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71.綺麗な花
叔父様に案内されて屋敷の奥へと進む。
公爵領の屋敷には幼いころから何度も来ているが、
奥にある貴賓室には入ったらことがない。
王家が視察に来た時に使うものだが、
私が記憶している限り、来たことはないと思う。
「それにしても先に領地に戻っているとは思わなかったな。
昨日の夜まで王宮にいただろう?」
「ええ、夜会の中止が決まった時点で公爵領に戻りました。
あれ以上あの場にいてもできることはないですからね。
馬で駆けましたから夜のうちに着きました」
「夜のうちに戻ったのか。危険ではないのか?」
「道路は整備してありますし、獣もほとんどいません。
あとは盗賊の心配くらいですが、そこそこ戦えますので」
「なるほど。確かにその心配はなさそうだ」
叔父様がにやりと笑いながら腕の力こぶを見せる。
もともと公爵家を継ぐはずではなかったから、
若い頃の叔父様は騎士団に所属していた。
お父様が公爵家を継いでしばらくしてから、
公爵家の補佐をするために騎士団は辞めたはず。
今でも騎士として戦えるほどに強く、
お兄様や従兄たちは叔父様に稽古をつけてもらっていた。
「部屋はこちらです。リンネアも同室でかまわないな?」
「はい」
王宮で同室だったからか、私も同じ部屋に案内される。
叔父様が部屋を出て行った後、マティアス様が困ったような顔をしていた。
「この屋敷なら安全だろうから、別室でもかまわなかったのだが」
「あ……そうですね。でも、別室にしたい理由もありませんから」
「……そうか。ならいいんだ」
最初は恥ずかしかったけれど、今では離れるほうがさみしくて困る。
手を伸ばせばふれられる距離にマティアス様がいると思うと、
何が起きても大丈夫だと安心できる。
「明日は領地を見て回るが、ダニエルには花畑を見たいと言ってある」
「特産品の花ですか?それならこの屋敷にもあります」
「ここにも?」
「王都にある屋敷の温室で改良したものを、
この屋敷の温室で栽培して種を増やしてから畑にまくんです」
「すぐに見られるものなのか?」
「ええ。晩餐の前に見に行きますか?」
「ああ」
それほどまでマティアス様が花を好きだったとは思っていなかった。
クルスについてきてもらい、温室まで向かう。
「クルスはここで待っていて」
「わかりました」
温室の中に大勢で入ると花の生育に影響が出てしまう。
マティアス様と私だけで中に入ると、すぐに花の香りに包まれる。
温室の中には真っ白な花が一面に咲き誇っていた。
「これは見事だな」
「ちょうど綺麗に咲いている時期でよかったです」
「この花はお茶に入っていたものと同じか?」
「はい、そうです。お茶に負けない香りの花にするまで、
改良するのは大変でしたけれど、香りも味もいいものができました」
「もしかして改良したのはリンネアが?」
「はい。最初は趣味で始めたのですが、ついのめり込んでしまって。
一時期は寝食を忘れて作業してしまうのでお兄様に叱られて。
王都の温室以外は他の者に任せるように言われていました」
「そうか……これはリンネアの功績か」
「功績だなんて大袈裟です」
お茶を気に入ってくれたのならうれしいけれど、
功績だなんていわれるとほめすぎだと思う。
だけど、マティアス様の表情は真剣なものだった。
「あ、そういえば、マティアス様はオードラン公爵領の花が好きだと、
お兄様に話したことがあるんですよね?」
「あ……そうだな」
「どちらで見たんですか?
マティアス様が各国を回っていた時期なら、
この花ではなかったと思うんですが」
以前、お兄様から聞いた話が気になっていた。
マティアス様が花を見たのはいつなんだろうかと。
この花を改良し始めたのは私が十二歳の時。
それ以前はこれほど大きな花ではなかったし、香りも弱かった。
マティアス様が好きだと言っていた花はどの花なのか。
「……各国を回っていた時、エルドレドには来たけれど、
オードラン公爵領には行かなかった」
「では、どちらで?」
「あれは違うんだ。俺がダニエルに言った花は、リンネアのことだ」
「え?」
「俺はダニエルに、オードランの綺麗な花が好きだと言った。
いつか手に入れたいと思っていると。
ダニエルは普通に花を褒められたんだと思ったらしく、
取り寄せましょうかと言っていたよ」
「私が花……」
そっとなでるように頬に手を添えられ、マティアス様を見上げる。
マティアス様も私をじっと見つめていた。
「あの時にリンネアに惚れているんだと言うわけにいかないだろう。
だから、花に例えて話しただけなんだ。
いつかこの手に抱けることを願って」
「マティアス様……」
近づいてくるのがわかって、目を閉じる。
重なる唇から熱が伝わってきて、身体が熱く感じる。
もう何度も唇を重ねているのに、慣れなくて息が苦しい。
数回、角度を変えて確かめるように口づけされ、
離れた時には思わずふらついてしまい、抱き留めてもらう。
「苦しかったか?」
「ごめんなさい……まだ慣れていなくて」
「いいんだ。ゆっくり慣れてくれたらいい。
これからずっと一緒にいるんだから」
「はい……」
公爵領の屋敷には幼いころから何度も来ているが、
奥にある貴賓室には入ったらことがない。
王家が視察に来た時に使うものだが、
私が記憶している限り、来たことはないと思う。
「それにしても先に領地に戻っているとは思わなかったな。
昨日の夜まで王宮にいただろう?」
「ええ、夜会の中止が決まった時点で公爵領に戻りました。
あれ以上あの場にいてもできることはないですからね。
馬で駆けましたから夜のうちに着きました」
「夜のうちに戻ったのか。危険ではないのか?」
「道路は整備してありますし、獣もほとんどいません。
あとは盗賊の心配くらいですが、そこそこ戦えますので」
「なるほど。確かにその心配はなさそうだ」
叔父様がにやりと笑いながら腕の力こぶを見せる。
もともと公爵家を継ぐはずではなかったから、
若い頃の叔父様は騎士団に所属していた。
お父様が公爵家を継いでしばらくしてから、
公爵家の補佐をするために騎士団は辞めたはず。
今でも騎士として戦えるほどに強く、
お兄様や従兄たちは叔父様に稽古をつけてもらっていた。
「部屋はこちらです。リンネアも同室でかまわないな?」
「はい」
王宮で同室だったからか、私も同じ部屋に案内される。
叔父様が部屋を出て行った後、マティアス様が困ったような顔をしていた。
「この屋敷なら安全だろうから、別室でもかまわなかったのだが」
「あ……そうですね。でも、別室にしたい理由もありませんから」
「……そうか。ならいいんだ」
最初は恥ずかしかったけれど、今では離れるほうがさみしくて困る。
手を伸ばせばふれられる距離にマティアス様がいると思うと、
何が起きても大丈夫だと安心できる。
「明日は領地を見て回るが、ダニエルには花畑を見たいと言ってある」
「特産品の花ですか?それならこの屋敷にもあります」
「ここにも?」
「王都にある屋敷の温室で改良したものを、
この屋敷の温室で栽培して種を増やしてから畑にまくんです」
「すぐに見られるものなのか?」
「ええ。晩餐の前に見に行きますか?」
「ああ」
それほどまでマティアス様が花を好きだったとは思っていなかった。
クルスについてきてもらい、温室まで向かう。
「クルスはここで待っていて」
「わかりました」
温室の中に大勢で入ると花の生育に影響が出てしまう。
マティアス様と私だけで中に入ると、すぐに花の香りに包まれる。
温室の中には真っ白な花が一面に咲き誇っていた。
「これは見事だな」
「ちょうど綺麗に咲いている時期でよかったです」
「この花はお茶に入っていたものと同じか?」
「はい、そうです。お茶に負けない香りの花にするまで、
改良するのは大変でしたけれど、香りも味もいいものができました」
「もしかして改良したのはリンネアが?」
「はい。最初は趣味で始めたのですが、ついのめり込んでしまって。
一時期は寝食を忘れて作業してしまうのでお兄様に叱られて。
王都の温室以外は他の者に任せるように言われていました」
「そうか……これはリンネアの功績か」
「功績だなんて大袈裟です」
お茶を気に入ってくれたのならうれしいけれど、
功績だなんていわれるとほめすぎだと思う。
だけど、マティアス様の表情は真剣なものだった。
「あ、そういえば、マティアス様はオードラン公爵領の花が好きだと、
お兄様に話したことがあるんですよね?」
「あ……そうだな」
「どちらで見たんですか?
マティアス様が各国を回っていた時期なら、
この花ではなかったと思うんですが」
以前、お兄様から聞いた話が気になっていた。
マティアス様が花を見たのはいつなんだろうかと。
この花を改良し始めたのは私が十二歳の時。
それ以前はこれほど大きな花ではなかったし、香りも弱かった。
マティアス様が好きだと言っていた花はどの花なのか。
「……各国を回っていた時、エルドレドには来たけれど、
オードラン公爵領には行かなかった」
「では、どちらで?」
「あれは違うんだ。俺がダニエルに言った花は、リンネアのことだ」
「え?」
「俺はダニエルに、オードランの綺麗な花が好きだと言った。
いつか手に入れたいと思っていると。
ダニエルは普通に花を褒められたんだと思ったらしく、
取り寄せましょうかと言っていたよ」
「私が花……」
そっとなでるように頬に手を添えられ、マティアス様を見上げる。
マティアス様も私をじっと見つめていた。
「あの時にリンネアに惚れているんだと言うわけにいかないだろう。
だから、花に例えて話しただけなんだ。
いつかこの手に抱けることを願って」
「マティアス様……」
近づいてくるのがわかって、目を閉じる。
重なる唇から熱が伝わってきて、身体が熱く感じる。
もう何度も唇を重ねているのに、慣れなくて息が苦しい。
数回、角度を変えて確かめるように口づけされ、
離れた時には思わずふらついてしまい、抱き留めてもらう。
「苦しかったか?」
「ごめんなさい……まだ慣れていなくて」
「いいんだ。ゆっくり慣れてくれたらいい。
これからずっと一緒にいるんだから」
「はい……」
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