皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新

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 本日、離縁の書類が通される。

 セレスティーヌはドレスの裾を持ち上げて廊下を走っていた。

(ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ!)

 王妃になって五年、尽くしてきた。

 休める時を心待ちにしていた。

 セレスティーヌは自分の私室の扉を勢いよく開いた。

「きゃー!」

 中にいた三人の侍女が悲鳴を上げる。

「――て、王妃様! 急に戻られたら驚きますよっ」
「宝石でも盗んでいたの?」
「違います! 王妃様の記録を日誌につけているんですっ」

 セレスティーヌは歩きながら小首を傾げる。

「ああ、あの演劇になっている私の日常ネタの……?」
「日常ネタではありません! 国民に尽くし、陛下と十三歳からラブラブなお二人の愛の日常についてっ、です!」

 彼女たちは発想力が恵まれているらしい。

「ところで王妃様、まだ戻られる予定ではなかったでは?」

 侍女たちがノートらしきものを三人で背に隠し、尋ねてくる。

 セレスティーヌは思い出して、にーっこりした。

「私、今日で王妃やめます!」
「えー!」
「王妃様を、やめる……!?」
「ど、どういうことですの!?」
「さあバカンスに行くわよ! あ、荷物はあとで陛下かヴィジスタイン公爵家の人間にお願いするから、必要な分だけ先に荷造りを手伝ってちょうだい」

 セレスティーヌがテキパキと指示していくせいで、侍女たちは慌てて走り回るしかない。

 手伝いで入室させられた護衛騎士たちも、頭に疑問符をたくさん浮かべながら、侍女たちの作業を手伝っていく。

 セレスティーヌは衝立の向こうで着替えもした。

 実家に戻るのにいい、久しぶりに装身具も少なめのドレスだ。

「というわけだから、新しい王妃と仲良くね!」

 セレスティーヌは旅行鞄を一つ手に持ち、あっという間に扉から出た。

「お、王妃様ー!」

 室内で上がった男女の困惑極まった悲鳴が、廊下まで響き渡った。

 ◇∞◇∞◇

「お父様ただいま!」
「うぉおぉおぉっ!?」

 思い切り開け放された玄関で、そわそわと落ち着きない様子で待っていた父が、手に持っていたティーカップを放り投げた。

 それを見て、扉を左右から開けた私兵が『やっぱり』という顔をする。

 セレスティーヌが歯を見せて笑うと、ティーカップをどうに受け止めた執事がやれやれとぼやいた。

「お嬢様、相変わらずですな……面白かったですか?」
「久しぶりで面白かったわ」
「お、お前はっ、王妃になったのにそこは変わらないのかっ」
「あらお父様、王妃をしている間は〝ちゃんと王妃をしていました〟よ?」

 にこにこして答えると、父が大きすぎるため息を落とした。気を取り直すように髪をかき上げる。

「陛下から知らせが届いた。まさか本当にすぐ出てくるとは……」
「さすがアルフレッド様、いえ―以下ですね。お仕事が早いです。五年前にお約束していた通り、好きなことしていいんですよね? しばらくバンカスしたいです」
「お前はほんと走り回るのも好きな子だったなぁ」

 しみじみした様子で父がセレスティーヌを見た。

「お父様は相変わらず、こんなところにお気に入りのティーカップを持ってるくらい、落ち着きがないところは変わりありませんね」
「陛下も陛下だが、お前も決断と行動が早すぎるんだっ。とんでもない行動に出るのではないかと心配して、こうして待っていたんだぞっ」
「お母様は? 先週お茶をしたばかりですけれど」
「知らせを見て、寝込んだ」
「あらま」

 セレスティーヌは口元に手を添える。

「その優雅さは及第点だが、少しは母を心配しなさい」

 告げる父の身体は、わなわなと震えていた。

「仕方ないですね。それでは戻ってから挨拶はしようと思います。それまでに現実を受け止めて頭の整理もつくと思いますし」
「お前が次男あたりだったら歓迎だったんだが……!」
「残念ながら私は娘で、長女ですわよ、お父様」

 セレスティーヌはメイドに声をかけ、旅行の準備をお願いする。

「はぁ……お前のことは誰よりも分かっているつもりだ。まぁ、なんだ。ご苦労だった、セレスティーヌ」

 頭を少しかきながら父が呟いた。

 セレスティーヌの動きが、僅かに止まる。

(決して短くない年月だったわ)

 十三歳で王妃になって五年、気軽に家に帰ることもできなかった。

 そして王の側近として様子をよく見ていた父は、思春期を迎えたセレスティーヌの気持ちの変化も、知っている。

「ありがとうございます」

 今はもう平気だ。

 そう伝えるように、セレスティーヌは気取らない笑みを返す。

「よろしければ、少しお茶でもしませんか?」
「それはいいな。エディー、私と娘は少し休む。準備を」
「かしこまりました」

 執事が少し気にしたようにセレスティーヌに視線を送ったが、先に行く。

「ところでバカンスというと、アイオスの別荘でいいんだな?」

 一緒にリビングのほうへ歩きながら父が確認した。

 ヴィジスタイン公爵家の『バカンス』と言えば、王都隣の領地アイオスの別荘で遊ぶことを差している。

 セレスティーヌも王妃になるまでは、両親、または兄の連休を使って遊びに行ったものだ。

「はい。王都近郊ですし、釣りができる湖も馬を走らせる土地も豊富な場所ですから」
「領地視察でフレデリクが侍従とそこにいる。数日では次の場所に向けて発つ日程だが、それまでは久しぶりに兄妹でも楽しめるだろう」
「ありがとうございます」

 ◇∞◇∞◇

 自宅で久しぶりに父と親子の時間を過ごした。王城でも話す時間はあったし、ここでされたのは他愛のない話しだ。

 ――これからどうするつものなのか。

 王妃の役目を終えたばかりの娘に、さすがの父も尋ねることは控えたらしい。

 だからセレスティーヌは自分から予告した。

「戻ってきてから、今後のことは考えようと思っています」
「ああ……それまで楽しんでおいで」

 王妃としての役目、本当にお疲れ様、と父は滅多に見られない切なそうな、優しい笑みでそうセレスティーヌに告げた。

 自分たち家族が気軽にもっとも利用していた別荘。いつものように、令嬢だから馬には乗るなだとか、森へ行って兄と一緒に狩りをするんじゃないぞ、だとかいう父の小言はなかった。

「しばらく騒がしいだろうが、こっちのことは心配するな。私がすべて対処しておく」

 父はこれら王城に行くとのことで、セレスティーヌは二階へ上がる階段の前で別れた。

 二階の私室は、綺麗なまま保たれていた。

 以前セレスティーヌ付きだったメイドも加わって作業しているのかと思いきや、一番古いメイドが一人だけで、数日分の着替えを鞄につける作業を仕上げているところだった。

「そのまま残っているのね。好きに使ってくれてもよかったのに」
「実家で羽を伸ばしたくなった際に使えるよう、旦那様たちが常に清潔にしておくよう指示されていたのです。何年かかるか分かりませんが、いつ戻られてもいいように奥様も毎年季節に合わせて、いつも通り整えておられましたよ」
「そうなのね」

 昔からいるメイドがにこにこして教えてくれた。

 そういう〝約束〟だった。

『十三歳で結婚だなんて……! この子につらい王妃の仕事をさせると言うのっ?』
『セレスティーヌが決めたんだ』
『でもあなたっ、あの子はまだ十三歳なのよっ』
『だから我々もせいいっぱい支えていこう』

 アルフレッドと結婚することを決めた日、気丈な母が父に泣いていた光景は、今もセレスティーヌの記憶に残っている。
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