男装獣師と妖獣ノエル 2~このたび第三騎士団の専属獣師になりました~

百門一新

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三章 アビードの町(2)

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 セドリック達と別れたラビは、ごった返す人混みの中を歩き進んだ。擦れ違う人々が気付いたように目を見張ると、視線をそらしてよそよしく距離を開けていった。
 居心地が悪くて、前髪と目元を隠すように帽子を前に引っ張った。すると、更に通行人達から距離を置かれてしまった。後ろ髪が多く見えるようになったせいで、余計に目立つらしい。金髪や金目は不幸を招く、という迷信は根強いのだとも、改めて実感できる反応でもあった。

『後ろ髪を隠した方が目立たないんじゃないか?』

 隣を歩いていたノエルが、そう助言してきた。
 帽子を前に深くかぶると視界の上部分が遮られて、かなり邪魔でもある。ラビは「それもそうだね」と彼に聞こえる声量で答え、帽子を元の位置に戻した。

「それにしても、王都よりも人とか店が密集しているみたいな町だね」
『集落のちょうど中間地点にあって、物流と休憩といった目的が明確にされているせいでもあるかもしれねぇな。馬車は基本的に町の中を走らせたり停車させるな邪魔だ、っていう決まりも、限られた町の敷地内いっぱいに店と人が集まる町だからこその特色ともいえなくもない』

 アビードには、町の周囲三ヶ所に馬車専用の広い停車場が設けられている。そこには御者が休むための宿も設けられており、荷物を降ろす他は、町内に馬車を乗り入れる事は禁止されていた。

 メインとなる表通りの道は広く造られているものの、各地から集まった商人のテント店や簡易屋台が所狭しと立ち並び、そこを多くの人々が往復して狭く感じた。

 広々とした土地に対して、住民の少ないホノワ村では絶対に見られないような光景である。ラビは、ノエルと共に歩きながら、しばし見慣れない古風な雰囲気のその町を散策した。秋先の日差しが地面に照り返し、ローブの中が少し暑く感じた。

「夕方までこの調子だったら、途中でローブ置いてこようかな……」
『乾いた大地に囲まれているから、陽が沈むと地上の熱が引くのも早い。夕方には少し肌寒くなっているだろうから、ローブは着とけ』


 その時、後方で小さな悲鳴が複数聞こえてきた。

 ラビは、もしかしたら自分を見て出された悲鳴なのだろうか、と思って足を止めた。しかし、振り返ろうとした矢先、背後から走ってきた男達がぶつかってきて「うわっ」と声をあげ、咄嗟にバランスをとって転倒を免れた。


 男達は、あっという間に人混みにまぎれて見えなくなった。こんなに人の往来が溢れている通りで、全力疾走するなんて非常識である、とちょっと腹が立った。

『ラビ、大丈夫か?』
「うん、オレは平気だったけど……。ノエルは?」
『ぶつかってたら、こっちが騒ぎになってるぜ』

 他の人間に自分の姿は見えないのだ、とノエルの美しい赤い瞳は呆れたようにそう語っていた。

 ラビは、まだ騒がしさが続いている人の波の向こうを見やった。身長が低いため、一体何が起こっているのか分からなかった。周りを足早に歩いていた人達も、歩む速度を落として、一体何事だろうなという目をそちらへ向けている。

 ラビと同じ方向に首を向けたノエルが、ピクリと耳を立てて、げんなりした様子で「マジかよ」と溜息交じりにぼやいた。

『おい、ラビ。財布は無事か?』
「え、財布?」

 唐突な質問に、ラビは「突然どうしたの?」とノエルを見た。すると、彼が『考えたくはねぇ可能性なんだけどな』と前置きし、顎で騒がしい方向を差してこう続けた。

『後方の騒ぎは、どうやら白昼堂々のスリらしい。んで、何人かの人間が、走っていった男達に財布をスられたと叫んでる』

 まさかと思って、ラビは素早くポケットを確認した。

 そこに財布が無い事に気付いた瞬間、彼女の堪忍袋の緒はあっさりと切れた。故意にぶつかられたあげく、頑張って稼いだ貴重なお金が入っている財布まで盗られたのだ。

『すげぇ殺気が出てんな。やっぱもしかして――』
「クソ野郎マジ許さん」

 ラビは怒りのまま低く呟くと、男達が走っていった方へ足を向けて走り出した。それを見たノエルが、『そうなるよなぁ』と呟いて、怒りで半ば我を忘れている彼女を追った。

 彼らが走り去っていったのは、ほんのつい先程だ。人でごった返す中、通行人を無理やり押しのけながら逃走しているはずなので、かなり目立つだろう。

 ひとまず、見付けたらぶっ飛ばす。財布も返してもらう。

 売られた喧嘩は買ってやるという持ち前の精神で、ラビは人の間をぬうように走って、財布を盗っていった男達を捜した。通りを真っ直ぐ進みきると、混雑さが若干解消されているようにも見える一番の広い通りに抜けた。

 目を走らせてすぐ、乱暴に「どけッ」と人を押しのけて走る三人の男の姿が目に留まった。汚れた古いローブで身を包み、頭に独特の結び目をしたターバンを巻いている。
 彼らが通過した場所から、少し遅れて「財布がないっ」という悲鳴が上がった。逃げながらも盗み続けているとは、阿呆じゃなかろうか。ラビは、奴らに違いないと踏んだ瞬間に「待てこの野郎!」と叫んで猛全と走り出していた。

 怒鳴り声を聞いた三人の男たちが、肩越しにこちらを見やった。民族衣装に近い重ねられた旅着は、古風だったのでてっきり中年ほどかと思っていたのだが、彼らは二十代くらいの痩せた彫りの深い顔立ちをしていた。

 余程人混みでまける自信でもあったのか、パチリと絡んだ男たちのブラウンの目が見開かれて、逃げる足が必死さを帯びた。

 同じように、唐突の怒声に驚いてこちらを振り返った人々が、双眼の金色に気付いてすぐギョッとして道を開けていった。おかげでラビとノエルは、人混みをかき分けるという苦労もなく駆けることが出来た。

『こういう都合のいい時もあるんだな』
「めちゃくちゃ腹が立つけど、この時ばかりは都合いいなとか思ったよチクショー!」

 怒りに任せて、ラビは一呼吸で言ってのけた。

 男達は大通りから、建物が日差しを遮るように並ぶ路地に入った。建物の間にはロープが張られていて、多くの洗濯物が風で揺れている。そこにもまた市場のようにテント店が並び、人の密集地帯が出来上がっていた。

 路地はいくえにも分岐して入り組んでいた。人の多い似たような風景と、迷路のように細い通りを右に左にと追い駆けているうちに、方向感覚も狂った。

 気付くとラビは、すっかり彼らの姿を見失っていた。逃走する彼らの不審さよりも、人々はこちらの金色の目と髪に強く反応して、奴らがどの方向へ走り去ったのか足取りのヒントにならないのが忌々しい。

「あの野郎共どこ行った!?」
『まぁ落ち着けよ。そんな遠くには行っていないはずだ、ちょっと待ってろ』

 勢いに任せて闇雲に走り回ろうとする気配を察し、ノエルはそう呼び止めてピンと耳を立てた。凛々しい顔を左右へ向け、優雅な毛並みを持った漆黒の尻尾も小さく揺れる。
 彼のふさふさとした尻尾の動きを見て、ラビは、ちょっとだけ冷静になった――

『あ~……あいつら、盗れるぶんだけ財布をスルつもりらしいな。こっちから少し離れたところでまた騒ぎが起こってる。今も移動中だ』
「根性叩き直してやる!」

 彼女の怒りは、二割増でぶり返した。

 野郎ナメやがって……とラビは低く呟いた。殺気立つその台詞は、もはや女の子のものではない。

『財布盗られたうえ、一度逃げられて怒り心頭って感じだな』

 頭ごと耳を傾げて、困ったように小さく呟いたノエルは、ざっとあたりに目を走らせた。建物同士の間に出来た細い通路を見付けて、『一旦あっちに行こう』とラビを誘った。

『ごちゃごちゃした通りよりも、高台からの方が騒ぎの場所を特定できる。人目もそんなにねぇから、路地に入ったら俺の背に飛び乗れ。一気に屋上まで移動する」

 ラビは頷き返すと、走り出したノエルに続いて方向転換し、細い通路に飛びこんだ。彼がスピードを調整したタイミングで、呼吸を合わせてその背に飛び乗る。


 瞬間、ノエルが太く大きな四肢で地面を踏み締め、一気に跳躍した。振り落とされないように、ラビは彼の首にしっかりしがみついていた。

 空の青さが、その一瞬後に眼前に広けた。
 ほんの僅かな浮遊感の直後、ノエルが、ふわりと建物の屋上へ降り立つ。


 どちらが声を掛ける訳でもなく、ラビは飛び乗った時と同じように彼の背から降りた。ノエルが耳を立てて鼻先を動かす。

 しばらくもしないうちに、彼がある方向へ顔を真っすぐ向けた。そこに目を凝らしたラビは、混みあう群衆の中で祭状態のような賑やかさとは正反対の、道標のように騒ぎが連なっている大通りが目に留まって、大きな目を丸くした。

「確かに、上から見た方がよく分かるね……というか、あいつら馬鹿なの? 追われているんなら逆効果だと思うんだけど」
『多分すぐに町を出るつもりなんだろ。人の入れ替わりが激しい定住区外ってのは、だから普段から治安もそこまで良くねぇところが多い』

 その点は懸念してんだよなぁ……とノエルは、つい口の中に独白を落とした。場合によっては、金髪金目に対する過激な態度に出る連中が出る可能性も、皆無ではない。
 ホノワ村がある地方ではないが、一部では昔から、見世物小屋や人身売買も続いている。その関係商人が、この街を出入りしていないとも限らない。

 比較的に安全なのは、出入りする人間の身元などを確認する制度を持っているような場所だ。ああいった町は、住民ではない旅人や商人や観光者には、やって来た目的を尋ねて記録を取ったうえで入れる。そう考えると、王都や大きな町の方が滞在の心配も少なかった。

 チラリと考えてしまったノエルの隣で、ラビは地上の騒ぎが向かう先を目算していた。頭に浮かんだのは、出来るだけ速く先回りする方法である。

「よしっ、これならイケる!」

 ラビの元気な意気込みが聞こえて、ノエルは目の前のことに思考を戻した。

『おいラビ、無茶だと判断したら俺が出るからな』
「分かってるって、でも大丈夫!」

 そう答えながら屋上の縁(へり)へ向けて走り出し、ラビは「ノエル行こう!」と右手で合図した。
 ノエルは、彼女のこれからの行動を察し『仕方ねぇな』と吐息混じりに言った。けれどその口角は引き上がっており、軽々と駆け出した彼の毛並み豊かな尻尾は、その心情を物語るように大きく揺れていた。
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