可愛いあの子の継母になるなら、獣人大公の嫌われ妻でも構いませんわ!〜どうやら私は侯爵家の悪女のようです〜

百門一新

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 逃げられないよう早急に外堀を埋められている感じがする。

 ブロンズは優秀だった。アイリスが一緒にヴァンレックのもとに言って改めて伝え、許可をもらうなり早速手配し、ダンスのカリキュラムを作り上げる。

 それが仕上がったタイミングで、仕立て屋が到着したと告げられた。

 まだ一時間も経っていないというのに雪の中やってきたのかと驚きながら、アイリスは一階の玄関ホールに一番近いサロンへ移動したのだ。

「うーん、コンセプト違いで三番目も着けていただきましたが、どれも着こなせてしまうなんて素晴らしいですわ。お美しいですわよ」

 デザイナーはうっとりとアイリスを眺める。

 褒められて悪い気はしない。『アイリス』の素材がいいことは、転生した際に『有栖』の目線から思っていたことだ。

 しかもデザイナーは、悪女っぽい見た目は他にない最大の魅力(武器)と褒めた。

「この黒と赤の、しかも身体のラインもかなり見せる攻めたドレスを着こなせるなんて! 奥様はこれまで出会った女性たちの中で、わたくしの最高のモデルですわ!」
「ありがとう、ございます……」

 正面からベタ褒めされ、なんとも気恥ずかしくてアイリスは視線を逃がす。ブロンズやメイドたちが、初々しい反応だとほほえましそうに見守っている視線にも気付かなかった。

(デザイナーってすごいわね。同じ攻めたドレスでも、これだけ上品に仕上げてしまうなんて)

 アイリスは横にある大きな鏡を見やる。そこには妖艶ながら、結婚した女性の品格を感じさせる黒布の多いドレスを着た美女がいた。

 これはダンス用のドレスを仕立てることが目的だ。

 踊れたら素敵だろうなぁと、アイリスの目から見ても感じる。

(くぅっ)

 自分が、まったく踊れない事実が恨めしくなった。

 前世ではダンスなんて頭にさえなかった。

 生きるのに必死で、女性的な優雅なものにだって縁がない。

(いえ、『アイリス』のおかげで優雅さとは縁が結ばれたわけだけど……でも、体力作りのためのダンスの練習よね? それなのにわざわざデザイナーまで呼ぶなんて、大公様はどうされちゃったの?)

 本格的すぎて困惑している。

 そもそもドレスのオーダーは、ブロンズではなくヴァンレックのせいだ。

 話し合いのあと、アイリスは屋敷の主の許可をもらうためブロンスを連れて建物の騎士団側にあるヴァンレックの執務室を訪ねた。

 すると、ダンスを習うことに決めたと報告した途端、彼はこう言ったのだ。

『ダンスの授業用に、ドレスを二十着ほど注文するか』
『え!?』

 多すぎると思ったのはアイリスだけではなかった。ブロンズも、意外な返答に固まっている様子だった。

 どうしてそう驚かれるのかヴァンレックは分からなかったようだ。不思議そうに『とにかく二十着は最低でも注文するように』と、ブロンズに指示していた。

(ただの練習なのに、ドレスをオーダーするなんて)

 さすがは大公様というべきだろうか。

 それとも侯爵令嬢なのに、アイリスが高位貴族のお金の使い方を、よく知らないだけなのか?

 メイドたちは、二人がいい感じで夫婦としての仲を深めていっている――と思っているらしい。

 ヴァンレックが子供と同じくらい今はアイノスの面倒を見たがっているのでは、とメイドたちがこっそり話しているのを聞いた。デザイナーが持ってきた荷物のドレスを取り出す手伝いを、かなりうきうきと自主的な様子で手伝っている。

「こちらの見本はそのまま調整かけて、奥様用に仕上げるほうがよいですわね」
「えっ、あの、お店の大事な見本――」
「大変似合っているのに、売らないほうがもったいないですわ! 大公妃としての社交デビューでは、ぜひこのスタイルでいきましょうっ! 奥様を休ませている間に数着ほど同系列のデザインをご提案させてください。ああっ、インスピレーションが止まりませんわ! さいっこうの逸材!」
「あの――」

 デザイナーはスケッチブックを持ち、ささっと書き込む。

「いったん休憩でよろしいですわ」
「かしこまりました」

 指示を受けたメイドたちが素早く歩み寄り、アイリスの手を左右から取って、ソファに座らせる。体力面を気遣うようにと指示は受けているようだ。

(声をかける暇もなかったわ……)

 立ったり座ったりも忙しい。なんだかなと、吐息がもれる。

「ああもちろん、先程の二着とデザイン画で皆様の反応もご好評だった数着は、イメージ通りに調整して、仕上げてくる予定ですわ」
「えっ、購入決定なのですか!?」
「もちろんです。大公様からも『似合うものであれば購入させるよう』と指示をいただいております。同じものを着ても真似できないこの高貴な雰囲気っ、流行を起こすこと間違いなしですわ!」

 売り込むという熱意をデザイナーからは感じた。

 目的が明確なタイプは嫌いではない。

 それからも休憩を挟みながら、かなりのドレスを試着した。

 あまりにも忙しすぎて、初めての色合わせもデザインも感動している暇さえない。

「もし春の社交シーズンで着用される場合には、季節に合わせて少しアレンジさせていただく予定です。半袖でも美しいスタイルに仕上がることでしょう」
「は、はは……」

 結局、合計二十着が決まってしまった。

(いったい、いくらかかっているのか大変気になるわ……)

 最後はもう一度、ダンスの際に動きやすいかチェックしたいとのことで、デザイナーに付き合った。アイリスがドレスの裾を片方に広げるだけで、メイドたちが拍手する。

(――なんて『よいしょ』で持ち上げてくるのっ)

 最後のドレスは、デザイナーが似合うかもしれないと個人的にプラスで持ってきた既製品だった。

 それも彼女と、そしてみんなの意見で購入が決まった。

 そもそもアイリスは一度だって判断を口にしていない。似合うか心配したものも、着心地がよかったものは生地の高級さに目が行って――。

 その時には、ブロンズがデザイナーに即決で購入を伝えていた。

(白くて、清楚で……私のイメージではないのに……)

 個人的には大好きだ。でも、ダンスなんて踊れない。

 授業日を想像すると、落ち着かない気持ちになる。


 だがその日の夕刻、アイリスはとんでもない朗報をブロンズから聞かされる。

「探していたダンス講師ですが、レベッカ伯爵夫人が明日にこられます」
「もう見つかったのっ? もう日程まで組めたの!?」
「はい。旦那様が臣下に知らせたところ、かなりの応募がありました。厳選の結果、日中のデザイナーの友人で話を聞いて希望をした、という理由で連絡をくれたロリスロード伯爵の妻、レベッカ伯爵夫人が採用されました」

 ヴァンレックがまだ公には出していない子供への関心なのか、それとも哀れにも結婚させられたアイリスとの様子を探りたいためか――。

 ヴァルトクス大公は畏れられ、圧倒的なこの地の君主だ。その臣下が大公の屋敷で大公妃に敬意を払わない可能性は低いが、立場があるだけに慎重に『厳選』したのだろう。

「奥様は、純粋にダンスの受講を楽しまれるとよいでしょう」
「えっ?」

 ブロンズは静かな微笑みを浮かべて、告げる。

「そのための審査でもありました。臣下との付き合いやバランスも無視はできませんが、何よりも奥様との相性や、過ごされる時間がよいものであるよう、わたくしも旦那様に協力して意見した一人になります」
「そう、なのですか……」

 それを軸に選んだようだ。

 アイリスとしても、難しく考える必要がないのは有難いが――。

(大公様は、私のことを考えて……?)

 どうして、こんなにしてくれるのだろう。

 ただのダンスの練習一つに、思いもしていなかったたくさんの時間とお金と、準備だってすることになった。

 人選には大勢の人を動かして、しかもすべてヴァンレック自ら監督している。

(とても困っていた子育てを、協力してくれているから?)

 協力してもらっているからにはいい条件を出す、と彼は初めて顔を合わせた日に言った。

 でも、金銭的なことだけでなく、彼自身の気遣いまでもらっている。

 妙に落ち着かない感じで胸がどきどきしてきた。だが、それかどういうものであるのか考えようとした時、ブロンズから聞こえてきた続いてのとんでもない報告に、アイリスはギョッとする。

「何も問題ありません。当日は、旦那様も念のため見に来られそうです」
「え!」

 アイリスは、明日への緊張が倍増した。

 ◇∞◇∞◇
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