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第一章 吸血鬼、吸血鬼ハンターになる

【第二話 威嚇】2-3 カメラを買いに行きます

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 夜の街をスタスタ歩く。そうするのは隣を歩くキョウさんのせい。
 二号の命令に怒ったキョウさんは、見廻りに行くと言って拠点を飛び出した。そんな彼とバディに任命された私は後を追わないわけにはいかず。こちらに気付いたキョウさんは物凄く嫌そうな顔をしたけれど、すぐに命令のことを思い出したのか何も言わなかった。

「――これどこ向かってるんです? 見廻りって範囲決まってるんですか?」

 沈黙のままでも別に良かったけれど、一応仕事なので必要そうなことは聞いてみる。するとキョウさんは一瞬ギロリとこちらを睨んで、「黙ってろ」と吐き捨てた。うーん、顔は良いけど態度が悪い。

「残念ですけど行動は共にしろと言われても、黙れともあなたの指示に従えとも言われていません。ってことでおしゃべりしません? 誰かと歩いてるのにただ黙々と歩き続けるって柄じゃなくて」

 私が言うと、キョウさんはぴたりと足を止めた。殺気を隠そうともせず垂れ流すものだから、道行く人々がキョウさんを見ながら彼を避けていく。一般人に殺気は分からなくても嫌な雰囲気は感じ取れるのだ、それなのにダダ漏れさせるのはちょっとお行儀が悪いと思うぞ。

「勘違いするな、俺はアンタと馴れ合う気はない。命令だから仕方なく一緒に行動してやるが、こっちだってアンタと楽しくおしゃべりしろだなんて指令は受けてないんだよ」
「ってことは一緒に行動している間にどう接するかはお互い自由ってことですね!」
「……そうなるが、俺はアンタと必要以上に会話を交わすつもりはない。自由なんだったらそれで文句ないだろ?」
「はい、問題ありません。私が勝手に喋り続けます」
「……話聞いてたか?」
「聞いてましたよー。キョウさんが私と話さないというのはあなたの自由ですから尊重します。なので私があなたに話しかけ続ける自由も尊重してください」

  あ、凄い顔。殺気も大きくなったけれど、これくらい私からしたら可愛いものだ。本当にやばい人の殺気っていうのはこんなもんじゃない。例えば誰だって? そんなの愚問、我が家の壱政様だ。

「ところでキョウさんってどんな漢字書くんです? しいか、都か、それかくという字もありますね! 今のところ全く恭しくないから次にメジャーそうな京都の方ですか?」
「アンタには関係ないだろ」

 そう言うと、キョウさんはくるりと私に背を向けて歩き出してしまった。殺気はしまわれたけれど、代わりに不機嫌そうな雰囲気を放っている。ううん、どっちにしろ機嫌を丸出しにするのはお子様だなぁ。
 上機嫌ならまだしも、不機嫌は周りの人の気持ちを暗くするんだぞ。金木犀の香りを嫌がる人は少ないけど、潰れた銀杏の臭いは嫌がる人多いじゃん。そういうことだよ。

「自己紹介もまともにしてくれないなら呼び方も好きにしていいですね! キョウさんってこちらばかり丁寧に接するのは馬鹿らしいので適当に接します。名前も可愛さ重視でキョンキョンで!」
「は!?」
「あ、キョンでもいいかなぁ。キョンちゃんも可愛い」
「アンタふざけるなよ!? うちの上層部とどんな契約を結んでいるか知らないが、吸血鬼なんて所詮この世にいるべき存在じゃない! 害虫みたいな奴らが調子に乗るな!!」

 足を止めたキョウさんことキョウは大声で怒鳴り散らすと私を睨みつけた。周囲には後半しか聞こえていなかったみたいだけれど、その剣幕と台詞にみんな相当驚いたらしい。まあ女の子相手に〝害虫〟って言うのはやばいよね。ぎょっとした顔で周りがこちらを見てくるのが分かったので、にこやかに大丈夫だと言いながら手を振っておいた。うん、注目はなくなったみたい。
 けれども目の前のキョウは流石にこのままにするわけにはいかない。私は周りに向けていた笑顔を引っ込めると、ゆっくりと彼の目を見つめた。

「わきまえるのは君だよ、ガキンチョ」
「何……!?」

 ガキンチョ呼ばわりされて不服なのか、キョウが眉を顰める。でも私は訂正せずに、視線で周りを指しながら話を続けた。

「今いるこの場所は君達の拠点じゃない、公道だ。周りにいるのも君の仲間じゃない、一般人だ。それなのに機密事項を堂々と口にして、更には自分の立場もわきまえず私に暴言吐くってどういうことか分かってる? 分っかんないよねぇ、ガキンチョだから。ガキンチョ、ガキンチョ、ガキンチョキョンキョン!! ぶわぁーかッ!!」
「ばッ……!?」

 私の台詞にキョウはこれまでで一番顔を歪めてみせた。その驚愕とも愕然とも取れる表情は私の態度のせいだろうけれども、口をパクパクとさせ何も言い返してこないあたり思うところがあるのだろう。ふん、ざまあみろ。

「私はキョンキョンがどういう奴か知らないし興味もないけど、仮にもハンター名乗るならそういう分別は付けてくれない? そっちが分別ないならこっちにも期待しないでよね。執行官としてではなくただの一葉として動くよ? そしたらどうなるか分かってるの?」
「……何をする気だ」

 急にちゃんとした態度になったのは彼もプロだからだ。うん、安心した。吸血鬼である私が執行官の役割を捨てるとどうなるか、彼はちゃんと考えられるのだ。
 恐らくキョウは私が人間を見境なく襲うとでも思っているのだろう。全身で警戒を顕にし、いつでも動けるように身構えている。それは初めて会った時のハンター然とした姿、冷たそうな顔立ちがよく映える。
 そんな彼を見ながら私はにっと口角を上げると、人差し指を顔の前で立てた。

「カメラを買いに行きます」
「……は?」

 キョウは何がなんだか分からないという顔。ああ待って、今その顔してもいいけど後でまたしてくれるよね?

「だからカメラを買いに行きます。カメラを買ってキョンキョンのその素晴らしいお顔をたくさん撮ってアルバムを作る!」
「アルバム……? いや待て、何を言ってるんだ? アンタは吸血鬼だろ、執行官って立場に縛られなくなったら人を襲うんじゃないのか? っていうか襲えよ、それが吸血鬼だろ!?」
「襲えっておかしくない? キョンキョンてば混乱しすぎ!」

 あははと笑い声を上げる私の一方で、キョウは頭をぶんぶん振って気を取り直そうとしている。しかし顔の良い人は凄いな、ぶんぶんしているお顔も素敵なのか。自慢じゃないけど吸血鬼って動体視力も良いので結構はっきり見えているんだぞ。

「おかしいのはアンタだ! 吸血鬼なら普通人間を襲うだろ? それをせずに全く違うことを言うだなんてふざけてるのか!?」
「その〝普通〟がおかしいんだよ。別に人間と見たら全員襲うわけじゃないよ? 人間だって鶏や豚を食べるけど、家畜の動物見たら急に襲うの? 襲わなくない?」
「それとこれとは違うだろ! お前らにとって人間はただの食べ物と同じなんだから、俺達の家畜に対する考えとは違う!」
「それさあ、言ってて変だなって思わない? 食べ物と話すって普通しないじゃん。なんで私キョンキョンと話してるの?」
「それは……!」

 なんだろう、キョウは吸血鬼に対する固定観念が凄い気がする。拠点で話した時は割と賢そうに感じたのに、彼の吸血鬼に対する認識は矛盾があっても無視されている感じ。
 洗脳されているのとはちょっと違う。なんというか、〝こうあるべき〟みたいな考えで矛盾に気付いてしまう冷静な自分を黙らせようとしているような印象。……うーん、よく分かんないや。

「ま、私達のことをよく知らなくても無理はないけどね。私達は生きるために血を飲まなきゃいけないけど、絶対に人間じゃないと駄目ってわけじゃない。だから人間イコール食べ物じゃないんだよ。場合によっては個人を尊重するし、好意を抱くこともある。好きすぎて食べたくなることもあるかもしれないけど、大事にしているからその人の血は口にしたくないって考えの人の方が多いかな。そんなわけで私は君の顔に恋してます」
「……なんで今の流れでそれを言うんだよ」
「大事なことなので!」

 私が言い切ると、キョウはしばらく考えるように黙ってから大きな溜息を吐いた。この溜息は知ってるぞ、諦めってやつだ。壱政様がよくやるんだ。

「とりあえずアンタが意思疎通のできる相手だってことは理解した。約束も守れると思っていいんだよな?」

 なんか『一応は』ってところだいぶ語気強くない? どれだけ吸血鬼を認めたくないんだろ。あ、私個人の問題?

「そのへんは人間と一緒。執行官として組織が君達と交わした契約に反する行為はしないよ」
「ならもう一つ付け足せ。俺の仕事の邪魔はするな。執行官として行動を共にするならそれも契約に含まれてるようなもんだろ」

 それは拡大解釈だと思うのだけれど、折角話がまとまりそうだから言わないでおこう。

「うーん……まあそういうことにしとこうかな。どうせキョンキョンは契約の内容知らないしね」
「あとその馬鹿みたいな呼び方もやめろ」
「じゃあキョン」
「変わってねェ」

 ギロリとキョウがこちらを睨む。なので私は笑顔を返す。
 するとキョウは物凄く嫌そうな顔をして、さっきよりも大きな溜息を吐き出した。

「邪魔するなって言っただろ?」
「呼び方はハンターの仕事の邪魔にはなってないよ?」
「……クソッ」

 ふっ、勝ったぜ。悔しそうなそのお顔もまた格好良いので、私は横目でがっつり脳内に焼き付けた。
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