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捜査一課「L事件特別捜査係」(3)
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「朝にも騒ぎになっていた事件だろう?」
まずそう口を開いたのは宮橋だった。これから取り組む事になる事件について話し合うため、三人は円陣を組むように、部屋の外から持って来た事務椅子に腰かけて向き合っていた。
小楠が「ああ」と答えて頷いたそばで、向かい会う二人を見ていた真由は、つい口を挟んだ。
「騒ぎになっていたやつって、高校生の死体が出た事件ですか?」
「うん、それだよ。しかも犯行は、ニュースで報道されていた昨夜に加えて、今朝にも二つ目が発覚している」
宮橋はそう言って、そこで情報の詳細を持っている彼に、説明を求めるような視線を投げた。小楠は「分かっとる」と短く答えると、開いた足の間で手を組んで口を開いた。
「七月九日の明朝、N高校一年生、松宜(まつのり)俊平(しゅんぺい)の遺体が公園の隅で発見された。第一発見者は散歩をしていた女性だ。報道でもあったように、死体はバラバラにされていた。死亡推定時刻は八日の深夜。調べてみると、被害者は暴行、酒にタバコに無免許運転、それに加えて深夜の暴走族メンバーであることも分かっている」
宮橋が、椅子の背にもたれて「たかがバラバラなんてどうでもいい」と、そっけなく言い放った。それを聞いた小楠が、「たかがじゃない、バラバラだ」と死体の状況を強調して言った。
「それにな、宮橋。彼はまだ十六歳だった。じゅうぶん更生の時間はあった」
「でも殺された。それで、二番目の死体も同じだったのかい?」
宮橋は興味もなく次の質問を投じた。
不安な様子で真由が視線を向けると、小楠は長い付き合いからの言い合いを止めて、こう続けた。
「うむ。二番目の被害者は、一番目の被害者をバイクの後ろに乗せていたという、同高校の西盛(にしもり)晃(あきら)だ。学校を欠席していた彼に事情を聴くため、朝一番にその足で三鬼たちが自宅に向かったが、自分の部屋に閉じこもったきり出て来ないとの事でな。彼の部屋を尋ねたが反応がなく、蹴やぶってみると――」
三鬼たちのすぐあとに現場へ急行していた小楠は、その時を思い出したかのように、ふっと表情を曇らせた。
けれど宮橋は、特に眉一つ動かさず、冷静な顔で「つまり」と話の先を促すように言った。
「そこに、第二のバラバラの死体があったって事だろう。親御さんは、それは驚いただろうね」
「――その通りだ。我々も、まさかそこで二番目の被害者を発見するとは、思ってもいなかった」
小楠はそう続け、眉間と鼻頭に皺を寄せた。
「第一の被害者の死亡推定時刻は、数時間前の夜。そして第二の被害者は、それから約半日も経たない早朝の時刻に殺されている。二番目の被害者である彼の死亡推定時刻は、家族から聞き出せた話も併せて推測したところ、九日の午前六時から八時の間だろうと絞りこめている」
まず本日の七月九日、午前五時に母親が、その三十分後に父親と次男が起床。母親はその間に数回、降りて来ない長男の体調を心配して、部屋の様子をうかがっている。そして、七時半に父親と次男が会社と学校に向かった。
第二の犯行現場となった場所の状況について、そう改めて小楠の説明を聞いた真由は、想像して思わずゾッとした。
「待ってください、小楠警部。そうなると、犯人はご家族がいるにも関わらず部屋に侵入して、その少年を殺害した事になりませんか?」
話の途中であった小楠は、分かりきった事を訊かれて顔を顰めた。しかし、犯人は家族がいるにも関わらず被害者をバラバラにしたの、という心情を真由の表情から見て取ると、彼女がこの手の事件が初めてであった事を思い出して、「そうだ」と答えた。
「話によると、朝食が出来た午前六時に呼びに行った時、部屋を出たくないという返事を聞いている。つまり、午前六時まで彼は『確実に生きていた』わけだ。弟の方は、午前六時に朝食の席につき、十五分ほどで食事を済ませて隣室の自分の部屋に戻っている。午前七時五十五分に部屋を出るまで、兄の部屋から物音がするのは聞いていないというから、もしかしたら犯行は、午前七時半以降の可能性も――」
その時、彼の話を遮るように、宮橋がこう言った。
「弟君が隣室にいた時、ちょうど殺人が行われていたかもしれないよ。――まあ、可能性の一つにすぎないから、もしかしたら小楠警部が言うように、彼が出たあとに行われたかもしれないけれどね」
まるで取ってつけたように、宮橋は肩をすくめて見せる。
真由は少し怖くなってしまった。犯人はそれまでずっと、被害者の部屋にいて、弟が隣の部屋を出ていく様子を窺っていた可能性もあるのだろうか?
まるで茶化すような宮橋の発言について、小楠は叱りつけるような事はしなかった。太い腕を組むと、確認させるように状況の詳細について語った。
「物音は何一つなかった、と弟は証言している。第三者がいる気配はなかったそうだ。今のところ、外部からの侵入形跡も発見されていない」
宮橋は「なるほどねぇ」と、どこか面白そうに口角を引き上げて、小楠を見つめ返した。
「けどね小楠警部、物音だの気配だの、そんなものは判断材料にならないよ。何せ『無音状態』が発生したとしたら、君たちが気付ける可能性は極めて低い」
とはいえ、と彼は思案気に顎に触れて続ける。
「現時点までの話であれば、母親が一人家に残された状態で、犯人が巧妙に侵入して殺したとも考えられるわけだから、その事件が本当に『奇怪なモノ』であると判断するにしては、上の連中が納得しないだろうくらいに早すぎるのも確かだ」
真由には、前半の言葉がよく分からなかった。けれど、小楠が疑問の声も上げず話を聞いているので、ひとまず黙っている事にした。出会い頭に、宮橋から余計な質問はするなと言われた事を、思い出していたからでもある。
「けれど、事件発覚二日目にして、こうして僕のところに来たという事は、上の連中が判断を後押しする何かがあった、と見て取っていいのかな?」
そこで、宮橋がにっこりと笑った。絵としてみれば、肖像画の貴公子にも見える。しかし、真由は彼の笑みにどこか、正体不明のあやふやで掴みどころのない奇妙な自信を覚えた。
小楠は「ああ」と低く答え、じろりと宮橋を睨みつけた。こうして椅子に座っているだけの彼が、本当はもう、実際に現場へ踏み入った自分たち以上の事が分かっているとは想像出来ていた。何せ二人は、十年前のとある事件で『この捜査一課に残っている数少ない理解者』だ。
「――先程の新しい情報で、身体を切断されていた時、二人の被害者が生きていたという結果が出た。原因はバラバラにされたあとの大量出血死だった。考えられるか? 生きたままの人間をどうやって切断できる?」
「切断面はどうだった?」
宮橋は、口調から滲み出る小楠の忌々しげな思いを、さらりと流すかのようにそう尋ねる。
「切断面は荒い。捻じれ切れている部位もあった。そしてここが奇妙なんだが、二人の被害者の身体の一部がなくなっている」
彼はこれにも「ふぅん?」と相槌を打っただけで、特にこれといって驚いた様子も見せなかった。
真由は聞いているだけで、背筋に悪寒を覚えて思わず身震いしていた。被害者の事を思ってどうにか自分を奮い立たせ、気丈な声で尋ねる。
「立て続けに短い間で犯行が行われていますけれど、……異常殺人って事ですか?」
「その全ての可能性を含めて、今必死で動いている」
窓の方を平然と眺めている宮橋を目に留めながら、言葉を待っていた小楠がそう答え、少し苛立った声で続けた。
「被害者がつるんでいたメンバーを呼びだして、関係を調べているところだ。あそこまでひどい殺し方だと、顔見知りの怨恨の線も強い。厄介なのは、彼らが『中学時代からつるんでいるメンバー』の特定が遅れている事だな。なかなか捕まらん」
小楠は、そこで言葉を切ると、意見を知りたいと言わんばかりに、先程から何か考えている宮橋へ視線を向けた。
「今回の事件、どう思う?」
「調べてみない事にはなんとも言えないが、どうも厄介そうだ。もし『そう』だとすると、間違いなく僕の管轄内だろうね」
宮橋は顎に手をやって、考える風に眉根を寄せて視線をそらした。
この事件には直接関わっていなくて、こうして小楠から話を聞かされたばかりだというのに、もう何かしら掴んでいるみたいな口調だった。刑事というよりは、まるで探偵みたいだと感じた自分を、真由は不思議に思った。
「今現在、分かっている情報を知りたい」
短い思案を終えた宮橋が言い、小楠が頷いて一度席を立った。彼は扉を開けたままずかずかと出ていくと、数分足らずで戻ってきて、一つのファイルを彼に手渡した。
開けられたままの扉の向こうからは、話し声や電話の着信音が聞こえてくる。真剣な表情でファイルを開き見る宮橋の向かいで、真由は小楠をちらりと見やった。
「被害者の通っていたN高校って、どこにあるんですか?」
「ここから四十分の距離にある。いちおう進学校らしいな」
小楠は肩をすくめて、「一年生の中に、とんでもない問題児どもが隠れていたもんだ」と冗談のような口調で続けた。
場所は知らないでいるものの、真由はN高校の名前なら知っていた。大学の進学率が非常に高く、就職先の確保も良いと評判の高校である。三年前に大きく改築された未来都市型の学校施設も、話題になっていた覚えがあった。
「今は報道規制をかけているが、不安になっている生徒も多いだろう。だからこそ、早く解決しなければならん。希望を言うと、もう誰にも死んで欲しくはない」
その時、ファイルを閉じる音が上がった。顔を上げた小楠と真由を見つめた宮橋が、間髪入れず「それは無理だね」と言い放った。
「もっと被害者は出るよ、小楠警部。僕の予想が正しければ、短い期間で次々にね。僕が気になっている事は、もっぱらこの事件を、三鬼がメインで担当しているという事かな。あいつ、僕にいちいち絡んでくるんだもんなぁ」
「ちょっと待て、もっと続くとはどういう事だ」
問われた宮橋が、ふっと真面目な表情で小楠を見つめ返して、こう言った。
「僕の予想が正しければ、犯人の中では既に『殺す人間』のリストが出来ていて、だから、次に誰を殺そうかという迷いも選ぶ時間もかからない。――ああ、これも僕の『ただの推測』だけれどね」
宮橋は、とって付けたようにそう言って、言葉を続けた。
「小楠警部、いいかい。僕が現時点で考えている、そのいくつのか推測が正しいとするのなら、殺人が起こるたびに行動は大胆になるうえ、次の殺人までの時間が短くなるよ」
「おい、それは一体どいう――」
再び小楠が尋ねようとした時、室内にけたたましい携帯電話の着信音が響き渡った。真由が音に飛び上がる隣で、彼が眉間に皺を寄せてそれを取り出す。
電話を取って数秒、小楠の表情が強張った。真由が宮橋を見やると、彼は意味深に見返したあと肩をすくめて見せる。
「三人目の被害者だと!?」
途端に小楠が立ち上がり、電話の相手にそう怒鳴り返した。
真由が絶句する中、ファイルを机に置いた宮橋が、その拍子に倒れた飾りのチェス駒を直しながら「ほらね」と言ってのけた。
「これは、早急に動かないといけないな」
そう続けて宮橋が再び広げたファイルには、被害者と関係のある人間の名前、そして学校のクラスメイトなどが記載されていた。わずかに目を細めた彼の白い手が、印字された紙の上の『ある名前』をなぞるようにゆっくりと滑った。
まずそう口を開いたのは宮橋だった。これから取り組む事になる事件について話し合うため、三人は円陣を組むように、部屋の外から持って来た事務椅子に腰かけて向き合っていた。
小楠が「ああ」と答えて頷いたそばで、向かい会う二人を見ていた真由は、つい口を挟んだ。
「騒ぎになっていたやつって、高校生の死体が出た事件ですか?」
「うん、それだよ。しかも犯行は、ニュースで報道されていた昨夜に加えて、今朝にも二つ目が発覚している」
宮橋はそう言って、そこで情報の詳細を持っている彼に、説明を求めるような視線を投げた。小楠は「分かっとる」と短く答えると、開いた足の間で手を組んで口を開いた。
「七月九日の明朝、N高校一年生、松宜(まつのり)俊平(しゅんぺい)の遺体が公園の隅で発見された。第一発見者は散歩をしていた女性だ。報道でもあったように、死体はバラバラにされていた。死亡推定時刻は八日の深夜。調べてみると、被害者は暴行、酒にタバコに無免許運転、それに加えて深夜の暴走族メンバーであることも分かっている」
宮橋が、椅子の背にもたれて「たかがバラバラなんてどうでもいい」と、そっけなく言い放った。それを聞いた小楠が、「たかがじゃない、バラバラだ」と死体の状況を強調して言った。
「それにな、宮橋。彼はまだ十六歳だった。じゅうぶん更生の時間はあった」
「でも殺された。それで、二番目の死体も同じだったのかい?」
宮橋は興味もなく次の質問を投じた。
不安な様子で真由が視線を向けると、小楠は長い付き合いからの言い合いを止めて、こう続けた。
「うむ。二番目の被害者は、一番目の被害者をバイクの後ろに乗せていたという、同高校の西盛(にしもり)晃(あきら)だ。学校を欠席していた彼に事情を聴くため、朝一番にその足で三鬼たちが自宅に向かったが、自分の部屋に閉じこもったきり出て来ないとの事でな。彼の部屋を尋ねたが反応がなく、蹴やぶってみると――」
三鬼たちのすぐあとに現場へ急行していた小楠は、その時を思い出したかのように、ふっと表情を曇らせた。
けれど宮橋は、特に眉一つ動かさず、冷静な顔で「つまり」と話の先を促すように言った。
「そこに、第二のバラバラの死体があったって事だろう。親御さんは、それは驚いただろうね」
「――その通りだ。我々も、まさかそこで二番目の被害者を発見するとは、思ってもいなかった」
小楠はそう続け、眉間と鼻頭に皺を寄せた。
「第一の被害者の死亡推定時刻は、数時間前の夜。そして第二の被害者は、それから約半日も経たない早朝の時刻に殺されている。二番目の被害者である彼の死亡推定時刻は、家族から聞き出せた話も併せて推測したところ、九日の午前六時から八時の間だろうと絞りこめている」
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「待ってください、小楠警部。そうなると、犯人はご家族がいるにも関わらず部屋に侵入して、その少年を殺害した事になりませんか?」
話の途中であった小楠は、分かりきった事を訊かれて顔を顰めた。しかし、犯人は家族がいるにも関わらず被害者をバラバラにしたの、という心情を真由の表情から見て取ると、彼女がこの手の事件が初めてであった事を思い出して、「そうだ」と答えた。
「話によると、朝食が出来た午前六時に呼びに行った時、部屋を出たくないという返事を聞いている。つまり、午前六時まで彼は『確実に生きていた』わけだ。弟の方は、午前六時に朝食の席につき、十五分ほどで食事を済ませて隣室の自分の部屋に戻っている。午前七時五十五分に部屋を出るまで、兄の部屋から物音がするのは聞いていないというから、もしかしたら犯行は、午前七時半以降の可能性も――」
その時、彼の話を遮るように、宮橋がこう言った。
「弟君が隣室にいた時、ちょうど殺人が行われていたかもしれないよ。――まあ、可能性の一つにすぎないから、もしかしたら小楠警部が言うように、彼が出たあとに行われたかもしれないけれどね」
まるで取ってつけたように、宮橋は肩をすくめて見せる。
真由は少し怖くなってしまった。犯人はそれまでずっと、被害者の部屋にいて、弟が隣の部屋を出ていく様子を窺っていた可能性もあるのだろうか?
まるで茶化すような宮橋の発言について、小楠は叱りつけるような事はしなかった。太い腕を組むと、確認させるように状況の詳細について語った。
「物音は何一つなかった、と弟は証言している。第三者がいる気配はなかったそうだ。今のところ、外部からの侵入形跡も発見されていない」
宮橋は「なるほどねぇ」と、どこか面白そうに口角を引き上げて、小楠を見つめ返した。
「けどね小楠警部、物音だの気配だの、そんなものは判断材料にならないよ。何せ『無音状態』が発生したとしたら、君たちが気付ける可能性は極めて低い」
とはいえ、と彼は思案気に顎に触れて続ける。
「現時点までの話であれば、母親が一人家に残された状態で、犯人が巧妙に侵入して殺したとも考えられるわけだから、その事件が本当に『奇怪なモノ』であると判断するにしては、上の連中が納得しないだろうくらいに早すぎるのも確かだ」
真由には、前半の言葉がよく分からなかった。けれど、小楠が疑問の声も上げず話を聞いているので、ひとまず黙っている事にした。出会い頭に、宮橋から余計な質問はするなと言われた事を、思い出していたからでもある。
「けれど、事件発覚二日目にして、こうして僕のところに来たという事は、上の連中が判断を後押しする何かがあった、と見て取っていいのかな?」
そこで、宮橋がにっこりと笑った。絵としてみれば、肖像画の貴公子にも見える。しかし、真由は彼の笑みにどこか、正体不明のあやふやで掴みどころのない奇妙な自信を覚えた。
小楠は「ああ」と低く答え、じろりと宮橋を睨みつけた。こうして椅子に座っているだけの彼が、本当はもう、実際に現場へ踏み入った自分たち以上の事が分かっているとは想像出来ていた。何せ二人は、十年前のとある事件で『この捜査一課に残っている数少ない理解者』だ。
「――先程の新しい情報で、身体を切断されていた時、二人の被害者が生きていたという結果が出た。原因はバラバラにされたあとの大量出血死だった。考えられるか? 生きたままの人間をどうやって切断できる?」
「切断面はどうだった?」
宮橋は、口調から滲み出る小楠の忌々しげな思いを、さらりと流すかのようにそう尋ねる。
「切断面は荒い。捻じれ切れている部位もあった。そしてここが奇妙なんだが、二人の被害者の身体の一部がなくなっている」
彼はこれにも「ふぅん?」と相槌を打っただけで、特にこれといって驚いた様子も見せなかった。
真由は聞いているだけで、背筋に悪寒を覚えて思わず身震いしていた。被害者の事を思ってどうにか自分を奮い立たせ、気丈な声で尋ねる。
「立て続けに短い間で犯行が行われていますけれど、……異常殺人って事ですか?」
「その全ての可能性を含めて、今必死で動いている」
窓の方を平然と眺めている宮橋を目に留めながら、言葉を待っていた小楠がそう答え、少し苛立った声で続けた。
「被害者がつるんでいたメンバーを呼びだして、関係を調べているところだ。あそこまでひどい殺し方だと、顔見知りの怨恨の線も強い。厄介なのは、彼らが『中学時代からつるんでいるメンバー』の特定が遅れている事だな。なかなか捕まらん」
小楠は、そこで言葉を切ると、意見を知りたいと言わんばかりに、先程から何か考えている宮橋へ視線を向けた。
「今回の事件、どう思う?」
「調べてみない事にはなんとも言えないが、どうも厄介そうだ。もし『そう』だとすると、間違いなく僕の管轄内だろうね」
宮橋は顎に手をやって、考える風に眉根を寄せて視線をそらした。
この事件には直接関わっていなくて、こうして小楠から話を聞かされたばかりだというのに、もう何かしら掴んでいるみたいな口調だった。刑事というよりは、まるで探偵みたいだと感じた自分を、真由は不思議に思った。
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短い思案を終えた宮橋が言い、小楠が頷いて一度席を立った。彼は扉を開けたままずかずかと出ていくと、数分足らずで戻ってきて、一つのファイルを彼に手渡した。
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「ちょっと待て、もっと続くとはどういう事だ」
問われた宮橋が、ふっと真面目な表情で小楠を見つめ返して、こう言った。
「僕の予想が正しければ、犯人の中では既に『殺す人間』のリストが出来ていて、だから、次に誰を殺そうかという迷いも選ぶ時間もかからない。――ああ、これも僕の『ただの推測』だけれどね」
宮橋は、とって付けたようにそう言って、言葉を続けた。
「小楠警部、いいかい。僕が現時点で考えている、そのいくつのか推測が正しいとするのなら、殺人が起こるたびに行動は大胆になるうえ、次の殺人までの時間が短くなるよ」
「おい、それは一体どいう――」
再び小楠が尋ねようとした時、室内にけたたましい携帯電話の着信音が響き渡った。真由が音に飛び上がる隣で、彼が眉間に皺を寄せてそれを取り出す。
電話を取って数秒、小楠の表情が強張った。真由が宮橋を見やると、彼は意味深に見返したあと肩をすくめて見せる。
「三人目の被害者だと!?」
途端に小楠が立ち上がり、電話の相手にそう怒鳴り返した。
真由が絶句する中、ファイルを机に置いた宮橋が、その拍子に倒れた飾りのチェス駒を直しながら「ほらね」と言ってのけた。
「これは、早急に動かないといけないな」
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