ネオンサインとサイコパシー

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――……夜の匂いがする。

恋と並んで、ネオン街を歩いていた。
かつて俺がよく通っていた歓楽街だ。
金がなくなってからは来るのを辞めていたが、この街に居るとやはり心が躍る。
夜の黒に映える、ネオンの蛍光色が好きなんだ。
派手な看板を見て居ると、なんだか現実の嫌な事を全て忘れられるような気がして、それが癖になる。
だから俺はこの街の持つ魅力に取りつかれて、狂ったように金を使っていたんだ。
それが、やめられなかった。
非日常の世界に浸るのが、気持ち良かった。快感だった。


ネオンに照らされた夜を歩いて、恋が入ったのは、いかにも高そうなお洒落なバーだった。


「シムカさん、連れて来ました」

「ああ、レン。へえ、その子が……」

「あ、ど、どうも……?」


シムカ、と呼ばれた男は一見なよなよしていて、とても裏社会の人間には見えなかった。
この人が本当に恋の上司なんだろうか。


「ボクのペットの宮口愛貴クンです」

自己紹介されてからカウンター席に座り、適当なお酒を飲まされる。
酒は要らないと言ったのだが『奢りだから』とほぼ強制的に飲まされた。
酔いたくなかったので、アルコール度数の低いカクテルを選んだ。


「愛貴くん、レンに拾って貰えてよかったね。
 闇金から借金しちゃうくらい頭ゆるかったら生きてくの大変でしょ」

…………うっ!!
事実だけどそこまではっきり言われると、悲しいし悔しい。
吃驚するほど居心地が悪い。早く帰りたい。


「まあそういう頭悪い子たちのお陰で僕が儲かるからいいんだけど。
 レンの同級生ってことは地元埼玉でしょ?
 馬鹿なんだから田舎でゆったりしてれば良かったのになんで東京なんか来ちゃったの?」

「愛貴クンはバンドでプロになりたかったんですよ。
 だから上京したんだよね? ね? そうだよね?」


――そうだけど勝手にぺらぺら話すな!

確かに俺はバンドでプロになりたくて、東京に来た。
東京の大学で音楽が上手い奴ら見つけて、バンドを組んで一緒にプロを目指せたらと思った。
だけど現実はそう簡単に行かなくて……
技術重視で選んだバンドメンバーとは人間性も音楽性も合わなくて、上手く行かず、組んでたバンドはすぐに解散。
その後も何度かバンドを組んだけど、どれも長続きしなかった。
その事に苛立った俺は夜の街での遊びを覚えた。
いけない遊びをたくさん覚えた田舎者の俺は、借金までして破滅への道を転がり落ちた。
勝手に一人で坂を転げ落ちていく俺を、誰も止めてはくれなかった。
自分でヤバイと気付いた時にはもう手遅れで、俺の手には借金だけが残っていた。
大切だったギターも売ってしまって、今の俺は何も持っていない。



「へー、ホントに馬鹿なんだねー。
 特殊な技術が必要な職業で成功出来るのなんてほんの一握りの天才だけなのに。
 自分は出来るって思ったんだ?」

「そ、そんな…… そういうわけじゃ…………」

この人、嫌だな……。
恋の上司だから無視するわけには行かない。
裏社会の人だから怒らせたりするのも怖い。
だけどこの人の事は、どうも好きになれない。嫌な感じがする。
でも、この人の言葉が心に刺さるのは、それが事実だからだ。
実際俺は自分には才能があると自惚れて居たし、浅はかな馬鹿だ。


「こんなもの飼っちゃうなんてレンもどうかしてるよね」

「そうですね。でもペットってそんなもんでしょう。
 少しくらいバカなほうがカワイイじゃないですか」

「そうだね。僕も馬鹿な子は嫌いじゃないよ」

「あ、電話だ…… ちょっと外行ってきます」


ウワー! 二人きりにしないでくれー!!
そんな俺の心の叫びは届かず、恋は店の外に出て行ってしまった。
シムカという男とふたりきりになり、気まずさを誤魔化す為に酒を飲んだ。
オレンジとカシスの味がする、甘い酒だった。



「腕、凄いね」

「あ、これは……」

今朝、恋にやられた傷。
病院へは行かず、適当に包帯を巻いただけだった。
血はたくさん出たけれど表面を切っただけなので、大丈夫だと思うんだけど……。

「レンにやられたの?」

「まあ……」

「え? ほんとにレンがやったの?
 やっぱ異常だね、あいつ。キモいよね」

「はあ、まあ……」

「こないだなんか会社に生きた鳩持って来て焼いて食べようとしてたんだよ?」

「は、はあ……」

それは確かにキモい……。


「そのうち愛貴くんも食べられちゃうんじゃない?
 君、レンの非常食だったりして」

「はは、有り得ますね……」

「レンが君を拾ったように、僕も物を拾うのが好きでね。
 レンの事も僕が拾ったんだ。
 レンはこの街で定職に付かず、身体売ったり、スリやったり、カツアゲしたりして生活してたんだ。
 一目見てイカれてるって分かった。
 だから拾ったんだ。まあまあ使えそうだったから。
 僕の仕事手伝うならレンくらい頭おかしいほうが良いんだよ。
 そうじゃなきゃ途中で潰れちゃうの」

「そ、そうですか……」

「そういや愛貴くん、今仕事してないんだよね?」

「は、はあ……な、何か探さないとって思ってはいるんですけど……」

「じゃあ君も僕のところで働かない?」

「は、はあ!?」

「ああ、レンの金融会社じゃなくてね。もっといいとこ」

「い、いやぁ、でも……」

「このままずっとレンにお世話になり続ける気なの?
 それって普通にヒモだけど、キミはそれでいいのかい?
 レンの優しさに甘え続けるの? 自立しないの?」

「それ、は……」

「傍から見たら君たちの関係って変だし、気持ち悪いよ。
 恋人でも愛人でもなく、血縁関係もないのに、男同士で、レンにお世話して貰って、養われて。
 レンの頭がおかしいから成り立つ関係だけど、普通じゃないよ?」


……分かってる。
恋が何処かおかしいのも、今の関係が普通じゃないのも。全部分かってるよ。
だけど絶望的な状況に居て、どうすればいいのか分からなくて泣いていたところに恋が現れて……
だから恋に縋るしかないと思ってしまった。
恋に頼ってしまった。
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