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最終章 転がり落ちていく先は
【第十二話 期限】12-1 そんなに待てるか
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赤い液体を纏い、妖しく光を反射するそれは見たことがある。以前は映画の中や骨董品としてしか見たことがなかったが、最近現実で振るわれるそれを目にする機会があったからだ。
「随分楽しそうだな」
低い声が男の背後から響く。同時に男の右胸を貫いていたそれ――日本刀の刀身がぐるんと回って、上を向いた刃が男の胸から肩を一気に切り裂いた。
「ッ……!!」
骨ごと斬られた男の右肩がだらりとぶら下がる。残った肋骨のお陰か完全に落ちることはなさそうだったが、おびただしい量の血液がぼたぼたとコンクリートを汚していく。
そのまま男が前へと蹲るようにして倒れ込むと、その巨体の影から見慣れた人影が姿を現した。
「小僧、枷は持ってるんだろう? 寄越せ」
「あ、ああ……」
バッグから取り出した枷を人影――壱政さんに放り投げる。彼はそれを受け取ると、男の怪我もお構いなしに両腕を乱暴に背中に回して手枷をはめた。
「無様だなァ、さっきまで格下相手にイキってたくせに。相手が一葉だって分かったからわざわざ殺しに来たんだろ? それなのにこんなんされちゃって今どんな気持ちなんだ? ん?」
高い声は以前会った麗という女のものだった。彼女は楽しそうにニヤニヤと笑い、男の背を踏み付けている。
「な、なんでお前らがここに……!?」
「そりゃァこっちの台詞よ。まだしばらくは一葉に手は出さないだろって思ってたのに、わざわざ自分から出向くだなんて……さてはお前、頭悪いな?」
「ぐッ……やめ、やめてくれ……!」
ミシ、と嫌な音が鳴る。麗さんの踏み付けた男の肩から鳴る音だ。既に壱政さんによって両断されていたそこは通常より脆いのか、彼女が軽く力を入れただけで骨が悲鳴を上げていた。
「どの口が言ってるんだ? うちの一葉を勝手に痛めつけやがって。こいつをボロボロにしていいのは私らだけなんだよ。ほら、さっさと一葉を解放しろ。じゃなきゃ個人的に私がお前で遊んでやるぞ? ここは日本らしく鋸挽しながらの石抱なんていいな。ついでに蛇も添えてやろうか? 石は折角だから焼いたやつにしてやるよ。鋸もゆっくり時間をかけて――」
「麗」
「ちぇ。なんだよ、壱政だって怒ってるくせに。折角私がいるんだからこいつを切り刻むより泳がせた方が絶対後が楽だったろうによ」
「うるさい。無駄口叩いてる暇があるならそいつをどうにかしろ」
そう言って壱政さんは麗さんに背を向け、俺から一葉を引き取った。彼らが現れたことで男の意識が逸れたからか、少し抵抗の力が緩んでいたが、正直もう腕の力が限界だったから助かった。
壱政さんの腕の中でも一葉は抵抗していたが、俺の時とは違って全く彼の腕から抜け出せずにいる。その腕には大して力が込められているようには見えなくて俺は自分が情けなくなった。人間だからという言い訳があるのは分かっている。それでも今の一葉を見ていると、自分の非力さに言いようのない気持ちがこみ上げた。
いつも無駄に元気に騒いでいるくせに、目の前の彼女は不気味なくらい静かだ。全身の赤色のせいで余計に青白く見えるし、壱政さんの腕の中で焦点の合わない目をしたまま抵抗を続けるその姿には生気を全く感じられない。
助かるだろうか――恐怖にも似た不安を抱いた瞬間、一葉の身体から力が抜けた。ぼんやりと開いていた瞼は閉じられ、壱政さんの胸を押していた腕が地面に落ちる。
「ッ一葉!!」
慌てて声を上げれば、「気絶しただけだぞ」と麗さんが言った。彼女の両腕は後ろから男の首を締め上げていて、それをされた相手は泡を吹いて気絶している。
だから支配が切れたのだろうか――理由を考えたが、今は大した問題じゃない。そんなの後で聞けばいいことだ。今はそれよりも一葉が生きていて、自由になったということへの安堵を噛み締めていたかった。
「このくらいじゃこいつは死なない。まあ、意識が戻れば相当辛いだろうけどな」
「流石に私らも内臓は切り刻まないからなァ」
いつもどおりの調子で二人が言う。その声を聞いた途端、俺は自分の頭が熱くなるのを感じた。
「アンタら何を呑気な……! 死ななくてもこんな怪我してるんだぞ!? 少しは心配したらどうなんだ!!」
「この程度の怪我で音を上げるような奴には育てていない。二、三日もあれば治るだろうしな」
冷たい声で言いながら、壱政さんの手が一葉の目にかかる前髪を払った。同時に俺の中の怒りが一気にその熱を下げる。言葉の冷たさとはまるで正反対の触れ方が、彼の心情を表している気がしたから。
「……血があればもっと早く治るのか」
「ああ。屋敷にあるから俺達はもう帰る」
「そんなに待てるか」
俺は自分の左の手のひらにナイフを当てて、浅く皮膚を切りつけた。ゆるやかに出てきたそれは大した量ではないが、人間の血であることに間違いはない。以前壱政さんも人間である俺の血の価値を認めていたから、この量でもないよりはマシだろう。
拳に力を入れて少し量を増やしながら、俺は左手を一葉の口元に運んだ。俺の意図を察した壱政さんが彼女の唇に指を当てて薄く開かせる。俺の手のひらから一葉の口の中へ赤い雫がゆっくりと流れ落ちていくのを見ながら、こんなことしかできないのかと情けなくなった。
「……今更だけど、一葉って人間の血を飲むの嫌いってわけではないんだよな?」
急に浮かんだ疑問を口に出せば、俺は一葉の顔を見たままなのに二人分の呆れた視線が向けられたのが分かった。
「ッしょうがないだろ、そんな話なんてしたことないんだから! 一葉には前に俺を食い物としか思えなくなるかもしれないって言われたけど、確か壱政さんだってこいつにはあんまり人間の血は飲ませたことないって言ってたし……もしかしたら人間の血は嫌いで、俺にはそれを誤魔化すためにああ言ったんじゃって……」
言い訳するように口を動かせば、近くから溜息が聞こえてきて余計に気まずくなった。お門違いな質問をしているのかもしれないし、そうでなくたって勝手に飲ませてから何を言っているんだと呆れられているのかもしれない。
そんなこと自分でも分かっている。だけど行動に移す前にそこまで考えが回らなかったのだからどうしようもない。今にも死にそうな彼女を見ていたら、死なないと言われても少しでも何かしたいと思ってしまったのだ。
「別に嫌ってはない。知り合いの血を飲むのは初めてだろうがな」
「今後小僧を見るたびにガブッといきたくなるかもなァ。それかそんな自分が嫌だからってお前さんのこと避けるようになるかも?」
「ッ……それは……」
「まァそうなったらこの麗様がとっておきの誘惑方法教えてやるよ。まず邪魔が入らない場所に行ってだな――」
「麗」
「――ほら、ちょうどこういう奴だよ。事前に言ってくれれば邪魔できないように足止めしといてやるから」
「……どうも」
会話を切るために小さく礼を言って、逃げるように視線を自分の手に戻した。浅い傷口からの出血はもう止まっていて、もう一度傷を開こうかと思ったところで「十分だ」と壱政さんから声がかかる。
見れば一葉の顔色はほんの少しだけ前よりも良くなっていた。もっと飲ませれば更に良くなるのだろうか――尋ねるように壱政さんに目を向けると、「かすり傷程度にしとかないと後が面倒だぞ」と言われ、それもそうだと気が付いた。
一葉はそういう奴だ。俺が自分のために身体を傷つけたと知ればきっと心を痛める。この程度の傷であれば渋々受け入れるだろうが、それ以上となれば怒るだろう。やはり全然頭が回っていない。こんな当たり前のことに今になって気付くだなんて。
「……つーかアンタ、最初から気付いてたのに言わなかったよな? 自分のために誰かが怪我したらこいつが嫌がるって」
「ああ、そんな義理はないからな。それに一葉の状態が良くなるのも事実だ。お前が言い出さなかったら俺が斬ってやるつもりだった」
「……世話にならなくてよかったよ」
当たり前のように言われて顔が引き攣る。この人は冗談を言うタイプではないから恐らく本気なのだろう。
「まさかハンターが自ら餌になるとはな」
そう言いながら、一葉を抱えて壱政さんが立ち上がった。見下したような目線は見慣れたものだったが、いつもと違って不快感がないのは俺の感じ方の問題か、それとも向こうがそうしているのか――疑問に思ったが、今考えたところで答えは出ないだろうと思考を打ち切った。
「餌っていうか、輸血と同じだろ。本人の意識がない状態なら尚更な」
「だったら一葉にも自分でそう説明してやれ。お前に会ったら何があったか気付くだろう」
「こいつが動けるようになるまで誤魔化してくれるってことか?」
皮肉を込めて言えば、「いいや?」と壱政さんは口角を上げた。
「別に一葉が動けるようになるまで待つ必要もないだろ」
「それって……おい!」
俺が聞き返そうとしたのを無視して、壱政さんは一葉を抱えたまま大きく跳び上がった。影にはならないもののその速さは人間のそれを大きく上回っていて、あっという間に暗闇の中に消えていく。
「やっぱ過保護だよなァ、あいつ。多少痛かろうが意識ないなら一葉ごと影になっちまえばいいのに。ちまちま走ってご苦労なこって」
「……ならアンタはそいつを抱えて影になるんですか?」
残された麗さんは小さな身体で男の巨躯を軽々と担いでいて、「まさか!」と声を上げて笑った。
「この枷のことは聞いてんだろ? こんなん巻き込んで影になったら私が痛いから嫌だよ。他人が痛い思いするのは気分良いけどな」
そういうものなのか、と思ったのは言わないことにした。一葉からは大変なことになるとしか聞いていないし、それほど興味もない。
「ま、お前さんはタクシーでも拾ってこいよ。なんだったら私と競争する?」
「……しませんよ」
「残念。負ける気はしなかったんだけどな」
そう言って笑うと、麗さんもまた壱政さんと同じように夜の闇に消えていった。
俺も彼らのように速く動ければ――悔しさが胸を襲う。そんなこと思ったところで無駄だと自分に言い聞かせながら、俺はしばらくそこから動けなかった。
「随分楽しそうだな」
低い声が男の背後から響く。同時に男の右胸を貫いていたそれ――日本刀の刀身がぐるんと回って、上を向いた刃が男の胸から肩を一気に切り裂いた。
「ッ……!!」
骨ごと斬られた男の右肩がだらりとぶら下がる。残った肋骨のお陰か完全に落ちることはなさそうだったが、おびただしい量の血液がぼたぼたとコンクリートを汚していく。
そのまま男が前へと蹲るようにして倒れ込むと、その巨体の影から見慣れた人影が姿を現した。
「小僧、枷は持ってるんだろう? 寄越せ」
「あ、ああ……」
バッグから取り出した枷を人影――壱政さんに放り投げる。彼はそれを受け取ると、男の怪我もお構いなしに両腕を乱暴に背中に回して手枷をはめた。
「無様だなァ、さっきまで格下相手にイキってたくせに。相手が一葉だって分かったからわざわざ殺しに来たんだろ? それなのにこんなんされちゃって今どんな気持ちなんだ? ん?」
高い声は以前会った麗という女のものだった。彼女は楽しそうにニヤニヤと笑い、男の背を踏み付けている。
「な、なんでお前らがここに……!?」
「そりゃァこっちの台詞よ。まだしばらくは一葉に手は出さないだろって思ってたのに、わざわざ自分から出向くだなんて……さてはお前、頭悪いな?」
「ぐッ……やめ、やめてくれ……!」
ミシ、と嫌な音が鳴る。麗さんの踏み付けた男の肩から鳴る音だ。既に壱政さんによって両断されていたそこは通常より脆いのか、彼女が軽く力を入れただけで骨が悲鳴を上げていた。
「どの口が言ってるんだ? うちの一葉を勝手に痛めつけやがって。こいつをボロボロにしていいのは私らだけなんだよ。ほら、さっさと一葉を解放しろ。じゃなきゃ個人的に私がお前で遊んでやるぞ? ここは日本らしく鋸挽しながらの石抱なんていいな。ついでに蛇も添えてやろうか? 石は折角だから焼いたやつにしてやるよ。鋸もゆっくり時間をかけて――」
「麗」
「ちぇ。なんだよ、壱政だって怒ってるくせに。折角私がいるんだからこいつを切り刻むより泳がせた方が絶対後が楽だったろうによ」
「うるさい。無駄口叩いてる暇があるならそいつをどうにかしろ」
そう言って壱政さんは麗さんに背を向け、俺から一葉を引き取った。彼らが現れたことで男の意識が逸れたからか、少し抵抗の力が緩んでいたが、正直もう腕の力が限界だったから助かった。
壱政さんの腕の中でも一葉は抵抗していたが、俺の時とは違って全く彼の腕から抜け出せずにいる。その腕には大して力が込められているようには見えなくて俺は自分が情けなくなった。人間だからという言い訳があるのは分かっている。それでも今の一葉を見ていると、自分の非力さに言いようのない気持ちがこみ上げた。
いつも無駄に元気に騒いでいるくせに、目の前の彼女は不気味なくらい静かだ。全身の赤色のせいで余計に青白く見えるし、壱政さんの腕の中で焦点の合わない目をしたまま抵抗を続けるその姿には生気を全く感じられない。
助かるだろうか――恐怖にも似た不安を抱いた瞬間、一葉の身体から力が抜けた。ぼんやりと開いていた瞼は閉じられ、壱政さんの胸を押していた腕が地面に落ちる。
「ッ一葉!!」
慌てて声を上げれば、「気絶しただけだぞ」と麗さんが言った。彼女の両腕は後ろから男の首を締め上げていて、それをされた相手は泡を吹いて気絶している。
だから支配が切れたのだろうか――理由を考えたが、今は大した問題じゃない。そんなの後で聞けばいいことだ。今はそれよりも一葉が生きていて、自由になったということへの安堵を噛み締めていたかった。
「このくらいじゃこいつは死なない。まあ、意識が戻れば相当辛いだろうけどな」
「流石に私らも内臓は切り刻まないからなァ」
いつもどおりの調子で二人が言う。その声を聞いた途端、俺は自分の頭が熱くなるのを感じた。
「アンタら何を呑気な……! 死ななくてもこんな怪我してるんだぞ!? 少しは心配したらどうなんだ!!」
「この程度の怪我で音を上げるような奴には育てていない。二、三日もあれば治るだろうしな」
冷たい声で言いながら、壱政さんの手が一葉の目にかかる前髪を払った。同時に俺の中の怒りが一気にその熱を下げる。言葉の冷たさとはまるで正反対の触れ方が、彼の心情を表している気がしたから。
「……血があればもっと早く治るのか」
「ああ。屋敷にあるから俺達はもう帰る」
「そんなに待てるか」
俺は自分の左の手のひらにナイフを当てて、浅く皮膚を切りつけた。ゆるやかに出てきたそれは大した量ではないが、人間の血であることに間違いはない。以前壱政さんも人間である俺の血の価値を認めていたから、この量でもないよりはマシだろう。
拳に力を入れて少し量を増やしながら、俺は左手を一葉の口元に運んだ。俺の意図を察した壱政さんが彼女の唇に指を当てて薄く開かせる。俺の手のひらから一葉の口の中へ赤い雫がゆっくりと流れ落ちていくのを見ながら、こんなことしかできないのかと情けなくなった。
「……今更だけど、一葉って人間の血を飲むの嫌いってわけではないんだよな?」
急に浮かんだ疑問を口に出せば、俺は一葉の顔を見たままなのに二人分の呆れた視線が向けられたのが分かった。
「ッしょうがないだろ、そんな話なんてしたことないんだから! 一葉には前に俺を食い物としか思えなくなるかもしれないって言われたけど、確か壱政さんだってこいつにはあんまり人間の血は飲ませたことないって言ってたし……もしかしたら人間の血は嫌いで、俺にはそれを誤魔化すためにああ言ったんじゃって……」
言い訳するように口を動かせば、近くから溜息が聞こえてきて余計に気まずくなった。お門違いな質問をしているのかもしれないし、そうでなくたって勝手に飲ませてから何を言っているんだと呆れられているのかもしれない。
そんなこと自分でも分かっている。だけど行動に移す前にそこまで考えが回らなかったのだからどうしようもない。今にも死にそうな彼女を見ていたら、死なないと言われても少しでも何かしたいと思ってしまったのだ。
「別に嫌ってはない。知り合いの血を飲むのは初めてだろうがな」
「今後小僧を見るたびにガブッといきたくなるかもなァ。それかそんな自分が嫌だからってお前さんのこと避けるようになるかも?」
「ッ……それは……」
「まァそうなったらこの麗様がとっておきの誘惑方法教えてやるよ。まず邪魔が入らない場所に行ってだな――」
「麗」
「――ほら、ちょうどこういう奴だよ。事前に言ってくれれば邪魔できないように足止めしといてやるから」
「……どうも」
会話を切るために小さく礼を言って、逃げるように視線を自分の手に戻した。浅い傷口からの出血はもう止まっていて、もう一度傷を開こうかと思ったところで「十分だ」と壱政さんから声がかかる。
見れば一葉の顔色はほんの少しだけ前よりも良くなっていた。もっと飲ませれば更に良くなるのだろうか――尋ねるように壱政さんに目を向けると、「かすり傷程度にしとかないと後が面倒だぞ」と言われ、それもそうだと気が付いた。
一葉はそういう奴だ。俺が自分のために身体を傷つけたと知ればきっと心を痛める。この程度の傷であれば渋々受け入れるだろうが、それ以上となれば怒るだろう。やはり全然頭が回っていない。こんな当たり前のことに今になって気付くだなんて。
「……つーかアンタ、最初から気付いてたのに言わなかったよな? 自分のために誰かが怪我したらこいつが嫌がるって」
「ああ、そんな義理はないからな。それに一葉の状態が良くなるのも事実だ。お前が言い出さなかったら俺が斬ってやるつもりだった」
「……世話にならなくてよかったよ」
当たり前のように言われて顔が引き攣る。この人は冗談を言うタイプではないから恐らく本気なのだろう。
「まさかハンターが自ら餌になるとはな」
そう言いながら、一葉を抱えて壱政さんが立ち上がった。見下したような目線は見慣れたものだったが、いつもと違って不快感がないのは俺の感じ方の問題か、それとも向こうがそうしているのか――疑問に思ったが、今考えたところで答えは出ないだろうと思考を打ち切った。
「餌っていうか、輸血と同じだろ。本人の意識がない状態なら尚更な」
「だったら一葉にも自分でそう説明してやれ。お前に会ったら何があったか気付くだろう」
「こいつが動けるようになるまで誤魔化してくれるってことか?」
皮肉を込めて言えば、「いいや?」と壱政さんは口角を上げた。
「別に一葉が動けるようになるまで待つ必要もないだろ」
「それって……おい!」
俺が聞き返そうとしたのを無視して、壱政さんは一葉を抱えたまま大きく跳び上がった。影にはならないもののその速さは人間のそれを大きく上回っていて、あっという間に暗闇の中に消えていく。
「やっぱ過保護だよなァ、あいつ。多少痛かろうが意識ないなら一葉ごと影になっちまえばいいのに。ちまちま走ってご苦労なこって」
「……ならアンタはそいつを抱えて影になるんですか?」
残された麗さんは小さな身体で男の巨躯を軽々と担いでいて、「まさか!」と声を上げて笑った。
「この枷のことは聞いてんだろ? こんなん巻き込んで影になったら私が痛いから嫌だよ。他人が痛い思いするのは気分良いけどな」
そういうものなのか、と思ったのは言わないことにした。一葉からは大変なことになるとしか聞いていないし、それほど興味もない。
「ま、お前さんはタクシーでも拾ってこいよ。なんだったら私と競争する?」
「……しませんよ」
「残念。負ける気はしなかったんだけどな」
そう言って笑うと、麗さんもまた壱政さんと同じように夜の闇に消えていった。
俺も彼らのように速く動ければ――悔しさが胸を襲う。そんなこと思ったところで無駄だと自分に言い聞かせながら、俺はしばらくそこから動けなかった。
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