みんなシネばいい 〜転生したら魔王でした〜

大きな鯨

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東の大陸蹂躙

シスターと獣人

 ——そうか……なら連れて来い。

 シスターは自らの死を望んだようだ。
 彼女は獣人を救うために涙を流したというのに、クソ共が死んでしまったことの責任を感じて死を選んでしまった。

「ふむ……」

 僕は死の風で人間を弱体化させ、その隙に獣人たちを回収して回った。
 その作業も順調に進み、もう少しで獣人の回収も完了だ。

 なんとも愚かな人間共は、異界の地から呼び寄せた勇者の回復を優先させなかった。
 なぜなら、貴族を治療するので手一杯であり、勇者などいつでも呼び寄せることができると思っていたからだ。
 しかし、その選択のせいで魔物の群れをを撃退することは叶わず、街は火の海と化した。

 ……勝手に呼び寄せておいて、状況次第でお払い箱にされてしまうなんて……可哀想な勇者たちだ。

 僕は魔王城の窓から城下町を眺めていた。
 周囲の異変とは打って変わり、ここは平和そのもの。
 活気溢れる状況が続いている。

 ……ここも終いだな。

 僕はこの時をもってダンジョンを閉鎖した。
 騒ぎが起きないよう城下町にいた者たちには十分な金貨を持たせた。
 もうそれにはなんの価値もないというのに、受け取った者たちは大いに喜び、皆、嬉々として魔王城を去っていった。

 そしてそのころ、ようやくシスターがガーゴイルに連れられて魔王城へと到着する。

 玉座の間へと連れて来られたシスターの容姿は酷く疲れ切っていた。
 休む間もなく飛んで来たのだろう。

「我が城へようこそ……シスター」

「……」

 シスターは僕を一瞥すると、またすぐに俯いてしまった。

「話は聞いている。殺して欲しいということだが……本当か?」

 シスターは僕の質問に小さく頷いた。

「ならば僕に懇願してくれ。ちゃんと君の口から聞かなければ、獣人たちを思ってくれた恩人に失礼だからね。
 それともう一つ。
 獣人たちが君にお礼をしたいようなんだ。会ってはくれないか?」

 俯いていたシスターの視線が僕へと向けられる。しかし、弱々しい声で僕に否定の言葉を述べた。

「……私に感謝など必要ありません。当たり前のことをしたまでです。……魔王様……どうか、私を殺してください。私は……私の浅はかな行いで……大勢の人たちを見殺しにしてしまいました……」

 自分が助けた獣人たちに会うことも、感謝を述べる機会をも不要だと切り捨て彼女は死を懇願した。
 そして、傲慢にも街の人間が死んだことを自分のせいだと懺悔した。

「なにか勘違いをしているようだな。人間はすべからく根絶する予定だった。シスターのせいじゃない。シスターは獣人奴隷のために心を痛めてくれた綺麗な心を持った女性だ。
 ただ、殺すには惜しいと思ったから生かしているだけ、決して君が僕に懇願したからじゃない。そもそも、僕は誰かのために行動することなんてない。君が魔王を動かした……本当にそう思っているのか?」

 シスターの目は未だに虚ろだった。
 どう考えようとも結果は変わらない。
 自分のせいじゃなくても、愛する人々、楽しく暮らしていた仲間たちはみんな死んでしまったのだから。

「……私は……もう……なにをして生きればいいか……わかりません。たとえ私が生かされただけであっても……それは変わりません」

「ふむ……なら、死ぬ前に獣人たちに会って欲しい。獣人たちはシスターにとても感謝をしていたのだ。それを、殺してしまったでは示しがつかないのでな。
 もし本当に死にたいのなら……獣人たちを説き伏せてから僕の下へ来い。
 突き放してもいい、罵倒して嫌われるのもいい、死にたいと懇願するのもいいだろう。だから、己の死を認めてもらうまで自殺はしてくれるなよ? ……すぐに連れて来い」

 僕はガーゴイルに指示を出し、殺されそうになっていた獣人たちを呼び寄せた。

 獣人たちが来るまで、シスターは俯いたままだった。
 そして、ガーゴイルが数人の獣人たちを玉座の間へと連れてくる。

 獣人たちはシスターを見つけるやいなや、駆け出してシスターの下へと集まった。

 俯いていたシスターの手を取り、獣人たちは瞳を潤ませて思い思いの言葉を投げかける。

「シスター! 生きていて本当によかった……私たちを最後まで助けようとしてくれて……本当に感謝してます。私たち……シスターが教会へと導いてくれなければ、集落までなにも用意もなく旅路につかなければなりませんでした。
 きっと、街を出ていれば、たどり着くことなく果てていたでしょう……本当にありがとうございます!」

「シスター! 僕、シスターが僕たちのために泣いてくれて、とっても嬉しかったけど……でも、シスターを泣かせちゃって、とっても悲しかったんだ……。でも、魔王様が言ってくれたんだ。シスターは必ず生きて連れて帰って来るって! 魔王様は凄いんだよ! 他の街に奴隷として連れていかれちゃった獣人たちをたくさん助けてくれたんだ! もう少しでみんな助かるんだって!」

「シスター様……私たちはあなたに救われました……もちろん、魔王様にもですが……誰もが私たち獣人を卑下するあの街で、あなただけは優しい言葉をかけくれました……私たちはシスター様から生きる希望をいただいたのです……本当にありがとうございます」

「シスター! 俺、あんまり役に立たなくて……失敗ばかりで看病もろくにできなかった。でも、そんな俺のことを見捨てないで、いつも優しく微笑んでくれたシスターには、とっても感謝してるんだ! あの時、不器用な俺に一生懸命看病の仕方を教えてくれてありがとう! 俺……患者のみんなからいっぱい嫌なことを言われたけど、シスターがいたから頑張れたんだ! だから……俺もシスターのためになにかしたいんだ……どうすればいいかな?」

「シスター! ——」
「シスター様! ——」
「シスター、——」

 獣人たちからの感謝の言葉は鳴り止まない。
 虚ろだったシスターの目はいつのまにか生気が宿っていた。
 充血した目からは止めどなく涙が溢れ、荒んでいた感情を荒々しく揺さぶられている。

 シスターの思いはこれ以上なく伝わっていた。
 獣人たちからこんなにも感謝されていたのだ。

 そんな獣人たちの感謝を受け、なにも考えることのできなかった心が騒ぎ始める。

 ……罪の意識に苛まれ、一人で死ぬことしか考えられなかった。
 ……誰からも理解されることなく、恨まれていると思っていた。
 ……正しいことをしようと努力した末の悲惨な結果に、これは天罰なのだと理解したはずだった。


 でも……たくさん……たくさん、たくさん感謝されてしまった。


 天罰を受け入れ、己の行いを戒めたはずだった。
 なにがいけなかったのか?
 自分はなにを間違ってしまったのか?

 理由は見つからなかった……強いて言えば、獣人を擁護した……それだけだ……でも……

 もしそれが天罰なのだとしたら……受け入れるしかなかった。

 身を粉にして病人の看病をしてくれた獣人たちを裏切ることなんて、できはしないのだから……。


「まだ……死にたいか?」


 騒がしい喧騒の中、よく通る魔王の声がした。
 鼻をすすり、涙を拭って見た魔王は、とても優しい笑顔でシスターを見つめていた。
 そして、シスターは上ずった声でたどたどしく言葉を紡いだ。

「わ……私は……私は……うぅ……ひっく……私……は……あ……うぅ……あぁぁあああ!」

 しかし、感極まって泣き崩れ、二の句を紡ぐことはできなかった。

 自分で答えを出せない人間の弱さ……しかし、本来それが普通であり、当たり前のことなのだ。
 シスターが死を願った理由だって、周りの人間が誰一人としてこの世にいなくなってしまい、生きる希望を失ったからに過ぎない。

 誰か一人でもシスターを思う人がいたなら、死を願うことなんてしなかっただろう。

 孤独に押し潰され、大勢の人間の死を背負い、心が擦り切れてしまっただけだ。

 そして、今はもう一人ではない。

 助けた獣人たちはシスターに感謝し、シスターを求めていた。

「クックック……あーっはっはっはっは! 見ろ! シスター! 君はこんなにも感謝されている! 君がした行いは素晴らしいものなのだ! 誰も肯定してくれなかったなら、僕が肯定しよう!
 シスター……君の行いは正しかった。
 あの街にいる全ての人間が間違っていただけだ! 何度でも言ってやる! 君は正しい行いをした! 罪の意識を感じることはない! あいつらの心が汚れていたのだ!
 クックック……今日は気分がいい……誰も殺したくないんだ……どうだろう……もう少し……君が救った獣人たちと生きてみないか?」

 シスターは僕の言葉に答える余裕もないくらいに泣き叫び、心配そうに集まる獣人たちの暖かい言葉を浴びていた。
 獣人たちから溢れる暖かい言葉の一つ一つが、荒んでしまったシスターの心を癒していた。

 やがて涙も枯れ、心配され続けることへの罪悪感を覚えるまでに回復したころ、シスターは僕の問いに答える。

「魔王様……私は……生きていてもいいのでしょうか?」

「ふん……そんなこと誰も答えられるわけがないじゃないか……甘えるな。自分のしたいことをすればいい。だが、慎ましく生きることができないなら……きっちり僕が殺してやる。
 せっかく僕が助けたんだ……僕を失望させるなよ……君が清い心を持ち続けるなら、僕は君を歓迎しよう。そして、君を心から思っている獣人たちの感謝に応えてくれ……やってくれるか?」

「……はい」

 弱々しい声を出し、シスターは小さく頷いてくれた。

「クックック……では、魔族に忠誠を誓え。特に変わることはないが、君が忠誠を誓えば君の全てを僕が掌握することになる。しかし、僕も忙しい身だ。君が慎ましく生きるのなら何もしない。精一杯生きろ。なにか不都合があれば、僕が全力で助けること誓う。どこにいようとも、願えば僕に届く。なにもしてくれない神とは違ってな! ……シスター、手のひらを差し出せ」

 僕の言葉を聞き、なにもためらうことなくシスターは手を差し出した。

 そして、重ね合わせるようにその手のひらへと僕の手を重ねれば、彼女の手のひらに紋様が刻まれた。
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