可愛いあの子の継母になるなら、獣人大公の嫌われ妻でも構いませんわ!〜どうやら私は侯爵家の悪女のようです〜

百門一新

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5-1 五章

(――とにかくネタを考えないと)

 起床したアイリスは、メイドたちに身支度されながら昨夜に引き続き考えていた。

(遠回しで巻き込むのは無理そうだし、邸宅敷地内のことを勝手にするのも気が引けるし……だとしたら、ここはもう、大公様に私から何かしらの提案をしたほうが解決するわよねっ)

 ひとまずダイニングルームでヴァンレックたち父子に合流すべく、身支度を整えて部屋を出る。

 メイドたちは珍しくアイリスを見送った。

(ベッドの上を整えたり片付けたりするためらしいけれど)

 なんだか珍しいなと思って廊下に出てみると、迎えのメイドでもなく、歩きながら日程を共有してくるブロンズでもなく――騎士が二人待機していた。

「ダイニングルームまでご案内いたします」
「……んん?」

 なんだか警備が物々しくないだろうか。

 廊下を歩いているとガランとした空気を感じた。働いている使用人たちの姿もあまり目に留まらない気がする。

(何かあるのかしら?)

 会ったら、ヴァンレックに尋ねてみようとアイリスは思った。

 だが、ダイニングルームに到着すると彼の姿はなかった。アリムもまだみたいだ。

「団長は、本日食事を共にできません」
「えっ、そうなの?」
「そろそろブロンズ殿が到着されると思いますが……アリム様を呼ぶ前に説明があるかと」
「すでに使用人の半数以上は不在となっております。何かあれば、我々にお声がけください」

 騎士たちはそう告げると、廊下側から出入り口を守るように立った。

(普段より気を引き締めてるみたい)

 雑談の余裕もないのか、彼らの表情も真剣そのものだ。

 食卓は――普段三人分なのに、今日は大人用と子供用の一つずつの用意しかなかった。

 いったいどういうことなのか考えながら食卓で一人待つ。

 間もなく、ブロンズが到着した。

「少し遅れてしまい、申し訳ございません」
「大丈夫よ、使用人も少ないみたいだし。何かあったの?」
「半数以上が〝満月休暇〟をもらい、本館から宿舎のほうに移っています。他の者も順次お暇をいただくことになります」

 向かいながらブロンズが言った。

「えっ、本当にいったい何が……というか満月休暇?」

 思わず立ち上がったアイリスに、ブロンズは座っていていいと手で示しながら、続ける。

「ご説明いたします。まず今、邸宅内は厳重な警戒態勢がとられています。もしものことがないよう、わたくしは〝塔〟の様子を再度、確認に行っていたのです」
「塔……」

 なんだか物騒な単語に、嫌な予感がした。

「本来ですと先に共有しておいたほうがいいと思われたのですが、旦那様もタイミングを掴みかね――アリム様がおそばにおられることが多かったためでしょう。彼に集中してほしかったのだと思います」

 ――君は心から笑えている。

 そう、ヴァンレックが言った日のことを、アイリスはどうしてか今になってふっと思い出した。

(アリムのためだけじゃなくて、もしかして私のことも考えて……?)

 雑務処理とアリムの面倒を見ることの両方に慣れること、続いて大公妃教育という日課が入った。慣れるタイミングも考えてくれていたのだろうか。

「心遣いに感謝するわ。それで?」
「はい。王家は獣人族の祖先だと言われている、狼の姿をした神獣にもっとも血が近い狼種と言われています。そのため王家には、稀に、祖先である獣の姿を持つ者が生まれると言われています」
「それが獣化?」
「そうです。生まれた時に獣の特徴を持っています。制御を覚えて獣の耳や尻尾を普段出すことはなくなるのですが、満月には制御が効かないため、自分の意思とは関係なく完全な獣の姿になります。旦那様は毎月、満月の日にはゼロ時までには東最奥にある牢獄棟の最上階に閉じこもるのです」

 ということは、ヴァンレックは昨夜そこに移動したのだ。

「……じゃあ、ここには、他にも使用人の代わりに騎士が入っているのね?」
「そうです」
「もしもの時の脱走と暴走を考えて?」
「はい。もしも暴走された際には、旦那様は獲物と、そうでない者の見分けがつかなくなるでしょう」

 アイリスは愕然とした。

「獣化という完全に獣の姿に変身する能力は、獣の本能と能力を最大まで引き出すための能力です。旦那様はとても精神力の強いお方ですからせ、満月の夜が訪れた際にも暴走されることは滅多にないのですが、使用人たちが安心して働けるよう、こちらへ引っ越される際に旦那様が取り決めたことなのです。自身をもっとも頑丈な牢屋で拘束せよ、と」

 ヴァンレックは信頼している自分の騎士団に、もしもの時には自分からみんなを守るよう言いつけてあるのだという。

「そんな……」

 完全に制御していても、毎月、満月の日には獣の姿に変わってしまう大公。

「恐れている使用人たちもいるのね……」
「お恥ずかしながらはじめは奥様のおっしゃる通りでしたが、国のために貢献されている旦那様に心から仕える気持ちは変わっていません」

 部屋で別れたメイドたちのうち、三人がやってきた。そのうちの先頭にいたメイドがそう言ってきた。

「急なお言葉を申し訳ございません」
「いいのよ。続けて」

 みんなと頭を下げたメイドが「はい」と答えた。

「でも今は少し違います。奥様がご一緒に過ごされるようになって、普段アリム様たちと過ごす旦那様を拝見してから、無暗に恐れるべきお方ではないのだと感じたのです。ですからわたくしたちは本日、ここに残ることを自薦いたしました。普段より多くの者たちがここに残ると答えています」
「えっ」
「アリム様のそばについている担当のメイドたちも、厨房にいるコックも。館内で仕事にあたっている他の者たちも、ご自分を閉じ込めて一人耐えていらっしゃる旦那様を明日お迎えするために、夜に何かあっても支えられるようここで一泊する予定です」

 メイドたちの微笑む目には力があった。

 アイリスは、自分の存在が少なからずみんなによい影響を与えていたことに驚いた。同時に、涙が出そうになった。

「みんな、ありかとう」

 彼が恐れられているのは、完全に姿が変わってしまうことも理由にあったようだ。戦う際に獣の力を引き出す様子は、大きな肉食獣である〝害獣〟という脅威があるこの世界ではとくに威力も恐ろしさも痛感しているものだ。

 ヴァンレックことを理解してくれて、優しい気持ちで覚悟を持って仕えてくれている。ここにいてくれている。

 アイリスが目を潤ませて微笑かけると、メイドたちがとんでもないですと言って、頭を下げた。

「獣化の力をもって生まれた王家の子は、狂暴な戦闘本能を理性で抑え込めるよう厳しい訓練がされます。幼い頃から仕えてきたわたくしはそうは暴走しないと感じているのですが、戦場で必要時には自分の意思で〝暴走化〟状態にもなられますため、旦那様としても鍵を絶対にかけるよう指示されているのかと」
「鍵……塔の、牢の鍵は……」
「私が外からかけます。特注のベッドでも置きたいところですが、暴れられた際にはそれがかえって危険になりますので」

 強制的に獣の姿になっている時のヴァンレックは、空腹を感じないという。神獣と同じく衣食を欲しない。

「神獣が始祖と言われても納得してしまいそうですね」
「そうでしょう。ああ、そろそろアリム様を呼びましょうか」

 確かに、とアイリスはブロンズの言葉にハタと時間経過を思い出す。

「わたくしは厨房の様子を確認してまいります。何分、人が少ないもので――護衛をつけてメイドにアリム様を呼びに行かせるとよいでしょう」
「そうするわ」

 アイリスは、メイドたち三人に一緒に迎えに行くよう命じた。

 そして騎士に、本日の建物内の人員配置や滞在人数を聞く。きっと把握しているだろうと思っていたが、その通りだった。

 本日は騎士団全員が出勤し、建物内からその周り、敷地入口までの広大な範囲を巡回するという。

「奥様は、強いですね」
「え? どうして?」
「ブロンズ殿がメイドに行かせて奥様にはここに残っているよう促したのも、心の整理や、ショックで倒れてしまわないか心配してのことでしょう」
「そこまで体力がないわけじゃないわ。……旦那様にはたくさんよくしていただいているもの、私も、私ができることをしたいの」

 できることは何もないにしても、目の前で起こっていることから目をそむける真似はしたくない。
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