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間違って寄付された額は1億円
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頑張っている人を応援するなどを目的として、若くして事業で大成功を収めた篤志(とくし)家が、相互に寄付できるスマホアプリを発案し、普及に乗り出している。世界的な規模で賛同を得て、多くの老若男女がアプリをスマホに入れていた。ごく普通の20代のサラリーマンのボクも、あわよくば恩恵に預かろうと、アプリを入れている一人だ。
ある日、有意義にお金を使ってくれる100人に10万円ずつ寄付すると、篤志家からアプリ利用者全員に案内が発信された。それほど高い志があるボクではなかったが、子供のころに観たテレビ番組から、発展途上国の子供たちの支援に関心を持っていた。「発展途上国の子供の教育に寄与したい」と理由をつけ、寄付に応募した。世の中そんなに甘いものでないと十分に分かっており、まあ、お金を貰えることはないだろうと半分以上諦(あきら)めの気持ちでの応募だった。
1か月ほどがたち、日常の忙しさに流されて、応募したことを忘れかけていた
ときだった。「あなたの応募理由に共感を覚えるので寄付します」。アプリに通知が届いた。ボクは「うそっ」と小声でつぶやきながら、顔をニンマリさせた。が、すぐにニンマリとした顔は、驚きの表情に変わった。振り込まれていた金額が100,000,000円とあったからだ。
ゼロの数を何度か数え、それが1億円であることを何度も確認した。何かの間違いだろうから、アプリの発行元に連絡を取って状況を説明しようというボクと、誰にも言わなければこのまま手に入るんじゃないかと都合よく考えるボクがいた。葛藤(かっとう)はしばらく続いた。考えが行ったり来たりし、激しく頭を使い過ぎて疲れ果て、この日は取りあえず放置することにした。
翌朝、寝起きが悪かった。前夜から何度も、ハッとして目が覚めたからだ。「事務局に連絡しよう」。間違いで振り込まれた大金を、誰にも言わず自分のものにするほど、ボクは楽観的でも豪傑な性格でもなかった。良くも悪くも善良な小市民だった。事務局に電話をすると、意外な言葉が返ってきた。100人に10万円ずつ寄付する件については、まだ、対象者が決まっていないという。「じゃあ、他の寄付で何か問題が起こっていることはありませんか」。ボクは、尋ねた。電話の向こうの声が、少し怪訝(けげん)になり「特には…。逆にお聞きしますが、何かあったんですか」と詰問されるような形になった。「いやっ、そういうわけでは…」と、とっさにボクはことの次第を話すのを避けた。
電話を切った後、しばし考え込んだ。
「どうしよう」。相談しようにも、どこにすればよいか分からなかった。拾得物なら警察に届ければいいが、拾ったものと同じに考えるには違和感がある。市役所という感じでもない。悲しいことに、こういうことを話せる友人もいなかった。
そんな思いを巡らせていた折、感染症の広がりに歯止めがかからず、多くの子供が亡くなっている発展途上国の様子を伝えるテレビ番組が放送されていた。
「パチンっ」
ボクの中で何かが弾けた。「あの国の子供たちを少しでも救おう」。出どころ不明な大金を手にして、なぜか追い詰められた気持ちになっていたボクは、とにかくお金を手放すことが最も重要だと考えるようになっていた。間違いだったから返せ、とどこかから言ってこられたら、子供たちを救うために寄付したから、そこから返してもらうように説明しようとも考えた。
道筋が見えて、ボクの気持ちは少し落ち着いた。早速、発展途上国の支援をしているNPOを探し、そこに寄付を申し出た。NPOの事務局の人は驚きを隠せなかった。それも、そうだろう。20代の普通のサラリーマンが、1億円を寄付するというのだから。篤志家が発案したアプリを使って寄付したい旨を伝え、手続きをした。手元にあった大金がなくなると、安心したような、それでもやはり少し残念なような複雑な気分になった。
「20代のサラリーマン 発展途上国に1億円寄付」。新聞に、けっこう派手な見出しが躍った。NPOが売り込んだようで、寄付はちょっとした新聞記事になったのだ。記事は、1億円で多くの子供の命が救われることも伝えていた。「これで良かったんだ」。ボクの気分は爽快だった。間違いだったから返せと、どこかから連絡がくるのではないかと、毎日ビクビクしていたが、新聞に出ても何も反応がなかったことが、ボクに大きな安心を与えてくれた。
もしかしたら何かしらの事件に巻き込まれるとも限らない、1億円を寄付するという大胆な行動をしたことを一番驚いてるのは、ボク自身だった。早く大金を手放したいという消極的な理由だったものの、結果的にそれは、一歩踏み出す勇気を持つ大切さや、大きなことをやり切った後の充実感を教えてくれもした。大きな自信となり、その後のボクの仕事やプライベートに大いに役立った。
それにしても不思議なのは、1億円の出どころだ。寄付アプリの事務局の一人が「ボス(篤志家のこと)がたまに、ここでパソコンに向かってるけど、あれ何をやってるの?」と同僚に聞くと、「さあ、何やってるんだろうね。気まぐれな人だから」と苦笑しながら答えた。篤志家が、発展途上国を支援するボクのボランティア活動をたまたま知って、感心していたことを篤志家以外は知らない。
情けは人の為ならずである。
ある日、有意義にお金を使ってくれる100人に10万円ずつ寄付すると、篤志家からアプリ利用者全員に案内が発信された。それほど高い志があるボクではなかったが、子供のころに観たテレビ番組から、発展途上国の子供たちの支援に関心を持っていた。「発展途上国の子供の教育に寄与したい」と理由をつけ、寄付に応募した。世の中そんなに甘いものでないと十分に分かっており、まあ、お金を貰えることはないだろうと半分以上諦(あきら)めの気持ちでの応募だった。
1か月ほどがたち、日常の忙しさに流されて、応募したことを忘れかけていた
ときだった。「あなたの応募理由に共感を覚えるので寄付します」。アプリに通知が届いた。ボクは「うそっ」と小声でつぶやきながら、顔をニンマリさせた。が、すぐにニンマリとした顔は、驚きの表情に変わった。振り込まれていた金額が100,000,000円とあったからだ。
ゼロの数を何度か数え、それが1億円であることを何度も確認した。何かの間違いだろうから、アプリの発行元に連絡を取って状況を説明しようというボクと、誰にも言わなければこのまま手に入るんじゃないかと都合よく考えるボクがいた。葛藤(かっとう)はしばらく続いた。考えが行ったり来たりし、激しく頭を使い過ぎて疲れ果て、この日は取りあえず放置することにした。
翌朝、寝起きが悪かった。前夜から何度も、ハッとして目が覚めたからだ。「事務局に連絡しよう」。間違いで振り込まれた大金を、誰にも言わず自分のものにするほど、ボクは楽観的でも豪傑な性格でもなかった。良くも悪くも善良な小市民だった。事務局に電話をすると、意外な言葉が返ってきた。100人に10万円ずつ寄付する件については、まだ、対象者が決まっていないという。「じゃあ、他の寄付で何か問題が起こっていることはありませんか」。ボクは、尋ねた。電話の向こうの声が、少し怪訝(けげん)になり「特には…。逆にお聞きしますが、何かあったんですか」と詰問されるような形になった。「いやっ、そういうわけでは…」と、とっさにボクはことの次第を話すのを避けた。
電話を切った後、しばし考え込んだ。
「どうしよう」。相談しようにも、どこにすればよいか分からなかった。拾得物なら警察に届ければいいが、拾ったものと同じに考えるには違和感がある。市役所という感じでもない。悲しいことに、こういうことを話せる友人もいなかった。
そんな思いを巡らせていた折、感染症の広がりに歯止めがかからず、多くの子供が亡くなっている発展途上国の様子を伝えるテレビ番組が放送されていた。
「パチンっ」
ボクの中で何かが弾けた。「あの国の子供たちを少しでも救おう」。出どころ不明な大金を手にして、なぜか追い詰められた気持ちになっていたボクは、とにかくお金を手放すことが最も重要だと考えるようになっていた。間違いだったから返せ、とどこかから言ってこられたら、子供たちを救うために寄付したから、そこから返してもらうように説明しようとも考えた。
道筋が見えて、ボクの気持ちは少し落ち着いた。早速、発展途上国の支援をしているNPOを探し、そこに寄付を申し出た。NPOの事務局の人は驚きを隠せなかった。それも、そうだろう。20代の普通のサラリーマンが、1億円を寄付するというのだから。篤志家が発案したアプリを使って寄付したい旨を伝え、手続きをした。手元にあった大金がなくなると、安心したような、それでもやはり少し残念なような複雑な気分になった。
「20代のサラリーマン 発展途上国に1億円寄付」。新聞に、けっこう派手な見出しが躍った。NPOが売り込んだようで、寄付はちょっとした新聞記事になったのだ。記事は、1億円で多くの子供の命が救われることも伝えていた。「これで良かったんだ」。ボクの気分は爽快だった。間違いだったから返せと、どこかから連絡がくるのではないかと、毎日ビクビクしていたが、新聞に出ても何も反応がなかったことが、ボクに大きな安心を与えてくれた。
もしかしたら何かしらの事件に巻き込まれるとも限らない、1億円を寄付するという大胆な行動をしたことを一番驚いてるのは、ボク自身だった。早く大金を手放したいという消極的な理由だったものの、結果的にそれは、一歩踏み出す勇気を持つ大切さや、大きなことをやり切った後の充実感を教えてくれもした。大きな自信となり、その後のボクの仕事やプライベートに大いに役立った。
それにしても不思議なのは、1億円の出どころだ。寄付アプリの事務局の一人が「ボス(篤志家のこと)がたまに、ここでパソコンに向かってるけど、あれ何をやってるの?」と同僚に聞くと、「さあ、何やってるんだろうね。気まぐれな人だから」と苦笑しながら答えた。篤志家が、発展途上国を支援するボクのボランティア活動をたまたま知って、感心していたことを篤志家以外は知らない。
情けは人の為ならずである。
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