トモダチ境界線

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――時が流れ、僕たちは中学三年生になった。

僕は保健室登校から徐々に、教室に顔を出す様になった。
ゆっくりだったけれど、教室に行くようになり、
最近はもうすっかり『保健室』は必要なくなった。
何故なら、旭くんと同じクラスにして貰ったからだ。
保健の先生が気を利かせて、学年主任の先生にかけ合ってくれたみたいで、
僕らは二年からずっと同じクラスだった。
大人なんて信用ならないけど、保健室の先生は良い人だったな。
僕は相変わらず人見知りで、教室では旭くんとしか喋らないけれど、
旭くんだけが居てくれればそれで充分だった。
旭くんだけが居れば、他の友達なんか要らない。
恋人も要らない。親も要らない。何も要らない。
だけど、その代わり、旭くんがもっと欲しいと思うようになった。



「それでさ、猫クン……」


旭くんは、僕を『猫クン』って呼ぶ。
彼は僕の変な名字が気に入ったみたいで、
一年生の頃からずっとこう呼ばれている。
名字を馬鹿にされた事があったから、自分の名字は嫌いだった。
だけど『猫クン』っていうあだ名は好き。
だって、君が呼んでくれるから。
これは、君専用の、僕の呼び名。
そう思うと、とても愛おしいんだ。


「あっ、保科くんだ! かっこいー」
「ほんとだ~! 良いよね~!」


旭くんは、女子生徒から凄くよくモテた。
彼と廊下を歩いていると、必ずと言っていいほど女の子が注目する。
旭くんはそれらの黄色い声を全部無視しているけれど。
旭くんは、とても美しいので、女の子が騒ぐのも納得だ。
綺麗すぎて、その美しさを恐ろしいとすら僕は思う。
こんな芸術品みたいな人が、同じ人間で、生きているとは信じがたい。
僕は、君が生物であることが、未だに信じられないんだ。
君の事を、美術館に飾ってある彫刻みたいだって思う。
旭くんだって、僕や他の同い年の男子と生物学上は全く同じ種族なのに、
こうまで違うなんて不思議だ。


「女ってバカだよね」


旭くんは異常なまでに女性が嫌いだった。
憎んでいる、と言っても過言ではないくらい女性に対しての悪意を持っていた。


「気持ち悪いと思わない?
 みんなして同じ男にきゃーきゃー騒いで。
 股濡らしてメスの顔して近づいて来てさ。
 そういうのホンット、ウザいんだよねー。
 メスはさ、優秀な男の遺伝子が欲しいんだよね。
 だからオレを優秀なオスだと認識して、妊娠する為だけに発情しながら近寄って来る。
 外見は一番分かりやすい遺伝子の優位だからね。
 だから女はみんなオレの精子を欲しがるんだ。
 ……気持ち悪いったらないよ。勘弁して欲しいよ。
 女なんかみんな死ねばいいのに」

流石に言いすぎだと思った。
だけど僕にはそれすら格好良く思えてしまう。
そして、僕は自分が男で良かったと、心の底から思った。
もし僕が女の子に産まれて居たら、
異性と言うだけで旭くんからここまで嫌われるなんて耐えられない。
それに僕は旭くんが同性だったからこそ、好きになったんだと思う。
もし僕が女の子だったなら、旭くんを好きにはならなかった。
だって、旭くんは、女の子に対して心を開かないでしょ?
性別で壁を作って、僕を他の子と同じように非難して自分から遠ざけたでしょ?
僕は、男で良かった。
男だったからこそ、旭くんを好きになれた。


「女と違って、猫クンは最高だよ。トモダチっていいよね。
 恋愛なんてさ、所詮、生殖の本能を綺麗な言葉に言い換えてるだけでさ、
 結局みんな、セックスがしたいだけなんだよな。
 オレは恋愛感情や性欲を気持ち悪いとしか思えない。
 セックスなんか何がいいのか分からない。
 まあ、オレにも性欲はあるけどね。
 性欲があるからこそ、性欲有りきで繋がる関係を汚らわしく思う」

僕は、君の言葉を黙って聞く。
君の透き通るような声が、好きだった。


「……その点、友情は最高だよ。
 トモダチとは性欲なんかよりもっと綺麗で、精神的なモノで繋がれるんだ。
 友情の証明ってむずかしいよね。血の繋がりもなければ、身体を繋げることもなくて。
 言葉も、紙も、指輪も、なんにもなくて、だけどそれでもトモダチなんだ。
 そんな、曖昧で照明の難しい関係だけれど、相手の為なら命をかけられる。
 それがトモダチなんだよね。照明書なんて要らない。
 誰かに照明する必要なんてないんだから。
 オレはキミのコトを、親友だと思っているよ」


君の友達という概念の解釈はおかしい。
世間でいう友人関係は、そんなに重いものじゃない。
僕は、友情こそ信じられなかった。
だからといって恋愛感情が信じられるわけでもないけれど。
だけど『友達』って、君が言うよりもっとずっと薄情なものだよ。
小学生の時に仲が良かった友達は、もう誰も僕を相手にしてくれない。
僕より素敵な友達を作った彼らはもう、僕を必要としない。
僕が不登校になっても、かつての友達は誰も声をかけてくれなかった。
僕の事なんか、もうどうでもいいんだ。
だから僕は『友情』を信じてはいない。
僕は君と、もっと確かなもので繋がりたい。
友情なんていう曖昧で薄情なものじゃなくって。
もっと、重く、もっと硬いもの。
絶対に離れない鎖で、君の心と繋がりたい。
ねえ、僕たちは、もう、普通の友達ではないね。
友情というには重すぎる感情を、お互いに抱いているよ。
だからといって、僕のこの気持ちは恋愛感情とも違うと思った。
だって、恋なんていう、甘く幸せなものじゃないから。
僕は旭くんの事を考えると、幸福よりも不安な気持ちになるんだ。

――友情とも、恋とも、違う。

じゃあ、一体、なんなんだろうね?
この気持ちは、重すぎて、僕には持って居られない。
このまま抱えて居たら、重さで潰れてしまいそうだ。
持ったままで居るのが、苦しいよ。
君に、僕の想いを伝えたいよ。
僕の気持ちを全て、君に打ち明けられたなら……
それが出来たなら、僕は心が軽くなるだろうか。
この不安も焦燥感も、消えてなくなるだろうか。
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