美麗な御曹司刑事はかく語らない~怪異刑事 宮橋雅兎の事件簿~

百門一新

文字の大きさ
10 / 28

変わり者刑事と呼ばれる男(3)

しおりを挟む
 午後の三時を過ぎた頃、真由は県立図書館の入口にあるベンチに、ぐったりと座り込んでいた。手に持っているのは、先程自分で購入した缶ジュースである。

 結局あの後、まっすぐ向かうと言っていたにもかかわらず、宮橋は都内をぐるぐる回るようにして、無謀で意味のない運転を続け、ようやく県立図書館に到着したのも先程の事だった。二度も県立図書館の前を過ぎて、真由は「ああ、図書館がッ」と悲鳴を上げてしまったほどだ。

 あの時、そのまま県立図書館入っていれば、車酔いはここまでひどくならなかったと思うのだ。
 生まれて二十六年、高校時代に修学旅行で乗った船で酔って吐いた以来の醜態を、真由は先程、県立図書館のトイレでしでかしていた。トイレの個室から出た際に、手を洗っていた女性と鏡越しに目が合って、思い切り反らされたの思い出す。

「うっうっ。私だって、いい歳でゲロゲロしたくなかったのよ」

 誰に言うわけでもなく口にして、真由は再び缶ジュースを口許に運んだ。酒は強い方だったので、二日酔いで吐いた事もなく、胃酸のすっぱ苦さを唇いっぱいに感じた事は、しばらくは忘れられそうにない。

 宮橋はこちらを心配するどころか、眉を寄せて「だらしないな、君は外で水分でも補給してろ」と言った。そして、一体何を調べたいのかは分らないが、早足に図書館の中へと入って行ってしまったのだ。

 車内で削られた体力と精神力に加え、この容赦のない蒸し暑さはたまらない。

 ベンチの上でだらしなく座ったまま、そう思って溜息をついた時、ふと、自然と足が広がっている事に気付いて姿勢を正し、のろのろとスカートの裾を伸ばした。普段はズボンで過ごしているため、少し気を抜くといつもこうだ。

 ジュースを飲むついでに、もう一つ仕事があって、真由はここで待機していた。館内では携帯電話の使用が禁止されているため、宮橋から「何かあれば君が取れ」と指示されていたのだ。

 ジャケットのポケットから、去年買い変えたばかりの桃色の携帯電話を取り出してみた。画面をチェックすると、画面表示時刻は三時三十二分を指している。
 
「考えたら、事件が経って丸一日も経っていないのよねぇ……みんな忙しくしているのに、こうしてただ座っているだけの私って、無力だわ」

 携帯電話をポケットへと戻しながら、しみじみと呟いて頭上を仰いだ。県立図書館の屋上から伸びた屋根の向こうで、広がった青空に綿菓子のように浮かんだ小さな雲が、緩やかに流れているのが見えた。


 缶ジュースを飲み干しても、館内から宮橋が出てくる様子はなかった。もう何度目か分からない動作の繰り返しのように、着信もない携帯電話をチェックした際、その表示時刻がようやく午後の四時半を過ぎた頃、彼が建物の入り口に現れた。


 宮橋は、待たせた詫びの一言もなく、「行くぞ」と言って目の前を通り過ぎていった。真由が慌ててあとを追うと、振り返らないままこう言った。

「やはりキーマンは、N高校の一学年在籍の生徒『ヨタク』だ。死ぬのは、彼に関わった八人の学生で、もう四人目の被害者が出ているだろう」
「え、四人目の被害者? というか関わった八人の生徒って……あの、図書館でどうしてそんな事が分かるんです?」

 だって四人目の被害者が出たという連絡は入っていないし、一体どこから八人という数字が出たのかも不明だ。しかも、『ヨタク』というのは、彼が気になると言っていた苗字ではないだろうか?

 真由は、隣に追い付いた彼の横顔を見上げた。顎に手をあてて一人考えるように、宮橋は「代償の補い行為が『条件』だとして……」「『ツギハギ』か」「しかし一体どの『物語』だ?」とよく分からない事を口の中で呟いていて、こちらの質問を聞いていない様子だった。

 ふと、彼と過ごしていて、ずっと感じていた違和感の一つに気付いた。思い返せば、彼には一人で突っ走っているような行動や言動で謎が多く、こちらがそれを理解したくて回答を求めても、一度も明確に答えてくれていない。 

 確かに、自分はここの捜査一課に異動してきたばかりで、急きょあてがわれたような相棒だ。新米で役に立ちそうにもないし、信用だってないだろう。でも、同じ事件を担当する相棒として、理解や考えを共有しないのは、ちょっと寂しい気がする。
 その時、ポケットに入れていた薄型の携帯電話が震えて、真由は彼の物を自分が持っていたままだったと気付いた。どうやらマナーモードにされたそれに、どこからか着信が入ったらしい。

 偶然にしては、やけにタイミングがいいような気がしたけれど、真由は「宮橋さん、電話です」と言って彼に手渡した。受け取った宮橋が、携帯電話を耳にあてる様子に注目してしまう。

「ああ、僕だ」

 そう答えた宮橋が、不意に立ち止まって「――そうか、四人目が出たか」と電話の相手に言葉を返した。

 ついさっき言われた通り、もう四人目の被害者が出たのだと知って、真由は両目を見開いた。しばらく携帯電話を耳に当てて話を聞いていた宮橋が、ふと煩そうに顔を顰めて「おい馬鹿三鬼。そもそも、普段から何度も電話を掛けてくるのもしつこいぞ」と言った。

「僕は必要な調べものがあったんだ。どうせ『一旦戻ってこい』とかいうんだろう? 分かってるよ、僕も確認したい事があるから、一旦は戻る」

 そう言って一方的に電話を終えると、彼がきびきびと歩き出しながら、こちらを見下ろした。

「被害者たちのグループのメンバーと、中学生の頃から彼らに引っ張りまわされている少年が判明して、事情聴取する方針で全員探しているらしい。僕らも、一旦署に戻るぞ」
「あの、さっきN高校の一年生の『ヨタク』がキーマンで、四人目の被害者が出ている頃だと言っていましたが、一体、何がどうなっているんですか……?」

 推理力や考察力が追い付かないせいで、こんなにも自分だけが何も分からないでいるのだろう。そう思って、真由は戸惑いと同時に申し訳なさを覚えて、そう尋ねていた。

 宮橋が不意に足を止めた。こちらを真っ直ぐ見下ろして口を開きかけた彼の目が、わずかに細められて唇が引き結ばれた。明るい茶色の瞳に切なさが過ぎって、まるで置いて行かれた子供みたいに見えた。

「宮橋さん……? どうしたんですか?」

 思わず呼び掛けたら、彼が質問は受け付けないと言わんばかりに、ふいと視線をそらして「行こう。時間がない」と歩き出した。直前の彼の、初めて見た表情に、それ以上の質問も躊躇われて、真由は黙って隣に並んだ。

 初対面の時に『質問はするな』と前もってつっぱねられていた事が思い出されて、はっきり語られないもやもやとした現状への苛立ちは、自分の方が悪かったのかもしれないという一方的な反省に変わっていった。

 あの時は、なんて自分勝手な人なんだろうと頭にきたのに、意気揚々とハンドルを握って、駄菓子一つで楽しそうに笑い、大事だから手帳は君が持っていてくれと当然のように預けていた彼を、なんだか悪く思うのも出来そうになかった。

 こんなにも短時間のうちに、連続して少年たちが惨殺される現実が信じられない。分からない事だらけが頭に溢れ返って、真由はただ、傾きだした太陽に伸びる影を目に留めていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

蒼緋蔵家の番犬 3~現代の魔術師、宮橋雅兎~

百門一新
ミステリー
雪弥は、異常な戦闘能力を持つ「エージェントナンバー4」だ。里帰りしたものの、蒼緋蔵の屋敷から出ていってしまうことになった。思い悩んでいると、突然、次の任務として彼に「宮橋雅兎」という男のもとに行けという命令が出て……? 雪弥は、ただ一人の『L事件特別捜査係』の刑事である宮橋雅兎とバディを組むことになり、現代の「魔術師」と現代の「鬼」にかかわっていく――。 ※「小説家になろう」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。

「蒼緋蔵家の番犬 1~エージェントナンバーフォー~」

百門一新
ミステリー
 雪弥は、自身も知らない「蒼緋蔵家」の特殊性により、驚異的な戦闘能力を持っていた。正妻の子ではない彼は家族とは距離を置き、国家特殊機動部隊総本部のエージェント【ナンバー4】として活動している。  彼はある日「高校三年生として」学園への潜入調査を命令される。24歳の自分が未成年に……頭を抱える彼に追い打ちをかけるように、美貌の仏頂面な兄が「副当主」にすると案を出したと新たな実家問題も浮上し――!? 日本人なのに、青い目。灰色かかった髪――彼の「爪」はあらゆるもの、そして怪異さえも切り裂いた。 『蒼緋蔵家の番犬』 彼の知らないところで『エージェントナンバー4』ではなく、その実家の奇妙なキーワードが、彼自身の秘密と共に、雪弥と、雪弥の大切な家族も巻き込んでいく――。 ※「小説家になろう」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵国に嫁いだ姫騎士は王弟の愛に溶かされる

今泉 香耶
恋愛
王女エレインは隣国との戦争の最前線にいた。彼女は千人に1人が得られる「天恵」である「ガーディアン」の能力を持っていたが、戦況は劣勢。ところが、突然の休戦条約の条件により、敵国の国王の側室に望まれる。 敵国で彼女を出迎えたのは、マリエン王国王弟のアルフォンス。彼は前線で何度か彼女と戦った勇士。アルフォンスの紳士的な対応にほっとするエレインだったが、彼の兄である国王はそうではなかった。 エレインは王城に到着するとほどなく敵国の臣下たちの前で、国王に「ドレスを脱げ」と下卑たことを強要される。そんなエレインを庇おうとするアルフォンス。互いに気になっていた2人だが、王族をめぐるごたごたの末、結婚をすることになってしまい……。 敵国にたった一人で嫁ぎ、奇異の目で見られるエレインと、そんな彼女を男らしく守ろうとするアルフォンスの恋物語。

処理中です...