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日本の春、それは多くの人々が心踊らせる季節。寒さに凍えた冬が過ぎ去って、枯れた木々に花が咲く。
何年か前に流行った髪の毛のインナーカラーは少し廃れた時期もあったけど、最近ではまた流行りだした。前回の流行時は波に乗り切れなかった私も、今度こそはと思い勇んで淡いピンクのそれを入れてみた。ミルクティーベージュの長い髪の左の内側が、ほんのちょっとだけ春気分。
相変わらずパーカーは楽で好きなのだけど、今日は少しだけ大人度を上げる。と言っても丸出しの脚を黒スキニーで隠し、ふわふわ淡色パーカーを白ベースの格好良いデザインに変えただけだけど。
なんでそんなことしたかって? そんなの簡単、今日はデートだからだ。別にいつもの服装でもいいんだけど、デート相手の外見は私よりも年上なのであまりに若い格好をしていると変な目で見られてしまう。
とはいえ向こうはいつもどおり動きやすそうな格好だから、あんまりデート感はないんだけどね。だけど動きやすい服装ならではのデートの楽しみ方というものもあるのだ。
「――なんでここまで上らせるんだよ」
不服そうに梯子を上ってきたキョウに笑いかけ、私は「だってデートじゃん」と手を伸ばした。
「普通はこんなところ来ないだろ……」
呆れたように言いつつも、きっちり呼び出しに応じてくれるところが律儀で可愛い。ここ数年ですっかり大人びた顔つきになった彼はこじらせていた精神にも大人の余裕を宿し、私の多少の我儘にもキレなくなった。
あの愚かな怒声は恋しいものの仕方がない。それが大人になるということだ。と思ってみてもやっぱり寂しいから、時々煽りまくってわざとキレさせるのは許して欲しい。
「でも初めて会ったのもここだよ? 私達にとっては普通普通」
「一葉はいいだろうけど俺は落ちたら死ぬからな。そんな場所で会うなんて普通じゃねェんだよ」
「それはキョウの鍛え方が悪いんだよ。これだけ持つとこあるんだから死ぬ前にどうにかできるって。壱政様だってそろそろ鍛錬に来いって言ってたよ?」
「げ……あの人にしごかれるのキッツいんだよな……」
心底嫌そうな顔でキョウが呟く。まあその気持ちは分からなくもないけれど、本気の壱政様のしごきはそんなもんじゃない。
「でもちゃんと帰る体力は残してもらえてるんでしょ? それにまだ手足斬り落とされたことないうちはキツいに入らないって。まあ実感するのはぶった斬られた後なんだけど」
「……実際に斬られるのによくそんな明るく言えるな。痛いんじゃないのか?」
「物凄い痛い。慣れはするけど痛いものは痛い」
「うわ……吸血鬼になったら壱政さんには会いたくねェ……」
痛みを想像したのか、キョウの顔色が一気に悪くなった。彼は壱政様に時々稽古を付けてもらっているのだけど、毎回終わった時はげっそりしているので仕方がないだろう。何度か気絶させられて終わったこともあるから、それ以上の厳しさを思い浮かべて青ざめるのも無理はない。でもなぁ……。
「『吸血鬼になったら』って、まだ全然そんな予定ないんでしょ?」
今もキョウはハンターをやっている。人間でいた方が周りに話を聞いてもらいやすいと言っていたけれど、そもそも彼のコミュニケーション能力はそれほど高くないのでその話もどこまでできているのか分からない。そのことに不満はないけれど、変な意地を張って敵を増やしていないかは心配だ。
何年かかってもいいから、そのあたりはよそ見せず丁寧にやった方がいいんじゃないかな――と思いながらキョウを見れば、彼は「言ってなかったか?」と首を傾げた。
「そろそろ考えてるよ。前から壱政さんとも少し話してる」
「え!? 嘘、聞いてない!!」
なんだそれ初耳だぞ。ていうかなんで私じゃなくて壱政様に相談するの?
そんな不満も、今はどうでもいい。
「やった! じゃあさじゃあさ、今度昼間じゃないとできないことたくさんしようよ! なんだろう、日焼けとか? ああ、海水浴! 私は完全防御で撮影係するからキョウは是非ともそのお顔と肉体美を日光の下で披露してよ!」
「ばッ……こんなところで跳ねるな!!」
「平気平気! 一葉ちゃんを舐めちゃ――……あ」
「おい!」
鉄骨の上で喜びのまま跳びはねていたら、足場を踏み損ねて私の脚がずるっと落ちた。キョウが咄嗟に腕を掴んでくれたけど、私を止めることを優先した彼の反対の指はもう鉄骨には届かない。
そのまま私達の身体は真っ逆さま。慌てたような顔のキョウと共に、暗い夜空の中へと放り出される。
ビュンビュンと叩きつける風が長くなった私の髪を巻き上げる。
バサバサと棚引くオーバーサイズパーカーは胸まで捲れ上がって、自慢の身体を顕にする。
試しに「きゃあ!」と叫んでパーカーを押さえてみたら、キョウが「下にちゃんと着ろ!」と怒声を上げた。そこは鼻の下伸ばすところじゃないの? なんで私怒られるの?
なんて疑問を持ったところできっと誰も答えてくれない。
ここは深夜の東京タワー。
ライトアップももうおしまい。真っ暗闇にぼんやり浮かぶ赤い鉄筋だけが、落ちていく私達を見守っている。
頬を抜けた風に桜の花びらが舞う。風流だなぁと思ってぼうっとしていると、「そろそろ俺死ぬぞ」と低い声で言われて現実に引き戻された。だけどキョウの顔に不安がないのは、私がどうにかできると分かっているからだろう。
「楽しいねぇ!」
声を上げれば耳元で溜息。きっと呆れた顔をしているんだろうなぁと思いながら、私達はギリギリまで落下を楽しんだ。
― スキップドロップ・完 ―
何年か前に流行った髪の毛のインナーカラーは少し廃れた時期もあったけど、最近ではまた流行りだした。前回の流行時は波に乗り切れなかった私も、今度こそはと思い勇んで淡いピンクのそれを入れてみた。ミルクティーベージュの長い髪の左の内側が、ほんのちょっとだけ春気分。
相変わらずパーカーは楽で好きなのだけど、今日は少しだけ大人度を上げる。と言っても丸出しの脚を黒スキニーで隠し、ふわふわ淡色パーカーを白ベースの格好良いデザインに変えただけだけど。
なんでそんなことしたかって? そんなの簡単、今日はデートだからだ。別にいつもの服装でもいいんだけど、デート相手の外見は私よりも年上なのであまりに若い格好をしていると変な目で見られてしまう。
とはいえ向こうはいつもどおり動きやすそうな格好だから、あんまりデート感はないんだけどね。だけど動きやすい服装ならではのデートの楽しみ方というものもあるのだ。
「――なんでここまで上らせるんだよ」
不服そうに梯子を上ってきたキョウに笑いかけ、私は「だってデートじゃん」と手を伸ばした。
「普通はこんなところ来ないだろ……」
呆れたように言いつつも、きっちり呼び出しに応じてくれるところが律儀で可愛い。ここ数年ですっかり大人びた顔つきになった彼はこじらせていた精神にも大人の余裕を宿し、私の多少の我儘にもキレなくなった。
あの愚かな怒声は恋しいものの仕方がない。それが大人になるということだ。と思ってみてもやっぱり寂しいから、時々煽りまくってわざとキレさせるのは許して欲しい。
「でも初めて会ったのもここだよ? 私達にとっては普通普通」
「一葉はいいだろうけど俺は落ちたら死ぬからな。そんな場所で会うなんて普通じゃねェんだよ」
「それはキョウの鍛え方が悪いんだよ。これだけ持つとこあるんだから死ぬ前にどうにかできるって。壱政様だってそろそろ鍛錬に来いって言ってたよ?」
「げ……あの人にしごかれるのキッツいんだよな……」
心底嫌そうな顔でキョウが呟く。まあその気持ちは分からなくもないけれど、本気の壱政様のしごきはそんなもんじゃない。
「でもちゃんと帰る体力は残してもらえてるんでしょ? それにまだ手足斬り落とされたことないうちはキツいに入らないって。まあ実感するのはぶった斬られた後なんだけど」
「……実際に斬られるのによくそんな明るく言えるな。痛いんじゃないのか?」
「物凄い痛い。慣れはするけど痛いものは痛い」
「うわ……吸血鬼になったら壱政さんには会いたくねェ……」
痛みを想像したのか、キョウの顔色が一気に悪くなった。彼は壱政様に時々稽古を付けてもらっているのだけど、毎回終わった時はげっそりしているので仕方がないだろう。何度か気絶させられて終わったこともあるから、それ以上の厳しさを思い浮かべて青ざめるのも無理はない。でもなぁ……。
「『吸血鬼になったら』って、まだ全然そんな予定ないんでしょ?」
今もキョウはハンターをやっている。人間でいた方が周りに話を聞いてもらいやすいと言っていたけれど、そもそも彼のコミュニケーション能力はそれほど高くないのでその話もどこまでできているのか分からない。そのことに不満はないけれど、変な意地を張って敵を増やしていないかは心配だ。
何年かかってもいいから、そのあたりはよそ見せず丁寧にやった方がいいんじゃないかな――と思いながらキョウを見れば、彼は「言ってなかったか?」と首を傾げた。
「そろそろ考えてるよ。前から壱政さんとも少し話してる」
「え!? 嘘、聞いてない!!」
なんだそれ初耳だぞ。ていうかなんで私じゃなくて壱政様に相談するの?
そんな不満も、今はどうでもいい。
「やった! じゃあさじゃあさ、今度昼間じゃないとできないことたくさんしようよ! なんだろう、日焼けとか? ああ、海水浴! 私は完全防御で撮影係するからキョウは是非ともそのお顔と肉体美を日光の下で披露してよ!」
「ばッ……こんなところで跳ねるな!!」
「平気平気! 一葉ちゃんを舐めちゃ――……あ」
「おい!」
鉄骨の上で喜びのまま跳びはねていたら、足場を踏み損ねて私の脚がずるっと落ちた。キョウが咄嗟に腕を掴んでくれたけど、私を止めることを優先した彼の反対の指はもう鉄骨には届かない。
そのまま私達の身体は真っ逆さま。慌てたような顔のキョウと共に、暗い夜空の中へと放り出される。
ビュンビュンと叩きつける風が長くなった私の髪を巻き上げる。
バサバサと棚引くオーバーサイズパーカーは胸まで捲れ上がって、自慢の身体を顕にする。
試しに「きゃあ!」と叫んでパーカーを押さえてみたら、キョウが「下にちゃんと着ろ!」と怒声を上げた。そこは鼻の下伸ばすところじゃないの? なんで私怒られるの?
なんて疑問を持ったところできっと誰も答えてくれない。
ここは深夜の東京タワー。
ライトアップももうおしまい。真っ暗闇にぼんやり浮かぶ赤い鉄筋だけが、落ちていく私達を見守っている。
頬を抜けた風に桜の花びらが舞う。風流だなぁと思ってぼうっとしていると、「そろそろ俺死ぬぞ」と低い声で言われて現実に引き戻された。だけどキョウの顔に不安がないのは、私がどうにかできると分かっているからだろう。
「楽しいねぇ!」
声を上げれば耳元で溜息。きっと呆れた顔をしているんだろうなぁと思いながら、私達はギリギリまで落下を楽しんだ。
― スキップドロップ・完 ―
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