みんなシネばいい 〜転生したら魔王でした〜

大きな鯨

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西の大陸蹂躙

クズの末路 3 フィアンセ

「そうか、ならば、二人の愛を確かめ合うことから始めてみようか?」

「うぅ……ひっ……ひゃい。おでがいします」

 ローブで涙と鼻水をぬぐい、真っ赤に腫らした目が、悩ましい色っぽさを演出していた。

「おお、やはり人間は素直が一番だ! 自分の思いを打ち明けられないままなのは辛かっただろう?
 しかし、それも今日までだ。
 君の秘めた思いを打ち明けるんだ!
 勇者からの言葉は僕が伝えてあげるよ」

 未だ泣き止むことなく小さく頷く僧侶。
 もう少し手こずると思っていたが、やはり魔物の慰み者になる未来は怖かったのだろう。
 ようやく洗脳から解き放たれた素直な僧侶……いや、今はただの恋する乙女だ。
 しおらしい彼女は僕でもドキっとするほど愛おしい。

「じゃあ、勇気を出してごらん。君は聖職者の前に、普通の人間なんだ。みんなと同じさ。君だって恋の一つや二つ、当たり前のようにしていいんだ」

「……はい」

 だんだんと落ち着きを取り戻しつつあるクズ……もう違うか……僧侶……でもないから……ララ! そうだった、彼女はララだったな。
 
 僕の言葉に時折笑みを零し、恥ずかしそうにする様は、耐性のないものが一瞬で恋に落ちるだろうほどに儚く、清らかで、美しかった。

「じゃあ、ほら、勇者の前に行って! 思いを声に出すんだ! きっと、きっと勇者は受け入れてくれるはずさ。
 僕は素直な君がこんなにも素敵な女性だとは思わなかった。今ならどんな男でもイチコロさ!」

 自分で言っておいて、その軟派な言葉に寒気を覚えた。
 でも、純真な乙女にはこのくらいじゃないと響かないのもわかっている。
 もうそこに恐怖の色はなく、魔物との淫行を免れた安堵と、最愛の勇者様に対する抑圧された感情の吐露に恍惚していた。

 ララはもじもじと勇者の前に立つ。
 勇者の邪な感情が揺れ動いていた。
 一方的に伝えられる純粋な愛の感情が、僕の脳を駆け巡る。

 ——勇者さん……ちょと純粋すぎじゃないですかね?

 僕は勇者の魂に語りかける。

 ——魔王……おまえ、絶対に許さないからな!

 ちょっとコンタクトを取ったら、いかにもな罵倒を受けてしまった。

 ——ちょっと、ちょっと! 僕が勇者さんの気持ちを代弁しちゃったからって怒らないでくださいよ。ちゃんとララちゃんを説得できたんだからいいでしょう?

 ——ふざけんな! そのことじゃねえよ! 魔族になっても何も変わらないなんて嘘をつきやがって! それに、俺たちの故郷を! まだ俺は何もしてないし、時間をくれるはずだっただろ!

 ——ああ、そっちですか。 

 ——当たり前だ! それ以外は別に怒るようなことはねぇよ。……でも、ララを脅かしたことは許せねぇけどな。

 ——ふふ、すいません。あの映像は作り物ですから大丈夫ですよ。

 ——あ? あれは嘘の映像ってことか?

 ——ええ、僧侶さんを説き伏せるためにちょっと細工しました。

 ——じゃあ……

 ——ええ、みんな生きてますよ。

 ——そう……だったのか。

 ——帰る場所が無いという重圧を加えて、ようやく折れていただけたのですから、強い方です。

 ——あいつは昔から頑固なところがあったからなぁ。

 ——はは、そうなんですか。お二人はいつからのお知り合いで?

 ——ああ、ララとは幼馴染なんだ。小さいころから可愛くてずっと好きだった。

 ——でも、聖職者になってしまったと。

 ——ああ、聖職者は結婚できないって聞かされた時は枕を濡らしたぜ。

 ——そんなこと、気にしなければいいじゃないですか。

 ——そうもいかねぇよ。俺も勇者になっちまったからな。

 ——でも、もう大丈夫ですよ。

 ——いや……なんか、照れくさいな。

 ——なんだか……とても初々しいですね。もし、勇者さんが暴れないというなら、一時的に体をお返ししてもいいですよ。

 ——あ、そうだよ! その話の途中だったじゃねぇか! 俺はずっとこのままなのかよ!

 ——いえ、僕も仲間に寝首を掻かれたくないですから、信用できるとわかればお返しします。

 ——……なるほどな。言われてみれば、俺は殺そうとしていた側だしな。そりゃそうか。

 ——ご理解いただき光栄です。じゃあ、こんなイベントそうないですから、暴れないとお約束いただけますか?

 ——ああ! わかった!

 ——ありがとうございます。このままじゃ、僕が勇者さんの体を操作してララさんのお相手をしなければいけなかったので……助かります。

 ——絶対暴れないから! マジで!

 ——じゃあ、どうぞ。結ばれることのなかった恋。その成就を楽しみにしていますよ。

 ——は……恥ずかしいこと言うなよ! わかってるって……でも。

 ——でも?

 ——俺たちはおまえを殺そうとしたのに……いや……なんでもない。ありがとな!

 ——いえいえ。

 勇者からの感謝は、僕の心を張り裂けんばかりに高揚させた。
 表面上は平静を装っているが、鼓動の高鳴りは全力疾走でもしてきたかのごとく唸りを上げていた。

 そして、勇者の体を一時的に返す。
 まだ間に合ったようで、ララは一生懸命どんな言葉にしようか考えている最中だった。
 甘く切ない純情が、ララをより一層素敵な女性へと昇華させる。

「ララ……」
「あ……勇者……様?」

 上目づかいで勇者を見上げる目には、驚きと懐疑心が入り混じり、己の勘違いを否定できずにいる。

「ああ……少し時間をもらったんだ」
「ああ! 勇者様……」

 ララはその言葉を聴くと、目に涙を溜め、堪らず勇者の胸に顔を寄せた。
 勇者はそんなララを優しく抱きとめ、美しく艶のある髪をあやすように撫でた。

 そして、ララは顔を上げ、勇者と見つめ合うと。
 ゆっくり、噛みしめるように言葉を紡いでいく。

「勇者様……ララは、ずっと……ずっと勇者様のことを、心よりお慕い申しておりました」

 一生懸命考えたのだろう愛の言葉は、とても慎ましく、そして、抑え込んでいるのに感情が溢れ出して止まらないといったような、静かな情熱を含んでいた。

 その言葉に、勇者は笑顔で答えると……

「俺もだ。ずっと前からララのことが好きだった。……愛している」

 ララの目からは、枯れていたのが嘘のように涙が溢れ出す。
 止められない感情の渦をどうしたらいいのかわからず、ただ呆然と勇者を見つめていた。

 少しの間、二人は決して目をそらすことなく見つめ合い、そして……そんなララを慰めたのは、勇者が重ねた熱いくちづけだった。

 彼らの長い恋煩いは、ここに成就したのである。
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