103 / 142
聖女の旅立ち
18.落ち着く場所(一花)
しおりを挟む
「イチカは聖女じゃない。
聖女じゃない者が向こうに帰ったという記録を見つけた。
本気でこの世界にいたくない、向こうに帰りたいと望めば帰れるそうだ。」
「…本当に、それだけで?」
「ああ。だが、向こうの世界に帰ったら聖女はいない。」
「……もう悠里のことは、それほどこだわっていないかも。」
「本当に?」
「うん。なんであんなに一緒にいなきゃいけないって追いかけてたんだろう。
それに悠里が、この世界に来てから変わってしまったように思うんだ。
あまり感情を出さない子だったのに、こっちに来たら怒ってばかり。
一緒にいた男にもべたべたしていて、悠里じゃなくなったように見える…。」
「あぁ、それは仕方ないな。
聖女の魂はこちらのものだ。向こうの世界の身体には合わない。
そうだな…何をしていても心に直接届くことはなかっただろう。
壁越しに会話しているようなものだ。
聖女はこちらの世界に来て、あるべき姿に戻っているはずだ。
今、初めて見るもの、触るもの、感じることばかりだろう。
イチカが知る者とは別だと思ったほうがいい。」
「今の悠里は別人だってこと…か。」
あんな風に男性に抱き上げられて、心から頼り切った顔をしていた。
私や律に頼ることなんて一度もなかったのに、なんでって悔しかった。
悠里をよく知るのは産まれてからずっと一緒にいる私たちなのにって。
…生まれ変わった別人だって言うのなら、
悠里の心の中に私たちがいなくても当然だったんだ。
ううん……最初からいなかったんだ。悠里は私たちを必要としていない。
私たちがそのことから目をそらしていただけ。
「聖女への未練が無くなったのなら、それはそれでいいんだが。
わかってほしいのは、向こうに帰ったとしたらもう魔力を吸う相手がいない。
わかるか?昨日までの状況のようになるってことだ。」
「…え?またあんな風に動きたくなくなるってこと?」
「最初から魔力が無い状態で生きてきたのなら、
多少は無気力であってもなんとかなっていたのだろう。
だけど、イチカはずっと魔力がある状態で動いていた。
そこから無くすのは苦痛でしかない。
向こうの世界に戻ったら、また二週間ほどであの状態に戻る。
そこからは…聖女も俺もいない。耐えられるか?」
「…あの状態で一生?」
指一本動かしたくないあの状態で、大学に行って、就職して…。
両親が私の世話をしてくれるわけもないから、一人で食事してお風呂にも入って…。
どう考えても、生きていける気がしない…。
「それだけずっと魔力に、聖女に依存して生きてきたんだ。
急に無くなって、生きていけるわけがない。
だから、俺に依存するように仕向けた。
この城に来て俺の魔力だけ与えていたのは被害を減らすためだけじゃない。
聖女への依存を無くして、俺を選ばせるためだ。」
裸のまま上半身を起き上がらせた王子が、私の両肩のわきに手を置いた。
ベッドの上にくくりつけられたようになって、身動きできない。
見下ろしてくる王子の青い目が少しだけ熱がこもるように見えた。
…え?襲われている?いや、もうすでにやっちゃった後だけど?
「もう一つの選択肢は俺の妃になることだ。
ここで、ずっと俺の魔力を吸って生きていけばいい。」
「…後宮に入れって?」
じじいの後宮に入らないのなら俺の後宮に入れって言ってた。
王子が国王になったのなら、後宮ができたってことだろうか。
…そこでずっと愛人として?魔力のために?
「後宮は作らない。俺の妃はお前だけにする。」
「え?作らない?そんなわけにいかないんじゃ…。」
国王の後宮に妃が二十人以上とか言ってなかった?
末子が継ぐから、なるべく子を産ませるとかなんとか。
「いくらなんでも父上が妃を娶りすぎたし、
王子も多すぎたんだ。
このまま後宮制度を続けたら財政が持たない。」
「そういう理由?」
なんだ…お前だけとかそういう恋愛話じゃなかった。
期待したわけじゃないけど、ちょっと納得いかない。
じゃあ、なんてこんな色っぽい体勢なの!?
このまま押し倒されるのかと危機感あったんだけど…?
「…それだけでもない。
俺はお前がいれば…あとは良いかと思ったんだ。」
「ん?」
「後宮の愛人になるのは嫌なんだろう?
俺の妃はお前だけにする。
…だから、お前もこれからは俺だけにしておけ。」
ゆっくりと重なった唇に、返事はできなかった。
逃げようと思えば逃げられたかもしれないけれど、
起きた時点で王子を追い出さなかった私はすでに負けていたんだろう。
それが魔力なのか、王子自身なのかわからないけれど。
負けてあげるのも悪くないと思った。
聖女じゃない者が向こうに帰ったという記録を見つけた。
本気でこの世界にいたくない、向こうに帰りたいと望めば帰れるそうだ。」
「…本当に、それだけで?」
「ああ。だが、向こうの世界に帰ったら聖女はいない。」
「……もう悠里のことは、それほどこだわっていないかも。」
「本当に?」
「うん。なんであんなに一緒にいなきゃいけないって追いかけてたんだろう。
それに悠里が、この世界に来てから変わってしまったように思うんだ。
あまり感情を出さない子だったのに、こっちに来たら怒ってばかり。
一緒にいた男にもべたべたしていて、悠里じゃなくなったように見える…。」
「あぁ、それは仕方ないな。
聖女の魂はこちらのものだ。向こうの世界の身体には合わない。
そうだな…何をしていても心に直接届くことはなかっただろう。
壁越しに会話しているようなものだ。
聖女はこちらの世界に来て、あるべき姿に戻っているはずだ。
今、初めて見るもの、触るもの、感じることばかりだろう。
イチカが知る者とは別だと思ったほうがいい。」
「今の悠里は別人だってこと…か。」
あんな風に男性に抱き上げられて、心から頼り切った顔をしていた。
私や律に頼ることなんて一度もなかったのに、なんでって悔しかった。
悠里をよく知るのは産まれてからずっと一緒にいる私たちなのにって。
…生まれ変わった別人だって言うのなら、
悠里の心の中に私たちがいなくても当然だったんだ。
ううん……最初からいなかったんだ。悠里は私たちを必要としていない。
私たちがそのことから目をそらしていただけ。
「聖女への未練が無くなったのなら、それはそれでいいんだが。
わかってほしいのは、向こうに帰ったとしたらもう魔力を吸う相手がいない。
わかるか?昨日までの状況のようになるってことだ。」
「…え?またあんな風に動きたくなくなるってこと?」
「最初から魔力が無い状態で生きてきたのなら、
多少は無気力であってもなんとかなっていたのだろう。
だけど、イチカはずっと魔力がある状態で動いていた。
そこから無くすのは苦痛でしかない。
向こうの世界に戻ったら、また二週間ほどであの状態に戻る。
そこからは…聖女も俺もいない。耐えられるか?」
「…あの状態で一生?」
指一本動かしたくないあの状態で、大学に行って、就職して…。
両親が私の世話をしてくれるわけもないから、一人で食事してお風呂にも入って…。
どう考えても、生きていける気がしない…。
「それだけずっと魔力に、聖女に依存して生きてきたんだ。
急に無くなって、生きていけるわけがない。
だから、俺に依存するように仕向けた。
この城に来て俺の魔力だけ与えていたのは被害を減らすためだけじゃない。
聖女への依存を無くして、俺を選ばせるためだ。」
裸のまま上半身を起き上がらせた王子が、私の両肩のわきに手を置いた。
ベッドの上にくくりつけられたようになって、身動きできない。
見下ろしてくる王子の青い目が少しだけ熱がこもるように見えた。
…え?襲われている?いや、もうすでにやっちゃった後だけど?
「もう一つの選択肢は俺の妃になることだ。
ここで、ずっと俺の魔力を吸って生きていけばいい。」
「…後宮に入れって?」
じじいの後宮に入らないのなら俺の後宮に入れって言ってた。
王子が国王になったのなら、後宮ができたってことだろうか。
…そこでずっと愛人として?魔力のために?
「後宮は作らない。俺の妃はお前だけにする。」
「え?作らない?そんなわけにいかないんじゃ…。」
国王の後宮に妃が二十人以上とか言ってなかった?
末子が継ぐから、なるべく子を産ませるとかなんとか。
「いくらなんでも父上が妃を娶りすぎたし、
王子も多すぎたんだ。
このまま後宮制度を続けたら財政が持たない。」
「そういう理由?」
なんだ…お前だけとかそういう恋愛話じゃなかった。
期待したわけじゃないけど、ちょっと納得いかない。
じゃあ、なんてこんな色っぽい体勢なの!?
このまま押し倒されるのかと危機感あったんだけど…?
「…それだけでもない。
俺はお前がいれば…あとは良いかと思ったんだ。」
「ん?」
「後宮の愛人になるのは嫌なんだろう?
俺の妃はお前だけにする。
…だから、お前もこれからは俺だけにしておけ。」
ゆっくりと重なった唇に、返事はできなかった。
逃げようと思えば逃げられたかもしれないけれど、
起きた時点で王子を追い出さなかった私はすでに負けていたんだろう。
それが魔力なのか、王子自身なのかわからないけれど。
負けてあげるのも悪くないと思った。
78
あなたにおすすめの小説
召喚聖女に嫌われた召喚娘
ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。
どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
【長編版】この戦いが終わったら一緒になろうと約束していた勇者は、私の目の前で皇女様との結婚を選んだ
・めぐめぐ・
恋愛
神官アウラは、勇者で幼馴染であるダグと将来を誓い合った仲だったが、彼は魔王討伐の褒美としてイリス皇女との結婚を打診され、それをアウラの目の前で快諾する。
アウラと交わした結婚の約束は、神聖魔法の使い手である彼女を魔王討伐パーティーに引き入れるためにダグがついた嘘だったのだ。
『お前みたいな、ヤれば魔法を使えなくなる女となんて、誰が結婚するんだよ。神聖魔法を使うことしか取り柄のない役立たずのくせに』
そう書かれた手紙によって捨てらたアウラ。
傷心する彼女に、同じパーティー仲間の盾役マーヴィが、自分の故郷にやってこないかと声をかける。
アウラは心の傷を癒すため、マーヴィとともに彼の故郷へと向かうのだった。
捨てられた主人公がパーティー仲間の盾役と幸せになる、ちょいざまぁありの恋愛ファンタジー長編版。
--注意--
こちらは、以前アップした同タイトル短編作品の長編版です。
一部設定が変更になっていますが、短編版の文章を流用してる部分が多分にあります。
二人の関わりを短編版よりも増しましたので(当社比)、ご興味あれば是非♪
※色々とガバガバです。頭空っぽにしてお読みください。
※力があれば平民が皇帝になれるような世界観です。
偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて
奏千歌
恋愛
【とある大陸の話①:月と星の大陸】
※ヒロインがアンハッピーエンドです。
痛めつけられた足がもつれて、前には進まない。
爪を剥がされた足に、力など入るはずもなく、その足取りは重い。
執行官は、苛立たしげに私の首に繋がれた縄を引いた。
だから前のめりに倒れても、後ろ手に拘束されているから、手で庇うこともできずに、処刑台の床板に顔を打ち付けるだけだ。
ドッと、群衆が笑い声を上げ、それが地鳴りのように響いていた。
広場を埋め尽くす、人。
ギラギラとした視線をこちらに向けて、惨たらしく殺される私を待ち望んでいる。
この中には、誰も、私の死を嘆く者はいない。
そして、高みの見物を決め込むかのような、貴族達。
わずかに視線を上に向けると、城のテラスから私を見下ろす王太子。
国王夫妻もいるけど、王太子の隣には、王太子妃となったあの人はいない。
今日は、二人の婚姻の日だったはず。
婚姻の禍を祓う為に、私の処刑が今日になったと聞かされた。
王太子と彼女の最も幸せな日が、私が死ぬ日であり、この大陸に破滅が決定づけられる日だ。
『ごめんなさい』
歓声をあげたはずの群衆の声が掻き消え、誰かの声が聞こえた気がした。
無機質で無感情な斧が無慈悲に振り下ろされ、私の首が落とされた時、大きく地面が揺れた。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?
浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。
「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」
ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。
神託を聞けた姉が聖女に選ばれました。私、女神様自体を見ることが出来るんですけど… (21話完結 作成済み)
京月
恋愛
両親がいない私達姉妹。
生きていくために身を粉にして働く妹マリン。
家事を全て妹の私に押し付けて、村の男の子たちと遊ぶ姉シーナ。
ある日、ゼラス教の大司祭様が我が家を訪ねてきて神託が聞けるかと質問してきた。
姉「あ、私聞けた!これから雨が降るって!!」
司祭「雨が降ってきた……!間違いない!彼女こそが聖女だ!!」
妹「…(このふわふわ浮いている女性誰だろう?)」
※本日を持ちまして完結とさせていただきます。
更新が出来ない日があったり、時間が不定期など様々なご迷惑をおかけいたしましたが、この作品を読んでくださった皆様には感謝しかございません。
ありがとうございました。
冷酷騎士団長に『出来損ない』と捨てられましたが、どうやら私の力が覚醒したらしく、ヤンデレ化した彼に執着されています
放浪人
恋愛
平凡な毎日を送っていたはずの私、橘 莉奈(たちばな りな)は、突然、眩い光に包まれ異世界『エルドラ』に召喚されてしまう。 伝説の『聖女』として迎えられたのも束の間、魔力測定で「魔力ゼロ」と判定され、『出来損ない』の烙印を押されてしまった。
希望を失った私を引き取ったのは、氷のように冷たい瞳を持つ、この国の騎士団長カイン・アシュフォード。 「お前はここで、俺の命令だけを聞いていればいい」 物置のような部屋に押し込められ、彼から向けられるのは侮蔑の視線と冷たい言葉だけ。
元の世界に帰ることもできず、絶望的な日々が続くと思っていた。
──しかし、ある出来事をきっかけに、私の中に眠っていた〝本当の力〟が目覚め始める。 その瞬間から、私を見るカインの目が変わり始めた。
「リリア、お前は俺だけのものだ」 「どこへも行かせない。永遠に、俺のそばにいろ」
かつての冷酷さはどこへやら、彼は私に異常なまでの執着を見せ、甘く、そして狂気的な愛情で私を束縛しようとしてくる。 これは本当に愛情なの? それともただの執着?
優しい第二王子エリアスは私に手を差し伸べてくれるけれど、カインの嫉妬の炎は燃え盛るばかり。 逃げ場のない城の中、歪んだ愛の檻に、私は囚われていく──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる