私は貴方を許さない

白湯子

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第9章「愚者の記憶」

154話

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アルベルトside


僕との婚約が決まってから、エリザベータはお后教育を受ける為に以前よりも頻繁に皇宮に通うようになった。
何も知らずに我が物顔で皇宮の敷居を跨ぐ17歳の少女。その姿は見ていて酷く不快で滑稽であった。

単刀直入に言ってしまえば、彼女が婚約者として選ばれた本当の理由は、新たな脅威の誕生を防ぐためだ。
魔力量が膨大である僕と、魔力のない彼女。掛け合わせれば、僕以上の魔力を持った子はまず生まれてこない。
見た目が良く、そこそこ教養もあって魔力のない貴族の娘。これほどまでに青の血を薄める道具として適任な人材はそうそう居ないだろう。両陛下が彼女に必要以上に優しく接しているのは、こういう理由からだ。

だがそうとは知らずに彼女は、自分が実力で選ばれ、あまつさえ両陛下に気に入られているのだと思い込んでいる。これを滑稽と呼ばずになんと言う。

そして、エリザベータとの婚約が正式に発表されてから半年。
未だに変貌した彼女を受け入れられないでいた僕は、出会った頃の少女の面影をずっと探していた。けれど、どう足掻いてみても見つからない。
期待して夢見て、裏切られて現実に突き落とされて、苛立って全ての元凶である彼女が許せなくて、辛くあたって、けれどあの頃のあの子が幻だったとは思いたくなくて、また期待して…と、僕は最悪な悪循環に囚われていた。

自分でも分かっている。このままではいけないと。

しかし―――


「―――それと、今回の贈り物もお気に召していないようでした。」


いつものように今日の予定を淡々と話す叔父の声に大人しく耳を傾けていたのだが、最後の報告により僕の気分は急降下した。


「またか…!」


苛立ちのあまり親指の爪をガジガジと噛む。最近、叔父に指摘されて気付いたのだが、どうやら僕には苛立つと爪を齧る癖があるらしい。


「お行儀が悪いですよ、殿下。」
「うるさい。そんなことよりも彼女だ。僕からの贈り物を気に入らないだなんて、一体何様のつもりなんだ…!」


僕と彼女の関係はノルデン帝国だけでなく、他国からも注目を浴びている。
もし、皇太子である僕が婚約者を蔑ろにしていると知れ渡れば、良からぬ事を考える輩がその隙を突いてくるかもしれない。そうならない為にも、婚約者とは良好な関係であると世間にアピールする必要があるのだ。
だから仕方がなく、不本意ながら、嫌々ながらも、けれど少しだけ期待を込めて、定期的に彼女の元に贈り物を贈っているのだが……その彼女の反応が悪い。すこぶる悪い。圧倒的に悪い。凶悪的に悪い…!!!!

狭量な男だとは思われたくなかったので、僕が彼女に贈っているものはどれも最上級品だ。高品質の宝石があしらわれたアクセサリーに、オーダーメイドのブランド品ドレス。有名な職人が手がけた高級菓子の詰め合わせなども贈ったことがある。
更に、移動中の破損や紛失を防ぐ為に、信頼のおける叔父が直接コーエン家に送り届けているという徹底ぶり。

それなのに、彼女はちっとも喜ばない。それどころか、贈り物を届ける度に迷惑そうな顔をしていると叔父から報告を受ける始末。

そして今朝方。
彼女が幼い頃に好きだと言っていた白い薔薇の花束を贈った。今回ばかりは何かしらの手応えがあると期待していたのだが、それは先程の叔父の報告によって見事に粉砕した。


「彼女は一体何が気に入らないんだ。」


思わず頭を抱える。
彼女が何を考えているのか全く分からない。昔は手に取るようにわかったというのに。


「……憶測ですが。」 


ポツリと、僕の頭上に叔父の呟きが落とされた。


「エリザベータ嬢は、ただ単純に殿下のことが嫌いなのでは?」


五寸釘を打ち込まれたような衝撃が心臓を貫く。
思わず言葉を失う僕を尻目に、叔父は話を続けた。


「エリザベータ嬢は遊び盛りの17歳です。社交界にも慣れ、ようやく夜会での遊び方を覚え始めてきた矢先、貴方との婚約が決ま―――」
「もっと遊んでいたかったのに、僕のせいで遊べなくなったって言いたいの?」
「あくまで憶測ですので、お気になさらずに。」
「…別に、僕は彼女にどう思われようが気にしない。」


頬杖を付いた僕は、叔父からふいっと顔を逸らす。

皇太子妃になりたがっていたのは彼女ではなく、彼女の母親の方だ。だから彼女がこの婚約を嫌がっていたとしても別に不思議ではない。
それに叔父が言っていることが本当だとすれば、全ての辻褄が合う。

けれど…


「いい加減、期待するのはお止めなさい。」


その言葉に僕の思考がピタリと止まる。


「期待して裏切られて、もう疲れたでしょう?早く受け入れて楽になった方が、貴方のためですよ。」
「………。」


随分と簡単そうに言うなと思いながら、僕は溜息をついた。
叔父に言われなくとも、それぐらい分かっている。けれど受け入れられないものはどうしようもない。特に彼女がをしているということだけは。
これに関しては、それを裏付ける根拠がない。ただの噂程度。だからこそ、懲りずにまた彼女に希望を見てしまうのだ。


「……。」


ふと、自身の右手に視線を落とす。
彼女の頬を叩いたあの日から、僕の右手には不快な熱が纏わりついていた。半年経っても、未だに拭えない不可解な熱。
忌々しい、と内心で呟きながら僕は右手を握り締めた。


「――あぁ、それと。」


叔父が何かを思い出したかのように呟いたので、僕は顔を上げた。


「この後、採用面接がありますので10分程お側を離れます。」
「10分と言わずに半年ぐらい離れてくれても、別に構わないけど…」


僕の周りの人間は、暇さえあれば僕にエリザベータを会わせようとしてくる。だから僕は彼らに隙を与えないよう仕事に専念していた。その為、殆どの仕事が片付いてしまったので、暫く叔父が居なくても何の支障もない。
だが、それよりも。


「採用面接って何?ラルフ、転職でもするの?」
「しませんよ。私がするのは面接官の方です。」
「ラルフが?」


大抵、使用人の面接を行うのは女中頭だ。叔父がわざわざ足を運ぶことではない。
訝しげに眉をひそめる僕に、叔父は「えぇ。」と頷き、眼鏡を押し上げた。


「今朝方、コーエン邸からの帰り道にまたま見つけた人材でして――」
「犬猫みたいに拾ってこないでよ、汚らわしい。」
「皇宮内は慢性的な人手不足です。元々コーエン家に仕えていた侍女と庭師を、そのまま街に捨てておくのは勿体ないでしょう?そして面接官である女中頭は多忙を極めておりますので、時間に余裕のある私が代わりに面接官を。」
「ふぅん。」
「それではそろそろ行って参ります。応接間に2人を待たせているので。」
「いや、ちょっと待て。」
「はい?」


あまりにもさらりと言うものだから、危うく聞き流すところだった。


「コーエン家の使用人って、どういうこと?」
「そのままの意味ですよ。」
「そのままって…」


コーエン家の使用人。つまりそれはエリザベータの使用人でもあるわけで…


「気になるのでしたら、殿下も御一緒に如何ですか?」

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