【R18】略奪王女と堅物夫の秘密 〜我々は鍵と鍵穴である〜

小判鮫

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11 初恋の行方 〜事実確認は大切〜

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「不貞だわー。こんなのひどいわー……」

 という鼻声が遠ざかって行く中、呆然としていた七位爵たちが、正気を取り戻し一人二人と立ち上がる。

 アーナルヤも気遣わし気な様子で彼を見つめた。

「ビアイシン卿、追いかけなくてよろしいのですか?」

「また有りもしない噂を呼び込みますよ」

「あぁ、大事ないですよ。今日はアレの婚約者候補が農具関連で技工府におりますので。彼が連れ帰る手筈になっています」

 心配している様子の同僚に苦笑を浮かべたヘルムーズは、全員に着座を促した。

 そして、アーナルヤの方に向き直り、その場で片膝を突き頭を下げる。

「殿下におかれては、大変見苦しいところを目になされ、さぞご気分を害しておられるでしょう。この様な仕儀になりましたこと、謝罪申し上げます」

 ヘルムーズの謝罪を聞き、今度はアーナルヤが苦笑する側になった。

「いえ……あの、ビアイシン卿の『妻の条件』を聞いて少々驚いただけですわ。あの者の無礼な物言いは、虫の声程度に聞こえていましてよ」

「流石で御座います!あの騒々しさを虫と断じられるとは!」

 バッと音がしそうな勢いで顔を上げたヘルムーズは、キラキラと輝いてみえる瞳でアーナルヤを褒め称える。

「そう、かしら?ところで、一つ聞いても?」

「何なりと」

 名状しがたいヘルムーズの様子に、どことなく不安を感じたアーナルヤは、先程感じた違和感への答えを求め、慎重に言葉を選ぶ。

「卿の『妻の条件』が、王族の身代わりを務める云々というのは何ですの?その様な者、わたくしには必要ありませんわ」

「我々貴族は王家並びに国へ忠誠を誓う身。我が家はその筆頭を自負しております。なればこそ、当主の妻となる者に求むるのは忠誠心のみで御座います。ですので、殿下の御心を煩わせることは御座いませんので、ご安心下さい」

 忠誠心と呼ぶには常軌を逸している答えに、アーナルヤは禁断の問いを口にした。

「それは……では、もし仮に、仮にですが。わたくしが卿の下へ降嫁しても?」

「仮に、で御座いますか?いえ、殿下が我が家・・・へご降嫁なされるのであれば、そういった条件は一切不要で御座います。我が家・・・にご降嫁なされたとしても、殿下が王族であらせられるのは変わらない事実で御座いますので」

 ヘルムーズの答えは『本人に降嫁』ではなく、くまでも『家に降嫁』を前提とした物である。

 明確に線引き・・・されたと感じながら、それでもアーナルヤは『拒絶』ではないと信じて次の答えを求めた。

「では、降嫁した後にもわたくしの身代わりが居る、ということですの?」

「その場合、殿下の身代わりを務めるのは、妹か従姉妹で御座います」

 当然とばかりに胸を張り、よどみなく答えるヘルムーズを見る彼女の胸は、今までの様な希望に満ちた高鳴りではなく、痛みを伴った早鐘に変わりつつある。

「もしや、わたくしだけではなく、母后はは義姉あねにも、隣国へ嫁がれる姉にも居るのですか?」

「当然で御座います。アイスワーレ王家のお血筋を絶やさんが為、我ら・・は存在するもので御座います」

 毅然とした態度で答えるヘルムーズに、ヒュッと息を呑んだアーナルヤは、自身の恋心など彼の忠誠心の前ではまるで意味のない些事であると突き付けられたと感じた。

 かくしてアーナルヤの初恋は『絶対的な忠誠心』の前に木端微塵こっぱみじんに吹き飛ばされる。

 彼女は想いが通じることはないのだと、そう理解してしまった。


 *・゜゚・*:.。..。.:*・'*'・*:.。. .。.:*・゜゚・*


 ヘルムーズは目の前で少しずつ表情が無くなるアーナルヤに内心で首を傾げつつ、自己を形作る忠誠心とは別に、彼女の目から伝わる仄暗い『何か』に高揚していた。

「そう。理解したわ、ビアイシン卿。筆頭侯爵家の嫡男に相応しい心掛けですこと」

「過分な評価、痛み入ります」

「ですが、わたくしの身代わりなど不要。わたくしが消えてもアイスワーレの血は決して絶やされることはない」

 侮蔑が滲み出るその瞳に見据えられ、ヘルムーズは更に高揚する。

「ですが、殿下は尊い御身に御座います。我ら・・我ら・・の忠義に従いまして、御身を如何いかなる害意からも守り抜く所存しょぞん

 ヘルムーズの言葉を最後まで聞き、瞑目し深く息を吐き出したアーナルヤがゆっくりと目を開くと、見事なまでに感情を消した微笑を浮かべた。

「その忠誠、末永く我が身に向けられるよう、わたくしも王族・・として与えられた此度の公務を、成功させなくてはなりませんね」

 その言葉にヘルムーズは満面の笑みを浮かべて首肯し、立ち上がる。

 そしてその場にいる全員に会議を途切れさせたことを改めて謝罪し、ヘルムーズが着座すると同時に会議が再開された。


 *・゜゚・*:.。..。.:*・'*'・*:.。. .。.:*・゜゚・*


「ヘルムーズ様は王女様に言い寄られて、私のことを無視なさるの。婚約も白紙にしたなどと仰ってましたわ」

 目元や鼻に忙しなくハンカチを押し当てて愚痴をこぼすのは、政務棟がある外殿の中庭のベンチに座るウラミーナである。

 彼女の声を聞くのは、伯爵家に仕える侍女であろうか。

 周囲の貴族やその従者は遠巻きにしながらも、耳をそば立てているのを肌で感じるウラミーナ。
 
 高位貴族と王族の醜聞ゴシップは、噂好きな淑女方のお茶請けや、紳士達の酒の肴だ。

 真実か否かなどどうでもいい。最新情報を得たくて仕方がない様子が、はっきりと見て取れるとハンカチの影でほくそ笑む。

 しかし、その場に黄色い声に囲まれた貴公子が現れた。
 周囲を取り囲むのは一級品を身にまとった令嬢だ。一級品ということは、伯爵家以下の娘達である。

「ダーマネン卿!是非我が家のお茶会にもいらして下さいませ」

「私もお誘いしたいですわ。父がダーマネン卿と食事をと申しておりますの!」

「まあ!皆様ずるいですわ!我が家のお庭をご案内致したいのですが、お考え下さいますか?」

「嗚呼、かくも麗しき淑女レディからお誘いされる我が身は幸せで御座います。しかしながら淑女の皆様、大変有り難いお申し出なのですが、本日は確約致しかねます」
 
 進み出てきた貴公子はどう見ても特級品を身に付け、日の光に煌めく金の髪と憂いに満ちた薄青の瞳でウラミーナを見つめた。

「まあ!それは何故かと伺っても?」

「ダーマネン卿はこれまでお断りなどなさらなかったのに!」

「私のお誘いが気に障りましたの?」

「とんでもないことです。淑女の皆様に不満などある筈もなく……ですが、大変申し訳御座いません。私は、ただ一人のお方を見つけましたので」

 そう言って、ウラミーナの前に特級品に身を包む貴公子が膝を突き、胸ポケットに挿していた一輪の花を差し出した。

「美しき我が乙女。そのように泣きくれる憂い、この私に払えるだろうか」

 この時、彼が何者かを知っていれば、ウラミーナの流した醜聞があっさりくつがえされることなどなかった。

 勉強嫌いの彼女は、伯爵位以上の家のことなど眼中になかった知らなかったのである。
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