Gate of World―開拓地物語―

三浦常春

文字の大きさ
13 / 62
2章 新たな交流は困惑と共に

13話 マルケン巡査部長

しおりを挟む
 このゲームはMMO――大規模多人数型オンラインの形式を取っているという。

 同時刻、同時期に、同じゲームにログインし、同じゲームの中で活動する。つまり、俺の目の前にいるマルケン巡査部長の向こうに、生身の「マルケン巡査部長」が存在しているのだ。

 これまでの「作られた人格」ではない。オリジナルと、今の俺は対峙している。

 オンラインゲームであるという話は耳にしていたが、その実感は皆無であった。何せこれまで他プレイヤーと交流する機会はなく、その影すら見掛けない。広大な土地に俺一人が放り出されたような感覚だったのだ。

 まさか目前の男も、実はNPCなのではないか、チュートリアルの一環として訪れただけなのではないか。懐疑が芽生える俺を余所に、マルケン巡査部長はくすりとする。

「初めてですか、他のプレイヤーに会うのは」

「初めてです。……本当にプレイヤーですか?」

「本当にプレイヤーか、か。そっちのナビ子さん、保護期間中でも交易は出来るって話してなかったんですか?」

「訊かれなかったので!」

 その笑顔は清々しい程に眩しい。保護期間、と首を傾げる俺の一方、マルケン巡査部長は、

「保護期間っていうのは、入植から十日以内のプレイヤーや村への温情みたいなものでしてね。まあいろいろ、オンラインゆえの弊害から守ってくれるんですよ」

 感心する俺の横で、ナビ子がにこにことしている。その笑みは、自分がこの村を守っているのだと言わんばかりに誇らしげだ。

「それにしても、ここのナビ子ちゃん。本当に表情豊かですね。かわいいなぁ」

「ここの?」

「ゲーム始める時に、ナビ子ちゃんのスタイル選択みたいな画面、ありませんでした?」

 ゲームを起動し、基本情報を設定した後、そのような画面が出て来たような気がする。

 ガイドAI、その外見の選択肢。俺の村にいるツインテールのナビ子とマルケン村のナビ子。そしてもう一人の計三人が並び、各々アピールの文言を口にしていた。

「しました、しました」

「私B型です!」

 ぴょこんと飛び跳ねて、ナビ子は期待を含んだ視線をこちらに向ける。

「そちらの『ナビ子』は――A型ですか。お姉さんですね!」

 マルケン巡査部長の横、大人びた女性は微笑む。俺のナビ子がヒマワリなら、彼のナビ子はスミレであろう。

 ガイド外見の選択時、俺は早くゲームを始めたいということもあって、熟考することなく中央にいたナビ子を選択した。それが今、俺の横にいるナビ子――B型の、ツインテールのナビ子である。

 大した思い入れもなく選んだものだから、目移りも早い。

「村長さ~ん?」

 怪訝そうに、うちのナビ子が見上げてくる。俺はそっと、それから視線を外した。

「そうそう。うち、交易をしながら歩いてるんですよ。もしよかったら、何か買いませんか」

 キャラバンと呼ばれているだけあって、商売も行っているらしい。申し出は有り難かったが、何せ俺の村は運営を始めたばかりだ。対価は支払えない。

「お金ないんで……」

「物々交換でも大丈夫ですよ」

「今朝採れた《ニンジン》しか手元には……」

「ほお、採れたてかぁ。いいですね!」

 一見、マルケン巡査部長は食糧に困っておらず、資材も足りているようだ。《ニンジン》如きで満足するとは、到底思えなかった。

「現在我々は、こんな品物を扱っています。――ナビ子ちゃん、リストを」

 A型ナビ子がバインダーを取り出す。背面には、俺のナビ子が携えていたものと同じ獅子のマークが見て取れた。

「そのマーク……」

「これは各植民地が所属している国の紋章です」

 A型ナビ子は淡々と説明する。

「我々が所属しているのは、レオタロン公国。豊かな自然と多彩な動物を特徴とする国です」

「確かにここは自然が豊富ですね。いい場所にスポーンしたなぁ」

 他の国からスタートしていたら、俺はどのような生活を送ることになったのだろう。それはそれで興味があるが、同時に恐ろしくもある。

 毎月貢物が必要――などという国でもあったら、ドM大喜びのであろう。頂点に妖艶な美女でも君臨していたら尚更だ。

 ちょっと遊んでみたい。

 妄想もそこそこに、俺はリストに視線を落とす。丁寧に記された表には、所狭しと文字が詰め込まれていた。食料品から始まり、未加工の資材。衣服、家具、娯楽品という括りも見られる。

 俺の村も発展すれば、使い所に困る程豊富な家具や建材を扱えるようになるのだろうか。。俺は玩具屋を覗くようなワクワク感に包まれていた。

「お、ベッドがあるじゃん。しかも《快適なベッド》! いいなぁ。村長さ~ん、ねえねえ、これ買おうよぉ~」

 猫なで声のアランが擦り寄って来る。ベッドカテゴリに属する家具の中でも最低品質である《ワラ敷きベッド》にすら手の届かない村人にとって、中の上に位置する《快適なベッド》はあまりにも魅力的である。

 正直、俺も欲しい。だがそれと《ニンジン》ごときを交換するのは気が引けるし、いくら温厚としたマルケン巡査部長でも許可しないだろう。代わりに俺は、《ワラ》の購入を決めた。

「《快適なベッド》との交換でも受け入れますよ?」

 意外そうな顔をしながらも、マルケル巡査部長は指示を飛ばす。それを受けたキャラバンは、わらわらと荷物を広げ始めた。

 《ワラ》は象とも羊とも取れる動物の側面に吊るされていた。たかが枯れ葉というだけあって、貴重品とは認識されていないのだろう。これが発展の格差か。

「やっぱり自分達で作りたいので。気持ちは本当にありがたいのですが……。それに、一つだけいい物があったら、それを廻って殺し合いが起きそうで」

「がははは! なるほど、なるほど。分かりますよ、その気持ち。出すぎた真似をしました」

「いえいえ! いろいろ見ることが出来て面白かったです。またの機会によろしくお願いします」

「こちらこそ。いい友達になれそうだ」

 俺は《ニンジン》八個をマルケン巡査部長率いるキャラバンに渡し、代わりに《ワラ》二十個を得た。予定をしていた《ワラ敷きベッド》四個を作成するに足る《ワラ》の数である。これで住民達には、床の上で眠る苦労を掛けずに済むだろう。

 だがベッドを作る前に、《木材》を確保しなくては。次から次へとやるべき事柄が出てくる。どのようなゲームでも、序盤の忙しさは変わらないようだ。

「いつもこんな感じに交易をして回ってるんですか?」

「ええ。拠点でやることも少なくなってきたし、折角オンラインなんだから支援をしてみようかと思いまして」

 オンラインゲームとは殺伐としているとばかり思い込んでいたが、彼のように人情のある人物もいるようだ。

 脱帽する思いでマルケン巡査部長を眺めていると、彼は突然「さて」と手を叩く。

「そろそろ行きますね。先を急がねばなりませんので」

 その声と共に拠点内が騒がしくなる。広がっていた嗜好品が仕舞われ、荷物が纏められる。その動きは軍隊と見間違える程に俊敏だった。

「この後川を越えなくてはならんのですよ。帰りもここを通る予定なので、よかったらまた寄らせてください」

 一人、また一人と、荷を背負った人々が集まって行く。それにマルケン巡査部長も合流しようとしたところで、彼はふと足を止めた。

「そうそう。最近、初心者狩りが活発化しているそうです。早めに戦闘職を育てておくことをオススメしますよ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜

奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。 パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。 健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。

元王城お抱えスキル研究家の、モフモフ子育てスローライフ 〜スキル:沼?!『前代未聞なスキル持ち』の成長、見守り生活〜

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「エレンはね、スレイがたくさん褒めてくれるから、ここに居ていいんだって思えたの」 ***  魔法はないが、神から授かる特殊な力――スキルが存在する世界。  王城にはスキルのあらゆる可能性を模索し、スキル関係のトラブルを解消するための専門家・スキル研究家という職が存在していた。  しかしちょうど一年前、即位したばかりの国王の「そのようなもの、金がかかるばかりで意味がない」という鶴の一声で、職が消滅。  解雇されたスキル研究家のスレイ(26歳)は、ひょんな事から縁も所縁もない田舎の伯爵領に移住し、忙しく働いた王城時代の給金貯蓄でそれなりに広い庭付きの家を買い、元来からの拾い癖と大雑把な性格が相まって、拾ってきた動物たちを放し飼いにしての共同生活を送っている。  ひっそりと「スキルに関する相談を受け付けるための『スキル相談室』」を開業する傍ら、空いた時間は冒険者ギルドで、住民からの戦闘伴わない依頼――通称:非戦闘系依頼(畑仕事や牧場仕事の手伝い)を受け、スローな日々を謳歌していたスレイ。  しかしそんな穏やかな生活も、ある日拾い癖が高じてついに羊を連れた人間(小さな女の子)を拾った事で、少しずつ様変わりし始める。  スキル階級・底辺<ボトム>のありふれたスキル『召喚士』持ちの女の子・エレンと、彼女に召喚されたただの羊(か弱い非戦闘毛動物)メェ君。  何の変哲もない子たちだけど、実は「動物と会話ができる」という、スキル研究家のスレイでも初めて見る特殊な副効果持ちの少女と、『特性:沼』という、ヘンテコなステータス持ちの羊で……? 「今日は野菜の苗植えをします」 「おー!」 「めぇー!!」  友達を一千万人作る事が目標のエレンと、エレンの事が好きすぎるあまり、人前でもお構いなくつい『沼』の力を使ってしまうメェ君。  そんな一人と一匹を、スキル研究家としても保護者としても、スローライフを通して褒めて伸ばして導いていく。  子育て成長、お仕事ストーリー。  ここに爆誕!

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

追放令嬢と【神の農地】スキル持ちの俺、辺境の痩せ地を世界一の穀倉地帯に変えたら、いつの間にか建国してました。

黒崎隼人
ファンタジー
日本の農学研究者だった俺は、過労死の末、剣と魔法の異世界へ転生した。貧しい農家の三男アキトとして目覚めた俺には、前世の知識と、触れた土地を瞬時に世界一肥沃にするチートスキル【神の農地】が与えられていた! 「この力があれば、家族を、この村を救える!」 俺が奇跡の作物を育て始めた矢先、村に一人の少女がやってくる。彼女は王太子に婚約破棄され、「悪役令嬢」の汚名を着せられて追放された公爵令嬢セレスティーナ。全てを失い、絶望の淵に立つ彼女だったが、その瞳にはまだ気高い光が宿っていた。 「俺が、この土地を生まれ変わらせてみせます。あなたと共に」 孤独な元・悪役令嬢と、最強スキルを持つ転生農民。 二人の出会いが、辺境の痩せた土地を黄金の穀倉地帯へと変え、やがて一つの国を産み落とす奇跡の物語。 優しくて壮大な、逆転建国ファンタジー、ここに開幕!

【完結】うだつが上がらない底辺冒険者だったオッサンは命を燃やして強くなる

邪代夜叉(ヤシロヤシャ)
ファンタジー
まだ遅くない。 オッサンにだって、未来がある。 底辺から這い上がる冒険譚?! 辺鄙の小さな村に生まれた少年トーマは、幼い頃にゴブリン退治で村に訪れていた冒険者に憧れ、いつか自らも偉大な冒険者となることを誓い、十五歳で村を飛び出した。 しかし現実は厳しかった。 十数年の時は流れてオッサンとなり、その間、大きな成果を残せず“とんまのトーマ”と不名誉なあだ名を陰で囁かれ、やがて採取や配達といった雑用依頼ばかりこなす、うだつの上がらない底辺冒険者生活を続けていた。 そんなある日、荷車の護衛の依頼を受けたトーマは――

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】

水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】 【一次選考通過作品】 ---  とある剣と魔法の世界で、  ある男女の間に赤ん坊が生まれた。  名をアスフィ・シーネット。  才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。  だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。  攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。 彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。  --------- もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります! #ヒラ俺 この度ついに完結しました。 1年以上書き続けた作品です。 途中迷走してました……。 今までありがとうございました! --- 追記:2025/09/20 再編、あるいは続編を書くか迷ってます。 もし気になる方は、 コメント頂けるとするかもしれないです。

処理中です...