」
おれは咄嗟にブラッドの突きを、剣で斜めに受け流した。
そして右足のみに重心を置く。
地面の滑りを逆に利用して、体全体をぐるりと回転させた。
「な!?」
突きを流されたブラッドが、驚愕に目を見開いている。
勢い余って前につんのめっているようだ。バランスを崩したブラッドの背中はがら空きだ。
おれはブラッドの脇をすり抜けると、回転の勢いはそのままに、ブラッドの背後へ攻撃を叩き込む。
「うらあっ!」
おれの剣に重たい衝撃がのし掛かる。
そのまま剣を振り切ると、ブラッドが芝生に向かって倒れ込んだ。
「……ぐあっ!」
「そこまで! 勝者カイ!」
審判が、模擬戦の終了を伝える。
それと同時に体から一気に汗が吹き出した。
今まで雑音一つ聞こえない静かな世界から、急に騒がしい雑音だらけの世界に戻ってきたような感じがする。
戦闘の後は、いつもこんな感じだ。
大きく息を吐いて呼吸を整えると、おれは倒れているブラッドに手を伸ばした。
ブラッドは悪態をつきながら、おれの手を取る。
「あー、くそ。やっぱカイには勝てねえな」
「でも最後の突きは結構よかったぜ! あれを喰らってたら、おれの負けだったな」
「避けられたら意味がねえんだよ、ったく」
ニッと笑いながら、立ち上がったブラッドは、肘でおれを小突いた。
こういうやり取りは親友っぽくって、おれはすごく好きだ。
「なあ、カイ。話があるんだけど、この後オレの部屋に来てくれないか?」
ブラッドが膝元の泥を払い落としながら、おれに声をかけてくる。
ここで話せばいいのにと思ったけれど、もしかしたら汗が気持ち悪くて、早くスッキリしたいのかもしれない。
その気持ちはよくわかるので、おれはブラッドの言葉にうなずいた。
「わかった。汗を流したら、すぐ行くよ」
「ああ、助かる」
***
汗を流して、着替えたあと、おれはブラッドの部屋に向かった。
ブラッドも服を着替えていて、一人椅子に座って待っている。
「で、話ってなんなんだ?」
「…………」
おれはブラッドに要件を聞いた。
だが、なぜかブラッドはうつむいたまま、答えを返さない。
どうしたのだろう。
もしかして、急に具合でも悪くなってしまったんだろうか。
「ブラッド?」
「……そういやお前、アレクシス王子の側近になったんだってな?」
「え? うん、そうだけど?」
「おめでとう。まだ言ってなかったら、ちゃんと言っとこうと思って」
うつむいた顔を上げて、ブラッドがおれに微笑んだ。
なんだ。そんなことを言うために、ここへ呼んだのか。
ブラッドの様子がおかしく見えたのは、どうやらお祝いの言葉を言うのが気恥ずかしかったからみたいだ。
ブラッドらしい照れ隠しに、おれはついつい笑ってしまう。
「おう、ありがとな。でも、そんなの気にしなくてもいいのに」
「おめでとうぐらい言うさ。だってオレたち、親友だろ?」
「ああ、もちろん!」
ブラッドの言葉に、おれは舞い上がってしまう。
親友だなんて、ブラッドは滅多に口にしてくれない。
おれはブラッドのことを親友だと思っているけど、ブラッドがそういうことを言うのが恥ずかしいタイプだと知っていた。
だからわざわざ口にしなくても態度で示してくれているなら、それでいいと思っていた。
おれたちの間に絆があるのは、ちゃんとわかっていたから。
それでも、こうして親友と呼んでくれるのは、すごく嬉しい。
つい顔がほころんでしまう。
「なあ、カイ。お前にしかできない頼みがあるんだけどさ。……聞いてもらえるか?」
「おれがブラッドの頼みを断るわけないだろ。おれにできることならなんでもするよ!」
おれは大きくうなずく。
ブラッドがおれを頼るのも珍しい。だからつい「なんでもする」なんて言い方をしてしまった。
「……なんでも、か」
ブラッドが、一瞬皮肉そうに笑う。
どうしてそんな顔をするのだろうとおれは思った。けれど、そんな気持ちはすぐに消えてしまった。
ブラッドの次の言葉が、あまりにも衝撃的だったからだ。
「なら今度の剣術大会、オレに勝ちを譲ってくれないか?」
「え?」
おれは耳を疑った。
ブラッドはまるでなんでもないことのように言ったから、初めはおれの聞き間違いじゃないかと思った。
でも、違う。
ブラッドは間違いなく、剣術大会で勝ちを譲れと言っていた。
どうしてだ? 意味がわからない。
あれだけ一緒に大会に向けて練習してきたのに。どんなにつらい訓練だって、二人で乗り越えようって誓い合ったのに。
なんで……あのブラッドが、騎士の誓いを裏切るような真似をするんだ?
「…………え?」
おれの声が、部屋の中で間抜けに響いていく。
胸の中で、なにか大切なものが壊れていく音が聞こえた。
模擬戦の終了時間まで、残りわずかだ。
ブラッドは最後の攻勢に出ることにしたらしい。片腕で、模擬剣を弓矢のごとく引くと、腰を落とし、おれに向かって突進してくる。
切っ先は水平、重心は前足……この構えは突きか!
ブラッドはおれの胴体ど真ん中を狙っている。避けていては間に合わない。
攻撃を受けよう。――そう思って、おれは剣を縦に構える。
だがその瞬間、前日の雨に濡れた運動場の芝生が、足下を掬っておれのバランスを奪う。
「おおおおっ!!」
その隙を見逃すブラッドじゃない。
ブラッドの剣はまっすぐおれの体に向かって、伸びてくる。
このままじゃ、やられる!
「ハッ――!」
おれは咄嗟にブラッドの突きを、剣で斜めに受け流した。
そして右足のみに重心を置く。
地面の滑りを逆に利用して、体全体をぐるりと回転させた。
「な!?」
突きを流されたブラッドが、驚愕に目を見開いている。
勢い余って前につんのめっているようだ。バランスを崩したブラッドの背中はがら空きだ。
おれはブラッドの脇をすり抜けると、回転の勢いはそのままに、ブラッドの背後へ攻撃を叩き込む。
「うらあっ!」
おれの剣に重たい衝撃がのし掛かる。
そのまま剣を振り切ると、ブラッドが芝生に向かって倒れ込んだ。
「……ぐあっ!」
「そこまで! 勝者カイ!」
審判が、模擬戦の終了を伝える。
それと同時に体から一気に汗が吹き出した。
今まで雑音一つ聞こえない静かな世界から、急に騒がしい雑音だらけの世界に戻ってきたような感じがする。
戦闘の後は、いつもこんな感じだ。
大きく息を吐いて呼吸を整えると、おれは倒れているブラッドに手を伸ばした。
ブラッドは悪態をつきながら、おれの手を取る。
「あー、くそ。やっぱカイには勝てねえな」
「でも最後の突きは結構よかったぜ! あれを喰らってたら、おれの負けだったな」
「避けられたら意味がねえんだよ、ったく」
ニッと笑いながら、立ち上がったブラッドは、肘でおれを小突いた。
こういうやり取りは親友っぽくって、おれはすごく好きだ。
「なあ、カイ。話があるんだけど、この後オレの部屋に来てくれないか?」
ブラッドが膝元の泥を払い落としながら、おれに声をかけてくる。
ここで話せばいいのにと思ったけれど、もしかしたら汗が気持ち悪くて、早くスッキリしたいのかもしれない。
その気持ちはよくわかるので、おれはブラッドの言葉にうなずいた。
「わかった。汗を流したら、すぐ行くよ」
「ああ、助かる」
***
汗を流して、着替えたあと、おれはブラッドの部屋に向かった。
ブラッドも服を着替えていて、一人椅子に座って待っている。
「で、話ってなんなんだ?」
「…………」
おれはブラッドに要件を聞いた。
だが、なぜかブラッドはうつむいたまま、答えを返さない。
どうしたのだろう。
もしかして、急に具合でも悪くなってしまったんだろうか。
「ブラッド?」
「……そういやお前、アレクシス王子の側近になったんだってな?」
「え? うん、そうだけど?」
「おめでとう。まだ言ってなかったら、ちゃんと言っとこうと思って」
うつむいた顔を上げて、ブラッドがおれに微笑んだ。
なんだ。そんなことを言うために、ここへ呼んだのか。
ブラッドの様子がおかしく見えたのは、どうやらお祝いの言葉を言うのが気恥ずかしかったからみたいだ。
ブラッドらしい照れ隠しに、おれはついつい笑ってしまう。
「おう、ありがとな。でも、そんなの気にしなくてもいいのに」
「おめでとうぐらい言うさ。だってオレたち、親友だろ?」
「ああ、もちろん!」
ブラッドの言葉に、おれは舞い上がってしまう。
親友だなんて、ブラッドは滅多に口にしてくれない。
おれはブラッドのことを親友だと思っているけど、ブラッドがそういうことを言うのが恥ずかしいタイプだと知っていた。
だからわざわざ口にしなくても態度で示してくれているなら、それでいいと思っていた。
おれたちの間に絆があるのは、ちゃんとわかっていたから。
それでも、こうして親友と呼んでくれるのは、すごく嬉しい。
つい顔がほころんでしまう。
「なあ、カイ。お前にしかできない頼みがあるんだけどさ。……聞いてもらえるか?」
「おれがブラッドの頼みを断るわけないだろ。おれにできることならなんでもするよ!」
おれは大きくうなずく。
ブラッドがおれを頼るのも珍しい。だからつい「なんでもする」なんて言い方をしてしまった。
「……なんでも、か」
ブラッドが、一瞬皮肉そうに笑う。
どうしてそんな顔をするのだろうとおれは思った。けれど、そんな気持ちはすぐに消えてしまった。
ブラッドの次の言葉が、あまりにも衝撃的だったからだ。
「なら今度の剣術大会、オレに勝ちを譲ってくれないか?」
「え?」
おれは耳を疑った。
ブラッドはまるでなんでもないことのように言ったから、初めはおれの聞き間違いじゃないかと思った。
でも、違う。
ブラッドは間違いなく、剣術大会で勝ちを譲れと言っていた。
どうしてだ? 意味がわからない。
あれだけ一緒に大会に向けて練習してきたのに。どんなにつらい訓練だって、二人で乗り越えようって誓い合ったのに。
なんで……あのブラッドが、騎士の誓いを裏切るような真似をするんだ?
「…………え?」
おれの声が、部屋の中で間抜けに響いていく。
胸の中で、なにか大切なものが壊れていく音が聞こえた。
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