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1部 精霊少女と老人 編
7話 新妻な精霊少女と、その孫
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専攻は考古学と経済論。大学院在中時から、既に起業して事務所を構えて活動しており、若くして現在までに著書を数冊出版している。
肩書は教授で、フリーの探偵みたいに縁あって日頃から警察の手助けをしていて、大学の学会に籍を置いて講演会の依頼も受けている。
「なるほど」
メイベルは、そこで呟きを落として、もらったチラシからようやく顔を上げた。
そのタイミングで周囲からわっと拍手か上がる。壇上に立って注目を集めている男が、一見すると『いつもの自信たっぷりの様子で』手を振っている姿があった。
少しだけ癖のある短い栗色の髪をしていて、形のいい切れ長の瞳は、祖父とは正反対の性格を表すような気の強さがあった。しかし、その色合いは、同じ水で溶かしたようなブルーだ。
エインワースの孫の一人、スティーブン。二十七歳。高い背丈と、スポーツが得意そうな体躯、目鼻立ちの感じはどことなく祖父に似通っている部分もある気がする。
「……確かに『孫』だな。それでいて、写真で見たより若い印象だ」
演説をしていた若い男スティーブンが、司会者の言葉を受けながら退場していく。踵を返すとすぐ愛想笑いもなくなり、逃げるように足早な様子は、写真で見た時と少しだけ印象が違っている。
メイベルは、エインワースからの話を思い返しながら、もう一度「――なるほどな」と呟いた。
やれやれ、挫折もなく上に突き進み続けてきた若い人間の、典型的なそれだなぁと、彼の推測に今更ながら同意してしまう。そもそも奴の孫は、老け顔でも、出来るタイプの人間特有の貫禄があるわけでもなかったか。
中々に厄介そうだと感じながらも、その場を後にすべく会場の出口へと向かった。
「ん? ――おっ、ちゃんと魔法の手紙の扱いが分かっているじゃないか」
会場を出た直後、小さな突風のように目の前に飛んできた手紙を見て、メイベルは指先でパシリと掴まえた。魔法使いに急ぎの手紙をお願いする者も珍しくはないから、恐らくは嫌々ながらも受け取り慣れているだろう事が推測された。
まだ他の演説者が残っているから、退出する人間などない。
立派なビルが立ち並ぶ地方都市サーシスのド真ん中にある、会館前の広場を悠々と歩きながら返事を確認した。会いに来た、とだけ用件を書いた便箋の下の待ち合わせ場所に、丸印が付けられていた。
「気難しい丸印だなぁ、エインワースの雑な丸印とは大違いだ」
メイベルは面倒そうに口にすると、金色の目を空に向けた。炎の鳥の精霊の背に跨る魔法使いが、空を横断していくのが見えた。
※※※
地方都市サーシスは、魔法協会の大きな支部もある大都会だ。
数十年で普及した自動車も多く行き交い、一日に発着する列車の数も多くある。おかげでローブのフードを被って【精霊に呪われしモノ】の特徴である緑の髪を隠せば、精霊の目くらいで驚かれる事もない。
呼び出したのは、演説が行われている会場を出てすぐの場所だった。関係者が出入りする裏口の昇降階段に、スティーブンは身を寄りかからせて待っていた。
メイベルが歩み寄ると、気付いた彼が目を向けてきた。番犬のような切れ長の目をぐっと細めて、嫌そうな感じを隠しもせず眉間に皺を刻む。
「あんたが爺さんの『新しい妻』かよ。一体何を企んでやがる?」
「いかにも、私が彼の『奥さん』だ。そして、何も企んでいやしないよ」
メイベルは、手の届かない位置で足を止めてそう答えた。すると、彼がますます蔑むように目を細める。
「本当の姿も晒していない奴の言葉なんて、信用するかよ」
それを聞いて、メイベルは「ふうん?」と言いながら、自由に遊ばせている短い髪先を指でくるくるとした。毛嫌いだからといって、その情報を遠ざけるような輩ではないらしい。
「少し意外だったな、『そういう知識』はあるのか」
「嫌いだからな。魔法使いは保身か、高齢だと身体の動きを軽くするために外見の年齢を変える。そんでもって【人間の姿に近いモノ】は、より人間に近付けるため大抵、本来の姿は晒さないってのは知ってる」
壇上にいた時と違い、スーツのジャケットの前ボタンを外しているスティーブンは、「それにな」と苛立った様子で指を向ける。
「あんたの今の姿は、どう見ても人間の子供で、男だ。俺が話に聞いた【精霊に呪われしモノ】とは、随分姿が違ってる。同じなのは瞳と髪の色くらいだ」
わざとガキの姿をして警戒心を解こうとでも言うのかよ、と彼は地面に吐き捨てる。
メイベルは、そんなスティーブンの様子を見ていた。ローブから少し覗いている、幼い白い手を意味もなく握って開くのを三回ほど繰り返す。
人間が【精霊に呪われしモノ】を見た場合、その反応は三つだ。
一つは徹底して無視し近づかない事、声を掛けられず触れられない場所へ逃げる事、そして彼のように嫌悪と警戒を露わに『向こうへ行け』と拒絶を示す事――なんとなく、それを思い返した。
この髪だって、本来の長さではない。けれど、それはどうだっていい事だ。元々、姿を変えているのに強い理由はないのだから。
ただ、なんとなくだ。晒したいとは感じない。
それが彼らの言う『人間の形に近くする』という精霊としての本能的な行動であったとして、そもそも興味がないので自己分析しようとも思わなかった。
「信用しなくてもいいよ。もとより、それは求めていない」
メイベルはキッパリと言うと、一応の礼儀を守るようにフードを外した。幼い手を持ち上げると、ローブの上から膨らみもない男の子のような胸にあてる。
「私はこの通り、【精霊の呪われしモノ】。手紙でも名乗ったが、名は『メイベル』。肉体持ちの精霊であり、人間の魔法が使える私を人は【悪い精霊魔女】とも呼ぶ」
そう告げた彼女を、彼はじっと見つめ返していた。ややあってから、「ふんっ」と鼻を鳴らして、高圧的にくいっと顎を持ち上げる。
「そんな事くらい知ってる。爺さんが『再婚した』と向こうの役所から知らせを受けて、あんたの噂を少し調べたからな。――んで、一体何をしにきた?」
「私はエインワースの妻だ。だから、孫の様子を見にきてやった、それだけだ」
「は……?」
途端にスティーブンが、呆気に取られた顔をした。
少し見開いた目の感じは、瞳の色がそっくりな事もあって祖父に似ている。老衰による色素劣化ではないらしいなと推測しながら、メイベルはズバリと切り出すように指を突き付けた。
「お前、『停滞期』だろう。自分を過信して全力で突っ走り続けるから、そうなる。エインワースも気にしてる。だから、リフレッシュしてどうにか立ち直れ」
「はあああああああ!? あんた何言ってんだッ!」
唐突にそう言われた彼は、顔を赤くして怒鳴った。
「しかもなんだ『停滞期』って! それじゃあ俺がっ、アレやコレで男としてソレみたいに聞こえるだろうがあああああ! 周りに勘違いされるような紛らわしい発言してんじゃねぇよ!」
「はぁ。この年頃の男というのは、多感で嫌になるな」
メイベルは、鬱陶しそうに耳に指を突っ込んで感想をこぼした。
凛々しい顔立ちと雰囲気をしているから、てっきり知的なタイプの人間かと思っていたのに、これまで見た人間の中で一番感情表現が過剰なほどに煩い男だ。エインワースとは、大きな違いだった。
視線をよそにそらして、露骨に舌打ちまでした十三歳そこいらの容姿をした彼女に、スティーブンは一旦真顔になって「おい」と声を掛けた。
「お前、自分の今の姿を鏡で確認してから台詞を言えよ。すげぇ違和感だぞ」
「問題なかろう。私はお前の『婆さん』だぞ、――孫」
「なら、この短いやりとりの間に『孫』の名前を忘れんなよ」
彼は一気に疲れを覚えた様子で、前髪をくしゃりと後ろへ撫で付けた。
「そういや精霊ってのは、人間とは違う生き物だったな。まともに会話すんのが馬鹿らしい」
そう口の中で呟いたかと思うと、話しはもうしまいだと言わんばかりに片手を振って「いいか精霊」と切り出す。
「俺は別に何も悩んじゃいねぇし、これと言って何も困ってな――」
「だからメシを食いに来い」
「いやなんでそうなるんだよ!? というか、人の話は最後まできけよッ」
「『爺さん』と『婆さん』の手作りメシだ。食って癒されろ」
人間はそういうのに癒されるんだろう、とメイベルは瞳孔開いた金色の目で言った。
その眼差しは明らかに『孫』を見る『祖母』の感じはない。問答無用で連れて帰って実行してくれる、と無言で殺気立ち、少し持ち上げられた右手がバキリと鳴らされている。
ぞわっ、とスティーブンが総毛立った。
「上から目線で何言ってんだ! つか、癒されろってなんの命令だよ!?」
「大学に行ってから、ほとんど顔を出さなくなっているらしいじゃないか。エインワースは心配してるし、寂しがってるぞ。時間があって、会える時に交流しないでどうする」
昔から、子や孫との関係は良好だったと聞いている。特にその中でも、二人の孫がかなり懐いていたらしい。
そのうちの一人は、既に結婚して家庭を持っている。一年に二回ほどしか顔を合わせる機会がなくなっても、短い期間で手紙を寄越し続けているのは独身の『スティーブン』で、都会で独り暮らしになってからもずっと、その習慣だけは変わっていないという。
「つまりはツンというやつか……」
メイベルは、口の中でこっそり呟く。年頃の思春期。反抗期の延長線。思い浮かぶどちらも面倒な物に変わりはなく、面倒臭いという本音から大きな溜息を吐いた。
目の前の小さな子供に、なんだか上から目線で残念そうな吐息をつかれてしまった。一見するとそういう構図でしかないスティーブンが、額にピキリと青筋を立てた。
「さっきから、訳分かんねぇ事を勝手にべらべら喋ってんじゃねぇよ! そもそもな、俺は忙しいんだッ! 急に休めるかってんだ」
そう言って、彼が大股でズカズカと歩き出した。
メイベルは「あ」と声を上げると、ローブのフードを頭に被ってから、その後についていった。
肩書は教授で、フリーの探偵みたいに縁あって日頃から警察の手助けをしていて、大学の学会に籍を置いて講演会の依頼も受けている。
「なるほど」
メイベルは、そこで呟きを落として、もらったチラシからようやく顔を上げた。
そのタイミングで周囲からわっと拍手か上がる。壇上に立って注目を集めている男が、一見すると『いつもの自信たっぷりの様子で』手を振っている姿があった。
少しだけ癖のある短い栗色の髪をしていて、形のいい切れ長の瞳は、祖父とは正反対の性格を表すような気の強さがあった。しかし、その色合いは、同じ水で溶かしたようなブルーだ。
エインワースの孫の一人、スティーブン。二十七歳。高い背丈と、スポーツが得意そうな体躯、目鼻立ちの感じはどことなく祖父に似通っている部分もある気がする。
「……確かに『孫』だな。それでいて、写真で見たより若い印象だ」
演説をしていた若い男スティーブンが、司会者の言葉を受けながら退場していく。踵を返すとすぐ愛想笑いもなくなり、逃げるように足早な様子は、写真で見た時と少しだけ印象が違っている。
メイベルは、エインワースからの話を思い返しながら、もう一度「――なるほどな」と呟いた。
やれやれ、挫折もなく上に突き進み続けてきた若い人間の、典型的なそれだなぁと、彼の推測に今更ながら同意してしまう。そもそも奴の孫は、老け顔でも、出来るタイプの人間特有の貫禄があるわけでもなかったか。
中々に厄介そうだと感じながらも、その場を後にすべく会場の出口へと向かった。
「ん? ――おっ、ちゃんと魔法の手紙の扱いが分かっているじゃないか」
会場を出た直後、小さな突風のように目の前に飛んできた手紙を見て、メイベルは指先でパシリと掴まえた。魔法使いに急ぎの手紙をお願いする者も珍しくはないから、恐らくは嫌々ながらも受け取り慣れているだろう事が推測された。
まだ他の演説者が残っているから、退出する人間などない。
立派なビルが立ち並ぶ地方都市サーシスのド真ん中にある、会館前の広場を悠々と歩きながら返事を確認した。会いに来た、とだけ用件を書いた便箋の下の待ち合わせ場所に、丸印が付けられていた。
「気難しい丸印だなぁ、エインワースの雑な丸印とは大違いだ」
メイベルは面倒そうに口にすると、金色の目を空に向けた。炎の鳥の精霊の背に跨る魔法使いが、空を横断していくのが見えた。
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地方都市サーシスは、魔法協会の大きな支部もある大都会だ。
数十年で普及した自動車も多く行き交い、一日に発着する列車の数も多くある。おかげでローブのフードを被って【精霊に呪われしモノ】の特徴である緑の髪を隠せば、精霊の目くらいで驚かれる事もない。
呼び出したのは、演説が行われている会場を出てすぐの場所だった。関係者が出入りする裏口の昇降階段に、スティーブンは身を寄りかからせて待っていた。
メイベルが歩み寄ると、気付いた彼が目を向けてきた。番犬のような切れ長の目をぐっと細めて、嫌そうな感じを隠しもせず眉間に皺を刻む。
「あんたが爺さんの『新しい妻』かよ。一体何を企んでやがる?」
「いかにも、私が彼の『奥さん』だ。そして、何も企んでいやしないよ」
メイベルは、手の届かない位置で足を止めてそう答えた。すると、彼がますます蔑むように目を細める。
「本当の姿も晒していない奴の言葉なんて、信用するかよ」
それを聞いて、メイベルは「ふうん?」と言いながら、自由に遊ばせている短い髪先を指でくるくるとした。毛嫌いだからといって、その情報を遠ざけるような輩ではないらしい。
「少し意外だったな、『そういう知識』はあるのか」
「嫌いだからな。魔法使いは保身か、高齢だと身体の動きを軽くするために外見の年齢を変える。そんでもって【人間の姿に近いモノ】は、より人間に近付けるため大抵、本来の姿は晒さないってのは知ってる」
壇上にいた時と違い、スーツのジャケットの前ボタンを外しているスティーブンは、「それにな」と苛立った様子で指を向ける。
「あんたの今の姿は、どう見ても人間の子供で、男だ。俺が話に聞いた【精霊に呪われしモノ】とは、随分姿が違ってる。同じなのは瞳と髪の色くらいだ」
わざとガキの姿をして警戒心を解こうとでも言うのかよ、と彼は地面に吐き捨てる。
メイベルは、そんなスティーブンの様子を見ていた。ローブから少し覗いている、幼い白い手を意味もなく握って開くのを三回ほど繰り返す。
人間が【精霊に呪われしモノ】を見た場合、その反応は三つだ。
一つは徹底して無視し近づかない事、声を掛けられず触れられない場所へ逃げる事、そして彼のように嫌悪と警戒を露わに『向こうへ行け』と拒絶を示す事――なんとなく、それを思い返した。
この髪だって、本来の長さではない。けれど、それはどうだっていい事だ。元々、姿を変えているのに強い理由はないのだから。
ただ、なんとなくだ。晒したいとは感じない。
それが彼らの言う『人間の形に近くする』という精霊としての本能的な行動であったとして、そもそも興味がないので自己分析しようとも思わなかった。
「信用しなくてもいいよ。もとより、それは求めていない」
メイベルはキッパリと言うと、一応の礼儀を守るようにフードを外した。幼い手を持ち上げると、ローブの上から膨らみもない男の子のような胸にあてる。
「私はこの通り、【精霊の呪われしモノ】。手紙でも名乗ったが、名は『メイベル』。肉体持ちの精霊であり、人間の魔法が使える私を人は【悪い精霊魔女】とも呼ぶ」
そう告げた彼女を、彼はじっと見つめ返していた。ややあってから、「ふんっ」と鼻を鳴らして、高圧的にくいっと顎を持ち上げる。
「そんな事くらい知ってる。爺さんが『再婚した』と向こうの役所から知らせを受けて、あんたの噂を少し調べたからな。――んで、一体何をしにきた?」
「私はエインワースの妻だ。だから、孫の様子を見にきてやった、それだけだ」
「は……?」
途端にスティーブンが、呆気に取られた顔をした。
少し見開いた目の感じは、瞳の色がそっくりな事もあって祖父に似ている。老衰による色素劣化ではないらしいなと推測しながら、メイベルはズバリと切り出すように指を突き付けた。
「お前、『停滞期』だろう。自分を過信して全力で突っ走り続けるから、そうなる。エインワースも気にしてる。だから、リフレッシュしてどうにか立ち直れ」
「はあああああああ!? あんた何言ってんだッ!」
唐突にそう言われた彼は、顔を赤くして怒鳴った。
「しかもなんだ『停滞期』って! それじゃあ俺がっ、アレやコレで男としてソレみたいに聞こえるだろうがあああああ! 周りに勘違いされるような紛らわしい発言してんじゃねぇよ!」
「はぁ。この年頃の男というのは、多感で嫌になるな」
メイベルは、鬱陶しそうに耳に指を突っ込んで感想をこぼした。
凛々しい顔立ちと雰囲気をしているから、てっきり知的なタイプの人間かと思っていたのに、これまで見た人間の中で一番感情表現が過剰なほどに煩い男だ。エインワースとは、大きな違いだった。
視線をよそにそらして、露骨に舌打ちまでした十三歳そこいらの容姿をした彼女に、スティーブンは一旦真顔になって「おい」と声を掛けた。
「お前、自分の今の姿を鏡で確認してから台詞を言えよ。すげぇ違和感だぞ」
「問題なかろう。私はお前の『婆さん』だぞ、――孫」
「なら、この短いやりとりの間に『孫』の名前を忘れんなよ」
彼は一気に疲れを覚えた様子で、前髪をくしゃりと後ろへ撫で付けた。
「そういや精霊ってのは、人間とは違う生き物だったな。まともに会話すんのが馬鹿らしい」
そう口の中で呟いたかと思うと、話しはもうしまいだと言わんばかりに片手を振って「いいか精霊」と切り出す。
「俺は別に何も悩んじゃいねぇし、これと言って何も困ってな――」
「だからメシを食いに来い」
「いやなんでそうなるんだよ!? というか、人の話は最後まできけよッ」
「『爺さん』と『婆さん』の手作りメシだ。食って癒されろ」
人間はそういうのに癒されるんだろう、とメイベルは瞳孔開いた金色の目で言った。
その眼差しは明らかに『孫』を見る『祖母』の感じはない。問答無用で連れて帰って実行してくれる、と無言で殺気立ち、少し持ち上げられた右手がバキリと鳴らされている。
ぞわっ、とスティーブンが総毛立った。
「上から目線で何言ってんだ! つか、癒されろってなんの命令だよ!?」
「大学に行ってから、ほとんど顔を出さなくなっているらしいじゃないか。エインワースは心配してるし、寂しがってるぞ。時間があって、会える時に交流しないでどうする」
昔から、子や孫との関係は良好だったと聞いている。特にその中でも、二人の孫がかなり懐いていたらしい。
そのうちの一人は、既に結婚して家庭を持っている。一年に二回ほどしか顔を合わせる機会がなくなっても、短い期間で手紙を寄越し続けているのは独身の『スティーブン』で、都会で独り暮らしになってからもずっと、その習慣だけは変わっていないという。
「つまりはツンというやつか……」
メイベルは、口の中でこっそり呟く。年頃の思春期。反抗期の延長線。思い浮かぶどちらも面倒な物に変わりはなく、面倒臭いという本音から大きな溜息を吐いた。
目の前の小さな子供に、なんだか上から目線で残念そうな吐息をつかれてしまった。一見するとそういう構図でしかないスティーブンが、額にピキリと青筋を立てた。
「さっきから、訳分かんねぇ事を勝手にべらべら喋ってんじゃねぇよ! そもそもな、俺は忙しいんだッ! 急に休めるかってんだ」
そう言って、彼が大股でズカズカと歩き出した。
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