みんなシネばいい 〜転生したら魔王でした〜

大きな鯨

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北の大陸蹂躙

北の大陸 リッカ・フェリside ー 人を殺すということ

「……ウインドカッター」

 リッカの周囲に風が巻き起こると、遊んでいた子供たちの首に風が通り過ぎる。

「ウインドカッター」

 フェリが放った風は、覇気のない大人たちの首を切った。

 足早に並んで歩きながら、街までの道すがら人間を殲滅していく。
 やがて、建物が並び始める街の入り口までたどり着くと、二人は手分けをして建物にいる人間を殺して回ることにした。

「ウインドカッター」
「ウインドカッター」
「ウインドカッター」
 ・
 ・
 ・

 時間が止まっているせいで日は沈むことはなく、時間感覚すらもあやふやなものになっていた。

 何人殺したか?
 どのくらい時間が経ったのか?
 後どれくらい殺せば終わるのか?

 何も変化のない無音空間が二人の精神を蝕み始める。

 いったい自分は何をしているのか?
 なぜこんなことをしなければならないのか?


 なぜ人間を殺さなければいけないのか?


 答えの出ない自問自答が、正常な精神をかき乱していく。


 幼い子供を手にかけるたびに、心は暗く沈んでいった。

 無気力な大人を手にかけるたびに、小さな怒りが宿っていった。

 無力な老人を手にかけるたびに、考えることに疲れていった。

 まだ、蹂躙は始まったばかりで、この先一週間程度、延々とこの作業は続く。

「ウインドカッター」
「ウインドカッター」
「ウインドカッター」
 ・
 ・
 ・

 唱えるたびに、人間の命は奪われていく。
 もう数百人程度の首を切っただろうか。
 淡々と続けられた作業のかいもあって、二人は街道の端までたどり着いた。

「じゃあ、折り返して……」

「うっ……おぇぇ」

「リッカ!」

 気分を悪くしたリッカが胃液を吐き出して蹲ってしまった。フェリが慌ててリッカに駆け寄り背中を摩る。

「魔力切れですか?」

「ううん……違う……おぇぇ……」

「リッカ!」

 最後の食事から随分と時間が経っていたせいか、リッカの口からは胃液しか出てこなかった。

「ヒール!」

 フェリはリッカの背中に手を当て、回復魔法を施した。
 しかし、リッカの症状はよくならない。
 リッカの嗚咽は止まることはなかった。

「どうしよう……なにか……」

「違うの……フェリ……私はどこも悪くない」

「でも!」

「ちょっと、気分が悪くなっただけ。あんなに憎んでいたのに、いざ人間を殺してみればこのざま……はは……ごめんね」

 枯れた笑みを見せるリッカの目からは、いつしか涙が溢れ落ちていた。
 フェリはリッカの背中をさすりながら、落ち着くのを待つことしかできない。
 ただ、止まっている人間を殺すだけなのに、身に降りかかる精神的な負担は想像を遥かに超えてしまっていた。
 リッカの身を案じるフェリも、後どれくらい持つかはわからない。
 おそらく、そう遠くない未来にリッカと同じような症状に見舞われることだろう。

「大丈夫か?」

 二人の下に聞き覚えのある声が木霊する。
 同時に、沈んでいた心は高揚し、そして、すぐにまた深々と沈んでいった。

「ルーシェ……」

 リッカが顔を上げて見れば、聞き違えることのない声の持ち主だった。

「ルーシェ……リッカが」

 フェリがリッカの背中をさすりながらルーシェを見上げて縋るような声を出す。

「わかっている」

「ルーシェ……ごめんね。でも、少し休んだらまた頑張るから……」

 そう言うリッカはルーシェに向けて一生懸命に笑顔を作っている。

「いいんだ。もう十分だ。二人とも、よくやったよ」

 ルーシェの優しい言葉に、リッカの作り笑いは悲壮なものへと変わっていった。
 嘔吐のせいではない。
 それは、ルーシェの期待に答えられなかった自分に向けたものだった。

「嫌! まだやれる! まだまだ始めたばっかりなのに! うっ……」

「ははっ! そんな状態の妻に無理強いはできないな……やはり、人間を殺すことは辛かったか?」

 ルーシェの質問に二人は下を向いてしまう。
 しかし、それが二人の答えだと言っているようなものだった。

「すまなかった。僕のわがままに付き合わせてしまって。後は僕がやろう」

「……」

 二人とも、期待に答えられなかったという思いと、本当に殲滅できるかどうかの自信の欠除から声が出せない。
 ルーシェの優しさが痛いほどに心へ突き刺さっていく。

「じゃあ、最後にしっかりと見るんだ。二人がした行いの成果を」

 ルーシェがそう言い終わると、ふわっと三人の体が宙を浮いた。
 そして、ギルドと貧困街が見渡せるほどの高さで止まると、もう一人の他の声が三人を出迎える。

「なかなか頑張った方じゃないかな?」

 宙に浮いた先にいたのはサタンだった。
 フェリはサタンの姿を見るや否や、思わず謝罪の言葉を吐き出してしまう。

「サタン様……申し訳ありません」

「フェリ、僕に謝られても困るな。それに、これはルーシェのわがままなんだからそこまで気にすることはないと思うよ?」

「ですが……」

 サタンの擁護にそうですかと納得するわけにもいかず、かといって反論材料はない。なにも言い出せないままフェリは俯いてしまう。

「はい終わりー! フェリもリッカも頑張った。僕は落胆してもいないし、喜んでもいない。ただ、僕がしていることを知って欲しかっただけなんだ。今まで人間を蹂躙し尽くしてきたけど、それがどういうことなのかあまりわかっていなかったんじゃないかと思ってね。結果としては十分だと思っているよ」

「うぅ……ルーシェ……ごめんなさい……私……」

 感極まってか、リッカが泣き出してしまった。
 安心したような雰囲気でもない。
 自分でもなにを謝っているのかさえわからないだろう。

 ルーシェはそんなリッカの頭を優しく撫でた。

「リッカが謝ることなんてない。何度も言っているけど、これは僕のわがままなんだ。それに、この結果には少なからず満足しているよ。僕はクソどもを正義感ぶって皆殺しにしてきたけど、殺してきた人間の九割以上は普通の一般人だ。屋台の店長も殺したし、二人の親衛隊もひねり潰した。獣人を解放するために働いた者たちでさえも、分け隔てなく人間だからという理由で殺したのさ。
 よくある実は生きてました! なんて生易しい物語じゃない。僕は魔王だ。人間にとっても、他の種族の者たちにとっても、僕は魔王であり続ける。だから、泣かないで欲しい。……そして、二人がしたことをその目に焼き付けるんだ。今から止まった時間を動かすから……見て……いくよ」

 ルーシェは地上へと手をかざす。
 二人は顔を上げ、その先を見据えた。
 時間が動き出せば、たちまち手にかけた者の首から勢いよく血が吹き出し、あたりは血の海となるだろう。

 二人とも声を出さず、ルーシェが時を動かすのを待った。
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