【R18】ユートピア

名乃坂

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エピローグ2

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「何見てるの?」
「西園寺さん!?」

少し席を外してから、彼女の元に戻ると、彼女は熱心にスマホを覗き込んでいた。
だから思わず、何を見ているのかと聞いてみると、彼女は背中をびくりと震わせる。

「えっと……匿名掲示板です……」
「随分精神に良くないものを見ているんだね」
「その……若手の画家について語ろうみたいなスレを見ていたのですが……自分の名前が全く出てなくて、ほっとしたような残念なような気持ちになってました……」
「あはは。そういう下世話なものには載ってないに越したことはないよ」

匿名掲示板か。
初めて覗いた時、並ぶのは悪辣な言葉ばかりで、外面を気にしなければ、ここまで醜悪になれる人々がこれだけの数いるのだという事実に嫌悪感を抱いた。
こんな醜い言葉が存在しないあの世界に戻りたいとさえ思った。

「怖いのについ見ちゃうんですよね……」
「たしかに。その気持ちはちょっと分かるなぁ。嫌な気持ちになるだけなのにね。会社のことを調べたら、自称従業員の人がありもしない悪口を書いてておかしくなっちゃった」
「あはは。あるあるですね」
「僕の両親が死んだ時もネタにされたよ」
「それは……。すみません……。掲示板の話なんかして……」

彼女は俯く。
彼女にとって、家族は大切な存在だから、僕が掲示板を見て傷付いたのだと思ったのだろう。

「僕は気にしてはないよ?ただ、人の死をネタにするのはいただけないなって思っただけで」
「そう……なんですね……」

彼女は僕が強がっているとでも思ったようだ。
でも僕は本当に大して気にしていない。
僕にとって両親は大切な存在ではないから。

「数年前の事件の時も胸糞が悪かったな。20代の女性がかつて一緒に心中しようとした相手からもらった口紅が原因で亡くなった事件」
「ああ、あの事件はワイドショーにもなったので覚えてます」
「あの時はさ、犯人……と言ってもその時点で亡くなってたから裁けなかったけど……その人の両親が訳ありだったからって酷い言われようだったからさ」
「そうですよね。テレビでもその人の親御さんの話で持ちきりでしたもんね」
「うん。ネットでは最低な親に似たんだとか、親がクズだから子供もクズとか言われててさ。そんなのはただの偏見だよね。親を反面教師にする子供も沢山いるし、そもそも人格形成は、遺伝や家庭以外の外的要因の影響も大きいんだから、親がこうなら子もこうだなんて決まってるわけでは……」

彼女は静かに僕の話を聞いている。
つい熱が入ってしまった。
こんな話をしても彼女は楽しくないだろうに。

「ごめん……。あまり楽しい話じゃないのに」
「いえいえ」

彼女には両親がいないのに、嫌な気持ちをさせてしまったのではないか。
楽しい話に切り替えないと。

「そういえばさ、人格形成と言えばだけどさ、君はどんな子供時代を過ごしてきたの?」
「うーん。施設に居たので、絵を描いたり、友達と遊んだりしてましたね。あとは……ご飯前はいつもアニメを見てましたね。スターなんちゃらみたいなタイトルの」
「えっ!?僕もたぶん、そのアニメ見てたよ!?」
「そうなんですか!?意外ですね」

まさかこんな共通点があったなんて。
流し見だったからアニメの内容はよく覚えてないけど、彼女と少しでも共通点があることが嬉しい。

「家政婦さんがさ、子供向けチャンネル以外見せてくれなくてさ。夕方の時間は勉強しながら何となくそのチャンネルのアニメを見てたんだよね」
「そうなんですね!私そのチャンネルのアニメは結構見てましたよ!幼い頃の記憶なので、内容は全然思い出せないんですけどね!」
「分かるよ。子供の頃に見てた物って、本当に朧げな記憶しかないよね」
「そうなんですよ!というか同じアニメを見てたなんてびっくりです。西園寺さんと私、歳離れてるのに」
「あはは。中学生の息子に子供向けチャンネルを見せるなんておかしいよね」
「ふふっ。西園寺さん、子供扱いされてたんですね!」
「そうなのかなぁ……。うん、そうだったのかもしれない……」

家政婦さんは、僕の両親の関係が歪なことを知っていたからか、僕に対して過保護だった。
僕には優しくて美しい世界しか見せないようにしていた。
僕はそれが窮屈で、自習をするフリをして図書館で本を読むことが多かった。
名作と言われる本も、意外にも過激な表現や教育上に良くないシーンがあって驚いたっけな。

「僕達って案外、結構共通点があるのかもしれないね」
「そうかもしれませんね。私の絵であんなに感動してくださったのも西園寺さんくらいですし!」

彼女との共通点が見つかる度に嬉しくなる。
その度に僕は、やっぱり彼女と出会ったのは運命なんじゃないかなって思うんだ。
でも、一方でこうも思うんだ。
僕は彼女のことが好きだから、どんな些細なことでも運命だと信じたいんじゃないかなって。

出会ったきっかけは彼女の絵だったけど、僕は彼女の絵だけじゃなくて、彼女自身も愛しているから。
例え彼女と違う出会い方をしていても、僕は彼女のことを好きになったと思う。

運命だから好きになったのか。
それとも、好きだから何でも運命に結びつけてしまうのか。
どちらが正解なのか、僕にはもう分からない。
ただ1つ、確かなことは、僕は彼女のことを愛していて、彼女に幸せになって欲しいということだ。

僕達はこの世界で、いくつもの不幸や理不尽に見舞われてきたけど、僕は君と出会ってから、この世界に居る意味を見つけることができたんだ。

お互いに、この世界でもユートピアを見つけて幸せになろうね。
そして、願わくば、彼女のユートピアに僕も存在していますように。
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