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閑話1 王后陛下の密かな愉しみ
しおりを挟む午前の執務を終えたファカリーンが執務室から出ると、王后付き近衛兵と王太子付き近衛兵が押し問答を繰り広げている。
「なんです?騒々しいこと」
広げた扇子で口元を隠すファカリーンに、近衛兵を押し退けたユゥシュートが詰め寄った。
「母上!アンを唆かすのはおやめ下さい!」
「何を言うかと思えば、唆かすだなどと。わたくしからの提案など、毛程の効果もないでしょう。それに、アンの言う無礼な虫如き、さっさと払い退けねば、王家の姫とは名乗れぬ」
ピシャリと閉じた扇子の先をユゥシュートの肩に突きつけ押しやると、そのまま寝殿の方へと足を踏み出した。
「母上が後押ししてることが、そもそもの発端ではありませんか!」
「何を言っているの?わたくしは、忙殺されるであろう王家に仕える者たちへ、事後の慰労を命じたまで。大した後押しとも言えまいに」
必死に後ろから取り縋るユゥシュートに視線を向けるファカリーンは、明らかにこのやり取りを愉しんでいる。
「ですが!噂はあちこちに飛び火して、アンが略奪王女などと言われております!」
「王家の姫として生まれた者が、この程度の噂一つ操作せずにおくとは、なんと嘆かわしい」
「母上はアンの失態を望まれておられるのか!?」
不穏なその問いに嘆息をもらしたファカリーンだが、その歩みは止まらない。
「陛下の姉君は他国の王族へ嫁がれ、彼の地で社交界を牽引なさり、我が国との同盟をより強固なモノにと注力下さったわ」
「何のお話ですか!?今は伯母上のことではなく、アンの話をしております!」
話を逸らされたと憤慨するユゥシュートを無視するかの様に、次の句が語られる。
「我が娘ミフォーレは隣国の王太子に見染められ、望まれて嫁ぐ。姉君以上の成果を挙げることでしょう」
「……?まぁミフォーレならば、成し遂げるかと……」
ここでやっとファカリーンの言葉に疑問を持ったユゥシュートが、首を傾げつつ答えた。
「では、アーナルヤは?自国の噂も統制出来ぬほど無能ではない、と思っているけれど、わたくしの認識不足かしら?」
「っ!?それは……確かにそう、ですが」
「あの子が初恋を実らせるか否か、わたくしに出来ることなど限られていてよ?よもやビアイシンに恋するだなどと、思いも寄らぬ珍事だけれど」
目を見開き二の句が継げないユゥシュートは呆然とその場で立ち止まる。
ファカリーンがそれに気付いたのか歩みを止めると、振り返って満足気な笑みを彼に見せた。
「その噂、あの子に統制が出来ないなら、初恋さえあっという間に消えて無くなるわ。ビアイシン直系が『王家に相応しくない』判定を下すのは、案外早くてよ?」
「王家至上主義を、王家そのものにも向けてくる恐ろしい一族ですからね……」
ふふ、と思わず漏れ出たらしいファカリーンの笑い声に、ユゥシュートは眉を顰める。
「笑い事では御座いません」
「愉しいではないの。王家に生まれた者が恋をするなんて。しかもビアイシンと!」
先程までユゥシュートが発していた剣呑な雰囲気は霧散し、二人並んで寝殿へと歩き始めた。
「ビアイシン家への降嫁は建国王の三女からでしたね。その後は五代王の次男、九代王の長女。アーナルヤが嫁ぐなら十二代王の次女」
「実はね、傍流では結構あるのよ?調べた限りでは、二代王の姪と、ビアイシン当主の甥。六代王の孫娘と、ビアイシン当主次男。直近だと十代王の甥とビアイシン分家の惣領娘ね。王家至上主義者と王族との恋だなんて、妄想がかき立てられるわ~」
実に愉しげな調子のファカリーンの声に、ハッと何かに気付いた様子で頭一つ分下に居る彼女を見る。
「貴族を題材にした、風紀の乱れを誘う大層いかがわしい書物が市井で密かな人気だと聞き及んでおりますが、まさか母上……」
「あらまぁなぁに?……うふふふふ」
わざとらしく口元に扇子を広げて、目を細めて笑い声をあげるファカリーンに、(この人も読んでるね!)と顳顬を押さえるユゥシュートであった。
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