可愛いあの子の継母になるなら、獣人大公の嫌われ妻でも構いませんわ!〜どうやら私は侯爵家の悪女のようです〜

百門一新

文字の大きさ
48 / 54

6-11

「かもな、なんておっしゃっていましたが……もしかして事前に調査済みなんですか?」
「ああ」

 披露宴の入口近くの円卓に腰かけているヴァンレックは、考えるふうにテーブルを指で叩きながら答えた。

 あっさりと白状されてしまったが、アイリスは困惑する。

 そんな暇がどこにあったのだろう。

 王都に来るまで楽しかった馬車旅を思い返していると、会場のカーテンが閉められて、薄暗くなる。

 美しい工芸ランプが次々に灯され、進行役が舞台に現れた。

 新郎新婦が登場し、会場は和やかさが回復したみたいな拍手に包まれる。

「両親は排除した。彼らはヴァルトクス大公の家名を勝手に使ったことも含め、君への余罪も調査が入るだろうが。これからがもっと大忙しになる」

 誰もが舞台に注目している中、ヴァンレックが言った。

 アイリスはハッとし、彼の横顔を見た。

「まさか、別の目的があってここへ来たんですか?」
「やるなら徹底的に、だ。アリムのお披露目にもいいしな」
「僕、特訓でまた成長したから任せて!」

 ――何を?

 アイリスはやる気に満ちたアリムも、獲物でも捉えるようにアンメアリーのほうを見据えているヴァンレックの冷やかな眼差しも気になった。

 この父子、揃って何を企んでいるのだろう。

「あのっ」

 その時、円卓に料理が運ばれてきた。

「あら? デザートも一緒に持ってきたの?」
「はい。お子様がおられる席につきましては、一緒に出させていただいています」

 男性の係員が、料理を慣れたように配膳していきながら告げた。

「わーっ、見てアイリス! 美味しそうなケーキだよ!」
「うん、そうね。とても美味しそうね」
「食べていい?」

 挙式でずっと大人しくできていたアリムは、偉い。

(これも楽しみにしていたのかも……?)

 ひとまずサラダや前菜よりも先にご褒美でデザートからいただくことにする。

 数種類のカットケーキは美味しかった。食べながらそれなく確認したが、新郎新婦席の近くに設けられた双方の両親席のうち、片方は空席だ。

 やはり両親は参加しなかったらしい。

(ヴァンレック様は『排除』とおっしゃっていたけど……来られないよう計算して先程のやりとりを? 相手の反応もかなり精密に予測しないといけないし、誘導して発言を引き出すのもかなり高度な……)

 ――美しいが、恐ろしい大公。

 最近、思い出すことも忘れているその噂について、ふっと何か重要なことを思い出しかけた。

 だが、挙式の際のヴァンレックの対応を思い返したアイリスは、抱き締められた記憶がよみがえって、ほんのり頬を染めた。

(まずいわ、他のことを考えましょ)

 そう思って視線をなんとなく移動した。

 すると、頬杖をついてにこにこ見ているヴァンレックの顔があって、驚いた。

「い、いつから見ていたんです?」
「食べ始めたところから」

 近くの円卓の者たちは、気になって仕方がない様子で、主役のほうではなくアイリスたちの円卓を注視している。

 アイリスだって、機嫌がいいヴァンレックが気になった。

「あの、以前も言いましたけど、食べているのをひたすら見られるのは恥ずかしいんですよ……」

 何が面白くて、彼は時々観察しているのだろう。

 そもそも、そんなふうににこにこしている人ではなかったはずだ。

「ヴァンレック様も、食べてください」

 気をそらすべく、そう告げた。

 先に視顔をそむけてしまったのはアイリスだった。彼は目を丸くし、それから笑う。

「それなら食事を楽しもうかな」

 どうして上機嫌なのか、アイリスには分かりかねた。

 彼は自分に特別な気持ちを抱くことはない。

 そんなアイリスの〝思い込み〟が、彼女の選択肢を縮めていたから。

 けれど、やはりアイリスの視線は彼に戻ってしまう。そこにはステーキに真っ先手をつけたヴァンレックがいた。

(軍服じゃない彼は、剣なんて握らなそうだわ)

 見ていると、彼に似合うものが一つ足りないことに気付く。

「ワインはよろしいのですか?」
「俺も、君やアリムと同じ果実ジュースでいい」
「楽しまれるとおっしゃっていたので、てっきり――」
「食事のことではないんだ。酒で、正確性が微量にでも落ちるのは、避けたいしな」

 アイリスは、食事する彼の楽しげな様子に不安を煽られた。

「あの……そういえば目的が別にあるとか。何をなさるつもりなんですか?」
「簡単に言えば〝仕返し〟」
「え」
「騒ぎを起こすのは俺ではない。先に手は打っておいてある」

(先に手を打った……? つまり、何か仕掛けたの?)

 そもそも仕返しに意欲的すぎないか。

(あ。そういえばヴァンレック様って〝戦い〟が得意だったわ)

 物理的なものだけじゃなかったと、ようやく噂を思い出した。ヴァンレックが恐れられているのは、その確実な戦勝へと導く〝頭脳戦〟も含む。

『我儘娘。それを止める者を排除した』

 その思考に思い至って、アイリスがまさかと考えた時だった。

「さっきので勝ったなんて思わないでよねっ」

 タイミングのいい金切声に、アイリスの肩がビクッとはね上がる。

「……ア、アンメアリー? どうしてここに?」

 振り向くとアンメアリーがいた。彼女は少し酔っているようだ。目は眠そうだが、明確な私怨を持ってアイリスを睨む眼差しだけはぎらついている。

「いつも私が都合よく使っていた側よっ、一度だって口ごたえしたこともなかったくせにっ」

 いつの間にか会場は宴会へと入ったらしい。

 だが、アンメアリーの癇癪を起こした声は、人々の目を集める。

「――また彼女か。品性に欠ける」
「――さっきの話って本当なんだろうか?」
「――侯爵らが逃げたから事実なのでは」

 ひそひそと囁かれているが、アンメアリーは酔って判断能力が少し落ちているのか、気にする素振りがない。

(待って。ヴァンレック様とアリムの目が、飛び込む獲物を待っているみたいになっていて嫌な予感しかしないっ)

 アイリスは冷汗がドッと吹き出すのを覚えた。

 アンメアリーに睨まれている状況だが、おかげでそこに何かを感じる余裕はない。

「アンメアリー、お客様がたくさんいる場よ。ライノーアル伯爵はどうしたの」
「彼、全然甘く囁いてもくれないし、全部あんたのせいよ!」
「冷静になりなさい、ここに大公様もい――」
「また全部『悪女』のお姉様のせいだってことにしてやり直すの! 会場がめちゃくちゃになったのも、お姉様のせい! 痛い目見せてあげる!」

 目撃者が多いので罪を着せるのも無理だと思うのだが、アンメアリーは酔っぱらいすぎてそこにさえ考えが回っていない様子だ。

(ああ、これは……)

 アイリスはますます嫌な予感がした。

 緊張、というより、同じ円卓に座ってやたら大人しくしている夫と子供が、いったい何を仕掛けたのか考える。

「私はついてたの、お姉様をぎゃぶんと言わせるアイテムが手に入ったんだから!」

 不意にアンメアリーが、スカートのポケットから何かを取り出す。

 それはごつごつした丸い岩で、何やら割れ目が赤黒く光って見える。

 ほとんど引きこもっていたアイリスが世間知らずにも小首を傾げている間に、見ていた全員が、悠長な食事も切り上げて立ち上がった。

「え、えっ、何この反応――」
「なぜ会場に魔獣をおびき寄せるものを持ち込んでいるんだ!」
「え?」
「匂いだけでもまずいんだぞっ、割れないように布か何かで包みなさいっ」

 女性たちが次々に立ち上がって悲鳴を上げる。

 身なりが立派な紳士たちも騒いだ。

 ただ一人、騒ぎの中心人物の向かいで座ったままのアイリスだけが、状況を呑み込めない。

 周りの制する言葉は、かえってアンメアリーを逆上させたらしい。

「うるさい! これでお姉様に痛い目を見せられるんだもん!」

 ひっく、アンメアリーがとしゃくりを上げる。

(えーっ、これ確実に、ありえないくらいものすごく酔ってるじゃない!)
感想 1

あなたにおすすめの小説

【本編完結】初恋のその先で、私は母になる

妄夢【ピッコマノベルズ連載中】
恋愛
第19回恋愛小説大賞にて、奨励賞を受賞いたしました。読者の皆様のおかげです!本当ありがとうございます。 王宮で12年働き、気づけば28歳。 恋も結婚も遠いものだと思っていたオリビアの人生は、憧れの年下公爵と一夜を共にしたことで大きく動き出す。 優しく守ろうとする彼。 けれどオリビアは、誰かに選ばれるだけの人生を終わらせたいと思っていた。 揺れる想いの中で、彼女が選んだのは―― 自分の足で立ち、自分の未来を選ぶこと。 これは、一人の女性が恋を通して自分を取り戻し、母として、そして一人の人間として強くなっていく物語。 ※表紙画像はAI生成イラストをつかっています。

【完結】嫌われ令嬢、部屋着姿を見せてから、王子に溺愛されてます。

airria
恋愛
グロース王国王太子妃、リリアナ。勝ち気そうなライラックの瞳、濡羽色の豪奢な巻き髪、スレンダーな姿形、知性溢れる社交術。見た目も中身も次期王妃として完璧な令嬢であるが、夫である王太子のセイラムからは忌み嫌われていた。 どうやら、セイラムの美しい乳兄妹、フリージアへのリリアナの態度が気に食わないらしい。 2ヶ月前に婚姻を結びはしたが、初夜もなく冷え切った夫婦関係。結婚も仕事の一環としか思えないリリアナは、セイラムと心が通じ合わなくても仕方ないし、必要ないと思い、王妃の仕事に邁進していた。 ある日、リリアナからのいじめを訴えるフリージアに泣きつかれたセイラムは、リリアナの自室を電撃訪問。 あまりの剣幕に仕方なく、部屋着のままで対応すると、なんだかセイラムの様子がおかしくて… あの、私、自分の時間は大好きな部屋着姿でだらけて過ごしたいのですが、なぜそんな時に限って頻繁に私の部屋にいらっしゃるの?

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました

ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。 ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。 王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。 そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。 「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

公爵家の秘密の愛娘 

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝🌹グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。 過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。 そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。 「パパ……私はあなたの娘です」 そう名乗り出るアンジェラ。 ◇ アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。 この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。 初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。 母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞  ✴️設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞 ✴️稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇‍♀️

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――