37 / 63
第二章 カイ攻略
調査隊発足
しおりを挟む
アレクシスは私の言葉に驚いたように目を見開く。
そしてしばらく考えるように黙った後、小さな声でつぶやいた。
「……三日だ」
「え?」
「三日だけ待ってやる。それまでにカイの事情を調べてみればいい」
私はハッとした。
それは私の意見をほぼ受け入れてくれたということだ。
「ありがとうございます、アレクシス王子!」
「おい、急に抱きつくな! はしたないぞ」
嬉しさのあまり腕に抱きついた私を引き剥がしながら、アレクシスはフンと鼻を鳴らす。
「待つだけだ。少しでも過ぎたら、カイはクビにするからな」
耳の辺りを赤く染めながら、アレクシスがそっぽを向いて言う。
なにはともあれ、猶予はもらった。それまでに事情をすべて明らかにして、問題があれば解決しなければならない。
***
私はアレクシスの部屋から出てすぐに、レイチェルとステラを自室へ呼ぶ。
アレクシスが積極的に協力してくれない以上、私が頼れる人は彼女たちぐらいしかいない。
二人は話を聞くと、すぐに駆けつけてくれた。
私は先ほどのカイとアレクシスとのやりとりを説明する。
「アレクシス王子から、三日ほど猶予をもらいました。カイを助けるためには、それまでに事情を調べなければいけません」
「三日ですか、あまり時間がありませんね……」
ステラが不安そうにつぶやき、隣でレイチェルもうなずいている。
そこへ、三十代後半ぐらいであろう、焦げ茶色の髪をした男が、パンの入ったかごを持って近づいてきた。
「まあまあ、そんな暗い顔しないで、お嬢さん。ほら、新作のパンでも食べるといい」
「あ、ありがとうございます。……あなたは?」
男に差し出されたパンを受け取って、戸惑いながらステラが尋ねる。
無精ひげの生えた顎をなでながら、男はニッと笑った。
「おじさんは通りすがりの遊び人さ」
「彼はヒューといいます。学院に出入りしているパン屋の一人です」
私は、ヒューがまともに答える気がないと気づいて、すぐさまフォローする。
「パン屋?」
「どうしてパン屋がここに?」
意味がわからないといった様子で、ステラとレイチェルが首を傾げている。
私は小さくため息をつくと、ヒューがこの場にいる理由を説明する。
「私が呼びました。ヒューは情報通で、とても顔が広いんです。……彼は学院にパンを卸しに来るなり、食堂に入り浸って、王族の侍女から門番に洗濯女まで、ありとあらゆる方と話に興じています」
私がヒューと最初に出会ったのは、酵母入りパンを作ることができないか模索している時だった。
ちょうどギルグッド家に出入りしていた業者の中にヒューがいたのだ。
ヒューは愛想がよく、特に女性と見るやいなや、話しかけずにはいられない性格だった。
このふざけた口調と屋敷の奥様にまで声をかけるせいで、軽薄だとヒューを毛嫌いする者もいるが、不思議と彼の周りには人だかりができていることが多い。
また庶民とは思えないほど頭の回転が速く、発想も柔軟だ。新種のパンが作りたいと私が言ったときに、業者の中で真っ先に話に乗ってくれたのがヒューなのである。
学院の台所を見に行った際にヒューがいたことには驚いたが、ヒューのパン屋は業界の中でも大手なので、学院に出入りしていても不思議ではない。
「ルシール嬢ちゃんには、散々儲けさせてもらってるからな。学院内のことなら、おじさんになんでも聞いてくれ。レイチェルお嬢さん。そして、ステラお嬢さん」
ウィンクしながら、ヒューが二人に微笑みかける。
まだ名乗ってもいないのに呼びかけられたレイチェルは、驚きの声を上げた。
「どうして、わたくしたちの名前を?」
「名前だけじゃない。お嬢さんのご両親の名前も、裁縫の腕が素晴らしいことも、いつも元気よく声をかけてくれるカイが気になっていることも、全部知っているさ」
「まあ!」
初対面の人間に自分の恋心まで知られていたことにレイチェルが驚き、嫌悪感をあらわにする。
「……ルシール様。わたくし、この方があまり好きではありませんわ」
「えーっと……レイチェルさん、気持ちはわかりますが落ち着いて。ヒューも、ふざけるのはほどほどにしてあげてください」
「こいつは失礼」
なんとなく、軽薄なヒューと生真面目なレイチェルは相性が悪いのではないかと予想していたが、残念ながらそれは当たってしまったようだ。
けれど、今は時間がない。カイのためにも、ヒューの協力は必須だ。
「余裕があれば、ステラさんとレイチェルさんの二人にお任せしているのですが……今回は時間もありませんし、女性だけでは調べにくいこともあるかと思います。ヒューに協力するよう言ってありますので、うまく使ってあげてください」
「はい」
「……わかりました」
ステラは素直にうなずき、レイチェルは不服ながらもうなずいてくれている。
ひとまず理解はしてくれたようだ。……納得はしていないかもしれないが。
「ま、おじさんに任せときな。王子様の女の趣味から、野良猫が遊びに来る時間まで、なんでも調べてやるよ」
妙に自信満々なヒューの言葉に、私は「これだからヒューには頼みたくなかったのに」とつぶやいて、深くため息をつく。
「ともかく……今はカイの事情を探るのが最優先です。みんなで手分けして調べましょう」
そしてしばらく考えるように黙った後、小さな声でつぶやいた。
「……三日だ」
「え?」
「三日だけ待ってやる。それまでにカイの事情を調べてみればいい」
私はハッとした。
それは私の意見をほぼ受け入れてくれたということだ。
「ありがとうございます、アレクシス王子!」
「おい、急に抱きつくな! はしたないぞ」
嬉しさのあまり腕に抱きついた私を引き剥がしながら、アレクシスはフンと鼻を鳴らす。
「待つだけだ。少しでも過ぎたら、カイはクビにするからな」
耳の辺りを赤く染めながら、アレクシスがそっぽを向いて言う。
なにはともあれ、猶予はもらった。それまでに事情をすべて明らかにして、問題があれば解決しなければならない。
***
私はアレクシスの部屋から出てすぐに、レイチェルとステラを自室へ呼ぶ。
アレクシスが積極的に協力してくれない以上、私が頼れる人は彼女たちぐらいしかいない。
二人は話を聞くと、すぐに駆けつけてくれた。
私は先ほどのカイとアレクシスとのやりとりを説明する。
「アレクシス王子から、三日ほど猶予をもらいました。カイを助けるためには、それまでに事情を調べなければいけません」
「三日ですか、あまり時間がありませんね……」
ステラが不安そうにつぶやき、隣でレイチェルもうなずいている。
そこへ、三十代後半ぐらいであろう、焦げ茶色の髪をした男が、パンの入ったかごを持って近づいてきた。
「まあまあ、そんな暗い顔しないで、お嬢さん。ほら、新作のパンでも食べるといい」
「あ、ありがとうございます。……あなたは?」
男に差し出されたパンを受け取って、戸惑いながらステラが尋ねる。
無精ひげの生えた顎をなでながら、男はニッと笑った。
「おじさんは通りすがりの遊び人さ」
「彼はヒューといいます。学院に出入りしているパン屋の一人です」
私は、ヒューがまともに答える気がないと気づいて、すぐさまフォローする。
「パン屋?」
「どうしてパン屋がここに?」
意味がわからないといった様子で、ステラとレイチェルが首を傾げている。
私は小さくため息をつくと、ヒューがこの場にいる理由を説明する。
「私が呼びました。ヒューは情報通で、とても顔が広いんです。……彼は学院にパンを卸しに来るなり、食堂に入り浸って、王族の侍女から門番に洗濯女まで、ありとあらゆる方と話に興じています」
私がヒューと最初に出会ったのは、酵母入りパンを作ることができないか模索している時だった。
ちょうどギルグッド家に出入りしていた業者の中にヒューがいたのだ。
ヒューは愛想がよく、特に女性と見るやいなや、話しかけずにはいられない性格だった。
このふざけた口調と屋敷の奥様にまで声をかけるせいで、軽薄だとヒューを毛嫌いする者もいるが、不思議と彼の周りには人だかりができていることが多い。
また庶民とは思えないほど頭の回転が速く、発想も柔軟だ。新種のパンが作りたいと私が言ったときに、業者の中で真っ先に話に乗ってくれたのがヒューなのである。
学院の台所を見に行った際にヒューがいたことには驚いたが、ヒューのパン屋は業界の中でも大手なので、学院に出入りしていても不思議ではない。
「ルシール嬢ちゃんには、散々儲けさせてもらってるからな。学院内のことなら、おじさんになんでも聞いてくれ。レイチェルお嬢さん。そして、ステラお嬢さん」
ウィンクしながら、ヒューが二人に微笑みかける。
まだ名乗ってもいないのに呼びかけられたレイチェルは、驚きの声を上げた。
「どうして、わたくしたちの名前を?」
「名前だけじゃない。お嬢さんのご両親の名前も、裁縫の腕が素晴らしいことも、いつも元気よく声をかけてくれるカイが気になっていることも、全部知っているさ」
「まあ!」
初対面の人間に自分の恋心まで知られていたことにレイチェルが驚き、嫌悪感をあらわにする。
「……ルシール様。わたくし、この方があまり好きではありませんわ」
「えーっと……レイチェルさん、気持ちはわかりますが落ち着いて。ヒューも、ふざけるのはほどほどにしてあげてください」
「こいつは失礼」
なんとなく、軽薄なヒューと生真面目なレイチェルは相性が悪いのではないかと予想していたが、残念ながらそれは当たってしまったようだ。
けれど、今は時間がない。カイのためにも、ヒューの協力は必須だ。
「余裕があれば、ステラさんとレイチェルさんの二人にお任せしているのですが……今回は時間もありませんし、女性だけでは調べにくいこともあるかと思います。ヒューに協力するよう言ってありますので、うまく使ってあげてください」
「はい」
「……わかりました」
ステラは素直にうなずき、レイチェルは不服ながらもうなずいてくれている。
ひとまず理解はしてくれたようだ。……納得はしていないかもしれないが。
「ま、おじさんに任せときな。王子様の女の趣味から、野良猫が遊びに来る時間まで、なんでも調べてやるよ」
妙に自信満々なヒューの言葉に、私は「これだからヒューには頼みたくなかったのに」とつぶやいて、深くため息をつく。
「ともかく……今はカイの事情を探るのが最優先です。みんなで手分けして調べましょう」
0
あなたにおすすめの小説
一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫
むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる