男装獣師と妖獣ノエル 2~このたび第三騎士団の専属獣師になりました~

百門一新

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四章 残されたセドリックと男達の災難

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 まるでタイミングを計ったように地響きがやんで、セドリックは茫然と立ち尽くしていた。事態を察した部下が周りに集まってくるが、その声が耳に入ってこない。

 彼女が落ちていく光景が、脳裏にフラッシュバックする。押し潰させてなるものか、と無我夢中で巨大な瓦礫を蹴り飛ばしたものの、結果的にラビの姿を見失ってしまっていた。

 ノエルが穴に飛び込むのは見えていたので、無事だろうとは思うものの、目の前にしていながら彼女自身に何もしてやれず、引き離されてしまった事には冷静でいられなかった。

 新しく開いたその穴は、かなり深いのか、奥は闇が広がっているばかりで何も見えないでいる。テトやジンが、そこを覗きこんで無事を確認する声を張り上げているが、物音一つすら上がって来ない状況だった。

 手の届かないところに離れていく、という感覚で一気に貫かれた胸が、まだドッドッドッと嫌な鼓動を立てている。

 どんな形であっても、ラビを失いたくないのだ。
 本音を言えば、片時だってそばを離れたくない。

 むしろ彼女が許してくれるのなら、すぐにでも結婚してしまいたいくらいなのに、もし、誰か別の男のもとに嫁ぐとしたのなら――と、普段の冷静さがなくなったセドリックの頭は、胸の痛みをそれに重ねて、場違いな妄想に飛んでいた。

 そうなったら、このような感覚に襲われるのだろう、と想像がかきたてられた直後、思考が限界を越えてプツリと焼き切れた。

 近くにいたサーバルが、その音に気付いて「え」と引き攣った声を上げて振り返る。けれどセドリックは、そちらにも気が回らないまま、いつもの温厚な雰囲気もなくなった真顔で、ある方向にゆらりと身体を向けていた。

 そこには、ベックを筆頭とする三人兄弟の盗賊団がいた。彼らは、端整なセドリックに絶対零度の眼差しを向けられてすぐ、「ひぃッ」と震え上がって、互いを抱き締め合った。

 強烈な殺気と共に、彼が剣の柄に指を掛けるカチャリ、という音を察知したヴァンが、勢い良くそちらを見やって慌てて口を開いた。

「ちょっと待ってください副隊長ッ、一番の幼馴染が落ちてブチ切れる気持ちは察しますけど、あいつにはデカいワンコがついているんだから、大丈夫ですよ。今は威圧して殺しにかかる場合でもねぇでしょうに!」

 歩き出していたセドリックが、年長組の部下の声を聞いて、ピタリと足を止める。ベック達は、助かったという顔をしたが、向けられ続けている殺気量に耐えられず「おっかねぇッ」と逃げ出した。

 それを見たテトが「いいんすか?」ときょとんとして手短に尋ねると、ユリシスが身体の強張りを解いた。入口に向かう盗賊団の後ろ姿から、ふいっと視線をそらして「放っておきなさい」と、溜息交じりに眼鏡を押し上げる。

 その時、緊張が解けて静けさが増した場に、ぽとり、という音が上がった。

 全力疾走していたベック達が、走り出して数メートルの距離で、疑問を覚えた様子で「ん?」と声を揃えて急停止する。地面を張って進んでくるような音が聞こえ始めて、同じように異変を察したセドリック達も、辺りの様子へと目を走らせた。

 いつの間にか、広間の周りは蛇の大群に囲まれていた。壁の隙間や手すり、支柱の上へ通路から、大量の蛇が次々に溢れ出ている。

 尋常ではない、床を埋め尽くす量の蠢く蛇の大群を見て、三人兄弟の盗賊団が「ぎゃあああああッ」「気持ち悪い!」「オバケ蛇が出たあああああああッ」と、両手を上げて全力の駆け足で戻り始めた。

 その蛇は、身体が半透明だった。長さは大人の男の腕二本分ほどで、透明度は個体によってバラつきがあり、細長い身体がするすると地面を這う動きに呼応するかのように、様々な色彩が発光して蠢いていた。透明度が弱い蛇は、色鮮やかな毒蛇を連想させた。

「ちょっと、気持ち悪いかも……」

 一同が、広間中央の巨大な穴の近くまで下がる中、テトが退路を断つように埋め尽くす蛇の大群の様子を眺めて、そう言った。

 蛇の色や柄には、同一性がない。まるで大陸中にいる、膨大な蛇科の種類が集っているようにさえ見える光景を前に、ジンもゴクリと唾を飲みこんで口を開く。

「というか、コレって何蛇なんだよ……」

 透明さがほとんどない無発光の蛇についても、図鑑でも見覚えのない柄が沢山いた。全部が同じ体長をしているせいで、折り重なった身体は、どれがどの蛇のものか分からないほどだ。

 盗賊兄弟が逃げ帰ってくる様子を、横目に睨みつけていたユリシスが、ふと、周りから次々に溢れ出てくる蛇へ視線を戻した。しばし観察し、訝しげに言う。

「気のせいですかね。随分古い時代に生息していたと言われている、絶滅種にも見える蛇がいるのですが」

 それを聞いたジンが「んなわけがないでしょう、ユリシス様」と意見し、警戒して剣の柄に手を掛けているヴァンの横から、首を伸ばして彼の方を見やった。

「そうしたら、こいつらは時代を越えて、ここに唯一生息して生き残っている蛇って事になりますよ」
「ジンの言う通りだ。それに、もしそうだとしても、ここに集まっている全部が『同じ大きさ』であるのはおかしい」

 セドリックは、床を埋めて近づいてくる、蛇の群れに目を留めたまま述べた。普通であれば、大小のサイズが近い種族だとしても、年齢の違いで太さには差が出る。まさかここにいる全蛇が、ほぼ同じ年齢であるなんて事はないだろう。

 とはいえ、代表的な害獣種を知っているはずの自分達が、見た事もない未知の蛇だ。ユリシスが警戒しつつ、上司であるセドリックに指示を仰ぐように目を向けた。

「どうします、副隊長? 斬って捨てるにしても、あまりに数が多すぎます。かといって『あの獣師』は、地下に落ちている状況です」
「この蛇をどうにかして、ラビを捜しに行く」

 目を向けず、セドリックは迷わず言いきって抜刀した。それを見たユリシスが、素早く自分の剣を抜いて「了解」と答える。

「というか、副隊長、ユリシス様。……下の方は大丈夫なんですかね?」

 上司達に続いて武器を構えたテトが、心配そうに二人へチラリと尋ねた。

 その不安に答えるように、同じく素早く抜刀して構えたヴァンが「うろたえるな、テト坊や」と、若輩者の後輩を叱り付けるような声を出した。

「あのチビ獣師には、頼れる『狼』が付いているだろ。目先の問題は、この蛇が斬れるかどうかって事だ。そうですよね、副隊長?」
「ノエルの推測では、唐突に現われる大量の蛇は『仕掛けられた術』によるものらしい。その説明通りだとすると、たとえ斬れたとしても殺せるかは別問題で、その術とやらをどうにかしない限り、蛇が全部いなくなる事はないんだろう」

 圧倒的に数が多すぎる。勢いで来られた場合、ここにいるメンバーで突破出来るかと言われれば、勝算は未知だ。

 そのうえ、これら全ての蛇が、無毒なのか猛毒持ちなのかも不明なのは厄介だった。もし、確認されていない未知の毒があったら、と考えると易々と噛まれてしまうわけにもいかない。

 セドリック達は、蛇の群れが床を覆い尽くす光景を睨み据えた。大量の蛇が折り重なり合いながら、すぐそこまで迫っているのを見たベック達が、互いを抱き締めあい声を揃えて叫んだ。

「もう安全なスペースがなくなっちまうよおおおおおおお!?」

 その瞬間、まるでその大声に反応したかのように、近づいて来た蛇の一匹が、身体をくねらせて飛び上がった。セドリックは間髪入れず、先陣を切るように数歩前に踏み出して、空中で口を広げたその蛇を一刀両断していた。

 感触は、まるで本物だった。けれど切断と同時に砂と化して消えてしまい、ますます正体が分からなくなる。

 その直後、次々に蛇が襲いかかってきて、いちいち驚いてそれを考えている暇はなかった。ひとまず斬れる、今はそれが分かっただけでいい。

 自分達に残されたスペースに侵入させないよう、セドリックが動き出してすぐ、ヴァン達も「副隊長に続け!」と果敢にも蛇を斬り伏せ始めた。ユリシスが素早く剣を振るい、数匹のヘビを吹き飛ばして、忌々しげに口許を歪める。

「なるほど、『砂の亡霊』とはよく言ったものです……!」

 数が多すぎて、斬っても斬っても減る気はしない。砂となって消える様は、殺しても知らないうちに蘇っているのではないか、という錯覚まで起こさせた。足元にいた蛇の頭を潰しても、崩れ落ちた砂の残滓が残らないせいでもある。

 どうにか手がないか考えながら、セドリック達は、無駄のない動きで蛇を切り続けていた。自分達がいるスペースまで大群を踏み込ませない様子を、目を丸くして見つめていた盗賊三人に気付いたジンが、こめかみにピキリと青筋を立て、持ち前の不良じみた気性の荒さを剥き出しに「おいクソッタレ共!」と怒号した。

「途中でチビ獣師を助けようとしたのは認めるが、俺は怒っているんだからな! ぶっ飛ばされたくなかったら、テメェらもぼさっとしてないで、ちったぁ加勢しろ!」

 品の欠片もない下町口調で叱り飛ばされたベック達が、慌てて腰からサーベルを引き抜いて参戦した。しかし、なかなか蛇を斬れないどころか、何度も空振りする。

 ヴァンが額を押さえて「この盗賊共、マジかよ……」と天を仰いだ。再び片手で器用に蛇の群れを蹴散らしに掛かりながら、目を向けずに言う。

「テト、あっち側の防衛を手伝ってやれ」
「了解っす」

 テトが答えて、身軽に移動する。その空いたスペースにサーバルが入り、見た目の温厚さからは想像もできない馬鹿力で、剣を振るって近くにいた蛇達を吹き飛ばした。その間も、ベック達の刃物は宙を切っていた。

「兄貴ッ、俺ら刃物なんてほとんど使わねぇし、全然あたんねぇよ!」
「蛇が細すぎるんだけど、どうしたらいいと思う!?」
「くっそぉ、こうなったら……ッ」

 ベックは、テトがサポートとして大活躍する中、ざっと辺りに目を走らせた。とある物に目を留めると、ハッとして瞳に自信の輝きを宿す。

「これだ! こっちの方が絶対正確だろっ」

 そう口にして駆け寄ってすぐ、ベックは瓦礫を手に取った。弟達に現物を見せると、手本のようにそれを「そぉぉおおい!」と、蠢く蛇の群れに向かってぶん投げた。

 真っ直ぐ飛んだ瓦礫が、見事に数匹の蛇に直撃し、まとめて呆気なく砂と化した。それを見て、ベックはますます自信が戻った顔で、弟達を振り返る。

「原理は分からねぇが、こいつらは『砂の蛇』なんだッ。投石戦法で、どうにか、なる!」
「さすが兄貴ッ、断言する表情が凛々しい!」
「超かっけぇ!」

 直後に三人は、次々に瓦礫を拾い上げて、武器としてそれを投じていった。そのやりとりを背中で聞いていたユリシスが、「彼らは、阿呆なんですかね」と呟き、警戒するのも馬鹿らしいとでも言うように、そちらを完全に彼らとテトに任せた。

 セドリックは、隙なく次々に蛇を切り捨てながらも、落ち着いた表情の下で焦燥と苛立ちが増していた。

 今すぐにでも、はぐれてしまったラビの安否を確認するために行動を起こしたいのに、蛇が邪魔だ。それだというのに、状況は一向に変わらず、こちら側の安全スペースへの侵攻を阻止し続けているので、ようやくの状況が歯がゆい。

「ヴァン。テトに持たせてある荷物の中に、爆薬はなかったか」
「副隊長、勘弁してください。そんな物騒なものは持って来てません」

 体力底なしのヴァンが、長期戦に不利なユリシスをサポートしつつ真顔でそう答えた。「俺は煙草が吸いたいです」と呟いた彼の向こうで、サーバルが「気を引き締めろよバカッ」と、余裕のない状況下のせいで、相棒へ珍しく暴言を吐いた。


 その時、蛇達がタイミングでも計るかのように、ピタリと不自然に止まって攻撃をやめた。機敏な動きで、一斉に数歩先の距離まで離れていく。


 セドリック達は剣を構えたまま、ベック達は瓦礫を投じようとした姿勢のまま「なんだ?」と、その不自然な蛇の行動を目に留めた。蛇達は警戒するように顔を向けながらも、こちらから一定の距離をたもって、飛びかかる気配は見せないでいる。

 乱闘騒ぎのような攻防が途絶えて、蠢く蛇の音だけがひそひそと続いていた。

 その静かな音に耳を済ませていた一同は、ずるり、と広間の奥の影から重々しい音が聞こえてハッとした。途端に嫌な予感を覚えて、背筋がすぅっと冷える。

 まさか、と顔を引き攣らせながら、彼らはゆっくりとそちらに目を向けた。
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