まいすいーとえんじぇる

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――4日目……

お昼の時間をとっくに過ぎた頃に目を覚ます。
起きた時、アンヘルが隣に居なかった事をとても寂しく感じた。
部屋にも姿が見当たらない。

「あ、おはようです、莉子さん」

アンヘルがリビングのソファに座って、勝手にお菓子を食べながら新聞を読んでいる。
たった数日で随分、堂々と振舞うようになった物だ。
一応他人の家にこっそり居候させて貰っている身なのに、勝手に出歩きやがって。
日中は親はどちらも仕事に行っているから問題はないけれど、それにしてもくつろぎ過ぎだ。


「そういえばアンタ、字、読めるんだね」

「日本人じゃないでしょ?」

「私の担当地区が日本なので、日本語は一通り学びました」

「担当地区とかあるんだ……」

「はい、それに、天使の世界にも学校があるんですよ。そこで様々な勉強をします」

「ふぅん」

「私はそこを成績上位で卒業しています」

「え? でも天使としての能力はゴミクズ以下だって言ってなかった?」

「そこまで酷くは言ってないですよ。
 確かに私は他の天使と違って、実態を消す事ができません。
 天使としての才能は全くないのでしょう。それは何度も言われてきた事ですし、自分でも分かってます。
 でも、努力でなんとかなるもんですよ」

「ふぅん……」

羨ましいな……。
私はそこまで直向きに努力できない。
才能がなければ、どれだけ努力しても成功できる保証はない。
それなら努力なんて時間と労力の無駄だ。
そんな風に感じてしまって、何もする気がおきない。



「実際私はこうして天使デビューできたわけですし」

「デビュー?」

「私がお迎えに上がったの、莉子さんが初めてなんですよ。
 私、新人なんです。これが初仕事」

「あ、そうだったんだ」

「はい」

「……でも、やっぱり向いてないのかもしれません。この仕事」

アンヘルは寂しそうに、窓の外を眺めている。

先程の言葉を深く追求する事はせず、キッチンにしまっておいたあるものを取り出す。


「よいしょ、と」

「あ、それ昨日買ってたやつですね」

「うん」

「なんなんです?」

「お菓子を作るんだよ、カップケーキ!」

「お菓子……」

「え゛……り、莉子さんが……?」

「なんだよ、その顔は……」

「私の中の莉子さんは、ズボラなイメージしかないのですが、お菓子なんて作れるんですか?」

「失礼だな。幼い頃の莉子ちゃんは、ケーキ屋さんになりたかったんだぞ?」

「うわあ。意外です。
 てっきり莉子さんの将来の夢はヒモがパチプロかと……」

「昔の話だよ。今の私の将来の夢はなるべく楽に死ぬこと。
 さ、作るよ。アンヘルも手伝って」

「え、あ、はい……」

「莉子さん、私、お菓子作れません」

「うん。期待はしてないから大丈夫よ」

「苺洗っといて。あとヘタくらいは切れるでしょ? よろしく~」

「はあ……」

アンヘルに苺を任せている間に、自身は生地を作る。
卵に砂糖とバニラエッセンスを加えて、ハンドミキサーで掻き混ぜる。
何に対しても無気力な私の、唯一の好きなものがお菓子作りだ。
決して得意というわけではないけれど、本気でパティシエになりたいだなんて思っていた事もある。


「きゃっ……」

「え、なに?」


考え事をしていると、アンヘルの小さな悲鳴が耳に届く。
本当に控えめな悲鳴だったので、大した事ではないと思うのだけど……


「どうした…………って、うええぇえ!?」

「やっちまいました」

アンヘルの手元を覗くと、彼女の細腕の手首から上が、すっぱりと切断されていた。


「あいたたた」

「いや、ちょ……「あいたたた」で済まされる怪我じゃないでしょ!!
 なにがどうなったらこんな事になるわけ!? 天使脆すぎるでしょ! 豆腐か何かなの?
 な、なんで苺のヘタを切ってて、こんなグロテスクな……って、んん? グロく……ない……?」


アンヘルの手の切断面からは、赤黒い血肉ではなく、薄紫色のとろとろとした液体が溢れ出していた。
甘ったるい良い匂いもして、なんだかお菓子みたいだ。
アメリカによくある、身体に悪そうなお菓子に見える。


「な、なにこれ、どうなってんの!?」

「天使は、人間の夢でできていますから……
 きっと私の身体は、お菓子が大好きな子の夢でいっぱいなんでしょうね」

「やだ……メルヘン……
 って、そんな事言ってる場合じゃないよ! 病院行こうよ、救急車呼ぶ!?」

「大丈夫。治せます。天使は滅多な事では死にません」

「ひえっ……」

アンヘルがピンク色の可愛らしいリボンと太めの縫い針を、ポケットから取り出す。
その縫い針とリボンを使って、完全に切断された手を器用に縫い合わせて行く。
針が肉に刺さり、貫通する。リボンがきゅっと皮膚と皮膚を繋ぎとめる。
メルヘンなのかグロテスクなのか分からないその光景に、ひたすら困惑した。

「これでしばらくすれば治ります。
 お騒がせしてすみませんでした」

「なんか可愛らしい事になってんね。まあとにかく、大丈夫ならいいよ」

「っていうか、こっちこそすまんね。
 苺のヘタ切るのって慣れてないと結構むずいのかも」

「いえ。お役に立てずすみません。
 苺も血で汚してしまいました」

「あ、やっぱ血なんだ……ソレ……」

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