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八、野薔薇の村
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「王宮の空気はローズの体質にあわないと思われます」
もうずいぶん前のことだった。
お母様のその一言で、私の為にここが建てられたのは。
ここは王宮の中につくられた小さな村だった。
完璧に手入れされた庭園とは対照的に、村には手つかずの自然があふれている。
ー野薔薇の村ー
私の名前にひっかけて、いつしか村はこう呼ばれた。
中央には緩やかに流れる川。
あちこちに咲き乱れる色取り取りの野薔薇、たっぷりと緑色の葉をつけた木立。
「やっぱりここへ戻ってくると、落ちつくわね」
青い空にうかぶ、繭のような雲を見あげ、両手をひろげて深呼吸をする。
お母様が肝入れでつくらせた村は、いつも美しく輝いていた。
「ただいま。グラス」
農家を模した、やや大きな家の扉を開くと同時に中へ入ってゆく。
低い垣根で囲まれた家の壁には、蔦がからまっている。
無防備に見えるこの家は、実はお母様がはった結界で守られていた。
「お帰りなさいませ。ローズ様。
ちょうど今、野薔薇茶の用意をしたところです」
家の奥から明るいグラスの声がする。
三才年上の専属侍女のグラスは乳姉妹だ。
グラスの母であり、私の乳母であるグラントは、去年流行病で亡くなってしまった。
一人っ子のグラスは、もともと父を早くに亡くしている。
グラスをひきとりたい親戚がいたようだけど、グラスはここに残ることを選んでくれた。
「私は一生ローズ様についていきます」
たまにグラスは冗談めかしに言うけれど、その眼差しは真剣そのものだ。
ソバカスの目立つ頬、茶色い短髪、女性としては縦横に大きなグラスは、血のつながったダリアよりずーと信頼できた。
「ちょうど喉がかわいていたのよ。
いただきます」
キッチンの四角い木のテーブルに腰をおろして、薔薇色の飲み物が注がれたカップを口元によせてゆく。
「ローズ様。
結局、クレオ様はお茶会にこられるのですか?」
かたわらに立ったグラスが、小首をかしげる。
「ええ。喜んで参加してくれるそうよ」
カップに浮かぶ花びらに視線を向けながらも、口元がほころんでいく。
「ローズ様。良かったですね。
きっとクレオ様も、ローズ様と同じ想いなのですよ。
ただローズ様は王女様。
ご自分から告白するのを、ためらっておられるのです」
グラスは両手で拳をつくると、自分の言葉に「うん」とうなずいている。
「そうかしら」
「そうですとも。
良かったですね。初恋がかなって」
グラスは人の良い微笑みをむけた。
「残念ながら、初恋じゃないのよ」
「え」
グラスは少し驚いたような声をあげたが、すぐにゆっくりと首を左右にふる。
「例のあの方ですね。
あれは初恋なんてものじゃないですよ」
グラスの言うことは、きっと正しいと思う。
けど、ずーと以前に一瞬出会っただけの人の面影が、いまだに胸の奥底に沈んでいるのはなぜなの。
ー氷の王子ー
出会ってからずーと、彼のことを勝手にそう読んでいた。
もうずいぶん前のことだった。
お母様のその一言で、私の為にここが建てられたのは。
ここは王宮の中につくられた小さな村だった。
完璧に手入れされた庭園とは対照的に、村には手つかずの自然があふれている。
ー野薔薇の村ー
私の名前にひっかけて、いつしか村はこう呼ばれた。
中央には緩やかに流れる川。
あちこちに咲き乱れる色取り取りの野薔薇、たっぷりと緑色の葉をつけた木立。
「やっぱりここへ戻ってくると、落ちつくわね」
青い空にうかぶ、繭のような雲を見あげ、両手をひろげて深呼吸をする。
お母様が肝入れでつくらせた村は、いつも美しく輝いていた。
「ただいま。グラス」
農家を模した、やや大きな家の扉を開くと同時に中へ入ってゆく。
低い垣根で囲まれた家の壁には、蔦がからまっている。
無防備に見えるこの家は、実はお母様がはった結界で守られていた。
「お帰りなさいませ。ローズ様。
ちょうど今、野薔薇茶の用意をしたところです」
家の奥から明るいグラスの声がする。
三才年上の専属侍女のグラスは乳姉妹だ。
グラスの母であり、私の乳母であるグラントは、去年流行病で亡くなってしまった。
一人っ子のグラスは、もともと父を早くに亡くしている。
グラスをひきとりたい親戚がいたようだけど、グラスはここに残ることを選んでくれた。
「私は一生ローズ様についていきます」
たまにグラスは冗談めかしに言うけれど、その眼差しは真剣そのものだ。
ソバカスの目立つ頬、茶色い短髪、女性としては縦横に大きなグラスは、血のつながったダリアよりずーと信頼できた。
「ちょうど喉がかわいていたのよ。
いただきます」
キッチンの四角い木のテーブルに腰をおろして、薔薇色の飲み物が注がれたカップを口元によせてゆく。
「ローズ様。
結局、クレオ様はお茶会にこられるのですか?」
かたわらに立ったグラスが、小首をかしげる。
「ええ。喜んで参加してくれるそうよ」
カップに浮かぶ花びらに視線を向けながらも、口元がほころんでいく。
「ローズ様。良かったですね。
きっとクレオ様も、ローズ様と同じ想いなのですよ。
ただローズ様は王女様。
ご自分から告白するのを、ためらっておられるのです」
グラスは両手で拳をつくると、自分の言葉に「うん」とうなずいている。
「そうかしら」
「そうですとも。
良かったですね。初恋がかなって」
グラスは人の良い微笑みをむけた。
「残念ながら、初恋じゃないのよ」
「え」
グラスは少し驚いたような声をあげたが、すぐにゆっくりと首を左右にふる。
「例のあの方ですね。
あれは初恋なんてものじゃないですよ」
グラスの言うことは、きっと正しいと思う。
けど、ずーと以前に一瞬出会っただけの人の面影が、いまだに胸の奥底に沈んでいるのはなぜなの。
ー氷の王子ー
出会ってからずーと、彼のことを勝手にそう読んでいた。
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