精霊魔女のレクイエム

百門一新

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3部 精霊女王の〝首狩り馬〟 編

84話 祭りの会場

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 祭り会場に仕上がった公園は、殺風景な風景をがらりと変えて町人で賑わっていた。田舎の小さな舞台メインの祭りだが、一部は子供達向けの菓子やゲームが集められたテントもあった。

「んじゃ! 任務完了だし、俺らは遊んでくるぜ!」
「母ちゃん達が、手作りの風船ゲームも置いてくれているんだぜ!」
「メイベルも、あとで勝負しようなーっ」

 エインワースの到着まで見届けたマイケル達は、バタバタと会場内を走っていった。メイベルとしては、なんでか警戒心をなくされて懐かれているな、とかなり疑問だった。

「子供はよく分からんな」
「お前のその姿で言われると、違和感ありまくりなんだが」

 フッと諦め笑みを口許に浮かべ、スティーブンが何度口にしたか分からない感想を呟いた。

 会場入りしてすぐ、気付いたエリクトールが老人会のテントから向かってきた。エインワースの到着を喜んだ矢先、またしても彼と孫の睨み合いが勃発し、メイベルはもう指摘する気も起きなくて、呆れた眼差しだけ向けていた。

 ひとまず昼食がてら、腹ごしらえする事になって会場の食べ物テントを回った。

 さんさんと日差しが照り付けているので、メイベルは一旦ローブのフードも下ろした。エリクトールは暑苦しいだとか言ってきたが、珍しくスティーブンの方はノータッチだった。

 そういえば以前、彼にはチラリと『夜の精霊』だからと話していただろうか?

 精霊嫌いだし、覚えているのか覚えていないのか分からないけれど。

 そう、もぐもぐしながら考えていると、スティック状の焼き菓子を一本取ったエリクトールが、心底呆れた目を向けてきた。

「お前さんの胃袋は、異次元なのか?」

 今やメイベルは、食べ物が沢山入った紙袋を胸に抱えていた。回るテント分のメニューを、次から次へと追加していきながら食べ続けている。

 エインワースは、それをにこにこと眺めていた。そのそばで、彼にススメられた地元菓子を口にしているスティーブンが、リクトールの指摘を聞いて頭が痛いような表情を浮かべていた。

「それは随分ファンタジーな言い分だぜ、頑固ジジイ」
「頑固ジジイ呼びはやめんかい、ワシは『エリクトール』だ。そもそも、お前さんの存在自体がファンタジーだろうに、何を言っとるんだ?」

 確かに、とエインワースとスティーブンが、揃って同意する表情をした。

 その時、メイベルは見知った人間の『気配』を察知して目を向けた。人混みの向こうに、案の定、役所のリック・ハーベンがいた。

 パチリと視線が合った途端、彼が自信のなさそうな顔で「ひぇ」と呟いた。メイベルは「やっぱり」と口にすると、そちらへ声を投げた。

「なんだ。やっぱりあんたも来てたのか――」
「い、今は役所側として運営協力しているだけなんですッ。遊びたいのを我慢してとして頑張っているところなので、また今度!」

 そう言い返してきたかと思うと、向こう側へと走って行ってしまった。

 雰囲気につられたら我慢出来なくなって仕事を放棄してしまう。彼の台詞からは、そう取れた。呆れたメイベルのそばで、エインワースが彼の後ろ姿を見届けつつ言った。

「おや、おや。彼、一般として祭りに参加したかったみたいだねぇ」
「子供かよ」
「まだ二十代前半だからねぇ。それに彼、地元民ではいから、この祭りだって珍しいんじゃないかな?」
「あれは誰だ」

 不意にスティーブンが、ずいっと間に割って入った。

「手紙にも書いた、最近仲良くしてもらっている若手の役所員の『リック君』だよ」
「それが、どうしてメイベルが気軽に声を掛ける相手になるんだ? 俺なんて『なんだ、孫かよ』でスルーされるのも多いってのに」

 ぐちぐち言い出したスティーブンに気付いて、エリクトールが「お前さん、どうしたんだ?」と皺が深く多く刻まれた顰め面を向けた。

「結婚の届け出で縁があった、とワシはエインワースに聞いたぞ」
「それでなんで個人的な付き合いに発展すんだよ?」
「ふふっ、彼は若いからねぇ。町の人達と交流を取って、この町の土地に馴染もうと努力しているんだよ」

 そう答えたエインワースを、メイベルは横目に見上げた。片手に持っていたスティック状の焼き菓子を頬張りながら、ただの監視人だと教えてやればいいのになと思った。

 とはいえ、教えないのにも理由があるのかもしれない。
 この町では、異種婚は初めてでもあるらしいのだ。色々とあって今に至るのだ、と説明すると長くもなる事を考えると、メイベルとしても『まぁいいか』という結論に至った。

 そうしているうちに、食べ物を配っているテントを一通り回り終えた。

 一旦、足を休めつつ昼食タイムを過ごす事になった。芝生の一部に用意されていた傘付きの簡易テーブル席には、同じようにゆっくりしている中高年の姿が目立っていた。

「なんだ、ようやくフードを取るのか。もしや日差し避けだったのかい」

 エリクトールが、自分の前の料理をつつきながら言った。

 ローブのフードを後ろへ下ろしたメイベルは、歩き食い出来なかった分の食糧を紙袋から取り出しにかかっていた。手を動かしながら、少し考えてこう答える。

「まぁな」
「ふうん。そこはきちんと女性みたいだなぁ」
「どういう意味だよ頑固ジジイ」
「口の悪さは要改善だぞエインワースの嫁」

 全て取り出し終えたメイベルは、無視してふわっふわのパンにかぶりついた。その顔は少し苛々していたのだが、もぐもぐとしているところを、三人がそれとなく眺めて待った。

「中のバターがいい感じだな」
「はぁ。どうせワシの言い分なんて聞き流すだろうとは推測していたが、お前さん、ほんと自由で勝手な精霊だなぁ」

 そんなエリクトールのそばから、エンワースがのんびりと笑った。

「メイベルが気に入ってくれたみたいで嬉しいよ。これ、町にあるテフィーさんのところのパン屋で作られていて、アレンジされたバターが有名なんだ」
「精霊なのに味の評価が的確なのも、どうかとは思うんだがな……」

 今更のようにしてスティーブンが呟く。同じパンを歩きながら賞味していた彼は、パックに盛られたパスタ料理をひとまずは食べ始めていた。
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