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五章 ラビィと妖獣と氷狼(1)
起床後は食堂には向かわず、ラビは、書庫の鍵を返すため真っ先にグリセンのいる執務室を訪ねた。
グリセンは早々に粥食を済ませて、朝一番の胃薬を飲んでいるところだった。ラビが一人で町を回ってくると告げると、「えッ、今から一人でかい」と青い顔をした。
ラオルテの治安は悪くないが、一人では心細いだろうと彼は言った。ラビが強気で「ちょっと見て回るだけだよ、氷狼の件で調べたい事もあるんだ」と言い通し、仕上げとばかりに睨み付けると、気弱な彼は引き攣った笑顔で許可した。
※※※
念のため、昨日ユリシスからもらったメモ用紙を、しっかりポケットに仕舞ったまま、ラビは建物を出てすぐ、入口に佇むノエルの姿を見付けると「行こう」と声を掛けて足早に歩き続けた。
『なんだ、機嫌が悪いな』
「朝っぱらから面倒な説教をされたんだよ。すぐに追い出してやったけどさ」
『ふうん、そうなのか。起こしてやれば良かったな』
ラオルテの町は、大きな荷車が多く行き交う事もあって、通りは広く造られていた。並ぶ建物の間を横断する道は、五台の馬車が並んでも余裕があるほどに広い。
朝も遅い時間だったので、既に人通りは一際賑わい、町中が活気に溢れていた。
ノエルは、ラビが朝食を抜いた事に気がつくと、いい匂いのする店があると彼女を誘った。そこは小さな食堂のようで、外に丸いテーブルと三脚の椅子が置かれた席が、四組用意されていた。
通り過ぎる人間が、よそよそしくラビを見ていった。金髪金目を見て、珍しそうな顔を向ける男もいたが、多くの人々は、不幸をもらいたくないと言わんばかりに距離を開けた。
朝食の時間を過ぎた店内は客足も引いていたが、厨房に立つ男も、ラビには良い顔をしなかった。悪いけど他にも客が入っているから、外で食べてくれないかと歯切れの悪い口調でいった。
「ちょっとッ、あんた何いってんだい! 可愛らしいお客さんじゃないか」
すると、店の奥からふくよかな身体をした中年の女が出てきて、ラビに「嫌な思いをさせてごめんね」と、卵サラダの挟まれたサンドイッチと、「おまけだよ」とクッキーを三枚付けてくれた。ラビは礼を言って、外の席に腰かけた。
不吉な金色を持つ人間に対する評価は、人それぞれだ。
ラビは改めてそう思った。通り過ぎる人間の目には苛立ちを覚えたが、気にしないように心掛けて、サンドイッチを頬張った。
ノエルはしばらくラビの足元にいたが、ふと顔を上げて遠くの方に耳を済ませた。
『ちょっと気になるところが出来た。……見てくるから、そこで待ってろ』
「何かあるの?」
『妙な気配が動いているのを感じる。一カ所に集められた【月の石】の場合は、移動する際に僅かな力の流れを生むから、可能性を考えてちょっと見てくる』
ラビは食べかけのサンドイッチを置こうとしたのだが、ノエルは『しっかり食え』とすぐに注意した。
『人間は弱いからな。ちゃんと食わないと倒れちまうだろ』
「そんな簡単に倒れないよ」
ラビは人の目も気にせず、思わず「オレの事いくつだと思っているのさ」と頬を膨らませた。ノエルは苦笑したが、『とりあえず食っとけ』と、ラビを置いて人混みの中を駆けていってしまった。
一人はつまらないなと思いながら、ラビは、しっかりサンドイッチを完食した。
食後は、サービスでもらったクッキーを食べてみた。一口噛むと、甘い美味しさが口の中に広がって、朝から感じ続けていた苛立ちも忘れて、ラビの表情もつい自然と綻んだ。
ホノワ村に菓子屋はないから、昔から、お菓子を売っている店がある土地には憧れていた。せっかくここまで出向いて来たのだから、隙を見て菓子屋というものを探して立ち寄ってみようかな、とラビは呑気に考えていた。
「美味しそうに食べてますね、気に入ったんですか?」
どこからともなく声が聞こえてきて、ラビはギクリとした。
すると、断りもなく向かいの席にセドリックが腰を降ろしてきた。
ラビが「どっから沸いて出たんだ」と口を開閉させると、セドリックは深い溜息をこぼした。
「慌てて探し回ったんですよ。少し休ませて下さい」
セドリックは店員に水を要求した後、額に浮かぶ汗を拭った。用意された水を一気に飲んで深く息を吐き出すと、しばらくは何も話さず、コップの周りについた水滴を眺めた。
考えるような表情からは一体何を思っているのか読み取れず、ラビは違和感を覚えつつも、二枚目のクッキーに手を伸ばした。
食べ始めると、セドリックが足を組んで真顔で見つめてきたので、戸惑いつつ「食べたいのか」と訊くと、「いいえ」とそっけなく返されてしまう。
セドリックが、テーブルの上で手を組み「ラビ」と静かな口調で言った。
「先日からの事ですが、あなたの調査については不思議な事があります。人に聞いていないのに氷狼の情報を把握していたり、突然一ヶ月以上前の事件を掘り返したりと、――そうですね、まずは今日の調査について目的などを教えて頂けますか」
走り回った疲労があるのか、いつもは優しいセドリックの眼差しが鋭く見えた。
ラビは、尋問されているような気分になって言い澱んだ。
「……その、この町で、氷狼が凶暴になってしまう物があるみたいなんだ。町の外で殺されてしまった人がそれを持っていたみたいで、だから、それを探してる」
「言って頂ければ僕らも動けます。何故黙っていたんですか?」
「えっと、確証がまだないというか……」
目に見えない妖獣の悪鬼というものがいて、彼らに都合のいい魔法の石がある、なんて言っても信じてもらえないだろう。
ラビは、可能な範囲で出来るだけ答えたつもりだったが、セドリックは、まだ疑う目で彼女を見据えていた。
「ユリシスと確認しましたが、騎士団内で、あなたに協力を求められた人間はいませんでした。どこからそういう情報を入手したのかも気になるのですが」
「……えぇっと、その、動物の気持ちが分かるっていうか、考えている事が分かるというか」
「馬や鳥や猫から知れた、という事ですか? その才能があったから、狼も説得出来て、母上の様子もビアンカから聞いていたと?」
半ば納得出来ないように、セドリックは眉根を寄せた。
ラビが黙っていると、先に折れたようにセドリックが大きく肩を落とした。珍しく冷静を欠くように髪をかき上げ、独り事のように呟く。
「動物といるあなたは、彼らとは意気投合しているように見えるから不思議です……つまり、あなたは動物の考えている事や気持ちを、まるで喋っているように正確に受信出来るんですね。ひとまずは、そういう事にしておきましょう。獣師には、うってつけの才能だと思いますし」
でも、とセドリックはテーブルに視線を落として続けた。
「あなたが一人で出て行ったと聞いて、すごく心配しました。お願いですから、勝手にいなくならないで下さい」
「えっと、その……ごめん」
ラビは、手元のコップの中の水に目を落とした。
セドリックは騎士団の副隊長として、どうやら氷狼の調査の件については、調査の段階からきちんと経過報告を知りたかったのだろう。ラビは、仕事を頼まれた獣師として、その点は反省する事にした。
報酬も発生するのだから、例えそこに嘘が含まれていたとしても、彼らが納得する形で報告はするべきだった。
それにしても、その場合はどう嘘を付けばいいのだろうか。
自分の能力や、村人たちから気味悪がられている独り言について、ラビは普段から沈黙という形で応えて来た。『普通の人間が納得するような報告』というものを作るのが、少々難しいように思えてならない。
ラビが考え込んでいると、セドリックが一度席を立ち、クッキーの入った皿を持って戻って来た。彼は何も言わず、三枚のクッキーが乗った皿を彼女の方に置いた。
彼の顔には笑顔はなかったが、どうやら怒ってはいても、クッキーは食べていいらしい。
よく分からない幼馴染だな、と思いながら、ラビはクッキーを口に運んだ。
噛んだ途端、苺の風味が口に広がって驚いた。先程のミルク風味の甘いクッキーは知っていたが、果実入りのお菓子というのは初めてだ。
この感動をノエルに伝えたくて、半分を彼にあげようかと考えて辺りを見回すが、どこにもノエルの姿は見付けられなかった。すぐに戻って来られる距離にはいないのだろう、と残念に思いながら、ノエルは残りの半分も食べた。
「――ラビ、ノエルという男についての話しが、まだ終わっていませんよ」
声を掛けられ、ラビは我に返った。
視線を戻すと、セドリックが頬杖をついてこちらを見ていた。
仕事の報告の件よりも怒っているようで、ラビは、すぐに答えられなかった。
ちょうどその時、人混みから二人の姿を見付けたユリシスがやってきた。彼は、ラビが「げ」と言うのも構わず、三つ目の椅子に腰かけた。
セドリックが話しをしているのを見ていたのか、ユリシスは「状況は把握しています」と涼しい横顔で答え、ハンカチを取り出し眼鏡の埃を拭い始めた。
「ラビ、こっちを見て下さい。一体誰なんですか、ノエルという男は。一緒のベッドに寝るぐらい心を許しているなんて――もしかして、ノエルという呼び名で秘密裏に親しくしている外の男なんですか?」
「なんでそう突っ込んで聞いてくるんだよ! しつっこいッ」
一方的にまくしたてられ、ラビはたまらず反論した。幼馴染とはいえ、セドリックに、自分の交友関係を把握されなければならない理由はない。
隣で話しを聞いていたユリシスが、眼鏡を掛けながら「年上の恋人なんですかねぇ」と他人事のようにぼやいた。
ラビがユリシスを睨みつける向かい側で、セドリックの眼光に殺気が灯った。
「――年上……なるほど旅の男ですか。どこの馬の骨です?」
「だから親友だってば! お前もルーファスも知らない奴! オレにだって友達ぐらいいるんだからなッ?」
「あなたと長い付き合いがある人間で、僕達の知らない者がいるとは信じられません。まずは、その親友とやらを僕に紹介して下さい。彼に直接話しを聞きます。逃避行だなんて、ろくな男じゃない」
「お前何言ってんだ!」
どうにも説得出来そうにない。
二人の男の視線を受けて、ラビはテーブルに突っ伏した。
オレに友達がいるのがそんなに信じられないとか、こいつマジで失礼過ぎる。
腹の中で文句を吐き出して、彼女は悔しそうに奥歯を噛みしめた。話しの様子を少し見守っていたユリシスが、ラビを横目に見てこう言った。
「そんなに仲がいいのなら、紹介するぐらい問題ないでしょう。何を必死になっているのですか」
「外野は引っ込んでろッ」
畜生、こいつがいると余計に面倒になっているような気がする!
ラビは、テーブルに伏せたまま噛みつくように反論した。
グリセンは早々に粥食を済ませて、朝一番の胃薬を飲んでいるところだった。ラビが一人で町を回ってくると告げると、「えッ、今から一人でかい」と青い顔をした。
ラオルテの治安は悪くないが、一人では心細いだろうと彼は言った。ラビが強気で「ちょっと見て回るだけだよ、氷狼の件で調べたい事もあるんだ」と言い通し、仕上げとばかりに睨み付けると、気弱な彼は引き攣った笑顔で許可した。
※※※
念のため、昨日ユリシスからもらったメモ用紙を、しっかりポケットに仕舞ったまま、ラビは建物を出てすぐ、入口に佇むノエルの姿を見付けると「行こう」と声を掛けて足早に歩き続けた。
『なんだ、機嫌が悪いな』
「朝っぱらから面倒な説教をされたんだよ。すぐに追い出してやったけどさ」
『ふうん、そうなのか。起こしてやれば良かったな』
ラオルテの町は、大きな荷車が多く行き交う事もあって、通りは広く造られていた。並ぶ建物の間を横断する道は、五台の馬車が並んでも余裕があるほどに広い。
朝も遅い時間だったので、既に人通りは一際賑わい、町中が活気に溢れていた。
ノエルは、ラビが朝食を抜いた事に気がつくと、いい匂いのする店があると彼女を誘った。そこは小さな食堂のようで、外に丸いテーブルと三脚の椅子が置かれた席が、四組用意されていた。
通り過ぎる人間が、よそよそしくラビを見ていった。金髪金目を見て、珍しそうな顔を向ける男もいたが、多くの人々は、不幸をもらいたくないと言わんばかりに距離を開けた。
朝食の時間を過ぎた店内は客足も引いていたが、厨房に立つ男も、ラビには良い顔をしなかった。悪いけど他にも客が入っているから、外で食べてくれないかと歯切れの悪い口調でいった。
「ちょっとッ、あんた何いってんだい! 可愛らしいお客さんじゃないか」
すると、店の奥からふくよかな身体をした中年の女が出てきて、ラビに「嫌な思いをさせてごめんね」と、卵サラダの挟まれたサンドイッチと、「おまけだよ」とクッキーを三枚付けてくれた。ラビは礼を言って、外の席に腰かけた。
不吉な金色を持つ人間に対する評価は、人それぞれだ。
ラビは改めてそう思った。通り過ぎる人間の目には苛立ちを覚えたが、気にしないように心掛けて、サンドイッチを頬張った。
ノエルはしばらくラビの足元にいたが、ふと顔を上げて遠くの方に耳を済ませた。
『ちょっと気になるところが出来た。……見てくるから、そこで待ってろ』
「何かあるの?」
『妙な気配が動いているのを感じる。一カ所に集められた【月の石】の場合は、移動する際に僅かな力の流れを生むから、可能性を考えてちょっと見てくる』
ラビは食べかけのサンドイッチを置こうとしたのだが、ノエルは『しっかり食え』とすぐに注意した。
『人間は弱いからな。ちゃんと食わないと倒れちまうだろ』
「そんな簡単に倒れないよ」
ラビは人の目も気にせず、思わず「オレの事いくつだと思っているのさ」と頬を膨らませた。ノエルは苦笑したが、『とりあえず食っとけ』と、ラビを置いて人混みの中を駆けていってしまった。
一人はつまらないなと思いながら、ラビは、しっかりサンドイッチを完食した。
食後は、サービスでもらったクッキーを食べてみた。一口噛むと、甘い美味しさが口の中に広がって、朝から感じ続けていた苛立ちも忘れて、ラビの表情もつい自然と綻んだ。
ホノワ村に菓子屋はないから、昔から、お菓子を売っている店がある土地には憧れていた。せっかくここまで出向いて来たのだから、隙を見て菓子屋というものを探して立ち寄ってみようかな、とラビは呑気に考えていた。
「美味しそうに食べてますね、気に入ったんですか?」
どこからともなく声が聞こえてきて、ラビはギクリとした。
すると、断りもなく向かいの席にセドリックが腰を降ろしてきた。
ラビが「どっから沸いて出たんだ」と口を開閉させると、セドリックは深い溜息をこぼした。
「慌てて探し回ったんですよ。少し休ませて下さい」
セドリックは店員に水を要求した後、額に浮かぶ汗を拭った。用意された水を一気に飲んで深く息を吐き出すと、しばらくは何も話さず、コップの周りについた水滴を眺めた。
考えるような表情からは一体何を思っているのか読み取れず、ラビは違和感を覚えつつも、二枚目のクッキーに手を伸ばした。
食べ始めると、セドリックが足を組んで真顔で見つめてきたので、戸惑いつつ「食べたいのか」と訊くと、「いいえ」とそっけなく返されてしまう。
セドリックが、テーブルの上で手を組み「ラビ」と静かな口調で言った。
「先日からの事ですが、あなたの調査については不思議な事があります。人に聞いていないのに氷狼の情報を把握していたり、突然一ヶ月以上前の事件を掘り返したりと、――そうですね、まずは今日の調査について目的などを教えて頂けますか」
走り回った疲労があるのか、いつもは優しいセドリックの眼差しが鋭く見えた。
ラビは、尋問されているような気分になって言い澱んだ。
「……その、この町で、氷狼が凶暴になってしまう物があるみたいなんだ。町の外で殺されてしまった人がそれを持っていたみたいで、だから、それを探してる」
「言って頂ければ僕らも動けます。何故黙っていたんですか?」
「えっと、確証がまだないというか……」
目に見えない妖獣の悪鬼というものがいて、彼らに都合のいい魔法の石がある、なんて言っても信じてもらえないだろう。
ラビは、可能な範囲で出来るだけ答えたつもりだったが、セドリックは、まだ疑う目で彼女を見据えていた。
「ユリシスと確認しましたが、騎士団内で、あなたに協力を求められた人間はいませんでした。どこからそういう情報を入手したのかも気になるのですが」
「……えぇっと、その、動物の気持ちが分かるっていうか、考えている事が分かるというか」
「馬や鳥や猫から知れた、という事ですか? その才能があったから、狼も説得出来て、母上の様子もビアンカから聞いていたと?」
半ば納得出来ないように、セドリックは眉根を寄せた。
ラビが黙っていると、先に折れたようにセドリックが大きく肩を落とした。珍しく冷静を欠くように髪をかき上げ、独り事のように呟く。
「動物といるあなたは、彼らとは意気投合しているように見えるから不思議です……つまり、あなたは動物の考えている事や気持ちを、まるで喋っているように正確に受信出来るんですね。ひとまずは、そういう事にしておきましょう。獣師には、うってつけの才能だと思いますし」
でも、とセドリックはテーブルに視線を落として続けた。
「あなたが一人で出て行ったと聞いて、すごく心配しました。お願いですから、勝手にいなくならないで下さい」
「えっと、その……ごめん」
ラビは、手元のコップの中の水に目を落とした。
セドリックは騎士団の副隊長として、どうやら氷狼の調査の件については、調査の段階からきちんと経過報告を知りたかったのだろう。ラビは、仕事を頼まれた獣師として、その点は反省する事にした。
報酬も発生するのだから、例えそこに嘘が含まれていたとしても、彼らが納得する形で報告はするべきだった。
それにしても、その場合はどう嘘を付けばいいのだろうか。
自分の能力や、村人たちから気味悪がられている独り言について、ラビは普段から沈黙という形で応えて来た。『普通の人間が納得するような報告』というものを作るのが、少々難しいように思えてならない。
ラビが考え込んでいると、セドリックが一度席を立ち、クッキーの入った皿を持って戻って来た。彼は何も言わず、三枚のクッキーが乗った皿を彼女の方に置いた。
彼の顔には笑顔はなかったが、どうやら怒ってはいても、クッキーは食べていいらしい。
よく分からない幼馴染だな、と思いながら、ラビはクッキーを口に運んだ。
噛んだ途端、苺の風味が口に広がって驚いた。先程のミルク風味の甘いクッキーは知っていたが、果実入りのお菓子というのは初めてだ。
この感動をノエルに伝えたくて、半分を彼にあげようかと考えて辺りを見回すが、どこにもノエルの姿は見付けられなかった。すぐに戻って来られる距離にはいないのだろう、と残念に思いながら、ノエルは残りの半分も食べた。
「――ラビ、ノエルという男についての話しが、まだ終わっていませんよ」
声を掛けられ、ラビは我に返った。
視線を戻すと、セドリックが頬杖をついてこちらを見ていた。
仕事の報告の件よりも怒っているようで、ラビは、すぐに答えられなかった。
ちょうどその時、人混みから二人の姿を見付けたユリシスがやってきた。彼は、ラビが「げ」と言うのも構わず、三つ目の椅子に腰かけた。
セドリックが話しをしているのを見ていたのか、ユリシスは「状況は把握しています」と涼しい横顔で答え、ハンカチを取り出し眼鏡の埃を拭い始めた。
「ラビ、こっちを見て下さい。一体誰なんですか、ノエルという男は。一緒のベッドに寝るぐらい心を許しているなんて――もしかして、ノエルという呼び名で秘密裏に親しくしている外の男なんですか?」
「なんでそう突っ込んで聞いてくるんだよ! しつっこいッ」
一方的にまくしたてられ、ラビはたまらず反論した。幼馴染とはいえ、セドリックに、自分の交友関係を把握されなければならない理由はない。
隣で話しを聞いていたユリシスが、眼鏡を掛けながら「年上の恋人なんですかねぇ」と他人事のようにぼやいた。
ラビがユリシスを睨みつける向かい側で、セドリックの眼光に殺気が灯った。
「――年上……なるほど旅の男ですか。どこの馬の骨です?」
「だから親友だってば! お前もルーファスも知らない奴! オレにだって友達ぐらいいるんだからなッ?」
「あなたと長い付き合いがある人間で、僕達の知らない者がいるとは信じられません。まずは、その親友とやらを僕に紹介して下さい。彼に直接話しを聞きます。逃避行だなんて、ろくな男じゃない」
「お前何言ってんだ!」
どうにも説得出来そうにない。
二人の男の視線を受けて、ラビはテーブルに突っ伏した。
オレに友達がいるのがそんなに信じられないとか、こいつマジで失礼過ぎる。
腹の中で文句を吐き出して、彼女は悔しそうに奥歯を噛みしめた。話しの様子を少し見守っていたユリシスが、ラビを横目に見てこう言った。
「そんなに仲がいいのなら、紹介するぐらい問題ないでしょう。何を必死になっているのですか」
「外野は引っ込んでろッ」
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