消えた令息が見えるのは私だけのようです

gacchi(がっち)

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3.消えた令息(アロルド)

オーケルマン公爵家には二人の息子がいる。
十七歳の長男アロルドと九歳になる二男アントン。
どちらかが公爵家を継ぐことになるのだが、まだ決まっていない。

貴族たちは当然長男のアロルドが継ぐとみていたが、
公爵夫妻はアントンがもう少し成長するまで決めることはないと断言していた。


ダリアルド王国でも力のある四大公爵家の一つ、
オーケルマン公爵家は魔術を受け継ぐ家だ。
質のいい魔力を豊富に持ち、魔術の知識を磨いてきたオーケルマン公爵家は、
戦術だけでなく、医術や生活を豊かにする魔術具の開発も支えている。

騎士団を率いる武術のバルテウス公爵家、宰相を輩出する智のポワンスレ公爵家。
そして精霊王の加護を授かるアーンフェ公爵家。
この四大公爵家の一つでも欠けたらこの国は直ちに消えると言われている。

バルテウス公爵家は当主が騎士団長を務め、当主の娘が王太子妃になっている。
ポワンスレ公爵家は当主の弟が宰相として陛下に仕えている。
アーンフェ公爵家は嫡子エルヴィラが第三王子の婚約者となっている。

そして、オーケルマン公爵家は当主が魔術師団長を、
当主の弟と夫人が副団長を務めている。

この国で魔力を持った貴族は少なく、その多くがオーケルマン公爵家である。
そのため、魔術師団はオーケルマン公爵家の血筋の者しかいない。
学園に通うアロルドはその魔術師団員たちよりも優秀で、
他国にも名を知られるほどであった。

この国の王子三人が早くに婚約者を決めていたこともあり、
アロルドには国内貴族だけではなく近隣国の王族からも婚約の打診が来ていた。
だが、オーケルマン公爵家はアロルドの婚約者をなかなか決めなかった。
あと一年すれば学園を卒業する時期になっても、決める気配すらない。
婚約の申し出はすべて丁重にお断りしていた。


そんなある日、アロルドはいつものように私室で釣書を見てため息をついた。
そこにはいつも見たことのある令嬢の名前が並ぶ。
何度断っても、数か月もすれば懲りずに送られてくる。
それでも無視することはできず、丁寧にお断りの手紙と共に送り返すしかない。
黙々と作業をしている最中、一つの封書を開けた時に異変が起きた。



「鏡…?」

封書の中には薄い鏡が一枚入っていただけだった。
飾り気のない長方形の小さな鏡。
魔術がかけられている気配はない。よくある令嬢のおまじないだろうか。
それにしては手紙がつけられていないのは変だ。
おかしなこともあるなとその鏡をのぞいてみたら、
その鏡に何かを吸われるような感覚に陥る。

「うわ!なんだ!」

しまったと思い慌てて手を離そうとしたが離れず、
何かを吸われている感覚だけが続いている。
まずいとは思ったが、何もできないままに終わる。
吸われている感覚が止まったと思ったら、その鏡が勝手に割れた。
最初から鏡などなかったように、割れた後は白い光の粒になって消えていった。

「…何だったんだ、今の…?」

大声を出したせいか、侍従のロルフが部屋に飛び込んできた。
後ろには護衛のルドとハビもついて入ってくる。

「アロルド様!?」

「大丈夫ですか!!」

めずらしく大声を出したせいで、俺に何かあったと気がついたのだろう。

「大丈夫だよ、よくわからないけど無事だ」

完全に大丈夫だと言い切っていいかわからないが、ひとまず身体は無事だ。
そう思って三人を安心させようとした。
だが…

「アロルド様!?どちらに!」

「まさか、さらわれた!?」

「嘘だろう!おい、公爵家の使用人全員出てこい。
 アロルド様が消えた!
 さらわれたとしてもまだ遠くない。探すんだ!」

三人は目の前にいる俺には気がつかず、クローゼットの中や寝室などを探し、
使用人たちは敷地内だけでなく近隣まで探している。

…どういうことだ?

「おい、ロニー。俺はここにいる。探すのをやめさせてくれ」

ちょうど近くにきた執事のロニーに声をかけても、
何も聞こえなかったかのように素通りされる。
その後、誰に声をかけても、さわろうとしても気がついてもらえなかった。

「どういうことなんだ?どうして誰も俺に気がつかない?」

何度やっても結果は同じだった。
俺の姿は誰にも見えない。声は聞こえない。さわろうとしてもさわれない。
魔術も他人に干渉するようなものは発動しないし、手紙などを書いても無駄だった。
まるで俺の存在そのものが消えたようだった。


それでも、一晩寝たら元に戻るかも。
湯あみをしたら戻るかも。
何か薬を飲めば戻るかも。

試してみようと思ったことは全部試した。
この国の魔術を担うオーケルマン公爵家の図書室には、
魔術書だけでなく魔術に関する伝記もそろっている。
片っ端から読み漁り、この状況を何とかしようとした。
それでも何も変わらなかった。

何もわからないまま、俺の存在が消えてから一週間が過ぎた。
見つからない俺を探すために騎士団が公爵家の中を捜索し始めていた。
慌ただしく騎士たちが敷地内を行ったり来たりしている。
その中で一人ぼんやりと私室の寝台に寝転がる。これからどうしようか。

その頃には公爵家にいて自然に戻るという考えはなくなっていた。
アロルドが助けを求めようとしたのは、
屋敷が隣り合っているアーンフェ公爵家のエルヴィラ。

幼馴染のエルのところだった。



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