男装獣師と妖獣ノエル 2~このたび第三騎士団の専属獣師になりました~

百門一新

文字の大きさ
32 / 39

五章 宝を守る大蛇と、砂の亡霊(1)

しおりを挟む
 地下通路を、ノエルがラビを背に乗せて風のように進む。

 彼が勢いよく四肢で駆けるのを、優雅な漆黒の毛並みの下にある、熱を持った筋肉の動きでも感じていた。ラビは振り落とされないよう、しっかり背にしがみついて前方を見据える。

『このまま一気に地上に出る。風圧がきついだろうから、ちょっと息を止めてろ』
「分かったッ」

 耳元でバタバタと鳴る風の音に負けないよう、ラビは叫び返して身構えた。
 落ちてきた穴の真下に到着した瞬間、ノエルが四肢を踏みしめて、高く跳躍した。ごぉっという風音が上がり、真っ直ぐ上へと向かう彼の背で、呼吸を止めた数秒後、ふわりと浮遊感を感じた時には、先程の広間に踊り出ていた。

 天井が少し近く感じるくらいまで、高く飛んでいた。

 上昇がやんだ彼の背中から、ラビは眼下の光景を見下ろして、びっくりして声が出なかった。

 中央に開いた大きな穴辺りにいたセドリック達が、気付いたようにこちらを見て目を見開いた。けれど、それにすぐ応える余裕はなかった。何故なら、彼らのいるスペースを残して、一帯を蠢く何かがびっしりと覆ってしまっていたのだ。

 よくよく見れば、それは床が見えないほど大量に重なった蛇の群れだった。周囲の壁の下部分も埋まってしまい、支柱にも巻きついて、もぞもぞと身体を動かしている光景に、ラビはゴクリと唾を飲み込んだ。

「うわぁ……予想以上に数が多い……。これは、ちょっと気持ち悪いかも」
『想定以上の大集団だな』

 同じように眼下に広がる蛇の群れの様子を眺め、ノエルが普段はある荒っぽい口調を、まるでうっかり忘れたかのように『これは予想外の数だ』と口にした。落下の軌道を、セドリック達の元へと向けながら、ふと、奥の暗がりへ目をやる。

 その瞬間、しがみついている背中ごしに、彼の身体がピキリと強張るのを感じた。どうしたんだろう、と思って同じ場所を確認したラビは、大きな金色の瞳を見開いた。

 そこには、持ち上げた首が二階部分を越える巨大な蛇が、どっしりと身を構えていた。外で見た巨木を思わせる身体は、鮮やかな橙色とアメジストの斑模様で、影になった頭部分から見える瞳は、生気を感じない黒曜石みたいに真っ黒だ。

「あれが術具の蛇……、デカい。見た事もないくらい巨大なんだけど、あの、えぇと、その…………妖獣世界の蛇って、なんだかすごいんだね」
『お前、今、後半でいっぱいになって感情ごと丸投げしただろ。妖獣世界の蛇っつったって、全部があんなんじゃねぇからな?』

 それホントなのかな、とラビは思ってしまう。だって大蛇は、民家一つくらいペロリと食べてしまいそうなほど巨大だったのだ。分厚くなった盾のような、蛇皮の一枚ずつまでハッキリと見えるくらい大きい。

 下からこちらを見上げた三人盗賊団のベック達が、ゆるやかに高度を下げてくるラビの姿に気付いて、遅れてわたわたと騒ぎだした。

「おいおいおいっ、凶暴なガキが落下してくるぞ!」
「兄貴ッ、蛇のところに落ちたらどうする!?」
「どうにかして受け止めなきゃだぜッ」

 そばにいたヴァンが、片耳に指を突っ込んで、煩いなぁと言わんばかりの表情で彼らを見やってこう言った。

「あいつは獣師で、ちょっとした事情で『今は透明になっている狼』がついているから大丈夫だ」

 それを聞いたベック達が、怪訝そうに「透明になった狼?」と声を揃えた。

 すぐそこまで迫っていたラビは、一瞬だけノエルがふわりと落下を減速したタイミングで、彼の背から飛び降りて身軽に着地した。まずは状況を確認しようと思っていたのに、顎先に少し鬚を残したジンが先に声を掛けてきた。

「お前っ、無事だったか。どこにも怪我はしてねぇよな?」
「うん? オレは平気だけど」

 どこかほっとした様子の彼を見つめ返して、ラビは小首を傾げた。

 こちらに視線を向けてくる男達は、全員抜刀して剣を持っている状態だった。こんなに大量の蛇の大群に囲まれていた彼らの方が、大変だったのではないだろうか、と不思議に思いながら言葉を続ける。

「予想外に落ちたけど、ノエルと一緒だったから。戻ってくるのが遅くなったのも、ちょっと下を見てこようかってなってさ――ノエル、ありがとう、お疲れ様」
『どうって事ないさ』

 ラビは、話している途中で、足音もなく隣に降り立ったノエルの頭を撫でた。誰の目にも映っていない彼が、上機嫌にその手に頭を擦り寄せる。

 三人兄弟の盗賊団であるベック達が、揃って耳を叩き、動かされるラビの手元を凝視した。その息の合った仕草を見て、テトが「やっぱ兄弟なんだなぁ」と場違いな呑気さで共感を求め、ヴァンを困らせた。

 その時、ラビはガシリと両肩を掴まれて、ノエルとの会話を続けられなくなった。何事だと思う間もなく、力強い手で身体の向きを変えられてしまう。

 びっくりして目を見開くと、そこには幼馴染のセドリックがいて、高い背を少し屈めてこちらを覗き込んでいた。

「ラビッ、怪我はありませんか!?」
「へ? あの、別にないよ……?」

 両肩を掴んでいる両手は、力強てびくともせず、そこから彼の大きな手の熱が伝わってきた。その後ろには、呆気に取られた表情を浮かべたサーバがいて「剣を投げ捨てないでくださいよ……」と呟いている。

 ただ一人冷静なユリシスが「珍しいですね」と言いつつ、上司のそれを拾い上げた。その様子を彼越しに目に留めていたラビは、茫然としつつ呆れた眼差しをセドリックに戻した。

「というか、セド……? サーバルさんがすごく反応に困っているみたいだけど、なんで剣を放り投げたの」
「ラビ、無事な顔を見せてください」
「また『話す時は目を合わせろ』ってこと? あのさ、今はそういう状況じゃな――ん? そういえば、体術得意なイメージなかったんだけど、セドってば、さっき凄く大きな瓦礫を蹴飛ばしてなかった?」

 昔はよくあった距離感だったから、ラビは馴染みのある愛称で呼んでいる事にも気付かず、見上げてそう尋ね返していた。

 目が合った途端、どうしてか、セドリックが真面目な顔で動かなくなってしまった。小首を傾げて「セド?」と確認してみたら、ますます凝視されて不思議になる。

「…………こんな時に、夢の光景がフラッシュバックするとは……」
「セド、何ぶつぶつ言ってんの?」

 訝って訊いたところで、ラビは周りで蠢く蛇の群れの音にハッとした。

 こんな事をしている場合じゃないのだ。肩に乗ったままの、すっかり硬直している幼馴染の手から離れると、「ちょっと集合!」と元気な声を上げて、上司の様子を不思議そうに見守っていた男達を呼び寄せた。


 一同を集めたところで、穴に落ちた際に、ノエルが地下の方から何かを感じ取ったので、一緒に降りてみた事を話し聞かせた。

 そこで小さな妖獣に会い、『砂の亡霊が守っている宝』は、彼が使える可能性の高い首飾り型の術具だと分かった事。それは巨大な蛇が持っている状況で、それを大蛇の身体から引き離せば、ここにいる全ての蛇も消えてくれる事……


 現状を打開するための真面目な説明が始まってすぐ、セドリックも仕事モードに戻って、部下から自身の剣を受け取って真剣に聞いていた。騎士団だけでなく、気付くと盗賊団のベック達も耳を傾けていた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】死の4番隊隊長の花嫁候補に選ばれました~鈍感女は溺愛になかなか気付かない~

白井ライス
恋愛
時は血で血を洗う戦乱の世の中。 国の戦闘部隊“黒炎の龍”に入隊が叶わなかった主人公アイリーン・シュバイツァー。 幼馴染みで喧嘩仲間でもあったショーン・マクレイリーがかの有名な特効部隊でもある4番隊隊長に就任したことを知る。 いよいよ、隣国との戦争が間近に迫ったある日、アイリーンはショーンから決闘を申し込まれる。 これは脳筋女と恋に不器用な魔術師が結ばれるお話。

引きこもり少女、御子になる~お世話係は過保護な王子様~

浅海 景
恋愛
オッドアイで生まれた透花は家族から厄介者扱いをされて引きこもりの生活を送っていた。ある日、双子の姉に突き飛ばされて頭を強打するが、目を覚ましたのは見覚えのない場所だった。ハウゼンヒルト神聖国の王子であるフィルから、世界を救う御子(みこ)だと告げられた透花は自分には無理だと否定するが、御子であるかどうかを判断するために教育を受けることに。 御子至上主義なフィルは透花を大切にしてくれるが、自分が御子だと信じていない透花はフィルの優しさは一時的なものだと自分に言い聞かせる。 「きっといつかはこの人もまた自分に嫌悪し離れていくのだから」 自己肯定感ゼロの少女が過保護な王子や人との関わりによって、徐々に自分を取り戻す物語。

好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が

和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」 エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。 けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。 「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」 「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」 ──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。

祓い師レイラの日常 〜それはちょっとヤなもんで〜

本見りん
恋愛
「ヤ。それはちょっと困りますね……。お断りします」  呪いが人々の身近にあるこの世界。  小さな街で呪いを解く『祓い師』の仕事をしているレイラは、今日もコレが日常なのである。嫌な依頼はザックリと断る。……もしくは2倍3倍の料金で。  まだ15歳の彼女はこの街一番と呼ばれる『祓い師』。腕は確かなのでこれでも依頼が途切れる事はなかった。  そんなレイラの元に彼女が住む王国の王家からだと言う貴族が依頼に訪れた。貴族相手にもレイラは通常運転でお断りを入れたのだが……。

うっかり結婚を承諾したら……。

翠月るるな
恋愛
「結婚しようよ」 なんて軽い言葉で誘われて、承諾することに。 相手は女避けにちょうどいいみたいだし、私は煩わしいことからの解放される。 白い結婚になるなら、思う存分魔導の勉強ができると喜んだものの……。 実際は思った感じではなくて──?

【完結】オネェ伯爵令息に狙われています

ふじの
恋愛
うまくいかない。 なんでこんなにうまくいかないのだろうか。 セレスティアは考えた。 ルノアール子爵家の第一子である私、御歳21歳。 自分で言うのもなんだけど、金色の柔らかな髪に黒色のつぶらな目。結構可愛いはずなのに、残念ながら行き遅れ。 せっかく婚約にこぎつけそうな恋人を妹に奪われ、幼馴染でオネェ口調のフランにやけ酒と愚痴に付き合わせていたら、目が覚めたのは、なぜか彼の部屋。 しかも彼は昔から私を想い続けていたらしく、あれよあれよという間に…!? うまくいかないはずの人生が、彼と一緒ならもしかして変わるのかもしれない― 【全四話完結】

私の完璧な婚約者

夏八木アオ
恋愛
完璧な婚約者の隣が息苦しくて、婚約取り消しできないかなぁと思ったことが相手に伝わってしまうすれ違いラブコメです。 ※ちょっとだけ虫が出てくるので気をつけてください(Gではないです)

勇者様がお望みなのはどうやら王女様ではないようです

ララ
恋愛
大好きな幼馴染で恋人のアレン。 彼は5年ほど前に神託によって勇者に選ばれた。 先日、ようやく魔王討伐を終えて帰ってきた。 帰還を祝うパーティーで見た彼は以前よりもさらにかっこよく、魅力的になっていた。 ずっと待ってた。 帰ってくるって言った言葉を信じて。 あの日のプロポーズを信じて。 でも帰ってきた彼からはなんの連絡もない。 それどころか街中勇者と王女の密やかな恋の話で大盛り上がり。 なんで‥‥どうして?

処理中です...