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犯人にとって(多分)嫌な組み合わせ 下
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「強盗した際の黒いジャンパーを取っていない、四人の青年が乗ったあの白いやつがそうだ、君なら見えるだろ」
宮橋が、最後の一人を足で受け止めて横にどかしながら指示する。地面にべしゃりと落ちた青年たちが、「扱いがひどい」と呻く声をこぼす。
雪弥は指示された方向を見た。同じ進行方向から、他の車よりもスピードを上げて向かってくる普通乗用車が見えた。中には、揃いの黒いジャンパーを着た人間が四人。
「あれ、壊してもいいんですか?」
車間距離をはかりつつ、雪弥はひとまず指をちょっと向けて宮橋に確認する。
「盗難車だ。だが、構わん」
拳を落とす準備をしていた宮橋が、いい顔で彼へ頷き許可を出す。途端に足元にいた二人の青年が、「いいの!?」と宮橋を見上げた。
「ちょ、あんたも刑事さんなんでしょ!?」
「むしろ止めてあげるべきなんじゃねぇの!? 盗難車だよ!?」
そうぎゃあぎゃあ声が上がる。
そんな中、雪弥は両手をぐーぱーして関節をバキリと鳴らした。
そのまま、よしと構えようとしたところで、ふと上司であるナンバー1から、外の潜入活動で『不用意に切断するなよ!?』と念を押されていたのを思い出す。
車の屋根部分をスパッとやって〝中身〟を取り出そうと思ったのだが、ならばその案は無しだな。
予定を変更して考える。思い耽りながら動いていた彼は、気付けば近くに唯一停まっていた〝大きな物〟を持ち上げていた。
――それは、路肩に停まっていた青いスポツーカーである。
車体の前方部分をがしりと掴まえたかと思うと、それがぐんっと前タイヤを浮かせる。それを見た二人の青年が、血の気の引いた顔で思わず互いを抱き締め合った。
「ひぇええ!?」
その時、二人の青年が、自分達の前へ進み出た宮橋に気付いて口をつぐんだ。
「おい、雪弥君。今すぐ僕の車を置きたまえ」
宮橋が言いながら、ゴーホーム、と犬にやるような仕草で合図を出した。
彼の表情は、かなりブチ切れていた。その背中には真っ黒い怒気を背負っており、二人の青年が今にも失神しそうな顔で震えている。
ほぼスポーツカーを持ち上げかけていた雪弥は、遅れて宮橋へ目を向けて止まる。
「君のせいで、僕の車に傷が入った。君のバカみたいな握力で、指を引っ掛けているところも凹んでいる」
「あ」
「いいから、僕の車を今すぐそこへ戻せ。投げるのなら、こいつらのバイクにしろ」
「「ひでぇっ」」
宮橋がビシッと指を向けて言い放つ。本人の前で言うのかよと、青年たちが短い悲鳴を上げていた。
雪弥は丁寧にスポーツカーを戻した。確認したみると、言われた通り持ち上げた箇所などが凹んでしまっていた。
「あちゃー……」
おそるおそる目を向けてみれば、そこには鬼のような宮橋の姿があった。
見つめ合う雪弥と宮橋の近くまできた逃走車が、転がっているバイク気付いた。窓を開けて「何事だよ!?」と向こうから叫んでくる中、座りこんでいる仲間達が「刑事が怖い」「助けて先輩」やらと叫び始める。
――が、そんなことなど宮橋はお構いなしだ。
宮橋は、鬼のような怒気を放って雪弥に告げた。
「今後、僕の車を持ち上げようとしたら許さん」
「あの、ほんと、すみませんでした。えぇと、弁償して新しいのを用意しますから」
「本当か? ふむ、それなら話は早い。なら、僕が望んでいた黄色いやつだ。それを用意できたら、今回の件はチャラにしてやる」
なんとしてでも急ぎ用意させよう、と雪弥は心に決めた。
その会話がされている間に、車が窓を閉めてぐんっとスピードを上げた。見捨てられたと知った青年二人が、悲劇のような声を上げて、雪弥と宮橋は気付いた。
目の前から、猛スピードで逃走車が走り抜けていった。
見送った二人の間に、しばし沈黙が漂った。
その時、けたたましいサイレンの音が向こうから上がった。雪弥と宮橋が目を向けると、一台の車が荒々しい運転で近付いてきて、助手席の車窓から一人の男が顔を出した。
「おや、馬鹿三鬼だ」
そう宮橋が口にした直後、窓から三鬼が怒ったように拳を振って怒鳴ってくる。
「てんめええええええ! 騒ぎが起こってるって通報されてたぞっ!」
その姿は、かなり目立っていた。車の運転席に座っているのは、引き攣り顔の相棒刑事、後輩の藤堂だ。
「なるほど、それで早い到着だったわけか。急かされた藤堂を思うと、不憫だな」
と、そう感想する宮橋の前で、車が急ブレーキをかけて止まった。窓から半ば身を乗り出し三鬼が、彼の胸倉を掴む。
「なに悠長に見送ってんだ馬鹿野郎! テメェ張り込み成功したんだろ! なら追えよ!?」
「バイクは止めた」
そういえばと思い出した様子で、宮橋が二人の青年に拳骨を落とした。理不尽にも残ったストレスの吐き口にされた青年達が、白目を剥いて地面に崩れ落ちる。
藤堂が運転席から、あわあわと口元に手をやった。
「うわ、めっちゃ痛そう……」
「バイクは助っ人だ! 実行犯は車なんだよバカタレが!」
「あ。昨日、僕がバカタレと言ったお返しか? いいだろう、お前もここで沈めてくれる」
今にも二人の取っ組み合いが勃発しそうな気配を察知して、雪弥は慌てて両者の間に割って入った。
「すみません。それ、僕のせいなんです」
「あ? どういうことだよ」
「ほんとすみませんでした。あ、ちゃんと残りの四人も確保しますから」
「おいっ、待てよ新人!」
三鬼が呼び止める中、雪弥は「ほんとごめんなさい」と柔らかな苦笑を返しつつ、走り出していた。
――と、前方へと視線を戻した雪弥は、黒いコンタクトの下を蒼く光らせると、一気に加速した。
走行中の車の運転手達が、追い抜いていった彼にギョッと目を向けた。雪弥は続いて跳躍すると、走る車の屋根を、次々に踏み台にして前へと進む。
「すみません、ちょっと失礼します」
車内の人間に声が聞こえるわけもないのに、雪弥は言いながら、軽くジョギングでもするかのようにどんどん逃走車との距離を縮めた。
――そして、あっという間に該当の普通乗用車の屋根に飛び乗った。
車内で青年達が驚いたのか、車体が一瞬ガタガタ揺れた。雪弥は構わず、メキリと装甲を握り潰しながら掴むと、勢いを付けて両膝でフロントガラスを突きやぶった。
直後、車が急ブレーキを踏んで車線を外れる。
雪弥は躊躇せず車窓へ腕を突っ込むと、悲鳴を上げる四人の青年達の襟首を、次々にひっ掴んで引きずり出し道路へ投げた。全員を出したところで、車体を縁石側の頑丈な標識目掛けて蹴り上げ、脱出する。
車が標識の柱に激突した。ひらりと降り立つ雪弥を、すっかり腰を抜かした青年達が怖がって「ひぃい」と言いながら地面を這って逃げようとする。
「……は?」
つい、その一連までの流れを見届けてしまった三鬼が、そう呆けた声を上げた。
「荒っぽいねぇ」
宮橋は、仕事が一つ終わったのを見届けた顔で感想した。だが、呆けている藤堂たちに気づくと、ぽんっと三鬼の肩に手を置いた。
「うん、三鬼。彼のことは気にしないでくれ」
「は、え? ――って馬鹿か! 気にするわああああああ!」
三鬼は叫ぶなり、途端に車から出て宮橋の胸倉を掴んだ。
「可愛い顔で何をさらっとおっそろしいことやってんだよっ、あの研修中の新人は!?」
「ちょっとやんちゃなのさ」
「ちょっとだと!? あれが、ちょっとだと!?」
指をビシリと向けて、三鬼が思わずといった様子で二度言った。答える宮橋の表情は、真面目に取り合っていないと言わんばかりに薄ら笑いだ。
車内に残っている藤堂が、あちらへ目を向けたまま言う。
「先輩方、今は言い争っている場合じゃないですって……」
言い合う宮橋と三鬼の向こうで、四人の青年を両手に二人ずつ掴んで、雪弥がずるずるとひきずってきていた。
全員失神しているという事態の中、犯行グループ全員に手錠が掛けられた。藤堂が無線で全車両に伝え、近くにいる数台のパトカーがくることになった。
無線でずっとやりとりしている藤堂は、なんだか疲れ切った表情だった。同僚や先や上司に、一体どういう状況なんだと言われても、うまく伝えようがない。
「おい宮橋、お前が小楠(おぐし)警部にきちんと説明しろよ」
頭痛をこらえた顔で、額に手を当てた三鬼が呻く声で言う。彼は煙草を吹かしてしまっていて、失神している青年たちの方を見られない様子だ。
遠くで、救急車とパトカーのサイレンが聞こえ出していた。
「僕らは少々忙しくてね。馬鹿三鬼に任せるよ」
「ざけんな」
昨夜の睡眠不足の目で、三鬼がギロリと宮橋を凄む。
そのかたわら、雪弥は携帯電話で〝夜狐(やぎつね)〟にポチポチとメールを送って指示を出していた。
――この型の黄色いスポーツカー、至急探してくれ。
遠くの場所から、密かに見守っていたナンバー4に与えられている暗殺部隊、その隊長の夜狐が、狐の面をした顔で「急ぎの案件なのだろうか?」と珍しげに首を捻った。
宮橋が、最後の一人を足で受け止めて横にどかしながら指示する。地面にべしゃりと落ちた青年たちが、「扱いがひどい」と呻く声をこぼす。
雪弥は指示された方向を見た。同じ進行方向から、他の車よりもスピードを上げて向かってくる普通乗用車が見えた。中には、揃いの黒いジャンパーを着た人間が四人。
「あれ、壊してもいいんですか?」
車間距離をはかりつつ、雪弥はひとまず指をちょっと向けて宮橋に確認する。
「盗難車だ。だが、構わん」
拳を落とす準備をしていた宮橋が、いい顔で彼へ頷き許可を出す。途端に足元にいた二人の青年が、「いいの!?」と宮橋を見上げた。
「ちょ、あんたも刑事さんなんでしょ!?」
「むしろ止めてあげるべきなんじゃねぇの!? 盗難車だよ!?」
そうぎゃあぎゃあ声が上がる。
そんな中、雪弥は両手をぐーぱーして関節をバキリと鳴らした。
そのまま、よしと構えようとしたところで、ふと上司であるナンバー1から、外の潜入活動で『不用意に切断するなよ!?』と念を押されていたのを思い出す。
車の屋根部分をスパッとやって〝中身〟を取り出そうと思ったのだが、ならばその案は無しだな。
予定を変更して考える。思い耽りながら動いていた彼は、気付けば近くに唯一停まっていた〝大きな物〟を持ち上げていた。
――それは、路肩に停まっていた青いスポツーカーである。
車体の前方部分をがしりと掴まえたかと思うと、それがぐんっと前タイヤを浮かせる。それを見た二人の青年が、血の気の引いた顔で思わず互いを抱き締め合った。
「ひぇええ!?」
その時、二人の青年が、自分達の前へ進み出た宮橋に気付いて口をつぐんだ。
「おい、雪弥君。今すぐ僕の車を置きたまえ」
宮橋が言いながら、ゴーホーム、と犬にやるような仕草で合図を出した。
彼の表情は、かなりブチ切れていた。その背中には真っ黒い怒気を背負っており、二人の青年が今にも失神しそうな顔で震えている。
ほぼスポーツカーを持ち上げかけていた雪弥は、遅れて宮橋へ目を向けて止まる。
「君のせいで、僕の車に傷が入った。君のバカみたいな握力で、指を引っ掛けているところも凹んでいる」
「あ」
「いいから、僕の車を今すぐそこへ戻せ。投げるのなら、こいつらのバイクにしろ」
「「ひでぇっ」」
宮橋がビシッと指を向けて言い放つ。本人の前で言うのかよと、青年たちが短い悲鳴を上げていた。
雪弥は丁寧にスポーツカーを戻した。確認したみると、言われた通り持ち上げた箇所などが凹んでしまっていた。
「あちゃー……」
おそるおそる目を向けてみれば、そこには鬼のような宮橋の姿があった。
見つめ合う雪弥と宮橋の近くまできた逃走車が、転がっているバイク気付いた。窓を開けて「何事だよ!?」と向こうから叫んでくる中、座りこんでいる仲間達が「刑事が怖い」「助けて先輩」やらと叫び始める。
――が、そんなことなど宮橋はお構いなしだ。
宮橋は、鬼のような怒気を放って雪弥に告げた。
「今後、僕の車を持ち上げようとしたら許さん」
「あの、ほんと、すみませんでした。えぇと、弁償して新しいのを用意しますから」
「本当か? ふむ、それなら話は早い。なら、僕が望んでいた黄色いやつだ。それを用意できたら、今回の件はチャラにしてやる」
なんとしてでも急ぎ用意させよう、と雪弥は心に決めた。
その会話がされている間に、車が窓を閉めてぐんっとスピードを上げた。見捨てられたと知った青年二人が、悲劇のような声を上げて、雪弥と宮橋は気付いた。
目の前から、猛スピードで逃走車が走り抜けていった。
見送った二人の間に、しばし沈黙が漂った。
その時、けたたましいサイレンの音が向こうから上がった。雪弥と宮橋が目を向けると、一台の車が荒々しい運転で近付いてきて、助手席の車窓から一人の男が顔を出した。
「おや、馬鹿三鬼だ」
そう宮橋が口にした直後、窓から三鬼が怒ったように拳を振って怒鳴ってくる。
「てんめええええええ! 騒ぎが起こってるって通報されてたぞっ!」
その姿は、かなり目立っていた。車の運転席に座っているのは、引き攣り顔の相棒刑事、後輩の藤堂だ。
「なるほど、それで早い到着だったわけか。急かされた藤堂を思うと、不憫だな」
と、そう感想する宮橋の前で、車が急ブレーキをかけて止まった。窓から半ば身を乗り出し三鬼が、彼の胸倉を掴む。
「なに悠長に見送ってんだ馬鹿野郎! テメェ張り込み成功したんだろ! なら追えよ!?」
「バイクは止めた」
そういえばと思い出した様子で、宮橋が二人の青年に拳骨を落とした。理不尽にも残ったストレスの吐き口にされた青年達が、白目を剥いて地面に崩れ落ちる。
藤堂が運転席から、あわあわと口元に手をやった。
「うわ、めっちゃ痛そう……」
「バイクは助っ人だ! 実行犯は車なんだよバカタレが!」
「あ。昨日、僕がバカタレと言ったお返しか? いいだろう、お前もここで沈めてくれる」
今にも二人の取っ組み合いが勃発しそうな気配を察知して、雪弥は慌てて両者の間に割って入った。
「すみません。それ、僕のせいなんです」
「あ? どういうことだよ」
「ほんとすみませんでした。あ、ちゃんと残りの四人も確保しますから」
「おいっ、待てよ新人!」
三鬼が呼び止める中、雪弥は「ほんとごめんなさい」と柔らかな苦笑を返しつつ、走り出していた。
――と、前方へと視線を戻した雪弥は、黒いコンタクトの下を蒼く光らせると、一気に加速した。
走行中の車の運転手達が、追い抜いていった彼にギョッと目を向けた。雪弥は続いて跳躍すると、走る車の屋根を、次々に踏み台にして前へと進む。
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車が標識の柱に激突した。ひらりと降り立つ雪弥を、すっかり腰を抜かした青年達が怖がって「ひぃい」と言いながら地面を這って逃げようとする。
「……は?」
つい、その一連までの流れを見届けてしまった三鬼が、そう呆けた声を上げた。
「荒っぽいねぇ」
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「ちょっとやんちゃなのさ」
「ちょっとだと!? あれが、ちょっとだと!?」
指をビシリと向けて、三鬼が思わずといった様子で二度言った。答える宮橋の表情は、真面目に取り合っていないと言わんばかりに薄ら笑いだ。
車内に残っている藤堂が、あちらへ目を向けたまま言う。
「先輩方、今は言い争っている場合じゃないですって……」
言い合う宮橋と三鬼の向こうで、四人の青年を両手に二人ずつ掴んで、雪弥がずるずるとひきずってきていた。
全員失神しているという事態の中、犯行グループ全員に手錠が掛けられた。藤堂が無線で全車両に伝え、近くにいる数台のパトカーがくることになった。
無線でずっとやりとりしている藤堂は、なんだか疲れ切った表情だった。同僚や先や上司に、一体どういう状況なんだと言われても、うまく伝えようがない。
「おい宮橋、お前が小楠(おぐし)警部にきちんと説明しろよ」
頭痛をこらえた顔で、額に手を当てた三鬼が呻く声で言う。彼は煙草を吹かしてしまっていて、失神している青年たちの方を見られない様子だ。
遠くで、救急車とパトカーのサイレンが聞こえ出していた。
「僕らは少々忙しくてね。馬鹿三鬼に任せるよ」
「ざけんな」
昨夜の睡眠不足の目で、三鬼がギロリと宮橋を凄む。
そのかたわら、雪弥は携帯電話で〝夜狐(やぎつね)〟にポチポチとメールを送って指示を出していた。
――この型の黄色いスポーツカー、至急探してくれ。
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