Gate of World―開拓地物語―

三浦常春

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2章 新たな交流は困惑と共に

13話 マルケン巡査部長

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 このゲームはMMO――大規模多人数型オンラインの形式を取っているという。

 同時刻、同時期に、同じゲームにログインし、同じゲームの中で活動する。つまり、俺の目の前にいるマルケン巡査部長の向こうに、生身の「マルケン巡査部長」が存在しているのだ。

 これまでの「作られた人格」ではない。オリジナルと、今の俺は対峙している。

 オンラインゲームであるという話は耳にしていたが、その実感は皆無であった。何せこれまで他プレイヤーと交流する機会はなく、その影すら見掛けない。広大な土地に俺一人が放り出されたような感覚だったのだ。

 まさか目前の男も、実はNPCなのではないか、チュートリアルの一環として訪れただけなのではないか。懐疑が芽生える俺を余所に、マルケン巡査部長はくすりとする。

「初めてですか、他のプレイヤーに会うのは」

「初めてです。……本当にプレイヤーですか?」

「本当にプレイヤーか、か。そっちのナビ子さん、保護期間中でも交易は出来るって話してなかったんですか?」

「訊かれなかったので!」

 その笑顔は清々しい程に眩しい。保護期間、と首を傾げる俺の一方、マルケン巡査部長は、

「保護期間っていうのは、入植から十日以内のプレイヤーや村への温情みたいなものでしてね。まあいろいろ、オンラインゆえの弊害から守ってくれるんですよ」

 感心する俺の横で、ナビ子がにこにことしている。その笑みは、自分がこの村を守っているのだと言わんばかりに誇らしげだ。

「それにしても、ここのナビ子ちゃん。本当に表情豊かですね。かわいいなぁ」

「ここの?」

「ゲーム始める時に、ナビ子ちゃんのスタイル選択みたいな画面、ありませんでした?」

 ゲームを起動し、基本情報を設定した後、そのような画面が出て来たような気がする。

 ガイドAI、その外見の選択肢。俺の村にいるツインテールのナビ子とマルケン村のナビ子。そしてもう一人の計三人が並び、各々アピールの文言を口にしていた。

「しました、しました」

「私B型です!」

 ぴょこんと飛び跳ねて、ナビ子は期待を含んだ視線をこちらに向ける。

「そちらの『ナビ子』は――A型ですか。お姉さんですね!」

 マルケン巡査部長の横、大人びた女性は微笑む。俺のナビ子がヒマワリなら、彼のナビ子はスミレであろう。

 ガイド外見の選択時、俺は早くゲームを始めたいということもあって、熟考することなく中央にいたナビ子を選択した。それが今、俺の横にいるナビ子――B型の、ツインテールのナビ子である。

 大した思い入れもなく選んだものだから、目移りも早い。

「村長さ~ん?」

 怪訝そうに、うちのナビ子が見上げてくる。俺はそっと、それから視線を外した。

「そうそう。うち、交易をしながら歩いてるんですよ。もしよかったら、何か買いませんか」

 キャラバンと呼ばれているだけあって、商売も行っているらしい。申し出は有り難かったが、何せ俺の村は運営を始めたばかりだ。対価は支払えない。

「お金ないんで……」

「物々交換でも大丈夫ですよ」

「今朝採れた《ニンジン》しか手元には……」

「ほお、採れたてかぁ。いいですね!」

 一見、マルケン巡査部長は食糧に困っておらず、資材も足りているようだ。《ニンジン》如きで満足するとは、到底思えなかった。

「現在我々は、こんな品物を扱っています。――ナビ子ちゃん、リストを」

 A型ナビ子がバインダーを取り出す。背面には、俺のナビ子が携えていたものと同じ獅子のマークが見て取れた。

「そのマーク……」

「これは各植民地が所属している国の紋章です」

 A型ナビ子は淡々と説明する。

「我々が所属しているのは、レオタロン公国。豊かな自然と多彩な動物を特徴とする国です」

「確かにここは自然が豊富ですね。いい場所にスポーンしたなぁ」

 他の国からスタートしていたら、俺はどのような生活を送ることになったのだろう。それはそれで興味があるが、同時に恐ろしくもある。

 毎月貢物が必要――などという国でもあったら、ドM大喜びのであろう。頂点に妖艶な美女でも君臨していたら尚更だ。

 ちょっと遊んでみたい。

 妄想もそこそこに、俺はリストに視線を落とす。丁寧に記された表には、所狭しと文字が詰め込まれていた。食料品から始まり、未加工の資材。衣服、家具、娯楽品という括りも見られる。

 俺の村も発展すれば、使い所に困る程豊富な家具や建材を扱えるようになるのだろうか。。俺は玩具屋を覗くようなワクワク感に包まれていた。

「お、ベッドがあるじゃん。しかも《快適なベッド》! いいなぁ。村長さ~ん、ねえねえ、これ買おうよぉ~」

 猫なで声のアランが擦り寄って来る。ベッドカテゴリに属する家具の中でも最低品質である《ワラ敷きベッド》にすら手の届かない村人にとって、中の上に位置する《快適なベッド》はあまりにも魅力的である。

 正直、俺も欲しい。だがそれと《ニンジン》ごときを交換するのは気が引けるし、いくら温厚としたマルケン巡査部長でも許可しないだろう。代わりに俺は、《ワラ》の購入を決めた。

「《快適なベッド》との交換でも受け入れますよ?」

 意外そうな顔をしながらも、マルケル巡査部長は指示を飛ばす。それを受けたキャラバンは、わらわらと荷物を広げ始めた。

 《ワラ》は象とも羊とも取れる動物の側面に吊るされていた。たかが枯れ葉というだけあって、貴重品とは認識されていないのだろう。これが発展の格差か。

「やっぱり自分達で作りたいので。気持ちは本当にありがたいのですが……。それに、一つだけいい物があったら、それを廻って殺し合いが起きそうで」

「がははは! なるほど、なるほど。分かりますよ、その気持ち。出すぎた真似をしました」

「いえいえ! いろいろ見ることが出来て面白かったです。またの機会によろしくお願いします」

「こちらこそ。いい友達になれそうだ」

 俺は《ニンジン》八個をマルケン巡査部長率いるキャラバンに渡し、代わりに《ワラ》二十個を得た。予定をしていた《ワラ敷きベッド》四個を作成するに足る《ワラ》の数である。これで住民達には、床の上で眠る苦労を掛けずに済むだろう。

 だがベッドを作る前に、《木材》を確保しなくては。次から次へとやるべき事柄が出てくる。どのようなゲームでも、序盤の忙しさは変わらないようだ。

「いつもこんな感じに交易をして回ってるんですか?」

「ええ。拠点でやることも少なくなってきたし、折角オンラインなんだから支援をしてみようかと思いまして」

 オンラインゲームとは殺伐としているとばかり思い込んでいたが、彼のように人情のある人物もいるようだ。

 脱帽する思いでマルケン巡査部長を眺めていると、彼は突然「さて」と手を叩く。

「そろそろ行きますね。先を急がねばなりませんので」

 その声と共に拠点内が騒がしくなる。広がっていた嗜好品が仕舞われ、荷物が纏められる。その動きは軍隊と見間違える程に俊敏だった。

「この後川を越えなくてはならんのですよ。帰りもここを通る予定なので、よかったらまた寄らせてください」

 一人、また一人と、荷を背負った人々が集まって行く。それにマルケン巡査部長も合流しようとしたところで、彼はふと足を止めた。

「そうそう。最近、初心者狩りが活発化しているそうです。早めに戦闘職を育てておくことをオススメしますよ」
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