もう二度と助けを求めないでください

gacchi(がっち)

文字の大きさ
65 / 102

65.湖のそばで

エルドレドから帝国に来たのは八か月前。
とても昔のように思える。
あの時は処刑されるかもしれない覚悟で出てきた。

もうエルドレドには帰れないかもと思いながら馬車に乗っていた。
マティアス様と一緒に行くことになるとは思わなかった。

一緒に行く側近はお兄様とケニー様

お兄様はアンジェラ様のことがあるので止められていたけれど、
やっぱりエルドレドに詳しいものがいたほうがいいということで、
髪色を変えたうえで眼鏡をかけることになった。

おそらくアンジェラ様とナタニエル様は王家の色である金髪に誇りがあるので、
お兄様が髪色を茶色に変えれば気がつかないはず。

もし万が一気がつかれた場合は、ケニー様が間に入り、
お兄様が連れ去られないようにしてくれるということで話はついた。

「せっかくエルドレドに行くのだから、オードラン公爵領も視察したい」

「オードラン公爵領ですか?」

「ああ。あのお茶に入っていた花が気になるんだ」

「気に入ってもらえてうれしいです。
 叔父様に連絡しておきますね」

今のオードラン公爵領は叔父様の領地だ。
マティアス様の訪問はきっと喜んでくれるだろう。


出発する日、マティアス様と一緒の馬車に乗る。
お兄様はケニー様と、カルラとクルスはマリアと一緒だ。

今回行くのはエルドレドということで、
八年間教師として派遣されていたマリアもついてきてくれることになった。

帝国とエルドレドの王都までは舗装されているので、
ユグドレアの旅のような大変さはない。

馬車は帝国とエルドレドの国境を越え、
初日の夜はエルドレドの王家所有の離宮に泊まることになる。

マティアス様は王族が泊まる特別室に案内され、
私たちはその近くに部屋が用意されていたけれど、
私も特別室に連れていかれる。

「今回も同じ部屋に泊まったほうがいい。
 残念だが、信用できない」

「……そうですね。私も信用できるかと聞かれたら、
 何が起きるかわかりませんと答えると思います」

ナタニエル様とサンドラ様の結婚式ではあるが、
本当に幸せな結婚だったとしても何が起きても不思議ではない。
それくらいナタニエル様と私の常識は違っている。

その上、アンジェラ様がどうしているのかわからない。
ナタニエル様の結婚を素直に祝福するとは思えないし、
その八つ当たりがこちらに来そうだと警戒してしまう。

「では、リンネアも特別室に」

「はい」

ユグドレアの旅の間はずっと同じ部屋にいたけれど、
旅から帰ってきた東の宮では離れていた。

また同じ部屋だということで緊張はするけれど、
うれしいと思ってしまうのを隠そうと窓の外を見る。

そこには綺麗な湖が見えた。

「あ……」

「湖だな。まだ食事まで時間がある。
 少し歩いてこようか」

「はい」

マリアに湖に散歩に行くと告げて、外に出る。
離れたところでクルスたちが護衛しているのが見えるけれど、
会話が聞こえない距離まで離れてくれている。

少し歩くと私が湖に落ちた場所に着いた。
離宮から離れているから、声を上げても聞こえない。
マティアス様が助けてくれなかったら溺れていただろう。

「最初は少し離れたところで見ていたんだ。
 王女なのに侍女をつけずに一人だったから驚いた。
 ドレス姿で湖に近づくなんて危ないなと思っていたら、
 風で飛ばされて湖に落ちた」

「……あの時は、湖のそばがあんなに風が強いなんて思わなくて」

「ぼんやりしていたようだったしな」

「……早く王都に帰りたかったんです」

王女の遊び相手として呼ばれたはずなのに、
アンジェラ様とナタニエル様は毎日どこかに遊びに行ってしまった。

一人でいるのは退屈でさみしくて、早く帰りたいと願っていた。

「リンネアを見た時、これが運命だと思った。
 ようやく出会えたと感じたんだ。
 だから、秘術を使ってでも助けないといけないと必死だった」

「私を助けるのに秘術を使ってくれていたのですか!」

「さすがにドレスで湖に落ちたのを一人で助け出すのは無理だよ。
 見ていた場所は少し離れていたし。
 秘術を使っていいのは、属国を助ける時と自分の命が危ない時。
 もう一つは妃を守る時だ。
 助けた時点でリンネアを妃にすると決めていた」

「そんな早くに……とんでもなく性格が悪かったらどうするのですか?」

「どうしただろうな……わからない。
 今考えても、どうして見た目だけでリンネアだとわかったのかわからない。
 だけど、思わず叱りつけてしまった後、
 平民だと思っている俺に謝ったのを見て、間違えていないと確信した。
 俺の妃に、皇太子妃になれるのはこの子しかいない、って」

たしかに叱られて謝ったけれど、
たったそれだけのことで判断してよかったのだろうか。
マティアス様に選ばれるだけの価値が私にあるのかわからない。

「今も、それが正しかったんだと思う」

「本当でしょうか?私が皇太子妃にふさわしいと……」

「自信がないか?」

「そうですね……皇太子妃になる自信はまだないです。
 ですが、マティアス様にふさわしい人になりたいとは思います」

結婚式までに自信がもてるようになるかはわからない。
それでも、マティアス様の手を放したくはない。

「だから、リンネアがいいんだ」

「え?」

「リンネアは皇太子妃になりたいんじゃなく、
 俺の妃になりたいと思ってくれているんじゃないか?」

「はい」

皇太子妃になりたいなんて思ったことはなかった。
ただ、自分の責任を果たそうと思い、帝国に向かい、
マティアス様に出会ったことで妃になりたいと思うようになった。

「俺が皇太子でなくなったとしてもそばにいてくれるか?」

「ええ、もちろんです」

マティアス様は皇太子になるのにふさわしいと思うけど、
責任の重さやつらさは想像できる。
もし何かあって、皇太子を降りたいと言い出したのなら、
それだけマティアス様が傷ついたのだと思う。

「どうしても皇太子になりたくないと思うのなら、
 私はマティアス様と一緒に逃げてもいいです」

「リンネア……」

「無責任かもしれませんが、マティアス様がそう願うのなら、
 叶えてあげたいと思ってしまうんです。
 皇太子の婚約者としては失格だと思います」

「……俺の婚約者になれるのはリンネアだけだ」

ぎゅっと抱きしめられて、周りが見えなくなる。
マティアス様の身体にすっぽりと隠されるようにされ、
私の額に唇をあてられる。

「愛している……リンネア。俺から離れないでくれ」

「はい、マティアス様」

そっと上を向かされたと思ったら、唇が重なった。

すぐ離れたと思ったら、次はゆっくりと唇がふれた。
少し硬い唇の感触と温度がわかるほどふれて、
頬にマティアス様の息を感じた。

唇が離れた後も、両頬が熱を持っているんじゃないかと思うほど熱い。
恥ずかしくて、顔を見られたくなくてマティアス様の胸に額をあてる。

「……そろそろ日が落ちる。部屋に戻ろうか」

マティアス様がそう言ったのは、ずいぶんと時間が過ぎた後だった。


あなたにおすすめの小説

悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています

かきんとう
恋愛
 王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。  磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。  その中心に、私は立っていた。  ――今日、この瞬間のために。 「エレノア・フォン・リーベルト嬢」  高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。

「仲睦まじい夫婦」であるはずのわたしの夫は、わたしの葬儀で本性をあらわした

ぽんた
恋愛
サヤ・ラドフォード侯爵夫人が死んだ。その葬儀で、マッケイン王国でも「仲睦まじい夫婦」であるはずの彼女の夫が、妻を冒涜した。その聞くに堪えない本音。そんな夫の横には、夫が従妹だというレディが寄り添っている。サヤ・ラドフォードの棺の前で、夫とその従妹はサヤを断罪する。サヤは、ほんとうに彼らがいうような悪女だったのか?  ※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。

【結婚式当日に捨てられました】身代わりの役目は不要だと姉を選んだ王子は、隣国皇帝が私を国ごと奪いに来てから後悔しても手遅れです。

唯崎りいち
恋愛
結婚式当日、私は“替え玉”として捨てられた。 本物の姉が戻ってきたから、もう必要ないのだと。 けれど—— 私こそが、誰も知らなかった“本物の価値”を持っていた。 世界でただ一人、すべてを癒す力。 そして、その価値を知るただ一人の人が、皇帝となって私を迎えに来る。 これは、すべてを失った少女が、本当に必要とされる場所へ辿り着く物語。

三度裏切られた私が、四度目で「離婚」を選ぶまで

狛犬
恋愛
三度、夫に裏切られた。 一度目は信じた。 二度目は耐えた。 三度目は――すべてを失った。 そして私は、屋上から身を投げた。 ……はずだった。 目を覚ますと、そこは過去。 すべてが壊れる前の、まだ何も起きていない時間。 ――四度目の人生。 これまでの三度、私は同じ選択を繰り返し、 同じように裏切られ、すべてを失ってきた。 だから今度は、もう決めている。 「もう、陸翔はいらない」 愛していた。 けれど、もう疲れた。 今度こそ―― 自分を守るために、家族を守るために、 私は、自分から手を放す。 これは、三度裏切られた女が、 四度目の人生で「選び直す」物語。

なぜ、虐げてはいけないのですか?

碧井 汐桜香
恋愛
男爵令嬢を虐げた罪で、婚約者である第一王子に投獄された公爵令嬢。 処刑前日の彼女の獄中記。 そして、それぞれ関係者目線のお話

えっ「可愛いだけの無能な妹」って私のことですか?~自業自得で追放されたお姉様が戻ってきました。この人ぜんぜん反省してないんですけど~

村咲
恋愛
ずっと、国のために尽くしてきた。聖女として、王太子の婚約者として、ただ一人でこの国にはびこる瘴気を浄化してきた。 だけど国の人々も婚約者も、私ではなく妹を選んだ。瘴気を浄化する力もない、可愛いだけの無能な妹を。 私がいなくなればこの国は瘴気に覆いつくされ、荒れ果てた不毛の地となるとも知らず。 ……と思い込む、国外追放されたお姉様が戻ってきた。 しかも、なにを血迷ったか隣国の皇子なんてものまで引き連れて。 えっ、私が王太子殿下や国の人たちを誘惑した? 嘘でお姉様の悪評を立てた? いやいや、悪評が立ったのも追放されたのも、全部あなたの自業自得ですからね?

(完)妹の子供を養女にしたら・・・・・・

青空一夏
恋愛
私はダーシー・オークリー女伯爵。愛する夫との間に子供はいない。なんとかできるように努力はしてきたがどうやら私の身体に原因があるようだった。 「養女を迎えようと思うわ・・・・・・」 私の言葉に夫は私の妹のアイリスのお腹の子どもがいいと言う。私達はその産まれてきた子供を養女に迎えたが・・・・・・ 異世界中世ヨーロッパ風のゆるふわ設定。ざまぁ。魔獣がいる世界。

白い結婚をめぐる二年の攻防

藍田ひびき
恋愛
「白い結婚で離縁されたなど、貴族夫人にとってはこの上ない恥だろう。だから俺のいう事を聞け」 「分かりました。二年間閨事がなければ離縁ということですね」 「え、いやその」  父が遺した伯爵位を継いだシルヴィア。叔父の勧めで結婚した夫エグモントは彼女を貶めるばかりか、爵位を寄越さなければ閨事を拒否すると言う。  だがそれはシルヴィアにとってむしろ願っても無いことだった。    妻を思い通りにしようとする夫と、それを拒否する妻の攻防戦が幕を開ける。 ※ なろうにも投稿しています。