妹に悪役令嬢にされて隣国の聖女になりました

りんりん

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38、精霊のハピネス

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 フラン様にうながされて大きな鉄板の前に座る。

「アイリーンはステーキの焼き方は、レア、ミデアム、ウエルダンのどれがいいのかな」

 フラン様が私の顔をのぞきこんだ。

 レア、ミデアム、ウエルダン? 

 なんですかソレは。

 意味不明です。

 首をひねって思案していたら、ジョンが口をはさむ。

「フラン様はステーキの焼き加減を聞いているんだろ。
 ウエルダンはよく焼いた状態で、レアは生に近い状態。その真ん中がミデアムだって」

「そうなんだ。
 じゃあ、私はウエルダン」

 カーラは私に1度もステーキなんか食べさせてくれなかった。 
  
 だから、焼き方による味の違いなんて高度な事はわからない。

 けど、なんとなく生は遠慮しておく。

「きっとフラン様ってお料理上手なんですよね」

 お肉に香辛料をまぶしてゆく手さばきがすごくいい。

「そうでもないよ。
 けどアイリーンにほめられるのは、すごく喜しいな」

 フラン様はコック帽をかぶった頭を、照れたように斜めに傾ける。

 その様子があまりに可愛くて「きゃああ」と声をあげそうになった。

 なんてバカな私なんだろう。

 今は手を伸ばせば届く所にいるフラン様だけど、それは世をしのぶ仮の姿だから。

 本当はいくら想ってもどうにもならない遠い人なのだ。

 一国の王子と貸本屋の居候。

 どう考えてもつりあわない。

 がっかりして、うつむいた時だった。

 ボウッと音をたててジョンが炎に姿をかえる。

「アイリーン。
 オイラの腕前を見せてやるぜい」

 ジョンはそう言うとお肉を包み込んだ。

「ステーキは火加減しだいって言うだろう。
 僕の仕事は鉄板にお肉をのせるだけなんだ。 あとはジョンにおまかせってわけ」

 フラン様がおどけた口調で言った。

「ジョン。
 はりきり過ぎてお肉をこがさないでよ」

 さっきからレストランのあちこちに花を飾っていたミセススパイスさんの厳しい声がとぶ。

 と同時にステーキが完成したようだ。 

「アイリーン。
 これはこの間のお礼です」

 フラン様は焼き上がったステーキを一口大に切ると、白いお皿に並べて差し出してくれる。

   そして、フォークで一切れさして私の口に運んだ。

「アイリーン、あーん」

  え、食べさせてくれるの。

 それって、ちょっと恥ずかしいんですけど。

「遠慮しないで。恩人に何かしたくてたまらないんだから」

「じゃあ」

 とまどいながらも口を開いて、フラン様の手からお肉をパクリと頬ばる。

 やわらかいお肉から肉汁があふれてとにかく美味しい。

「私こんなに誰かに優しくされたのは生まれて初めてなんです。
 友達なんていなかったし、家族には嫌われていたし」
 
 言っている途中から、胸がいっぱいになって涙がポロポロとこぼれてきた。 

「アイリーンは、僕にはわからない苦労をいっぱいしてきたんだろうね」

 優しい眼差しでフラン様に見つめられて、心が弱くなったのかな。

 否定しないといけないのに、コクンと頷いて嗚咽してしまった。

「泣かないで。アイリーン。
 良かったら今日から僕と友達になって欲しいんだ」

 フラン様は胸元から白いハンカチを取り出して、頬を伝う涙をぬぐってくれる。

「友達ですか?
 私が王子様と。
 そんなおそれおおい」

「忘れたの? 僕はここでは王子じゃない」

「でも」

「王子って言うのは口実で、本当は僕のことが嫌いだとか」

「そんなことは絶対にないです」

 想った以上に力んだ声がでたのが恥ずかしくて、また真っ赤になってしまう。

「わかりました。
 実は私もずーと友達が欲しかったんです」

 それを聞いたフラン様が破顔した。

「ミセススパイス。
 『精霊のハピネス』をもってきて。 僕に可愛いガールフレンドができたんだ。
 皆で乾杯したいから」 

 すぐにミセススパイスさんが綺麗な瓶をもってきてくれる。  
 
「サクラダではね。
 お祝い事があるとこれを飲むんだ」

 スミレの精霊の笑い声を溶かしたという紫色の飲み物を、フラン様はそれぞれのグラスに注いでくれた。

「アイリーン、友達になってくれてありがとう。
 乾杯!」

 フラン様の合図で皆のグラスがあわさって、カチンと高い音をたてる。

 ピンクがかった紫色の飲み物は、さっぱりとした甘さでとても口上がりがいい。 

「フラン様、私なんかと友達になってくれてありがとうございます」

「友達なんだからもうタメ口がいいよ」

「ですよね」

 そう言うと、なぜか可笑しくて笑いが止まらなくなる。

 それは他の皆も同じようで、それぞれがちょっとした事で笑い転げるのだ。

 なるほど。

 これが『精霊のハピネス』の力なのね。いい飲み物です。





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