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(一章)父から打ち明けられたのは
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それから四年が経ち、リリアは十歳となった。
アサギの教育指導のもと、引き続き令嬢としてのお勉強もこなしていた――のだが、最近はもっぱら外遊びの時間が多い。
リリアは、成長期のため四肢がむずむずする期間に突入していた。
特に走り回るのが大好きなお年頃だった。何が楽しいのか自分でも分からないのに、夢中になって原っぱを駆けたりした。
思いっきり飛び跳ね、わーいと勢いのまま木に登りもした。しかし、珍しくアサギは叱ってこなくて、授業で部屋に戻りますよとも言ってこない。
「えぇ、えぇ、そんなお年頃の仔狐ですからね。姫様、いいんですよ、どうぞ存分に走り回ってください」
「衣装に皺がー、とか、土まみれにー、とか叱らないの? 木登りも全力ダッシュも、していいの?」
「仔狐には、そうしたくなる時期もあるのです。遊びも、成長に大切なものです。危なくなったら俺が止めますんで、じゃんじゃんやっちゃってください」
難しいことは分からないけれど、今は『外で遊んでいい』というのが勉強らしい。すごく嬉しい。
「この草ねっ、走るとふわふわなのが飛ぶのがすっごい面白いの!」
「この時のために〝猫じゃらし草〟を植えていて正解でしたね」
リリアが引き続き広い庭の原で走る様子を、アサギはうんうんと微笑ましげに見守った。
そうやって行動が活発的になってから、リリアは庭を走り回るだけでなく、村の子供達とも以前に増してよく遊んだ。
レイド伯爵家は庶民派で、とても領民達に好かれていた。リリアも普段は、動きやすいスカート衣装だ。
彼女が大人しくないせいで、下からズボンが高確率で覗くのも村人達は慣れてしまっている。あまりのやんちゃ振りに、時々、子供達は本気で令嬢であることを忘れたりした。
「リリアの髪って、昔からすっげー長いよな。走るの邪魔じゃね?」
「リリアは貴族だから、伸ばしているのよ」
「あ。そうだった」
「私達だって、お嫁にいける十六歳までには、腰まで伸ばさなきゃいけないんだからね」
この国では、女性は十六歳から結婚できた。
婚儀の際、長い髪を結い上げて派手に飾る習慣があった。だから庶民の女性も、十六歳までには腰くらいまで髪を伸ばすのが一般的だった。
「姉ちゃんは、結婚してから好きにするって伸ばしてたなぁ」
「でもお前の姉貴、結局は今も長いまんまじゃん」
「ふふっ、旦那様が好きって言ったからでしょう?」
羨ましい恋愛結婚だわと言った女の子が、そこでリリアへ目を戻す。
「リリアちゃんは、髪結い上げるの大変そうね。耳、押さえたら痛いんでしょ?」
「うん、場合によっては痛い……多分、急所ね」
「おいリリア、自分から急所をバラしちゃだめなんだぞ。あやかしって領地の取り合いで、喧嘩だってするんだろ?」
「あ~、確かアサギがそんなこと言ってたような。それにね、痛くないように帽子を被せたりしても、すっごく窮屈なのよね」
だから母様もしていないんじゃないかしら?
そういえば、頭に被りものや髪を上げたのは見たことがない。リリアは自分の大きな獣の耳を、両手でぽふっと少し押さえつつ思った。
昔から村には、遠くの土地の食料品などを売りにきてくれるあやかしの商人も出入りしていた。リリアの頭にある獣耳も、子供達はすんなりと受け入れてくれている。
「リリアちゃんは貴族だし、いつか婚約者様を持っちゃうのかしら」
「結婚は好きにしていいって父様も言っていたから、婚約者なんて持たないわよ」
大きな木が一つある草原で、子供達と座り込んだリリアはそう答えた。
人間の多くが、あやかしを嫌っていることはアサギから聞いていた。とくに貴族は、異種族への拒絶感とあたりが強い。
だから、リリアは十歳になっても領地から外に出たことはなかった。
王都から届く招待状も、父のツヴァイツァーは『もう少しリリアが大きくなってから』と断っていた。人外嫌いを心配してのことだ。
『拒絶されたら、きっと、傷付くと思うんだ』
以前、父がアサギに相談しているのを、リリアは見てもいた。
父のツヴァイツァーは、いつだってリリアのことを考えてくれている。社交が大きく免除されていることもあって、向こうの貴族達の反応が分からないから不安も強いようだ。
リリアは、父が心配するほど弱い令嬢ではない。
戦闘に長けたあやかしなので、度胸もあり、母譲りの気の強さもある。
でも、社交界や大都会には興味もなかった。人外嫌いがどれほどのものかは、村の外から来る人の反応を見れば分かる。
言われている文句を、わざわざ聞きに行く趣味もない。
「リリア様、そろそろお戻りを」
その時、リリアは、向こうから自分を呼ぶアサギの声に気付いた。アサギは屋敷の外では、いつも名前かお嬢様と呼んでいた。
リリアにつられたように振り返った子供達が、大きく手を振る若い執事の姿を見て「あ」という顔をした。
「リリアのところの執事さんだ」
「領主様と同じくらいの年齢だって聞いたけど、全然変わんないよな」
「童顔なんだって、ママが言ってたわよ」
「もしかしたら、あやかしなのかも。先代様の執事も、たまに手から火を出してたって、爺ちゃん言ってたぜ」
レイド伯爵家は、妖怪国にも領地を持っている。
それは内外にも知られている有名な話だった。ここでは、実際に妖狐が出てきて村人を助けてくれたりもしていた。
だから、伯爵家の執事があやかしであったとしても不思議ではない。
それは友好的な気持ちであって、一体どっちなのかとわざわざ訪ねて確認する者もなかった。
「それじゃあ、またね」
そこで子供達の集まりはお開きとなった。親達のもと戻ることになった子供達と別れ、リリアもアサギと合流してその場を後にした。
屋敷に戻ると、レイド伯爵である父、ツヴァイツァーが彼女を出迎えた。
なんだか困り果てたような様子だった。気になったリリアは、玄関から入ってすぐ彼の服の裾を掴んで尋ねた。
「父様、どうかしたの?」
「それが、そのぉ……」
ツヴァイツァーが言い淀み、三十歳を超えたようには見えない凛々しい顔を、ゆっくりと明後日の方向へそらしていく。
ふと、リリアは、彼が手紙を持っていることに気付いた。それには、勉強した際に見た、国の鳳凰をモチーフにした紋章が入っていた。
アサギが、それを見て思いっきり片方の眉を上げた。視線で回答を迫られたツヴァイツァーが、ようやくリリアへ切り出す。
「可愛いリリア。えぇと、とても言い辛いんだけど、この国の第二王子殿下は、君と同じ年齢でね」
「ふうん? それで?」
話を促すリリアは、腕を抱えて冷ややかな目だ。
「えっと……王族は、子供時代に、年齢の近い子供達と顔を会わせる機会を設けていて。ああ、でも希望制だし、しない子もいるよ」
疑い深く睨み上げられ、ツヴァイツァーが冷や汗を浮かべた。リリアはまだ十歳だが、教育はしっかり受けていたので嫌な予感を覚えていた。
「可愛いリリアを王都に連れていくのはまだ早いと思うし、俺も招待は断っていたんだよ、うん。でも、そろそろ王子の婚約者を決めなくちゃいけないみたいで、その、家柄のある令嬢との引き合わせが始まっていて」
「なるほど。でもウチは関係ないわよね?」
レイド伯爵家は、引きこもりの田舎貴族ともいわれるくらいに弱小だ。社交も大きく免除されていて、他の名家に比べると財力にも劣る。
するとツヴァイツァーが、視線を泳がせて言い辛そうに言葉を続けた。
「それが、俺はオウカさんと結婚しただろう? 妖怪国との繋がりが増して、ちょっと貴族としての箔が付いちゃったみたいで……それで、来られないんだったら、うちに直接殿下の方を訪問させたい、という知らせが届いてしまって、リリアの意見を聞こうかと――」
「王子なんて却下。来させないでください。『婚約者選びだったら勝手にそっちでやってろ』って断っといて、私興味ないし」
リリアは、立てた親指を下に向けてそう告げた。
その様子を見たツヴァイツァーが、青い顔をしてよろめいた。
「な、なんてことだ。可愛いリリア、『やってろ』なんて言葉とその仕草を、一体どこで覚えてきたの!?」
「アサギよ」
リリアは、あっさり教えた。
その途端、ツヴァイツァーが、王宮から届いた手紙をグシャアッと握り潰して、青筋を立てて叫んだ。
「アサギ――――――――っ!」
「はいはい、なんですか旦那様? つか、いいんすか、手紙ぐちゃぐちゃになってますけど」
ようやく発言の許可を頂いたアサギが、面倒そうに歩み寄る。振り返りざまにツヴァイツァーが、彼の胸倉を掴み上げた。
それから四年が経ち、リリアは十歳となった。
アサギの教育指導のもと、引き続き令嬢としてのお勉強もこなしていた――のだが、最近はもっぱら外遊びの時間が多い。
リリアは、成長期のため四肢がむずむずする期間に突入していた。
特に走り回るのが大好きなお年頃だった。何が楽しいのか自分でも分からないのに、夢中になって原っぱを駆けたりした。
思いっきり飛び跳ね、わーいと勢いのまま木に登りもした。しかし、珍しくアサギは叱ってこなくて、授業で部屋に戻りますよとも言ってこない。
「えぇ、えぇ、そんなお年頃の仔狐ですからね。姫様、いいんですよ、どうぞ存分に走り回ってください」
「衣装に皺がー、とか、土まみれにー、とか叱らないの? 木登りも全力ダッシュも、していいの?」
「仔狐には、そうしたくなる時期もあるのです。遊びも、成長に大切なものです。危なくなったら俺が止めますんで、じゃんじゃんやっちゃってください」
難しいことは分からないけれど、今は『外で遊んでいい』というのが勉強らしい。すごく嬉しい。
「この草ねっ、走るとふわふわなのが飛ぶのがすっごい面白いの!」
「この時のために〝猫じゃらし草〟を植えていて正解でしたね」
リリアが引き続き広い庭の原で走る様子を、アサギはうんうんと微笑ましげに見守った。
そうやって行動が活発的になってから、リリアは庭を走り回るだけでなく、村の子供達とも以前に増してよく遊んだ。
レイド伯爵家は庶民派で、とても領民達に好かれていた。リリアも普段は、動きやすいスカート衣装だ。
彼女が大人しくないせいで、下からズボンが高確率で覗くのも村人達は慣れてしまっている。あまりのやんちゃ振りに、時々、子供達は本気で令嬢であることを忘れたりした。
「リリアの髪って、昔からすっげー長いよな。走るの邪魔じゃね?」
「リリアは貴族だから、伸ばしているのよ」
「あ。そうだった」
「私達だって、お嫁にいける十六歳までには、腰まで伸ばさなきゃいけないんだからね」
この国では、女性は十六歳から結婚できた。
婚儀の際、長い髪を結い上げて派手に飾る習慣があった。だから庶民の女性も、十六歳までには腰くらいまで髪を伸ばすのが一般的だった。
「姉ちゃんは、結婚してから好きにするって伸ばしてたなぁ」
「でもお前の姉貴、結局は今も長いまんまじゃん」
「ふふっ、旦那様が好きって言ったからでしょう?」
羨ましい恋愛結婚だわと言った女の子が、そこでリリアへ目を戻す。
「リリアちゃんは、髪結い上げるの大変そうね。耳、押さえたら痛いんでしょ?」
「うん、場合によっては痛い……多分、急所ね」
「おいリリア、自分から急所をバラしちゃだめなんだぞ。あやかしって領地の取り合いで、喧嘩だってするんだろ?」
「あ~、確かアサギがそんなこと言ってたような。それにね、痛くないように帽子を被せたりしても、すっごく窮屈なのよね」
だから母様もしていないんじゃないかしら?
そういえば、頭に被りものや髪を上げたのは見たことがない。リリアは自分の大きな獣の耳を、両手でぽふっと少し押さえつつ思った。
昔から村には、遠くの土地の食料品などを売りにきてくれるあやかしの商人も出入りしていた。リリアの頭にある獣耳も、子供達はすんなりと受け入れてくれている。
「リリアちゃんは貴族だし、いつか婚約者様を持っちゃうのかしら」
「結婚は好きにしていいって父様も言っていたから、婚約者なんて持たないわよ」
大きな木が一つある草原で、子供達と座り込んだリリアはそう答えた。
人間の多くが、あやかしを嫌っていることはアサギから聞いていた。とくに貴族は、異種族への拒絶感とあたりが強い。
だから、リリアは十歳になっても領地から外に出たことはなかった。
王都から届く招待状も、父のツヴァイツァーは『もう少しリリアが大きくなってから』と断っていた。人外嫌いを心配してのことだ。
『拒絶されたら、きっと、傷付くと思うんだ』
以前、父がアサギに相談しているのを、リリアは見てもいた。
父のツヴァイツァーは、いつだってリリアのことを考えてくれている。社交が大きく免除されていることもあって、向こうの貴族達の反応が分からないから不安も強いようだ。
リリアは、父が心配するほど弱い令嬢ではない。
戦闘に長けたあやかしなので、度胸もあり、母譲りの気の強さもある。
でも、社交界や大都会には興味もなかった。人外嫌いがどれほどのものかは、村の外から来る人の反応を見れば分かる。
言われている文句を、わざわざ聞きに行く趣味もない。
「リリア様、そろそろお戻りを」
その時、リリアは、向こうから自分を呼ぶアサギの声に気付いた。アサギは屋敷の外では、いつも名前かお嬢様と呼んでいた。
リリアにつられたように振り返った子供達が、大きく手を振る若い執事の姿を見て「あ」という顔をした。
「リリアのところの執事さんだ」
「領主様と同じくらいの年齢だって聞いたけど、全然変わんないよな」
「童顔なんだって、ママが言ってたわよ」
「もしかしたら、あやかしなのかも。先代様の執事も、たまに手から火を出してたって、爺ちゃん言ってたぜ」
レイド伯爵家は、妖怪国にも領地を持っている。
それは内外にも知られている有名な話だった。ここでは、実際に妖狐が出てきて村人を助けてくれたりもしていた。
だから、伯爵家の執事があやかしであったとしても不思議ではない。
それは友好的な気持ちであって、一体どっちなのかとわざわざ訪ねて確認する者もなかった。
「それじゃあ、またね」
そこで子供達の集まりはお開きとなった。親達のもと戻ることになった子供達と別れ、リリアもアサギと合流してその場を後にした。
屋敷に戻ると、レイド伯爵である父、ツヴァイツァーが彼女を出迎えた。
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「父様、どうかしたの?」
「それが、そのぉ……」
ツヴァイツァーが言い淀み、三十歳を超えたようには見えない凛々しい顔を、ゆっくりと明後日の方向へそらしていく。
ふと、リリアは、彼が手紙を持っていることに気付いた。それには、勉強した際に見た、国の鳳凰をモチーフにした紋章が入っていた。
アサギが、それを見て思いっきり片方の眉を上げた。視線で回答を迫られたツヴァイツァーが、ようやくリリアへ切り出す。
「可愛いリリア。えぇと、とても言い辛いんだけど、この国の第二王子殿下は、君と同じ年齢でね」
「ふうん? それで?」
話を促すリリアは、腕を抱えて冷ややかな目だ。
「えっと……王族は、子供時代に、年齢の近い子供達と顔を会わせる機会を設けていて。ああ、でも希望制だし、しない子もいるよ」
疑い深く睨み上げられ、ツヴァイツァーが冷や汗を浮かべた。リリアはまだ十歳だが、教育はしっかり受けていたので嫌な予感を覚えていた。
「可愛いリリアを王都に連れていくのはまだ早いと思うし、俺も招待は断っていたんだよ、うん。でも、そろそろ王子の婚約者を決めなくちゃいけないみたいで、その、家柄のある令嬢との引き合わせが始まっていて」
「なるほど。でもウチは関係ないわよね?」
レイド伯爵家は、引きこもりの田舎貴族ともいわれるくらいに弱小だ。社交も大きく免除されていて、他の名家に比べると財力にも劣る。
するとツヴァイツァーが、視線を泳がせて言い辛そうに言葉を続けた。
「それが、俺はオウカさんと結婚しただろう? 妖怪国との繋がりが増して、ちょっと貴族としての箔が付いちゃったみたいで……それで、来られないんだったら、うちに直接殿下の方を訪問させたい、という知らせが届いてしまって、リリアの意見を聞こうかと――」
「王子なんて却下。来させないでください。『婚約者選びだったら勝手にそっちでやってろ』って断っといて、私興味ないし」
リリアは、立てた親指を下に向けてそう告げた。
その様子を見たツヴァイツァーが、青い顔をしてよろめいた。
「な、なんてことだ。可愛いリリア、『やってろ』なんて言葉とその仕草を、一体どこで覚えてきたの!?」
「アサギよ」
リリアは、あっさり教えた。
その途端、ツヴァイツァーが、王宮から届いた手紙をグシャアッと握り潰して、青筋を立てて叫んだ。
「アサギ――――――――っ!」
「はいはい、なんですか旦那様? つか、いいんすか、手紙ぐちゃぐちゃになってますけど」
ようやく発言の許可を頂いたアサギが、面倒そうに歩み寄る。振り返りざまにツヴァイツァーが、彼の胸倉を掴み上げた。
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