ピエロと伯爵令嬢

白湯子

文字の大きさ
22 / 30

始まるまであと少し

しおりを挟む



朝食はいつもサンルームで摂る。

セシル伯爵が所有する敷地にあるサンルームは、中庭を見渡す場所に造られている。
白く縁どられた窓枠は大きく、天井もガラスで造られているため太陽が燦々と降りそそぐ、とても気持ちの良い場所だ。

用意された朝食を食べ終え、私と兄は食休みに紅茶を頂いていた。

「あぁ、そうだ。チェルシー、友人から面白いものを貰ったんだ。」

思い出したかのように、兄は自身の懐を探り出した。
「あぁ、これだ。」と、2枚紙を引き出し私に見せてきた。

「それは、なあに?」
「サーカスのチケットさ。」

ピクリと手が震え、手に持っていた紅茶は密かに波紋を広げた。
その震えは小さいもので、私以外気づいた者は居ない、はずだ。

「折角頂いたんだ。今夜、一緒に行こう。」

サーカス。
行けば必ずあの男に会う。
もう会わないと決め、男の元を去ったというのに、こうも会う機会が巡ってきては呪いなのかと疑いたくなる。

ここで、兄の誘いを断ればきっと何故断るのか問い詰めるだろう。
面倒くさい事になるのは避けられない。
ならば、誘いに乗っておくのが1番楽だ。

今回、男個人に会いに行く訳ではない。
一般市民として客席に座るのだ。

毎年サーカスは大勢の人々が集まり、王都1賑わいを見せている。
流石に男も私が居ることには気付かないだろう。

「いいわね。行きましょう。」
「良かった。今夜が楽しみだね。」
「そうね。」

兄に相槌を打つ。

心のどこかに男のショーを楽しみにしている自分に気付く。
決心したのに、これでは…。

私は余っていた紅茶を喉に流し込んだ。

***

右手の痕を隠すため手袋をはめ、大きな帽子で顔を隠した。
この帽子は男に顔を見られないようにである。

癖のある髪をおろし、滅多に着ないよそ行きのドレスを身に纏えば、伯爵令嬢が出来上がった。

(とうとう夜になってしまったわね…。)

時間は意外にもあっという間に過ぎ去った。
時間が進たびに、ソワソワしていたら「そんなにお兄様とサーカスに行くのが楽しみかい?」と、言われ殺意が湧いたのは私のせいではない。

「お嬢様、とてもお似合いです。」

支度を手伝ってくれた使用人が可愛らしく微笑む。
その顔から嘘ではないことがわかった。
だからといって、似合っているとは思っていない。
ドレスに着られている。
そんな気しかしない。

「ありがとう。」

そう言うと、使用人はやはり可愛らしく微笑み腰を折った。

「行ってらっしゃいませ。」

彼女のように可愛らしく微笑むことができたらなと、少し羨ましく思うのであった。

***

「チェルシー…!なんて可愛らしいんだ…!!まるで私の元へ舞い降りた妖精のようだよ!」
「…待たせてしまってごめんなさい。さ、行きましょう。」

勝手に熱をあげている兄を放置し、馬車へ向かう。

「チェルシー、待って。」

振り向けば、兄は私に手を差し出した。

「…あぁ。エスコートしてくれるの?」
「もちろん。さ、妹君。お手をどうぞ。」

私はため息をつき、兄の手を取った。
兄は馬車まで無駄の無い動きでエスコートをしてくれた。

あの男に会うまであと少し。
…いや、違うわよ。

サーカスが始まるまであと少し。

うん、これが正しい。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

傷物令嬢シャルロットは辺境伯様の人質となってスローライフ

悠木真帆
恋愛
侯爵令嬢シャルロット・ラドフォルンは幼いとき王子を庇って右上半身に大やけどを負う。 残ったやけどの痕はシャルロットに暗い影を落とす。 そんなシャルロットにも他国の貴族との婚約が決まり幸せとなるはずだった。 だがーー 月あかりに照らされた婚約者との初めての夜。 やけどの痕を目にした婚約者は顔色を変えて、そのままベッドの上でシャルロットに婚約破棄を申し渡した。 それ以来、屋敷に閉じこもる生活を送っていたシャルロットに父から敵国の人質となることを命じられる。

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

王宮侍女は穴に落ちる

斑猫
恋愛
婚約破棄されたうえ養家を追い出された アニエスは王宮で運良く職を得る。 呪われた王女と呼ばれるエリザベ―ト付き の侍女として。 忙しく働く毎日にやりがいを感じていた。 ところが、ある日ちょっとした諍いから 突き飛ばされて怪しい穴に落ちてしまう。 ちょっと、とぼけた主人公が足フェチな 俺様系騎士団長にいじめ……いや、溺愛され るお話です。

皇帝とおばちゃん姫の恋物語

ひとみん
恋愛
二階堂有里は52歳の主婦。ある日事故に巻き込まれ死んじゃったけど、女神様に拾われある人のお世話係を頼まれ第二の人生を送る事に。 そこは異世界で、年若いアルフォンス皇帝陛下が治めるユリアナ帝国へと降り立つ。 てっきり子供のお世話だと思っていたら、なんとその皇帝陛下のお世話をすることに。 まぁ、異世界での息子と思えば・・・と生活し始めるけれど、周りはただのお世話係とは見てくれない。 女神様に若返らせてもらったけれど、これといって何の能力もない中身はただのおばちゃんの、ほんわか恋愛物語です。

死に戻りの元王妃なので婚約破棄して穏やかな生活を――って、なぜか帝国の第二王子に求愛されています!?

神崎 ルナ
恋愛
アレクシアはこの一国の王妃である。だが伴侶であるはずの王には執務を全て押し付けられ、王妃としてのパーティ参加もほとんど側妃のオリビアに任されていた。 (私って一体何なの) 朝から食事を摂っていないアレクシアが厨房へ向かおうとした昼下がり、その日の内に起きた革命に巻き込まれ、『王政を傾けた怠け者の王妃』として処刑されてしまう。 そして―― 「ここにいたのか」 目の前には記憶より若い伴侶の姿。 (……もしかして巻き戻った?) 今度こそ間違えません!! 私は王妃にはなりませんからっ!! だが二度目の生では不可思議なことばかりが起きる。 学生時代に戻ったが、そこにはまだ会うはずのないオリビアが生徒として在籍していた。 そして居るはずのない人物がもう一人。 ……帝国の第二王子殿下? 彼とは外交で数回顔を会わせたくらいなのになぜか親し気に話しかけて来る。 一体何が起こっているの!?

処理中です...