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五十九、緑のパンケーキ ヘレン侍女長視点
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「王妃様には困ったものです。
子作りには熱心でないし、公務もおざなり。
そのくせ趣味に没頭して、毎日薬草園で土いじりばかりされているのですから。
聞いたところによると、ポプリ国の王女だった頃から、魔法もたいしたことないそうです。
ああいう方が、ストーン国の国母とは、なんともなげかわしいものですね」
ある日のことだった。
王妃様の部屋にあるベッドを掃除していると、ふいにやってきたオニキス女官が王妃様への不満を口にする。
「ふふふふ」
否定も肯定もせず、曖昧に笑う。
これは、王宮で長く働いて身につけた処世術なのだ。
こんな時、適当にでもあいずちを打てば、さっきのオニキス女官の不満は、私の不満として王宮内に広がる。
ここはそういう場所なのだ。
嫉妬、妬みによる、女同士の足のひっぱりあいは日常茶飯事だった。
けれど、それも仕方ないとも思う。
ここには王族や高位貴族がいる。
ひょっとしてら、と若い侍女なら、玉の輿を夢見るのも当然だろう。
現にこのオニキス女官にも、王様との噂がたえない。
さっきの話の根本も、王妃様に対しての嫉妬だろう。
相手になんかしていられない。
「では、私はいそぎますので」
軽く頭を下げて、部屋を出て行こうとした時だった。
オニキス女官の低い声が耳に届く。
「もし、私の言うとおりに動いてくれるなら、礼金を差し上げるわ」
「で、その額はおいくらですか」
はしたなく、足を止めてオニキス女官の方へ視線を移した。
「これじゃあ、少ないかしら」
オニキス女官が、耳元でささやいた金額に目を丸くする。
ゴクリとツバを飲み込み、一体どうすればいいのか聞いてみた。
「なんてことありませんよ。
『王妃様のパンケーキ』を食べたら、体調が悪くなった、と証言してくれたらいいのです」
「本当にそれだけでいいのですか」
いぶかしそうに首を傾ける。
「そうです。
大それたことじゃないでしょ」
確かにそうだ。
そんな小さな嘘で、こんな大金が手に入るなんて。
これだけあれば、母を設備のいい施設にいれることができる。
地味で器量も悪い私は、玉の輿など夢見ることもなく、もくもくとこの年まで働いてきた。
他の姉妹は、とっくに嫁いでしまっている。
私は、年老いた母と二人で暮らしていた。
けれど、その母が最近足の骨を折り、一人で歩くのがおぼつかない。
しかたがない。
この提案を受け入れよう。
いえ。やはりいけない。
王妃様に対して、偽りを言うなんて。
許されることではない。
「本当にそれだけでいいのですね」
しばらく思い悩んでいたが、結局首を縦にふったのだ。
そして、当日がやってきた。
オニキス女官に、王妃様のいる薬草園へともなわれる。
他にも、見慣れぬ侍女が二人いた。
どちらも若く、まだ王宮内で働き始めて間がないようにみえる。
どういう了見から、こんなことを承知したのか知らないが、若いうちから楽して大金を得ることを覚えてはいけない。
本来ならそれを諭すのは、私の役目だろう。
人間として、侍女長として、本当にこれでいいのだろうか。
王妃様を陥れて得たお金で、いい施設に入れたとわかったら、きっと母は悲しむはず。
煩悶していると、王妃様が怒りの声をあげた。
「わかりました。
せいぜいお調べください。
この薬草園には、おかしなものは何もないはずですけれど」
いつもニコニコとお優しい王妃様が、眉をしかめ、唇を固く噛みしめている。
そのお姿に胸がしめつけられた。
「王妃様。申し訳ございません。
私は嘘をついていました。
私は『王妃様のパンケーキ』など、食べておりません。
けど、オニキス女官に『言うとおりに動いたら、礼金を差し上がるわ』と言われ、つい話にのってしまったのです」
気がつけば、王妃様の前で膝をおり謝罪の言葉を口にしていた。
王妃様の激怒は覚悟していたが、物事は意外な方向に進んだ。
『まあ。あなたなのね。
ヘレン侍女長。
たしか以前、寝所へ私を案内してくれたわね。
あのせつは色々ありがとう』
王妃様はお怒りになるどころか、お礼の言葉をのべられた。
王妃様が、こんな私の小さな仕事を覚えてくださっていたなんて。
あまりの驚きに、頭を上げた時だった。
王妃様は、私の体調への心配を口にされたのだ。
そして、とうとう私の為に、新しいパンケーキまで考えてくださった。
使用人のことを、ここまで思ってくれるなんて。
感動して、年甲斐もなく、王妃様の前で嗚咽してしまった。
王妃様は、誰がなんと言おうとストーン国の立派な母である。
私は二度と王妃を裏切ることはない。
子作りには熱心でないし、公務もおざなり。
そのくせ趣味に没頭して、毎日薬草園で土いじりばかりされているのですから。
聞いたところによると、ポプリ国の王女だった頃から、魔法もたいしたことないそうです。
ああいう方が、ストーン国の国母とは、なんともなげかわしいものですね」
ある日のことだった。
王妃様の部屋にあるベッドを掃除していると、ふいにやってきたオニキス女官が王妃様への不満を口にする。
「ふふふふ」
否定も肯定もせず、曖昧に笑う。
これは、王宮で長く働いて身につけた処世術なのだ。
こんな時、適当にでもあいずちを打てば、さっきのオニキス女官の不満は、私の不満として王宮内に広がる。
ここはそういう場所なのだ。
嫉妬、妬みによる、女同士の足のひっぱりあいは日常茶飯事だった。
けれど、それも仕方ないとも思う。
ここには王族や高位貴族がいる。
ひょっとしてら、と若い侍女なら、玉の輿を夢見るのも当然だろう。
現にこのオニキス女官にも、王様との噂がたえない。
さっきの話の根本も、王妃様に対しての嫉妬だろう。
相手になんかしていられない。
「では、私はいそぎますので」
軽く頭を下げて、部屋を出て行こうとした時だった。
オニキス女官の低い声が耳に届く。
「もし、私の言うとおりに動いてくれるなら、礼金を差し上げるわ」
「で、その額はおいくらですか」
はしたなく、足を止めてオニキス女官の方へ視線を移した。
「これじゃあ、少ないかしら」
オニキス女官が、耳元でささやいた金額に目を丸くする。
ゴクリとツバを飲み込み、一体どうすればいいのか聞いてみた。
「なんてことありませんよ。
『王妃様のパンケーキ』を食べたら、体調が悪くなった、と証言してくれたらいいのです」
「本当にそれだけでいいのですか」
いぶかしそうに首を傾ける。
「そうです。
大それたことじゃないでしょ」
確かにそうだ。
そんな小さな嘘で、こんな大金が手に入るなんて。
これだけあれば、母を設備のいい施設にいれることができる。
地味で器量も悪い私は、玉の輿など夢見ることもなく、もくもくとこの年まで働いてきた。
他の姉妹は、とっくに嫁いでしまっている。
私は、年老いた母と二人で暮らしていた。
けれど、その母が最近足の骨を折り、一人で歩くのがおぼつかない。
しかたがない。
この提案を受け入れよう。
いえ。やはりいけない。
王妃様に対して、偽りを言うなんて。
許されることではない。
「本当にそれだけでいいのですね」
しばらく思い悩んでいたが、結局首を縦にふったのだ。
そして、当日がやってきた。
オニキス女官に、王妃様のいる薬草園へともなわれる。
他にも、見慣れぬ侍女が二人いた。
どちらも若く、まだ王宮内で働き始めて間がないようにみえる。
どういう了見から、こんなことを承知したのか知らないが、若いうちから楽して大金を得ることを覚えてはいけない。
本来ならそれを諭すのは、私の役目だろう。
人間として、侍女長として、本当にこれでいいのだろうか。
王妃様を陥れて得たお金で、いい施設に入れたとわかったら、きっと母は悲しむはず。
煩悶していると、王妃様が怒りの声をあげた。
「わかりました。
せいぜいお調べください。
この薬草園には、おかしなものは何もないはずですけれど」
いつもニコニコとお優しい王妃様が、眉をしかめ、唇を固く噛みしめている。
そのお姿に胸がしめつけられた。
「王妃様。申し訳ございません。
私は嘘をついていました。
私は『王妃様のパンケーキ』など、食べておりません。
けど、オニキス女官に『言うとおりに動いたら、礼金を差し上がるわ』と言われ、つい話にのってしまったのです」
気がつけば、王妃様の前で膝をおり謝罪の言葉を口にしていた。
王妃様の激怒は覚悟していたが、物事は意外な方向に進んだ。
『まあ。あなたなのね。
ヘレン侍女長。
たしか以前、寝所へ私を案内してくれたわね。
あのせつは色々ありがとう』
王妃様はお怒りになるどころか、お礼の言葉をのべられた。
王妃様が、こんな私の小さな仕事を覚えてくださっていたなんて。
あまりの驚きに、頭を上げた時だった。
王妃様は、私の体調への心配を口にされたのだ。
そして、とうとう私の為に、新しいパンケーキまで考えてくださった。
使用人のことを、ここまで思ってくれるなんて。
感動して、年甲斐もなく、王妃様の前で嗚咽してしまった。
王妃様は、誰がなんと言おうとストーン国の立派な母である。
私は二度と王妃を裏切ることはない。
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