私は貴方を許さない

白湯子

文字の大きさ
125 / 237
第7章「温室栽培」

120話

しおりを挟む


ユリウスside


明け方頃、僕はふと目を覚ました。
目を擦り、むくりと起き上がれば、額から何かが滑り落ちた。ぽふっと掛け布団に落ちたそれは、相変わらず絞りの甘い濡れタオルだった。


「…。」


この既視感に、僕は思わず苦笑いをする。


―本当に、馬鹿な人だ。


横を見れば、椅子に座って眠る姉が居た。
慣れない看病で疲れてしまったのだろう。全身血塗れのまま深い眠りについている。血液さえ付いていなければ、うたた寝をするただの公爵令嬢だ。
そんなフォークより重いものを持ったことのないお嬢様が、拙いながらもここまで看病出来たことが心底不思議だった。また誰かが彼女に要らぬ入れ知恵をしたのか……。
そこまで考えてふと、こちらを案じるような幼い姉の視線を思い出した。


―あぁ、そうか。


貴女は、僕が侍女達に看病される姿をずっと見ていたのか。
敢えて何も出来ない令嬢を育ててきたというのに、皮肉なことに僕の存在のせいで彼女の中に新たな可能性の花が咲いてしまっていたようだ。
思わず、自嘲の笑いを洩らす。こういう花は深いところまで根を張っているので、摘み取るのが少しばかり厄介なのだ。
熱が下がり、やっと麻痺していた頭が回り始めた。

ベッドから降りた僕は、椅子にに座り眠る姉を見下ろした。
無防備な寝顔を晒す姉に苦い気持ちが込み上げてくる。いっその事、このまま彼女の命の芽を摘み取ってしまいたい。そうすれば…。

僕は彼女の頭に右手をかざす。そして、血液に混じる青の魔力に意識を向ければ、右手は淡いブルーの光を帯びた。
このまま姉の記憶を操作しようとして―――やめた。
今更、彼女の記憶を操作した所で、の成長を止めることはできない。

僕は記憶の操作魔法ではなく、姉に浄化の魔法をかけた。淡いブルーの光りが姉の身体を包み込み、彼女の身体にこびり付いている汚れを浮かび上がらせる。そして汚れは、そのまま空気に溶けていった。

僕は青い光を失った右手を力なく下ろす。
穢れが落ちた姉は、剥きたての卵のように綺麗になった。そんな姉は、薄暗い部屋の中でぼんやりと白く浮かび上がっている。

土も、灰も、薄汚れた血液も、どれも貴女には似合わない。
白い夜着を身に纏い静かに眠る姉は、あの時の少女と重なった。


ふと、彼女の隣に置いてあるナイトテーブルに目がとまった。仄白い窓あかりを浴びたテーブルの上には、白と赤の何かの破片が皿の上に乗っていた。一瞬生ゴミかと思ったが目を凝らし良く見てみると、それは歪にカットされた林檎だった。
林檎は全てキッチンに保管してあるはずだったが……よくまぁ見つけたものだ。まるで食べ物を荒らす溝鼠のようだ、と言ったら彼女は怒るのだろうな。顔面を林檎のように真っ赤に染めながら怒り狂う姉の姿が容易に想像ができた。

僕は一欠片の林檎を手に取り、色んな角度で眺める。
皮を厚めに剥いてしまったようで、身の部分はほとんど残っていない。むしろ、皮の方が林檎としての食べ応えがあるだろう。こんな可哀想な林檎は初めて見た。

だが、何よりも淑女としてのプライドを大事にし「清く、正しく、美しく」を地で行く彼女が、剥いたものだと思えば見方はだいぶ変わってくる。
彼女は生粋の貴族階層出身者だ。そんな彼女が使用人の真似事のように林檎の皮を剥くだなんて、かなりの抵抗があったに違いない。


「……。」


僕は誰よりも姉のことを理解している。だが、最近の彼女はよくわからない。本来の彼女は警戒心が強く、良くも悪くも保身的な人だ。そんな彼女が、自ら危険を冒すような真似は絶対にしないはず。…だったのだが…。
今の姉は無謀で実に不安定である。もしかしたら自分が何をしているのか姉自身でさえ、よく分かっていないのかもしれない。

そんなことを考えながら、僕は小さな林檎の欠片を口の中に放り込んだ。その瞬間、爽やかな甘味と酸味、瑞々しい蜜が口いっぱいに広がる。
ノルデン帝国産の林檎は蜜が豊富で、色艶が宝石のように美しい。帝国を代表する特産品の1つである。


「……甘い。」


林檎を食べる度に思い出す、あのツンと鼻につく不快な発酵臭。まるで林檎が樽の中で腐ったような匂い。―――

例え記憶を失ったとしても、あの香りだけは忘れてはいけない。

僕にとって毒林檎の香りこそが全ての始まりで、終末のきっかけなのだから。









しおりを挟む
感想 473

あなたにおすすめの小説

(本編完結)無表情の美形王子に婚約解消され、自由の身になりました! なのに、なんで、近づいてくるんですか?

水無月あん
恋愛
本編は完結してます。8/6より、番外編はじめました。よろしくお願いいたします。 私は、公爵令嬢のアリス。ピンク頭の女性を腕にぶら下げたルイス殿下に、婚約解消を告げられました。美形だけれど、無表情の婚約者が苦手だったので、婚約解消はありがたい! はれて自由の身になれて、うれしい! なのに、なぜ、近づいてくるんですか? 私に興味なかったですよね? 無表情すぎる、美形王子の本心は? こじらせ、ヤンデレ、執着っぽいものをつめた、ゆるゆるっとした設定です。お気軽に楽しんでいただければ、嬉しいです。

愛される日は来ないので

豆狸
恋愛
だけど体調を崩して寝込んだ途端、女主人の部屋から物置部屋へ移され、満足に食事ももらえずに死んでいったとき、私は悟ったのです。 ──なにをどんなに頑張ろうと、私がラミレス様に愛される日は来ないのだと。

前世と今世の幸せ

夕香里
恋愛
【商業化予定のため、時期未定ですが引き下げ予定があります。詳しくは近況ボードをご確認ください】 幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。 しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。 皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。 そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。 この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。 「今世は幸せになりたい」と ※小説家になろう様にも投稿しています

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

生まれ変わり令嬢は、初恋相手への心残りを晴らします(と意気込んだのはいいものの、何やら先行き不穏です!?)

夕香里
恋愛
無実の罪をあえて被り、処刑されたイザベル。目を開けると産まれたての赤子になっていた。 どうやら処刑された後、同じ国の伯爵家にテレーゼと名付けられて生まれたらしい。 (よく分からないけれど、こうなったら前世の心残りを解消しましょう!) そう思い、想い人──ユリウスの情報を集め始めると、何やら耳を疑うような噂ばかり入ってくる。 (冷酷無慈悲、血に飢えた皇帝、皇位簒だ──父帝殺害!? えっ、あの優しかったユースが……?) 記憶と真反対の噂に戸惑いながら、17歳になったテレーゼは彼に会うため皇宮の侍女に志願した。 だが、そこにいた彼は17年前と変わらない美貌を除いて過去の面影が一切無くなっていて──? 「はっ戯言を述べるのはいい加減にしろ。……臣下は狂帝だと噂するのに」 「そんなことありません。誰が何を言おうと、わたしはユリウス陛下がお優しい方だと知っています」 徐々に何者なのか疑われているのを知らぬまま、テレーゼとなったイザベルは、過去に囚われ続け、止まってしまった針を動かしていく。 これは悲恋に終わったはずの恋がもう一度、結ばれるまでの話。

最初からここに私の居場所はなかった

kana
恋愛
死なないために媚びても駄目だった。 死なないために努力しても認められなかった。 死なないためにどんなに辛くても笑顔でいても無駄だった。 死なないために何をされても怒らなかったのに⋯⋯ だったら⋯⋯もう誰にも媚びる必要も、気を使う必要もないでしょう? だから虚しい希望は捨てて生きるための準備を始めた。 二度目は、自分らしく生きると決めた。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ いつも稚拙な小説を読んでいただきありがとうございます。 私ごとですが、この度レジーナブックス様より『後悔している言われても⋯⋯ねえ?今さらですよ?』が1月31日頃に書籍化されることになりました~ これも読んでくださった皆様のおかげです。m(_ _)m これからも皆様に楽しんでいただける作品をお届けできるように頑張ってまいりますので、よろしくお願いいたします(>人<;)

処理中です...