Gate of World―開拓地物語―

三浦常春

文字の大きさ
33 / 62
4章 人民よ、健やかに

33話 ドン引き少年

しおりを挟む
 アランには残りの《小麦》を収穫するよう指示を出し、クローイとルシンダには引き続き建材や設備の作成を依頼する。その間に俺とイアン、サミュエルは建設の下準備を進めることにした。

「ねーねー、床ってそのまま置いちゃ駄目なの? 掘るの面倒なんだけど」

 イアンが唇を曲げる。

 仮倉庫の床は、地面と同じ高さに設置する予定である。それはつまり、地面を一段掘り下げてから床を張ることになる。二度手間ではあるが、今後何度も出入りすることを考えると、高さを揃える方がよいと判断した。

「面倒臭いのは分かりますが、今苦労すれば後が楽だと思いますので……頑張ってください」

「ちえー。しょーがないなー」

 文句を垂れつつ、イアンはどこからかシャベルを二本引き摺って来る。

 そういえば、日常の作業において用いられるツールにも、品質が設定されているのだったか。俺はちらりと洩れ聞いた言葉を思い出していた。

 『石工師』ルシンダは、自らが扱えるレシピを眺めていた時、「石」と冠せられる道具の数々を目にしたそうだ。《石のクワ》《石のツルハシ》《石のシャベル》《石のオノ》――これらの道具は、転職とは全く関係のないアイテムである。

 これが何を意味するのか。ナビ子に尋ねてみたところ、どうやらこれらは、入植者の作業スピードに影響するらしい。素材がよくなればスピードは早くなる。効率化を図れるのだ。

 入植者の道具は定期的にアップグレードした方がよい、そう俺が気付く前に、ルシンダが独断で作成してしまったようだ。イアンの持つシャベルには、石の加工品と思しき刃が取り付けられている。

 採掘速度を把握していない為、正確な事は言えないが、石製ツールに持ち替えたことで、心なしか作業が捗っているようにも見える。

「ねえ、村長は手伝わないの?」

 イアンが尋ねてくる。

「多分俺、出来ないんです。そういう仕様らしくって」

「昨日言ってた、設定がどうのってやつ?」

「どうなんでしょう」

 この点は俺にも分からなかった。村人同様の活動を可能にする設定が、俺の目の届く範囲では、どこを探しても見当たらなかったのである。

 先日ナビ子と交渉した結果、設定の変更は可能であることが判明した。おそらく、設定が勝手に変更されるバグ――これが発生していたのであろう。その「バグ」さえ何とか出来れば、俺も村人の仕事を手伝えるようになるかもしれない。

 突然目の前にシャベルが突き出される。サミュエル――隻眼の少年は圧力を掛ける。やってみろ、そう言うことらしい。

 答えは明白だ。どうせ掴めない。諦める俺の一方、少年は実演してもらわないと納得できない性質らしい。

「……分かりました」

 俺はそうっと手を伸ばす。シャベルの柄、研磨された木の柄に触れようとしたところで、それは指先をすり抜けてしまう。

 感触はなく、もちろん質量もない。案の定であった。

「うわ……」

「えっ、キモ」

 さんざんな言われようである。彼等からすれば、不可解も甚だしいだろう。少年達が何の苦労なく扱える道具を、俺は扱えないどころか、触れることすら出来ないのである。

 納得のいく反応ではあったが、痛む胸は誤魔化しようがなかった。

「俺もよく分からないんですけど、こういう感じらしいです」

「変なの。――そういえば、最初おれが殺そうとした時もそんな感じだったよね。『プレイヤー』って、みんなそうなのかな。特別な……何かがあったりするのかな? 王も欲しがってたし」

 イアンが傍らのサミュエルに目を向ける。隻眼の少年はクイと首を捻り、

「さあ。偉い人特有のオーラみたいなのがあるんじゃない」

「オーラでバリア張るの? 何それ、すげー!」

 彼等はこの世界の住民――言わば、ゲームの中の存在、創造物である。この世界が「作られた物」という意識、外の何者かに操られているという発想すらないのかもしれない。

 プレイヤーとは何者であるか。俺達で言うところの「神」のような存在なのだろうか。

 説明のしようがない。俺はただ黙っていることにした。

「おーい、村長」

 野太い声が俺の耳に届く。アランだった。《小麦》の収穫を終え、さらに種も撒き終わったらしい。入植初日と同様の茶色が、そこには広がっていた。

「《千歯扱き》ってのは、まだ使えそうにないか?」

「今作ってる途中です。なので、こっちの手伝いをお願いします」

「げえ、ゆっくりやればよかった」

 文句は垂れつつも、手伝う気はあるらしい。アランは小麦の束を臨時の資材置き場へと降ろす。子供だけでは難しかった力仕事も、大人がいれば卒なく熟せるだろう。

 彼はこの村において唯一の成人男性だ。

 建設の現場においては、彼が最も貢献している、そう評しても過言ではない。だが、彼の力があってもなお、心細いことに変わりはなかった。もう一人くらいは、気兼ねなく力仕事を任せられる人材が欲しいところである。

 近いうちに新たな入植者を迎えようか。その思惑がある一方で、引っ掛かるのは少年達だ。ケアも碌に出来ていない今、いたずらに人口を増やすのは、果たして最善であろうか。

 良策ではあるだろう。だがどうしても、万一が脳裏をちらつく。村を繁栄させることで彼等を疎かにしてはいけない。かと言って発展が進まず衰退しては、元も子もない。

 俺はどちらも切り捨てることが出来なかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

追放勇者の土壌改良は万物進化の神スキル!女神に溺愛され悪役令嬢と最強国家を築く

黒崎隼人
ファンタジー
勇者として召喚されたリオンに与えられたのは、外れスキル【土壌改良】。役立たずの烙印を押され、王国から追放されてしまう。時を同じくして、根も葉もない罪で断罪された「悪役令嬢」イザベラもまた、全てを失った。 しかし、辺境の地で死にかけたリオンは知る。自身のスキルが、実は物質の構造を根源から組み替え、万物を進化させる神の御業【万物改良】であったことを! 石ころを最高純度の魔石に、ただのクワを伝説級の戦斧に、荒れ地を豊かな楽園に――。 これは、理不尽に全てを奪われた男が、同じ傷を持つ気高き元悪役令嬢と出会い、過保護な女神様に見守られながら、無自覚に世界を改良し、自分たちだけの理想郷を創り上げ、やがて世界を救うに至る、壮大な逆転成り上がりファンタジー!

家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜

奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。 パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。 健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

追放令嬢と【神の農地】スキル持ちの俺、辺境の痩せ地を世界一の穀倉地帯に変えたら、いつの間にか建国してました。

黒崎隼人
ファンタジー
日本の農学研究者だった俺は、過労死の末、剣と魔法の異世界へ転生した。貧しい農家の三男アキトとして目覚めた俺には、前世の知識と、触れた土地を瞬時に世界一肥沃にするチートスキル【神の農地】が与えられていた! 「この力があれば、家族を、この村を救える!」 俺が奇跡の作物を育て始めた矢先、村に一人の少女がやってくる。彼女は王太子に婚約破棄され、「悪役令嬢」の汚名を着せられて追放された公爵令嬢セレスティーナ。全てを失い、絶望の淵に立つ彼女だったが、その瞳にはまだ気高い光が宿っていた。 「俺が、この土地を生まれ変わらせてみせます。あなたと共に」 孤独な元・悪役令嬢と、最強スキルを持つ転生農民。 二人の出会いが、辺境の痩せた土地を黄金の穀倉地帯へと変え、やがて一つの国を産み落とす奇跡の物語。 優しくて壮大な、逆転建国ファンタジー、ここに開幕!

【完結】うだつが上がらない底辺冒険者だったオッサンは命を燃やして強くなる

邪代夜叉(ヤシロヤシャ)
ファンタジー
まだ遅くない。 オッサンにだって、未来がある。 底辺から這い上がる冒険譚?! 辺鄙の小さな村に生まれた少年トーマは、幼い頃にゴブリン退治で村に訪れていた冒険者に憧れ、いつか自らも偉大な冒険者となることを誓い、十五歳で村を飛び出した。 しかし現実は厳しかった。 十数年の時は流れてオッサンとなり、その間、大きな成果を残せず“とんまのトーマ”と不名誉なあだ名を陰で囁かれ、やがて採取や配達といった雑用依頼ばかりこなす、うだつの上がらない底辺冒険者生活を続けていた。 そんなある日、荷車の護衛の依頼を受けたトーマは――

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

無能と追放された鑑定士、実は物の情報を書き換える神スキル【神の万年筆】の持ち主だったので、辺境で楽園国家を創ります!

黒崎隼人
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――勇者パーティーの【鑑定士】リアムは、戦闘能力の低さを理由に、仲間と婚約者から無一文で追放された。全てを失い、流れ着いたのは寂れた辺境の村。そこで彼は自らのスキルの真価に気づく。物の情報を見るだけの【鑑定】は、実は万物の情報を書き換える神のスキル【神の万年筆】だったのだ! 「ただの石」を「最高品質のパン」に、「痩せた土地」を「豊穣な大地」に。奇跡の力で村を豊かにし、心優しい少女リーシャとの絆を育むリアム。やがて彼の村は一つの国家として世界に名を轟かせる。一方、リアムを失った勇者パーティーは転落の一途をたどっていた。今さら戻ってこいと泣きついても、もう遅い! 無能と蔑まれた青年が、世界を創り変える伝説の王となる、痛快成り上がりファンタジー、ここに開幕!

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

処理中です...