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序章 はじまりは、大妖怪と恋した田舎の伯爵
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イルエマニエル王国には、昔からあやかしや精霊といった存在があった。もっとも近しいのが、あやかしの妖怪国であるが、それでも異種間の交流といったことはほとんどない。
――人は、異なる存在を恐れた。
――あやかしは、異種族を否定する〝弱き者〟に興味を抱かなかった。
彼らは、人間が持つ魔力とは違う強い力を持っていた。人間とあやかしの大きな衝突があった折り、『互いに害をなさない代わりに関与もせず』といった協定が結ばれた。
以降、妖怪国の大物たちは沈黙した。
それから長い年月を経て少しずつ、人間に親しみを持つ弱き種族が人里に姿を見せ始め、不思議な力で村人たちの生活を手伝ったりした。人間の中にも、彼らに親しみを覚える者たちが出始めて一部交流が持たれた。
だが、人間の貴族たちからは、相変わらず毛嫌いされていた。不思議な力を持ち、人とは異なる姿と思考を持った化け物だ、と。
――けれど、だからこそ縁を持つべきだ、という声も上がっていた。
魔法使いとは違った、人間を凌ぐ強大な〝戦力〟だ。戦乱時代からの教訓で、国王や一部の貴族たちは、強い力を持った彼らとどうにか交友を深めたがった。
しかし大妖怪たちは、もはや過去のことがあって人間世界に興味を持っておらず、完全に人間を無視した。
その中で、唯一特別に交友を認められている貴族があった。
山々に囲まれたド田舎に暮らす、レイド伯爵家である。祖先が妖怪国の大妖怪を助けたことで、妖怪国に領土をもらったとされている不思議な逸話を持った一族だ。
妖怪国で彼に与えられた領土は、妖狐族が治める土地の一部だという。
しかしながら、もちろん人の身で異界にわたることは出来ない。長く居座れば人としての心を失い、そして肉体は消えていってしまう、と知られている。
『必要な時、我らが人間界に行き、あなたの領民として力を貸しましょう』
そう約束されたらしい。
それを証明するように、レイド伯爵家と領土と周りでは、不思議なことが起こると知られていた。
曰く、田舎伯爵の土地は、災害に見舞われる前に嵐でかき消えてしまう。
曰く、伯爵に害をなそうとした敵国の兵士が、空飛ぶ恐ろしい狐に襲われて全滅した。
曰く、彼の領土に流行り病が入ってきた際、〝巨大な狐〟が空から降りてきて、瞬く間に病を消し去ってしまった……
昔、一度、レイド伯爵家に付いているその不思議な力を、自分に有利にしたいと動き出した貴族たちがいた。しかし、妖怪国のとある王から、イルエマニエ国王へ手紙が届いた。
『〝レイド伯爵〟は、我が恩人にして我らがあやかしの良き理解者であり、友である。彼の意思もなく勝手に手を出そうものなら、彼を守る〝妖怪国の彼の領民〟が黙っていない。――その際、彼らが人間を食おうが殺そうが、我ら各王は止めない』
明白な脅迫だった。当時の国王は、慌てて貴族たちにレイド伯爵家には余計なことをしないよう言い聞かせた。
レイド伯爵は、広い田舎の領土を愛し、代々が権力争いにも参加しない温厚派で知られていた。自ら畑仕事を行うくらいの庶民派であることでも有名だった。
大きな問題もないまま、年月は流れていった。
そして今代で、一人息子のツヴァイツァーが爵位を継いで、レイド伯爵となった。
――のだが、それから数年後、一つの事件が起こって王宮を騒がせた。
あのレイド伯爵が、妖怪国の王の娘を妻に迎えたという。
妖怪国のその王族の代表として、彼女自身が一度だけ、城に挨拶に来るという知らせが届いた。もう城だけでなく王都も大騒ぎになった。
そして当日、黄金色の毛並みに、金の瞳をした美しい巨大な狐が、夫となったレイド伯爵を背に乗せて、当時即位したばかりだった国王の元へ降り立った。
その場で人型をとった彼女は、大きな獣の耳と九本の尾を持った、この世の美貌を集めたかのような美しい女性だった。何枚もの美しい布地を巻きつけるような正装着は、イルエマニエ王国では見たこともないものだった。
登場した途端、誰もが彼女の人外的な美しさに息を呑んだ。今にも呑み込まれそうな強大な妖力は、一瞥だけで立ち合った魔法使いの動きを圧した。
「我は妖怪王の三十七番目の娘、天狐の姫オウカ。このたび、ツブァイツァー・レイドの妻となったゆえ挨拶に参った。我は神位を頂いた大妖怪、人界には長くとどまれぬ」
彼女は、ニコリともせず淡々と語った。
――が、その隣で。
まるで妖力による威圧さえも微塵に気付いていない様子で、若きレイド伯爵が、少女のようにてれてれと頬を染めて立つ姿があった。
「陛下。彼女が、俺の妻オウカです。夫である俺が、先に挨拶すべきだったのに申し訳ございません。ふふっ、オウカの夫ですって言えるのが本当に嬉しくって、すみませんニヤけてしまいます」
……この男は、もしかしたら色々と恐ろしく鈍感なのかもしれない。
国王ならび、そこにいた全員が別の意味で彼の方にも慄かされた。
空気が読めないタイプなのかもしれないが、ひとまず一人だけ幸せたっぷりな感じの気配を漂わせるのやめろ、場違いだぞと、みんな思ってはいた。
とはいえ、国王も含めてそんなことを口にできる雰囲気ではなかったのだけれど。
新婚ほやほやで嬉しさを隠しきれない夫に代わって、妖怪国の姫が、レイド伯爵と父の妖怪王との話し合いの結果を伝えた。
【子は人間界で産み、レイド伯爵が育てる】
【妖怪国は強く干渉しないが、どちらの世界に住みたいのかは子の意思】
二人が飛び立った後、王宮内は一気に忙しくなった。ようやく結婚をしたオウカ姫を祝うべく、その婚姻を認めた人間の国王へ礼の品が次から次へと届けられたのだ。友好を深めるチャンスを逃さないよう、種族別の好みを聞き出して国王から祝い返しを行った。
「陛下、巨人族の代表が町の中央に現れまして、身動きが取れず困っているようです。挨拶をしたいそうなのですが、歩くと街を踏み潰してしまうと使者に訴えております」
「……サイズを小さく出来る魔法使いをかき集めて、丁寧にご案内申し上げろ」
「陛下、上空に現れた三つ首の大蛇が人型になってくれたのですが、力のない人間がそのまま目を見てしまうと、命を奪ってしまうとのことで。目を閉じて頂いたものの、肌に触れると痺れ毒が回るようで、案内しようとした第二小隊が全滅しました。案内も出来ず、硬直状態が続いておりまして、双方大変戸惑っております」
「…………それも魔法使いに至急、都合のいい目隠しを用意してもらえ。それをプレゼントしてさしあげろ」
国王が不眠不休で大忙しの中、レイド伯爵の方では、幸せいっぱいのハネムーンだった。
――人は、異なる存在を恐れた。
――あやかしは、異種族を否定する〝弱き者〟に興味を抱かなかった。
彼らは、人間が持つ魔力とは違う強い力を持っていた。人間とあやかしの大きな衝突があった折り、『互いに害をなさない代わりに関与もせず』といった協定が結ばれた。
以降、妖怪国の大物たちは沈黙した。
それから長い年月を経て少しずつ、人間に親しみを持つ弱き種族が人里に姿を見せ始め、不思議な力で村人たちの生活を手伝ったりした。人間の中にも、彼らに親しみを覚える者たちが出始めて一部交流が持たれた。
だが、人間の貴族たちからは、相変わらず毛嫌いされていた。不思議な力を持ち、人とは異なる姿と思考を持った化け物だ、と。
――けれど、だからこそ縁を持つべきだ、という声も上がっていた。
魔法使いとは違った、人間を凌ぐ強大な〝戦力〟だ。戦乱時代からの教訓で、国王や一部の貴族たちは、強い力を持った彼らとどうにか交友を深めたがった。
しかし大妖怪たちは、もはや過去のことがあって人間世界に興味を持っておらず、完全に人間を無視した。
その中で、唯一特別に交友を認められている貴族があった。
山々に囲まれたド田舎に暮らす、レイド伯爵家である。祖先が妖怪国の大妖怪を助けたことで、妖怪国に領土をもらったとされている不思議な逸話を持った一族だ。
妖怪国で彼に与えられた領土は、妖狐族が治める土地の一部だという。
しかしながら、もちろん人の身で異界にわたることは出来ない。長く居座れば人としての心を失い、そして肉体は消えていってしまう、と知られている。
『必要な時、我らが人間界に行き、あなたの領民として力を貸しましょう』
そう約束されたらしい。
それを証明するように、レイド伯爵家と領土と周りでは、不思議なことが起こると知られていた。
曰く、田舎伯爵の土地は、災害に見舞われる前に嵐でかき消えてしまう。
曰く、伯爵に害をなそうとした敵国の兵士が、空飛ぶ恐ろしい狐に襲われて全滅した。
曰く、彼の領土に流行り病が入ってきた際、〝巨大な狐〟が空から降りてきて、瞬く間に病を消し去ってしまった……
昔、一度、レイド伯爵家に付いているその不思議な力を、自分に有利にしたいと動き出した貴族たちがいた。しかし、妖怪国のとある王から、イルエマニエ国王へ手紙が届いた。
『〝レイド伯爵〟は、我が恩人にして我らがあやかしの良き理解者であり、友である。彼の意思もなく勝手に手を出そうものなら、彼を守る〝妖怪国の彼の領民〟が黙っていない。――その際、彼らが人間を食おうが殺そうが、我ら各王は止めない』
明白な脅迫だった。当時の国王は、慌てて貴族たちにレイド伯爵家には余計なことをしないよう言い聞かせた。
レイド伯爵は、広い田舎の領土を愛し、代々が権力争いにも参加しない温厚派で知られていた。自ら畑仕事を行うくらいの庶民派であることでも有名だった。
大きな問題もないまま、年月は流れていった。
そして今代で、一人息子のツヴァイツァーが爵位を継いで、レイド伯爵となった。
――のだが、それから数年後、一つの事件が起こって王宮を騒がせた。
あのレイド伯爵が、妖怪国の王の娘を妻に迎えたという。
妖怪国のその王族の代表として、彼女自身が一度だけ、城に挨拶に来るという知らせが届いた。もう城だけでなく王都も大騒ぎになった。
そして当日、黄金色の毛並みに、金の瞳をした美しい巨大な狐が、夫となったレイド伯爵を背に乗せて、当時即位したばかりだった国王の元へ降り立った。
その場で人型をとった彼女は、大きな獣の耳と九本の尾を持った、この世の美貌を集めたかのような美しい女性だった。何枚もの美しい布地を巻きつけるような正装着は、イルエマニエ王国では見たこともないものだった。
登場した途端、誰もが彼女の人外的な美しさに息を呑んだ。今にも呑み込まれそうな強大な妖力は、一瞥だけで立ち合った魔法使いの動きを圧した。
「我は妖怪王の三十七番目の娘、天狐の姫オウカ。このたび、ツブァイツァー・レイドの妻となったゆえ挨拶に参った。我は神位を頂いた大妖怪、人界には長くとどまれぬ」
彼女は、ニコリともせず淡々と語った。
――が、その隣で。
まるで妖力による威圧さえも微塵に気付いていない様子で、若きレイド伯爵が、少女のようにてれてれと頬を染めて立つ姿があった。
「陛下。彼女が、俺の妻オウカです。夫である俺が、先に挨拶すべきだったのに申し訳ございません。ふふっ、オウカの夫ですって言えるのが本当に嬉しくって、すみませんニヤけてしまいます」
……この男は、もしかしたら色々と恐ろしく鈍感なのかもしれない。
国王ならび、そこにいた全員が別の意味で彼の方にも慄かされた。
空気が読めないタイプなのかもしれないが、ひとまず一人だけ幸せたっぷりな感じの気配を漂わせるのやめろ、場違いだぞと、みんな思ってはいた。
とはいえ、国王も含めてそんなことを口にできる雰囲気ではなかったのだけれど。
新婚ほやほやで嬉しさを隠しきれない夫に代わって、妖怪国の姫が、レイド伯爵と父の妖怪王との話し合いの結果を伝えた。
【子は人間界で産み、レイド伯爵が育てる】
【妖怪国は強く干渉しないが、どちらの世界に住みたいのかは子の意思】
二人が飛び立った後、王宮内は一気に忙しくなった。ようやく結婚をしたオウカ姫を祝うべく、その婚姻を認めた人間の国王へ礼の品が次から次へと届けられたのだ。友好を深めるチャンスを逃さないよう、種族別の好みを聞き出して国王から祝い返しを行った。
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「……サイズを小さく出来る魔法使いをかき集めて、丁寧にご案内申し上げろ」
「陛下、上空に現れた三つ首の大蛇が人型になってくれたのですが、力のない人間がそのまま目を見てしまうと、命を奪ってしまうとのことで。目を閉じて頂いたものの、肌に触れると痺れ毒が回るようで、案内しようとした第二小隊が全滅しました。案内も出来ず、硬直状態が続いておりまして、双方大変戸惑っております」
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*異世界ものということで、文化や文明度の設定が緩めですがご容赦下さい。
*「小説家になろう」様、「カクヨム」様にも掲載しています。
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