ネオンサインとサイコパシー

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――光る看板と、耳に届く雑音。雑踏。
夜だと言うのに人間が沢山集まる、都会の歓楽街。
店を出た途端、恋に手を引かれ、そのまま騒がしい街を歩いた。
この街でなら、男同士で手を繋いでいてもそんなに目立たない。

どんなに恋が変わり者だろうと、

どんなに俺がダメ人間だろうと、

どんなに俺たちの関係が歪んでいようと、

この街を歩いている人々にとっては、俺達は脇役だ。
ただのモブでしかない俺たちが手を繋いでいようと、周りの人達は気にも止めない。
誰も気付かない。みんな気にしない。
だって、どうだっていいことなのだから。
関係ないことなんだから。
それは俺だって同じ事で、道行く人がどんな事情を抱えて居ようと俺には無関係だ。
例えばこの人混みの中に宇宙人が混じっていたとして、俺はそれに気付けないのだ。
俺の人生の主役は俺だけど、
この世界の主人公は、きっと俺じゃない。

「あの人の言うコト真に受けちゃダメだよー。
 とってもこわぁ~いお兄さんなんだから」

「うん。ごめん」

「怖いのはシムカさんだけじゃないよ。
 都会には他にもたっくさぁん、怖いヒトが居るからねー。
 ボクだってその中の一人さ。下っ端とは言え、裏社会に半分浸かってんだから。
 だから、誰のコトも信じちゃイケナイよ。ボクのコトもね」

繋いだ恋の手は温かくって、恋もちゃんと人間なんだと思った。



「愛貴クン」

「……なんだよ」

「ボクたちの出会いを覚えてる?」

「……覚えてるよ」




――…………
――……

――こことは違う、田舎の高校。
埼玉と東京は近いけれど、俺の住んでた町は東京と比べるまでもないくらい田舎だった。
だからと言って、山ばかりというほどのどかでもない。
中途半端な田舎町。
何もない町。
俺は昔からあの町が大嫌いだった。
大きくなったら絶対に東京に行くと決めて居た。
こんな何もない退屈な町は、俺には似合わない。
何故かそんな風に思って、いつも東京に憧れていた。


――田舎の町の、田舎の高校。

家から近いからという理由で受験した、県内普通レベルの高校で、俺と恋は出会った。
高校一年の、昼休み。
校舎をブラついて居たら、中庭で恋を見つけた。


「は、はあ? アイツ、なにやってんだ……!?」


俺は恋の姿を見て、驚いて息を詰まらせる。
恋は、カラスを捕まえて居た。
首根っこをがっちり掴まれたカラスはバタバタと暴れ狂い、恋から逃れようとしていた。
恋はいつもの貼り付けたような不自然な笑み崩すことなく、暴れるカラスを押さえつけて居る。


「やめろよ! なにしてんだ!」


気付いた時には勝手に飛び出して居た。


「? なにって?」

「カラス虐めると復讐されるぞ! 頭いいんだぞ、カラスって!」

「あ」

突然声をかけられた恋は吃驚したのか気が緩んだのか、カラスを持っていた手を離す。
カラスはその隙に恋から逃れ、空へ飛んでいく。


「あーあ、キミのせいでお昼ご飯が」

「お昼ご飯……?」

「実はお弁当とお財布を同時に忘れちゃって。
 だからカラス食べようかなって」

「はああぁ!?」

「……お腹空いたなぁ」

「変なやつ……。ほら、俺の弁当やるからカラスは食うな」

「!? いいの?」

「俺は財布持ってるし学食行くからいいよ。
 ぜっっっっったい、カラス食うなよ」

「猫は? 猫もダメ?」

「ダメ!」

「キミ、イイヒトだね」

「とにかく、変なもん食うと病気になるぞ。
 弁当箱は洗って返してくれればいいから」



弁当箱は返って来なかった。
弁当のお礼を言われる事もなかった。
俺と恋がまともに話をしたのは、本当にそれだけだった。
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