蒼緋蔵家の番犬 3~現代の魔術師、宮橋雅兎~

百門一新

文字の大きさ
26 / 42

犯人にとって(多分)嫌な組み合わせ 下

しおりを挟む
「強盗した際の黒いジャンパーを取っていない、四人の青年が乗ったあの白いやつがそうだ、君なら見えるだろ」

 宮橋が、最後の一人を足で受け止めて横にどかしながら指示する。地面にべしゃりと落ちた青年たちが、「扱いがひどい」と呻く声をこぼす。

 雪弥は指示された方向を見た。同じ進行方向から、他の車よりもスピードを上げて向かってくる普通乗用車が見えた。中には、揃いの黒いジャンパーを着た人間が四人。

「あれ、壊してもいいんですか?」

 車間距離をはかりつつ、雪弥はひとまず指をちょっと向けて宮橋に確認する。

「盗難車だ。だが、構わん」

 拳を落とす準備をしていた宮橋が、いい顔で彼へ頷き許可を出す。途端に足元にいた二人の青年が、「いいの!?」と宮橋を見上げた。

「ちょ、あんたも刑事さんなんでしょ!?」
「むしろ止めてあげるべきなんじゃねぇの!? 盗難車だよ!?」

 そうぎゃあぎゃあ声が上がる。

 そんな中、雪弥は両手をぐーぱーして関節をバキリと鳴らした。

 そのまま、よしと構えようとしたところで、ふと上司であるナンバー1から、外の潜入活動で『不用意に切断するなよ!?』と念を押されていたのを思い出す。

 車の屋根部分をスパッとやって〝中身〟を取り出そうと思ったのだが、ならばその案は無しだな。

 予定を変更して考える。思い耽りながら動いていた彼は、気付けば近くに唯一停まっていた〝大きな物〟を持ち上げていた。

 ――それは、路肩に停まっていた青いスポツーカーである。

 車体の前方部分をがしりと掴まえたかと思うと、それがぐんっと前タイヤを浮かせる。それを見た二人の青年が、血の気の引いた顔で思わず互いを抱き締め合った。

「ひぇええ!?」

 その時、二人の青年が、自分達の前へ進み出た宮橋に気付いて口をつぐんだ。

「おい、雪弥君。今すぐ僕の車を置きたまえ」

 宮橋が言いながら、ゴーホーム、と犬にやるような仕草で合図を出した。

 彼の表情は、かなりブチ切れていた。その背中には真っ黒い怒気を背負っており、二人の青年が今にも失神しそうな顔で震えている。

 ほぼスポーツカーを持ち上げかけていた雪弥は、遅れて宮橋へ目を向けて止まる。

「君のせいで、僕の車に傷が入った。君のバカみたいな握力で、指を引っ掛けているところも凹んでいる」
「あ」
「いいから、僕の車を今すぐそこへ戻せ。投げるのなら、こいつらのバイクにしろ」
「「ひでぇっ」」

 宮橋がビシッと指を向けて言い放つ。本人の前で言うのかよと、青年たちが短い悲鳴を上げていた。

 雪弥は丁寧にスポーツカーを戻した。確認したみると、言われた通り持ち上げた箇所などが凹んでしまっていた。

「あちゃー……」

 おそるおそる目を向けてみれば、そこには鬼のような宮橋の姿があった。

 見つめ合う雪弥と宮橋の近くまできた逃走車が、転がっているバイク気付いた。窓を開けて「何事だよ!?」と向こうから叫んでくる中、座りこんでいる仲間達が「刑事が怖い」「助けて先輩」やらと叫び始める。

 ――が、そんなことなど宮橋はお構いなしだ。

 宮橋は、鬼のような怒気を放って雪弥に告げた。

「今後、僕の車を持ち上げようとしたら許さん」
「あの、ほんと、すみませんでした。えぇと、弁償して新しいのを用意しますから」
「本当か? ふむ、それなら話は早い。なら、僕が望んでいた黄色いやつだ。それを用意できたら、今回の件はチャラにしてやる」

 なんとしてでも急ぎ用意させよう、と雪弥は心に決めた。

 その会話がされている間に、車が窓を閉めてぐんっとスピードを上げた。見捨てられたと知った青年二人が、悲劇のような声を上げて、雪弥と宮橋は気付いた。

 目の前から、猛スピードで逃走車が走り抜けていった。

 見送った二人の間に、しばし沈黙が漂った。

 その時、けたたましいサイレンの音が向こうから上がった。雪弥と宮橋が目を向けると、一台の車が荒々しい運転で近付いてきて、助手席の車窓から一人の男が顔を出した。

「おや、馬鹿三鬼だ」

 そう宮橋が口にした直後、窓から三鬼が怒ったように拳を振って怒鳴ってくる。

「てんめええええええ! 騒ぎが起こってるって通報されてたぞっ!」

 その姿は、かなり目立っていた。車の運転席に座っているのは、引き攣り顔の相棒刑事、後輩の藤堂だ。

「なるほど、それで早い到着だったわけか。急かされた藤堂を思うと、不憫だな」

 と、そう感想する宮橋の前で、車が急ブレーキをかけて止まった。窓から半ば身を乗り出し三鬼が、彼の胸倉を掴む。

「なに悠長に見送ってんだ馬鹿野郎! テメェ張り込み成功したんだろ! なら追えよ!?」
「バイクは止めた」

 そういえばと思い出した様子で、宮橋が二人の青年に拳骨を落とした。理不尽にも残ったストレスの吐き口にされた青年達が、白目を剥いて地面に崩れ落ちる。

 藤堂が運転席から、あわあわと口元に手をやった。

「うわ、めっちゃ痛そう……」
「バイクは助っ人だ! 実行犯は車なんだよバカタレが!」
「あ。昨日、僕がバカタレと言ったお返しか? いいだろう、お前もここで沈めてくれる」

 今にも二人の取っ組み合いが勃発しそうな気配を察知して、雪弥は慌てて両者の間に割って入った。

「すみません。それ、僕のせいなんです」
「あ? どういうことだよ」
「ほんとすみませんでした。あ、ちゃんと残りの四人も確保しますから」
「おいっ、待てよ新人!」

 三鬼が呼び止める中、雪弥は「ほんとごめんなさい」と柔らかな苦笑を返しつつ、走り出していた。

 ――と、前方へと視線を戻した雪弥は、黒いコンタクトの下を蒼く光らせると、一気に加速した。

 走行中の車の運転手達が、追い抜いていった彼にギョッと目を向けた。雪弥は続いて跳躍すると、走る車の屋根を、次々に踏み台にして前へと進む。

「すみません、ちょっと失礼します」

 車内の人間に声が聞こえるわけもないのに、雪弥は言いながら、軽くジョギングでもするかのようにどんどん逃走車との距離を縮めた。

 ――そして、あっという間に該当の普通乗用車の屋根に飛び乗った。

 車内で青年達が驚いたのか、車体が一瞬ガタガタ揺れた。雪弥は構わず、メキリと装甲を握り潰しながら掴むと、勢いを付けて両膝でフロントガラスを突きやぶった。

 直後、車が急ブレーキを踏んで車線を外れる。

 雪弥は躊躇せず車窓へ腕を突っ込むと、悲鳴を上げる四人の青年達の襟首を、次々にひっ掴んで引きずり出し道路へ投げた。全員を出したところで、車体を縁石側の頑丈な標識目掛けて蹴り上げ、脱出する。

 車が標識の柱に激突した。ひらりと降り立つ雪弥を、すっかり腰を抜かした青年達が怖がって「ひぃい」と言いながら地面を這って逃げようとする。

「……は?」

 つい、その一連までの流れを見届けてしまった三鬼が、そう呆けた声を上げた。

「荒っぽいねぇ」

 宮橋は、仕事が一つ終わったのを見届けた顔で感想した。だが、呆けている藤堂たちに気づくと、ぽんっと三鬼の肩に手を置いた。

「うん、三鬼。彼のことは気にしないでくれ」
「は、え? ――って馬鹿か! 気にするわああああああ!」

 三鬼は叫ぶなり、途端に車から出て宮橋の胸倉を掴んだ。

「可愛い顔で何をさらっとおっそろしいことやってんだよっ、あの研修中の新人は!?」
「ちょっとやんちゃなのさ」
「ちょっとだと!? あれが、ちょっとだと!?」

 指をビシリと向けて、三鬼が思わずといった様子で二度言った。答える宮橋の表情は、真面目に取り合っていないと言わんばかりに薄ら笑いだ。

 車内に残っている藤堂が、あちらへ目を向けたまま言う。

「先輩方、今は言い争っている場合じゃないですって……」

 言い合う宮橋と三鬼の向こうで、四人の青年を両手に二人ずつ掴んで、雪弥がずるずるとひきずってきていた。


 全員失神しているという事態の中、犯行グループ全員に手錠が掛けられた。藤堂が無線で全車両に伝え、近くにいる数台のパトカーがくることになった。

 無線でずっとやりとりしている藤堂は、なんだか疲れ切った表情だった。同僚や先や上司に、一体どういう状況なんだと言われても、うまく伝えようがない。

「おい宮橋、お前が小楠(おぐし)警部にきちんと説明しろよ」

 頭痛をこらえた顔で、額に手を当てた三鬼が呻く声で言う。彼は煙草を吹かしてしまっていて、失神している青年たちの方を見られない様子だ。

 遠くで、救急車とパトカーのサイレンが聞こえ出していた。

「僕らは少々忙しくてね。馬鹿三鬼に任せるよ」
「ざけんな」

 昨夜の睡眠不足の目で、三鬼がギロリと宮橋を凄む。

 そのかたわら、雪弥は携帯電話で〝夜狐(やぎつね)〟にポチポチとメールを送って指示を出していた。


――この型の黄色いスポーツカー、至急探してくれ。


 遠くの場所から、密かに見守っていたナンバー4に与えられている暗殺部隊、その隊長の夜狐が、狐の面をした顔で「急ぎの案件なのだろうか?」と珍しげに首を捻った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

《完結》当て馬悪役令息のツッコミ属性が強すぎて、物語の仕事を全くしないんですが?!

犬丸大福
ファンタジー
ユーディリア・エアトルは母親からの折檻を受け、そのまま意識を失った。 そして夢をみた。 日本で暮らし、平々凡々な日々の中、友人が命を捧げるんじゃないかと思うほどハマっている漫画の推しの顔。 その顔を見て目が覚めた。 なんと自分はこのまま行けば破滅まっしぐらな友人の最推し、当て馬悪役令息であるエミリオ・エアトルの双子の妹ユーディリア・エアトルである事に気がついたのだった。 数ある作品の中から、読んでいただきありがとうございます。 幼少期、最初はツラい状況が続きます。 作者都合のゆるふわご都合設定です。 日曜日以外、1日1話更新目指してます。 エール、お気に入り登録、いいね、コメント、しおり、とても励みになります。 お楽しみ頂けたら幸いです。 *************** 2024年6月25日 お気に入り登録100人達成 ありがとうございます! 100人になるまで見捨てずに居て下さった99人の皆様にも感謝を!! 2024年9月9日  お気に入り登録200人達成 感謝感謝でございます! 200人になるまで見捨てずに居て下さった皆様にもこれからも見守っていただける物語を!! 2025年1月6日  お気に入り登録300人達成 感涙に咽び泣いております! ここまで見捨てずに読んで下さった皆様、頑張って書ききる所存でございます!これからもどうぞよろしくお願いいたします! 2025年3月17日 お気に入り登録400人達成 驚愕し若干焦っております! こんなにも多くの方に呼んでいただけるとか、本当に感謝感謝でございます。こんなにも長くなった物語でも、ここまで見捨てずに居てくださる皆様、ありがとうございます!! 2025年6月10日 お気に入り登録500人達成 ひょえぇぇ?! なんですと?!完結してからも登録してくださる方が?!ありがとうございます、ありがとうございます!! こんなに多くの方にお読み頂けて幸せでございます。 どうしよう、欲が出て来た? …ショートショートとか書いてみようかな? 2025年7月8日 お気に入り登録600人達成?! うそぉん?! 欲が…欲が…ック!……うん。減った…皆様ごめんなさい、欲は出しちゃいけないらしい… 2025年9月21日 お気に入り登録700人達成?! どうしよう、どうしよう、何をどう感謝してお返ししたら良いのだろう…

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

処理中です...